魔法章 ①
「本当にお世話になりました」
「いえ。ちゃんと治せて良かったです」
数日後の朝、伊織は世話になった孔の家を出た。傷もすっかり無くなって、彼女も元気が出たようで、彼女から家に帰ると言い出したのだ。
「家もしばらく空けてしまったし、お掃除もしなくちゃだから、早めに帰らないとね。たぶん、人間たちに壊されてしまっているかもしれないけど…」
「その時はまたお手伝いしますよ」
「まあ、ありがとう」
「それから、また何があるか分かりませんから、これ持って行ってください。今まで使っていた薬と同じもので、使い方も同じです。怪我でもしたら、これを使ってください。外傷なら大抵効きますから」
そう言って孔は、傷薬の入った瓶2本が入った紙袋を伊織に手渡した。
「重いかもしれませんが…」
「いいえ、これくらい大丈夫。何から何まで本当にありがとう」
「…母にできなかったことですから。森の外まで本当について行かなくて大丈夫なんですか?」
「ええ。私も魔女だから大丈夫よ。見つからないようにするには、いくらか心得があるし」
「そうですか…どうか気を付けてくださいね。凪にはもう連絡してありますから、もしかしたら向こうから来てくれるかもしれません」
「ええ、分かった。あなたも、どうか気を付けてね」
彼女は、森の中をしっかりとした足取りで進んでいった。初めて出会った時よりも、自身に満ち溢れていて、なんだか羨ましくもあった。
「さて…」
次の悩みどころは、凪とヨミが押し付けてきた石である。ヨミが言うように人目の触れないように管理するには、地下室がうってつけの場所ではあった。しかし、地下室は幼い頃からの付き合いの魔法書、バリウムちゃんの載った雑誌、小説、時々漫画の更に魔法書と、足の踏み場もないほど蔵書されており、きちんと整理して片付けなければまともに人1人はいることすらままならない魔境であった。正月も終わって仕事が始まってしまったため、少しずつではあったが、着実に片づけは進んでいたと言える。
そんな話を何となく八千代にすると、彼女はここぞとばかりに饒舌になった。
「そんなときこそ、柳原三珠の魔法書じゃないか」
「んなもんに生活費をささげていられるか」
「でも、先生の持っている魔法書はボロボロで、蔵書も多そうだから見つけるのだけでも時間がかかるんじゃない?柳原の魔法書は色んな魔法を詰め込んだ魔法書だから、あれ1冊あれば大抵なんとかなると思うんだけど」
「確かにそれは魅力的だけど…」
「本音はわたしに印税をつぎ込んでほしいだけなんだけどね」
「やっぱりな……」
凪からあの魔法書の話を聞いてから、何度も本屋で買おうか悩んだが、彼女が言うように規模が大きいので手も足も出なかった。彼女の本を用いれば、確かに喪失症にかかっている今なら魔法を使うのに重宝しそうだが、贅沢はしたくないので仕方がない。
「まあ、時代が進んだから魔法書も買い替えなきゃいけないのも事実だけど…ガキの頃から一緒だった魔法書ばかりだから、本当は死ぬまでそいつらと一緒にいたいのもあるんだ。だから、もう少し考えさせてくれ。もしかしたら喪失症も収まるかもしれないしな」
「それならそれでいいよ。私も作者だから1冊持ってるんだ。巫女には必要ないから、必要な時はあげるよ」
「持ってんのかよ……」
何かを封印するという行為は、どの国にも古代から存在していた。孔の持っている魔法書にもいくつかそのような類の魔法が載っており、丁寧に扱えば苦労することもないだろうと判断していた。けれど、正体の分からない物である以上、気は抜いていられなかった。
地下室に降り、机を用意し、敷いておいた布の上に石を置いて1つ目の魔法をかけた。
「結界章第4段第3番…」
1つ1つ丁寧に詠唱すると、魔法で編まれた鎖が石を包み、やがてがんじがらめにしてしまった。久しぶりに魔法が成功したことに孔は安堵した。
「…悪趣味な魔法だなあ」
などと、悪態を吐きながら。
この魔法だけでは、石そのものを拘束しているにすぎないので、それからも何重にも魔法をかけた。
「結界章第5段第12番…」
「結界章第2弾第7番…」
「幻霧章第1弾第3番…」
魔力を放出させない魔法、外からの魔力に反応させない魔法、第三者からの目を逃れる魔法…という風に、次々と魔法をかけていくと、気づけば石の周囲には魔法陣や鎖がてんこ盛りで、元々の縁起の悪さにさらに拍車がかかっていた。一方、孔自身は久しぶりにまともに魔法を使えたことで、どこか楽しさを覚えていた。




