魔女からの最高の置き土産 ①
「それでは次に神崎先生、どうぞ」
マイク越しに発される遠藤――教頭の声が体育館中に響く。あんな事があった手前、思い出すのも苦痛で最低限近づかないようにしていたのだが、逃げ出す時間も逃して結局『離任』という正式な方法で職場を離れることになってしまった。なるべく周りの自分についての記憶や存在は薄いままでとっとと逃げてしまうのが理想だったのだが、出ていくのならそれに相応する作業が増えるために結局それは叶わなかった。唯一の救いは、長谷川姉妹が卒業した後だったおかげで、こうして壇上に立っている姿を見られて笑われることが無い事だろうか。
「ほんの数か月だけだったけれど、君たち生徒たちが私を快く受け入れてくれ、たくさん話しかけてきてくれたので充実した数か月を過ごせました。ありがとう。これからも頑張って勉学に励んで下さい」
…と言うことができれば何事も無く全てが終わり、何なら彼への株も上昇すること間違い無しだろう。しかし、彼は嘘でもそれを実行する程思いやりがある人物ではない。これまで過ごした期間の中で、どんな感想を抱いたか。どんな生活を送ったか。それに相応する仕返しまたは御礼という置き土産を経て、彼の仕事は全て終了する。
「皆さんご存じの通り、今日で私の仕事の全てが終了します。それにあたって、これから話しておきたいことが山ほどありますので、よく聞いてください。ちなみに、寝ている者や話を聞いていない者は見つけ次第私の薬が火を噴きます」
彼はまず薬が入った何本かの試験管を取り出し、はっきりと宣誓した。指の中で納まっている試験管の中身は、青、赤、黄緑、果てには赤紫のような色をしたものまであり、この体育館の照明に照らされてキラキラしている。その毒々しさを目の当たりにした生徒から教員まで、その場の全員が硬直した。
危険なため止めさせなければと、数名の男性教員が登壇しようと階段に足をかけた時、孔の手の中にあった薬の一つが彼らの目の前まで投げ込まれ、その場で小さな爆発を起こした。
「ちなみに、皆さんに向かって右から、人を一瞬で殺す薬、この世を滅ぼす薬、かけたところが蒸発する薬です。ちなみに今のは間違えて違う材料を入れて失敗した薬です」
爆発した箇所には一切目もやらず、孔は変わらず前を見据えて淡々と解説をする。ある意味不気味とも思える彼の反応に、もう止めようと思う者もいなくなった。
「さて本題に入りますが、次はこれでは済ましません。寝るのなら相応の覚悟を持って寝てください」
どこにしまっていたのかおもむろに試験管立てを取り出し、薬の入った試験管と共に演壇の上へそっと置いた。これでいつでもすぐに薬を取り出すことができる。
「まず私が何を言いたいかが分からないと話が頭の中に入らないと思います。ですので、まず率直に結論から述べますが、皆さんは術者についてどのような思想を持っていますか。身近に術者がいた時のことを考えたことがあるのでしょうか」
その問いに誰も声を上げない。今起きた一連の流れを見たからではなく、これまで化学の担当だった先生の口から唐突に術者の話題が出てきたことに動揺しているのだろう。社会人ならともかく、あまり世の中のことを深く考えたことが無い学生であれば、このような問いかけをされても無理はない。
「術者に対して否定的な意見を持つ者、肯定的な意見を持つ者、さらには自分自身が術者だという者もいるでしょう。以前、術者に関する講演があったことは忘れていないでしょうが、あの時を過ごした術者は非常に地獄だと思える時間を過ごしたかと思います。なぜ私がそう思うでしょう」
相も変わらず誰も口を開かない。しかし、その沈黙は次の一言ですぐに破られた。
「それは、私が『魔女』という術者だからです」




