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子曰く  作者: 神秋路
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魔法章 ⑤

 学校に置きっぱなしにしていた私物を持ち帰ったことで、研究室の机の上には物が散乱することになった。休日はその手入れや片付けに追われ、例の石については詳しく確認することができなかった。まして、自宅までの道のりを覚えた命が訪ねてきたため、そちらに目を向けてなどいられない。


 天気の良い昼下がり。彼女は少々頬を赤らめながら神崎邸の戸を叩いた。客人の約束も無かったために気を緩めていた孔は、危うく手に持っていたフラスコ三本を落としてしまうところだった。


「こんにちは、道心さん!」

「ああ、こんにちは…どうしたの?」

「あのね、道心さんにお願いしたいことがあって」


 彼女はウキウキしている様子で、まるで耳打ちでもするかのように孔に近づく。彼も彼女に視線を合わせ、丁寧に耳を傾けてやる。


 すると、嬉しいような悲しいような、そんな言葉が耳を通った。


「あのね、魔法の勉強がしたくて」

「魔法の?それでどうしてわざわざ…お母さんに聞いた方が良いと思うけど?」


 一応彼女の中では『道士』と名乗っているため、簡単に承諾できることではない。孔は慎重に命へ言葉を返した。


「そうとも思ったんだけど、お母さんは道心さんの方が良いって言うの。あと、凪お兄さんも」

「どうしてここで凪が出てくるの?」

「だって、お兄さん言ってたのよ、道心さんは道士じゃなくて魔女だよって」

「……」


 あの野郎、やりやがった。馬鹿じゃないのか、いいや、あいつは馬鹿だった。筋金入りだ。確かに凪には、命に道士と名乗っている事は話していない。でも、だからと言って普通馬鹿正直に言うだろうか?否、そんなことをする奴は居ない。しかし、ここに存在してしまっていた。


 頭の中がサーッと白くなっていくのを感じた。何と言い訳をしよう。相手は、なぜ自分に嘘をついていたのかと思っているはず。果たして、自分は相手が納得できるような答えを出すことができるだろうか。


「あ、あー……」

「だから、お兄さんの方が良いと思って。あのね、波美お姉さんが言ってたんだけど、道心さんって道士の波美お姉さんに道士のことを教えていたんでしょ?」

「ま、まあそれは事実なんだけど……ごめん、騙してて」

「ううん、そんな事気にしないで。魔女でもそうでなくても、道心さんは私たちの味方でしょう?それに比べたら、嘘をついてた事くらいなんでも無い。もしかしたら、理由があって私に嘘をついたのかもしれないでしょ」


 命はニコニコしながら言い聞かせるように返す。彼女の言う事に間違いはないが、孔自身は彼女の人格を見て嘘を吐いてしまった事に後悔していた。


「君いくつだっけ?」

「今年で十一歳だよ!」

「はは、こんな人格者みたいな十一歳は初めて見たよ」

「ジンカクシャ…って何?」

「君みたいな人の事だよ」


 そう言いながら孔は、命を椅子に座らせその前に紅茶を差し出した。お詫びの意味も込めて、一番良い茶葉を選んだ。


「…まあ、俺も情けない事をしてしまったし、俺なんかで良かったら教えてあげるよ」

「ほんとっ!?やったあ!道心さん、ありがとう!」


 先ほどとは真逆の、年相応の反応を見せる命。それに対して孔は、あんなに不憫に思っていた目の前の少女が、たったこれだけの事で飛び跳ねて喜んでくれるようになった事が何よりも嬉しかった。彼女の興奮が収まるまでずっとその様子を眺めていられた。なんだか、彼女と自分には『同族』だけでは表しきれない繋がりでもあるのではないかと思えた。例えば…伊織に感じたそれと似たものだと思われた。


「私ね、前にも言ったけど、魔法が使えないの。だから、お母さんがいくら私に魔法を教えてくれても、何にもできなかったの。だけど、きっと道心さんなら私に魔法を使わせてくれるって、お母さんが言っていたの」

「そっか…そんな事を」


 ほとんど努力のみだが身に着けたこの力を、そんな風に言われれば努力した甲斐があり魔女冥利に尽きる。久しぶりに、生きる活力を得たような気がした。


「ちなみに、今は何か魔法が使えるの?流石に全ての魔法が使えないわけでは無いんでしょ?」

「うん…でも、大したものじゃないの」

「何が使えるの?それによって教えられる魔法が絞れるから教えてくれないかな」

「…言っても笑わない?」

「笑わないよ」

「……箒に乗るのと、火起こすだけ」


 命は少し躊躇いながらも小さな声で答えた。魔法を学び始めた孔と比べれば、彼女はまだ多岐に亘る可能性を秘めている。


「まだ箒に嫌われていないなら何とでもなるよ、大丈夫」

「でも、だって、箒に乗れる事を抜いたら私、小さい火を起こす事しかできないんだよ」

「お兄さんはね、未だに箒にも乗れないんだ。そんな魔女が二十年も生きて来られたんだから安心して」


 命は目を丸くさせた。目の前の、自分がこれから師と仰ぐ魔女が、魔女のスタートラインにすら立てていないという事実を突然突き付けられては仕方がない反応である。しかしその目は、目の前の相手を軽蔑するのでも見下すのでもなく、むしろ尊敬しているように見える。


「すごいなあ、それでもこんなにすごい魔女になれるんだ!?」

「薬学の知識もあるから、全部が全部魔法っていうわけでもないけどね。知識を付ければ、色んな魔法の使い方ができるんだよ」

「わあ、すごいすごい!私、勉強頑張る!」


 そうして、孔による魔法講座は日が暮れる頃まで続いた。さすがに暗い森の中を一人で歩かせるわけにはいかないため、命は孔自身が家まで送り届けた。伊織とも顔を合わせたが、あれ以来暴力などは一切受けていないようで、怪我も何もない元気な様子だった。

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