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子曰く  作者: 神秋路
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縁起の悪いもの ②

「そんなこと言わないで。僕だってこれに困ってるんだから」

「っていう割にはデスクの中にほっておける余裕はあるんだな」


 凪はどこか気味悪そうに孔にその宝石を手渡した。


 実際に手にしてみるとかなり大きく、ずっしりと重い。宝石と言っても、色も形もお世辞にも綺麗だとは言えず、傷だらけで赤みの強い紫に染まっている。宝石というよりも地獄にある岩をちぎって持ってきたような印象だった。正直持っていたくない。


「…で、なんなの、これ」

「だから拾ったんだって。参道のど真ん中に落ちてたのを朝早くに見つけたんだ。ただの石ころじゃないとは思ったけど、これは僕の専門外だからねえ」

「もう一度言うけど、俺は何でも屋じゃないんだからな」

「だけどこれを調べる術を持っているのは知り合いには君しかいないんだよ」

「……」


 凪の言う通り、この石を調べるのなら、環境や専門的な知識から言っても孔が一番だろう。しかし、孔は喪失症の件や怪我の件や仕事の件などでやることが山積みであったし、これほどまでに気味の悪いものを持ち帰ることに対して全く気が進まなかった。


「結論から言うと…確かにこれに魔力は籠ってるけど、これを調べてどうしようってんだよ」

「別にどうもしないよ。危ないものであれば壊してしまわなければいけないし、神聖なものならそれはそれでなんとかしなければいけないよね。どちらにしろ、結果が分かればそのあとは僕らの仕事」

「そこまでしてまで解決することなのか、こんな石…」

「ほっといて何かあったことの方が問題だろ」

「凪!そろそろ時間よ!早くしなさい!」


 奥からこれまた聞き覚えのある金切り声が聞こえる。


「はい、お母さん。今行きますから待ってください」


 凪は柔らかい物腰で応えると、「それじゃ、御祈祷の予約がいっぱいなんだ」と、烏帽子をかぶりなおしてから奥に続く拝殿へと消えて行った。

 それまで二人の会話を聞いていた伊織は、孔の手元の石に興味深々だったが、長谷川姉妹は今の凪の反応に戸惑っているようだった。


「母親だよ」

「え?」

「あいつの母親。昔で言う教育ママみたいなもんだ。あいつを完璧な跡取りにするためならネグレクト同然の教育をすることだって厭わない女だよ」

「ネグレクト…」

「宮司さんは平気だとおっしゃっていましたが…」


 いいや、平気なわけがないだろう。

 息子がこの年になってもあの調子の母親なら、今も昔も変わらない。

 あの凪の声は、きっと何も案が得ないようにと心を押し殺した結果のようなものだろう。自分に暴力的な母親の相手をするには、感情というものが一番邪魔になる。二十五年間生きてきてやっと手に入れた避難方法だろう。


「あいつが物を話すとき、何か印象が違う敬語だった時は、怯えている時なんだ。普通の敬語とは違う」

「…そうなんだ」

「そういう時は、話を聞いてやってくれ。ストレスが一番溜まってる時だから、下手に励ますんじゃなくて、何か喋らせるんだ。何でもいいから。天気いいですねーとか。大体それで元気出す」


 その役目は普段、妻である波美が担っているが、姑がいる場所だときっと引き離されていることも多いだろう。その場合は、頭のいいこの双子が役に立つ。


「凪は必ず愚痴は話さない。愚痴の代わりに、なんでも話したいことを話すんだ」

「…その方が有意義だからね。わたしもそう思うよ。」

「宮司さんのお母さまは、どうしてそこまでして教育を施そうとするのです?」

「それが分かるようになれば、きっとその子育ては大成功ね…母親にとっては」


 それまで石を見つめていた伊織が、凪が消えた拝殿を見つめて言った。この場の時間だけが止まっているように思えた。


「…かわいそうな親子……」






 時計はもうすぐ二十四時を指そうとしている。再び月占神社に足を運んだ孔と伊織は、昼間通った道を使って、社務所まで凪を訪ねた。一日中祝詞を奏上し続けた凪の喉は、もう限界点にまで達している。


「あ…来てくれたんだね……」

「声大丈夫かよ……」

「去年に色と々宣伝になるようなこともしちゃったからねえ…人も増えちゃったんだ」

「そんなことだろうと思った」


 孔は白衣の中から薬の入った瓶を取り出した。


「飲め、すぐに治まる」

「ああ、ナイスナイス、ありがとう。伊織さんも、昼間からありがとうございます。忙しくて、大したお迎えもできなくて…すみません」

「いえ、こうしてお誘いいただけるだけで嬉しいもの」

「命ちゃん、あの時お昼寝していたみたいで、今は元気にうちの子と遊んでくれてるんですよ」

「じゃあ、あの子元気なのね、良かった」


 その時、凪の自宅の方から、命や息子たちと手を繋いで、波美が歩いてやってきた。子供たちはすっかり打ち解けて、追いかけっこなど危なっかしく遊んでいる。


「お母さん!」

「命!ちゃんといい子にしてた?迷惑かけてない?」

「大丈夫だよ!」

「命ちゃん、いつもうちの子たちと良く遊んでくれて、この時期なのですごく助かりました。家事も手伝ってくれるし」


 聞けば凪に引き取られたその日から、暇さえあれば波美の家事を手伝ったり、死にそうな凪の代わりに元気のいい日向や出雲の相手を自分からやり始めたという。


「おかげで私の負担も減ったし、凪も安心して部屋で死んでられるようになったんです」

「凪、有給取れ」

「簡単にできたら初めから死んでないよ」


 境内に残っているのは、孔や凪たちの他にはほんの少しの氏子たちだけだった。昼間の騒がしい雰囲気とは打って変わって普段の月占神社よりも静かで、神域とはこれを言うのか、と思えるほどであった。

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