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子曰く  作者: 神秋路
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置き土産の中身 ③

「あ…もしかして、迷惑でしたか?」

「そんなことは無いよ。でも、まさか俺のことを知った上でこんなところに来る奴がいるなんて思わないだろ?」

「そうですかね」

「そうですよ。噂聞くくらいなんだから、俺が何してるかも聞いてるはずだろ?」

「あ、聞きました。なんか危なそうな薬?とか植物並べて色々してるって。実験台にされたとか言う先輩もいましたよ」

「尾鰭どころかハッピーセットがついてやがる…」

「え?嘘なんですか?」

「そうに決まってるだろ!!!!」


 怒りと呆れと驚きが混ざった、よく分からない感情に駆られてフラスコで彼の顔面に襲い掛かりそうになる。金銭面の問題で一つしか手に入れられなかったものだが、金額の重みに頼ろういう心理状態だったのだろう。しかし手に入れるまでの長い道のりを考えると、こんな男のためにお別れするだなんて人生にとんでもない汚点を残すことになる。孔は仕方なく大事な相棒から手を離した。


「見れば分かる通り、変な薬作ったりしてるのは本当だ。でも俺の薬で実験台にするために人間を使った事は生まれてこの方一度も無いよ」

「ええ!!実験台って必要でしょ!?マウスとか!」

「自分さえいればそれでいいだろ。そもそも知識があれば実験もいらないしな」

「はー…頭良いんですね」

「…いや、今年から後輩ができたことだし、これを機に実験も含めて丁寧に研究をするのも一興だな」

「ええ?まさか僕の事ですか?!やめてくださいよ、僕には待っててくれる家族がいるんですから!というか、一興って、楽しんでるんですか!?」

「楽しまないで何が薬学だよ」

「ああ!マッドサイエンティスト!」


 後輩の怯える真似には何も触れず、とりあえず近くの椅子に座るように促す。変にからかって変に暴れられて、自分の研究器具はおろか学校の備品も含めて何かが壊れそうな雰囲気だ。今度こそ強制退学に処されるだろう。いや、強制退学で済むだろうか。それだけは何としてでも阻止しなければならない。


「気が済んだか?嫌なら退部しても良いんだぞ。お前がいるから部活として成り立たせてもらえてるだけで、たぶんあんまり金もかけてもらえないだろうから相当つまんないぞ」

「別に良いです!先輩面白いし、実験台にされるのはちょっと勘弁だけど…僕ができることならなんだって手伝いますから」

「言っとくけど魔女の俺とくっついてたらお前も標的にされるぞ?」

「俺も先輩も何もしてませんから気にしませんよ。学校に仲間がいなくても、外には僕の味方がいっぱいいますしね」

「そんな簡単な話で済めばいいけどさ…俺責任取らないからな?」

「構いません!なんだか、先輩のおかげでこれからの高校生活エンジョイできそう!」

「はあ…まあ好きにやってくれれば…」


 初めこそは自分と全く違う性格を持つ後輩に動揺していた孔だったが、一か月もすればそれにも慣れた。自分が修めた学問の話をし、自分が使う道具の話をし、自分が好きな植物の話をし、自分がこれから作ろうと思っている薬品の話をし…同じ時間を長く過ごすほど、孔は自分の話をし、後輩の話を聞いた。


「遠入は得意教科とかあるのか?」

「勉強は全部嫌いです」

「よくこの学校に入って来たな、一応進学校だぞ」

「何ででしょうね。僕にもよくわかんないです」


 他人にはいつも飄々として捉えどころがない孔ですら、遠入に関して底が知れあに感覚がしていた。実際当の本人は何も考えていなかったのだが、そう思わせない、隙を見せない彼を孔は目が離せなくなった。あと少し、彼が本当に狂気的な魔女であったら、今すぐにでも解剖の準備をしていたかも知れない。


 孔は年に何度か、知的欲求が爆発するときがある。知りたいのに知ることができない、知りたいものが多すぎる、そんなとき。この時は疲れていたのか、目の前の後輩を隅の隅、骨の髄まで解剖してしまいたくなったという欲求も追加されていた。こういう場合はとにかくでたらめな手順で調合をするに限る。うまくいけば、新しい薬品に出会えるかも知れないから。この気分に陥った危ない孔を何度も止めたのも、遠入だった。


 部活の日、珍し先輩より早く化学室に来た遠入は、先輩のために活動の準備を進めていた。少しすると、いつもより多めに材料を持ってきた先輩がゆっくりと入ってくる。


「あ!先輩、お疲れ様です!」


 持ち前の明るさであいさつをするが、返事がない。いつもならきちんと返してくれるのに。


 黙々と材料を取り出して調合を始める先輩。遠入は空気を読んで余計なことは言わずに先輩の手伝いをするが、その先輩の様子に異変が起きていることに徐々に気づいていく。


「…先輩?具合でも悪いんですか?」

「え…いや…。ちょっと良いか?」

「何ですか?」

「俺は今からこの薬をこっちの試験管の薬に入れる」

「はい」


 先輩が示したのは、明るく反射する緑色をした薬品だった。どんなものかはいまいちまだ判断ができなかったが、それがどうしたのか。


「この薬はめちゃくちゃ危ない奴だ。この二つを混ぜると気化するんだが、はっきり言ってこれを吸うと確実に死ぬ」

「なんでそんなもん扱ってるんですか?!先輩術者云々の前にマジで捕まりますよ!」

「術者は逃げるのがうまいから…」

「でも先輩箒とか乗るんですか?」

「乗れない…箒にも嫌われてるって親戚にも笑われたくらいで…」

「はあ!?」

「とにかく、俺は今からこの薬を調合する」

「やめてください!突然辛くなって自殺とか勘弁して下さい!」

「俺も死にたくない。だから止めてくれ」

「はあ!!???」

「こうするしかないんだ。話は後で好きなだけ聞かせるから、今は何も言わずに俺を止めてくれ」


 先輩はそう言うや否や、危ない方の薬が入った試験管をもう一つの試験管に向かって傾けた。


「ああああああストップストップ!!!」


 頭の中が「危険」の文字でいっぱいになった遠入は、考えることを辞めて薬品類と先輩を引きはがすことに集中した。

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