魔法章 ④
「暇つぶしだよ」
後々本人に聞くと、彼女はきっぱりとそう言った。何となく察しはついていたが、罪の無い武藤がかわいそうに思えてしまう。
「生徒が担任と話をするのはそんなにおかしな事かい?」
「いいや、全く。それくらい良好な関係が築けてるんだから、良い事だろうな。でも、お前らがそんな関係だなんて微塵も思っていなかった」
「この世で生きるのならば、目上の人と仲違いしないように努めるのは当然の事。そうでなければ、全てにおいて自分を高めることはできないからね。この世は全て、『大人』という先輩によって形成されているのだから、わたし達後輩はそれに倣っていかなければ生きていくことはできないよ」
「あーつまり、自分が人生で優位になれるように有能な大人には媚びを売っとくってことね」
「失礼な物言いだ」
彼女は孔に悪質な言い換えをされたことに不満を感じていたようだったが、孔は彼女の生き方や心情の一部を聞いた事で、彼女のそれまでの自分たちに対する態度の真実が分かった気がした。
この日の彼女は、いつもの小説ではない誰かの詩集を読んでいた。彼女自身、どこか詩的な話し方をする節があるが、詩を書いたことは一度も無いらしい。そんな事から、勝手に彼女は勝詩は読まないものと思っていたが、どうもそうでは無かった。
「この教室も、随分片付いたものだね」
八千代はふと、今いる化学室を見渡してそんな事を言ってみる。
「もうこことはおさらばだからな」
孔は、これまで化学室に置いてきた私物をまとめながら答えた。
「分かってはいたけれど、本当に寂しくなるね。わたしも、先生と一緒にこの学校を辞めてしまおうかな」
「もう卒業なんだから我慢しろよ…ところで、お前らは進学でもするのか?」
「面白い事を言わないでおくれ。今更わたし達が大学でお勉強をしたところで、お金の無駄になるだけだよ。分かってるくせに」
「そうだな。お前らは、自分の能力は自分の為に使おうとするような奴らだからな。世の中の為なんて微塵も思わないもんな」
「よく分かっていらっしゃる」
「お前が今言ったんだろ……」
長谷川姉妹の身の振り方は、もう彼女たちが生まれたその時から決まっていた。八千代は、母方の巫女の血を守るために生き、千代は父の会社を継ぐために修業するのだという。家柄が家柄なために将来に縛りがあるのは仕方の無い事だが、両親は寛容で「お前たちにやりたい事があるのなら、それを優先しなさい」とも言われたという。だが、八千代の執筆はいつでもできる事だし、千代も他に行きたいところもないから、と二人は両親の望む道へと進む事にした。
孔は、そんな二人が何となく羨ましく感じた。
「母方の家に入っても、特に特別な修行をするわけでもないんだ。何をするのかと思ったら、お家に関わるお勉強と、お祈りと…あとは、橘家へのご挨拶かな。これはずっと欠かさないものだから」
「そうか。凪にもよろしく言っといてくれ」
「幼馴染なんだろう?自分で行きなよ」
「俺が行かずとも勝手に向こうから来るって」
八千代はまた、彼女らしい笑い方で笑った。その後、思い出したかのように、あることを呟いた。
「先生、デウスエクスマキナって知ってるかい?」
「さあ、知らないな。技名のようにも聞こえるけど、それがどうかしたのか?」
「ふふふ、まさに、わたしのような人間からしたら必殺技にも相当するかもね。これはね、舞台やオペラなんかで用いられる演出技法の一つなんだよ。日本語で、『機械仕掛けの神』とか「機械仕掛けから出てくる神」って言われるんだけれど」
「機械仕掛け?神が操られもしてるのか」
「半分正解。神の役をする人が、機械に吊られて降りて来ることからそう言われているようだよ。わたしも、つい最近調べたからあまり詳しくはないんだけど」
「舞台とかで見るああいうのを想像して良いのか?」
「うん。まさにそれだろうね。他にも、舞台装置としての解決に導く神そのものが機械仕掛けである事とも解されるようだけれど、ここまできたらわたしには分からないな」
彼女はスマホを取り出して、過去に自分が調べて入ったサイトを再確認しながらそう言う。しかし、そもそも彼女は舞台の台本ではなく小説を書いているため、本人の言う通り詳しくないのだろう。
「そんなに詳しくないのにどうしてそんな話を?」
「ううん、最近知った事なんだけど、先生は知っているかなと思って」
「さっきも言った通り、分からないな」
「そっか。これはね、大どんでん返しとも似ていて、夢落ちとも同じとされているものみたいなんだけれど、本質は違うみたいなんだ。ご都合主義ってやつ?本好きな先生はどう思う?」
「程度にもよるな。神様が手を貸してくれるなら、それは全ての登場人物に対してではないとなんだか納得もできないし。夢落ちも場合によっては読み手にモヤモヤさせるだけさせて作者は逃げてるみたいだし」
「そうだね。わたしも好きでは無いし、あの漫画の神様も避けていたそうだよ」
彼女は、スマホから目を離さない。こうして会話している間に、さらに深掘りしたくなったのかも知れない。
「…でも、もし本当にこんな状況になったら、どうする?」
「本当に?あり得る事なんだったら、いくらでも起きて欲しいけどな」
「わたしもそう思うよ。きっと、今の今まで存在していた術者や、今この時に生きている術者の全ては、それを望んでいるだろう」




