魔女からの最高の置き土産 ⑤
「俺もまだまだガキだから、今みたいに熱くなることもあるし、道理がなっていないことだって捲し立てる。だから、もう今日はこれでいいや」
ここでまたはあ、とため息を一つ吐くと、これまで凍っていた空間が少し解けたような気がした。
今ここで引いておかなければ、それこそこの間に通報されてお縄にかかるなんてこともあり得る。今冷静になって思えば、こんな話を子供にしたところで何か現状に進展があるわけでも無い。何を期待していたのか。
「だからと言って、これで全部終わりだと思うな。今後のお前たちの出方次第では、俺たちにも考えがあるからな!肝に銘じておけ」
釘も刺しておこう。
「ああ、それと校長」
「なんだ…」
「この学校って、確か昔術者がいるって騒ぎになったことあるだろ?」
「さ、さあ…少なくとも私がいた間にそんな騒ぎは無かった」
「ダメだろ、校長ならちゃんと知っとかないと。その事件があったから、今でも高官がここに入り浸るんだろう」
「一体何の話をしているんだね」
「今から四年前の新入生で『神崎』っつー生徒を調べ上げてみろ。あのおっさんたち、この状況を知ったら今よりもっとここに入り浸るぞ」
校長はこの言葉に首をかしげたが、孔は無視して試験管立てを持って先ほど爆発させた箇所で屈み、まだ残っているガラス片や薬に触れる。すると、まるで逆再生でもしているかのように液体が宙に集まり、ガラス片が元の試験管に姿を変えた。当たり前のようにその液体を試験管の中へ流し込むと白衣の中へしまい、その足で今度は大塚の元へ歩み寄った。道中、何人かの生徒の間を通ったが、誰もが孔から距離を置くようにその場を退いた。大塚本人も例外ではなく、今現在抱いている恐怖を包み隠さずに顔に出していた。
「そんな怖がらなくてもいいだろ?」
「いや、だって…って、え?」
「この中からどれでも好きなものを選べ」
大塚は言葉に詰まった。当然である。先ほど孔自身が壇上で揚げた、確実に自分が扱ってはいけない薬品を目の前に突き出されて「選べ」と言われているのだから。
「選べったって、それ、人を殺す薬とかでしょ?俺さすがに人殺しは…」
「良いから。好きなもの選んでみろ」
「ええ~…」
彼は仕方なく、言われるままに薬品を選んだ。三つ並ぶ中の真ん中、毒々しく真っ赤に光る薬品に指を指した。順番通りなら、『この世を滅ぼす薬』だろうか。
「…これか」
「ま、まさかこれを俺に飲ませるとかじゃ…」
「んなことするわけねーだろタコ」
孔は、その選ばれた赤い薬品の入った試験管を取ると、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えて指をパチンと鳴らした。
その瞬間、あの見るだけで死にそうだった赤い色が、みるみるうちに神々しくも見える黄金色へと変貌した。その始終を見た者は、感嘆せずにはいられなかった。
「ほらよ」
孔は慣れた手つきで試験管に栓をすると、底の方を彼に向けた。
「…え?」
「やるってんだよ」
「これをですか?」
「他に何があるんだよ。成績の代わりだ、悪いことしたな」
「あ、ありがとう、ございます…」
大塚は、躊躇うようにしてガラス製品をそっと受け取った。中で美しい液体がキラキラと揺れている。
「でもこれ、危ない奴じゃ…」
「そのまま渡すかよ。魔法で変えてやったんだよ。『この世を滅ぼす薬』っていうのは、簡単に言えば麻薬みたいに中毒性のある薬だったんだよ。これを一人に飲ませて、他の奴に広めさせれば、そのうち勝手に何でもかんでも全部滅ぼしてくだろ」
「……」
自分はなんてものを選んでしまったのか。大塚は戦慄した。
「麻薬類は一切使わずに、代用品の材料と魔法だけで作ったもんだったんだけど。お前がそれを選ぶなら、もっといいものに変えてやったんだ」
「ど、どんな奴ですか」
「『一定の期間だけ幸せになれる薬』」
「や、やっぱり危ない奴…」
「良いのか?人が死ぬ薬に変えてやってもいいんだぞ」
「ごごごごめんなさい!!!」
「前の薬の、周りに影響を及ぼす特性としつこい特性を活かしたものでな、効果のある間はとにかく幸福感を得られる。誰かが幸福だと妬む奴も少なくないから、そいつもついでに一緒に幸せになれるっつーお花畑な薬だ。お前が悪いとは言え、お前に対しては結構無慈悲だったこともあったからな、さっきのご褒美。大事に使えよ」
「…は~すごいっすね…魔女ってこんなこともできんだ」
「俺ができるだけだよ。普通はこんなことできない」
薬を受け取った彼は、未だに目を輝かせて透き通ったその液体を見つめている。孔は、その姿を見てなんだか嬉しくなりながら、残りの試験官を白衣の中へしまった。心なしか、周りの人間も何か物欲し気な目で見つめてきたが、何とか目を合わせないようにやりすごした。
「幸運になったのとは違うから、気をつけろよ。…これは、俺の先生の受け売りだが、物事は全てその人自身の感情によって決まるそうだ。暦の神様は、それも含めて全部決まってるっても言ってたけどな。幸福な分、物事の判断もいい方向へ向かいやすくなるはずだ。…術者もそうだと良いんだけどね」
「やっぱかっけーな…術者って」
「だからって意見を簡単に変えることはするなよ。嘘つきになるから」
「はい!ありがとうございます!」
孔はにっこり笑うと、宇佐美にも目で合図した。彼女は彼の薬品は欲しがらないから、何も触れないでおいた。
最後に体育館の出入り口に立つと、彼は大きな声で最後を締めくくった。
「それじゃあ、こんな魔女のために時間を割いていただき感謝の極み、皆さまにはこの魔女めのお言葉が届くことがあれば心嬉しく思います。先生方への魔女の置き土産は更に用意してあります。後日までお楽しみに。それでは皆様、良い学校生活を。最後に、術者の人間の歴史は、きちんと勉強しておくことをお勧めします」
遠藤と武藤の顔を見届けた後、西洋の血筋らしく所謂ボウアンドスクレイプをして、勝手に帰宅した。




