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子曰く  作者: 神秋路
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縁起の悪いもの ⑦

「この町は、夜になると本当に静かになるんですね」


 道中、ちょうど森の中に差し掛かった時に伊織が口を開いた。


「そうです…ね?」

「ああ、ごめんなさい。いつもは、家の方に籠ってばかりで、あまり外の様子を見ることが無かったので…」

「俺もいつもはこの森の外に出ませんから、分からないのは同じです」

「…今日は本当にありがとうございました。命も、あのような場は初めてですから、きっととても楽しかったと思います。母親の私がそれを全うできないのも、恥じなければいけませんね」

「いえ、本当に気にしないでください。怪我の方が心配だったのですが、その様子だと傷口は開いていないみたいですね」

「ええ、おかげさまで。ですからもうお暇しようかと思っていました」

「まだですよ。完治するまではここにいてください。でないと、また襲われたときに傷口が今度こそ開いてしまいますから」


 と、言いながら孔は自身の腹部を右手で押さえていた。人のことを言っておきながら自分はまともに傷を治すどころか、すでに血が流れていた。薬のおかげで痛みはなかったが、いくら孔でも血を流しながら血を作ることはできない。いつ倒れてもおかしくないのだ。


「本当にすみません…」

「同じ魔女ですから、当然です。それに…」


 あなたは自分の母親に似ていたから…なんて、そんなことは言えない。


「やっぱり、何でもありません。今鍵開けますね」


 素早く玄関の鍵を開け、中に入るよう伊織を促す。彼女は、もう遅いので寝ることにする、と言って、与えられていた部屋に入っていった。

 孔はそんな伊織を見届けた後またすぐに外へ出て、思う存分吸いたいだけの煙草を吸った。小一時間たっぷりと自分の肺に有害物質を詰め込んでいると、なんだか頭の中がふわふわとしてくる。有害物質によるものか、ただの眠気か考え込んでいると、森の雪を踏む音が近づいてきた。徐々にその音は近づいてきて、孔の目の前で止まり、一言言った。


「私もご一緒してよろしいですか?」

「ああ…お前か」


 ヨミだった。

 彼はこの寒い雪の中先程と変わらない装いで、右手には既に煙が出ている煙管があった。金の装飾や模様が施されており、火皿はどうなっているのか、三日月の形をしていた。

 彼が隣に座ると、孔の鼻先を紫色の煙が掠めた。


「ついてきたのか?仕事があるとか何とか言ってたのに」

「捗らなくなりました」


 ヨミはどこか恨めしそうに夜空を見上げた。森の中では木々が邪魔をしているので分からなかったが、知らないうちに雲があの美しい月を覆い隠していたのだ。


「月が見えないと何となく気が進まなかったり疲れたり目が悪くなったりするので、こういう時は何もしないことにしているのです。用事は探せばありますし、まだ読んでいない本も溜まっているんです」

「じゃあ、こんなところで魔女と煙吐いてる場合じゃないんじゃないのか?」

「これは用事を探した結果の用事です。あなたと煙を吐く用事を見つけたのです」

「またすぐ詭弁めいたことを…」


 ヨミは知らないふりをしてまた紫の煙を吐いた。孔が吸っているものよりもはるかに危なそうな印象がある。こっちの方が魔女らしいような気もする。


「ちなみに、用事は煙を吐きに来ただけではありませんよ」

「じゃあなんだよ」


 孔はいい加減ヨミの吐いた紫の煙を払った。ヨミは狙ってやっているのか、彼の風上にいるので、必要以上の煙を浴びていた。


「昼間に凪から受け取ったあの宝石はどうしました?」

「あー…今のところ本当に何も分からないから、机の上に放置してるけど…」

「あれは今のところ危険が無いのは確かなのですが、少しでも条件を満たしてしまうと中の魔力が孵ってしまいますから、管理には本当に気を付けて欲しいのです」

「だったらお前が管理したらいいんじゃないのか?」

「残念ながら私では力不足なのです。魔力を扱うのは苦手ですし、これから新月に向かっていきますから…ですので、孔にお願いしたいのです。凪もそう判断したのでしょう」

「別に構わないけどさ……条件って何なの?」

「あの医師に込められている魔力は、おびただしい数の人間の恨みそのものというところまでは分かっているんです。ということは、それに関わる者が触れたりでもしたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかです。」

「いや、もしその関わりのある奴が俺だったらっていう可能性は無かったわけ?」


 孔はこの日3箱目の箱を開けながら言う。これではもう立派なチェーンスモーカーだなあとしみじみ感じた。


「孔はどちらかというと恨みを持つ側であって、誰かに恨まれるようなことはあまりないでしょう。人間からも、恨みというよりも嫌悪されていますし、恨まれているとしてもあんなに濃度の高い恨まれ方はそうそうしないでしょうね」

「それ貶してる?それとも庇ってる?」

「どちらでもありませんね」

「はあ……」

「あなた程の魔女であれば、魔力のある物でも管理の仕方が分かるだろうとも思ったんです。それで、煙を吐くついでに伝えに来たんですよ」

「ああ、煙が優先なんだ……じゃあ、あれはむやみやたらと誰かに近づけさせちゃいけないのか」

「そういうことです」

 

 ヨミは満足そうにまた煙を吐いた。

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