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子曰く  作者: 神秋路
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そういうことも ④

「……? どうかしたの?」


 少女の気遣う声すら、今は本物の魔女の子を責め立てているように聞こえてしまう。しかし、頭を抱えてうずくまったり、余りの辛さに苦しむということをしている場合ではなかった。


 彼女に対してどう答えるのが正解なのか──我ながら自分に対する害には無関心だとばかり思い込んでいたが、案外人一倍臆病なのだ。


「いや……君は本当に魔女なのかと思って。魔女なら魔法が使えるだろ?」

「ごめんなさい。私、あまり魔法が使えないの。魔女のくせに、魔法と相性が悪いんだって」

「は、はあ……そんなことが」


 とは言うものの、彼にも心当たりはある。


 人間の中でも、生まれつき病気にかかってしまうことがあるように、魔女にも病気を抱えて生まれてしまう者がいる。特に多いのが魔法や魔力といったものと相性が悪い体質というものだ。魔女だけに限った話ではないが。


 「魔法」と一括りではいうが、魔法はまだ発見されていない種類がほとんどだ、という説があるくらい膨大な存在で、現在発見されている詳しい数すら数通りの説がある。それだけあれば、もちろんどの魔女にも得手不得手が存在する。例えば孔は、魔法薬学や交戦向けの魔法は使えるが、癒すことを目的とする魔法はとことんできない。


 そのために薬を作るのだが、本来彼は身を守ったり誰かと交戦状態になってしまった時に対抗するために薬学を修めたのだった。


 なぜ魔女なのに魔法との相性が悪いのか。それは、厳密にいえば相性が悪いのではなく、「呪われて魔法を使えなくされた」からである。


 魔女は人を呪うと言われているが、何かを呪うのは魔女だけではない。


 その代表が人間だ。


 魔女のように著しく強力な呪いは使えなくとも、念や思いに頼る呪いは魔女よりも得意である。かつて魔女は魔女狩りに遭い、多くの魔女が処刑された。だが、殺された全ての魔女と呼ばれた者は、そのほとんどが何の力もないただの人間だった。


 そこで殺された人間たちは、自分たちに罪と穢れた名を押し付けた魔女を呪うようになる。呪いは力ではなく、数さえあればあるほどそれだけで強力になった。気づかないうちに呪いを行使してしまう人間もいたことだろう。


 ただし、普通の人間に魔女をすっかり呪うということも叶わなかった。そのため、いつしか魔女の血を引く者たちの中から、魔法を上手く使えるようになるまで時間がかかるか、死ぬまで強力な魔法を使えずに生きる運命を背負わされる者が出てくるようになった。


 彼女はその呪いを受けてしまっていたようだ。


「……だから、もし道彦さんが何かの一族なのだとしたら、私に怯えて上手く言えないのかもしれないのよね。それは、本当にごめんなさい。でも、信じて欲しいの。私が大人たちに責められてここに逃げてきたのも、偶然ここに辿り着いたのも、本当にわざとじゃないの。信じられないかもしれないけど……」

「大丈夫。そこまで言うなら信じるよ。君は見かけによらず賢い子なんだね」


 少女はまだ幼いはずだが、相手の気持ちを汲み取ることが得意なようだ。人は見かけによらないとはよく言ったもので、孔の少女を見る目が変わった。魔女は他の術者が酷い目に遭わされるのは珍しいことではない。彼女の言葉を疑ったところで、もし本当に彼女がただの人間だったとして、だからといってそれが何かを解決してくれるわけもないのだ。


 どうせ、無事に家に帰したとしても、「魔女が人間の子供を誘拐した」などと噂をされるに違いないのだから。


「今更だけど……俺も人間じゃないんだ。こうして普通じゃない薬を作ってることだし……」

「わあ、それ、本当に薬だったのね! すごいすごい、魔女が作る薬みたい!」


 変わらず身分を明かす勇気は出ない。口をついて出てくるのは嘘ばかりで、話せば話すほど少女の目に移る孔は嘘で固められた人形になっていくのを自覚する。


「だけど、俺は魔女じゃなくてさ……その、なんて言うんだろう……道士なんだ。キョンシーって聞いたことあるだろ。人間の魂を扱うのが得意なんだ」

「へえ、あれは道士っていうのね。かっこいいなあ」

「そう思うの?」

「うん。手下を呼び出して使うなんて、かっこいいじゃない!」

「でも、魔女だって呼び出すくらい、何かできるんじゃないかな?」


 などと、自分もできないことを聞いてみる。


「私はできないもん。お母さんもしなかったし」

「そっか、そうだったね」


 なるほど、呪われた魔女は小さな精霊すらも召喚して使役できないのか。かといって、自分も召喚術は苦手な魔法の中でも上位に君臨しているから人のことは言えない。


 道士というのももちろん嘘だ。人間の魂なぞ、魔女には練習しても扱えない。道士と名乗ることができたのは、これまでの人生で多くの術者について勉強したことが生きていたからだ。


 特に道士においては、縁あって一度だけ見習いを一人前になるまで育てたこともある。実際に術が使えなくとも、表面上成りすますだけの自信はあった。


「でも、どうして道士なのに薬なんか作ってるの?」


 核心を突かれてしまうと何も言えなくなるのだが。


「ああ、それはその、ちょっと必要で……仲間の道士と一緒に研究をしているんだ」

「ふうん……頭が良いのね!」

「は、はあ……」


 あまり分かっていないようで、簡単な言葉が返ってくる。


 申し訳ないことに、突然褒められても困るだけだった。こうして今持ち合わせている知識は、幼い頃からの血が滲むような努力故のものであり、潜在的なものではない。命と同じことだ。むしろ、海の向こうに住んでいる遠い血縁の中では「無能」呼ばわり、ある筋から聞いた話だと、「箒に嫌われた魔女」と呼ばれているらしい。的確な悪口だ。


 努力をすればするほど能力は身に付いて、自分に自信がついてくる。その分、ぶつけられる中傷は酷くなり、傷も深くなる。


 これ以上傷が深くなることはない、初めから能力など使えなくされている目の前の少女が、先ほどから羨ましくて、妬ましくて仕方がなかった。この子に罪はないことは分かっている。自分は最低だ。だからこそ歯がゆいのだ。


 なんの能力も開花させられなかった自分にこそ罪があるのだ。そう何度も言い聞かせて来たじゃないか。


「道彦さんの言う通り、一度帰ろうかなあ」

「考え直してくれた?」

「うん。道彦さん、言ってたでしょ。お母さん一人をあんなところに置いて行ってしまったなんて、ちゃんと考えればよくないことよね。何をされるか分かったものじゃないんだし、私だけ安全なところになんていられない」

「よかったらついて行こうか? 俺はこう見えても街では結構顔が知れてるから、逆に誰も近づいてこない。何なら安全なところを紹介するよ」

「嬉しいけれど、遠慮するね。これ以上良くしてもらっても、今の私たちにはお礼のしようがないの」


 なんだ、お礼なんて良いのに。強く言うが、命は何度も首を横に振った。

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