そういうことも ①
「いっけね、寝ちまった!」
昨日と変わらない、木々のささやきの中で目が覚めた。テーブルの上には冷たくなった紅茶とティーセット。手元には読もうと用意して結局読むことができなかった本。
確か目を閉じたのは、まだ夕方にもなっていなかった時間帯だったはず。こうして紅茶まで用意していたんだから、きっとそういう時間だったはず。
「そんなに疲れてるもんかな」
今更どうこうしても既に手遅れなので、一気に脱力してそのまま心地よいソファに身を預ける。
そういえば、昨日の切り傷の薬はまだ実験が終わった段階のままだし、せっかく良い紅茶を淹れたのに冷たくなってしまったし、何なら昨日はあのまま道具の後片付けもせずに休んでしまっていた。こんなにも仕事を残しているなんて、珍しいの一言で済ますには全く足りない。
特に傷薬の客に関しては、近いうちに来るとのことだったから、急いで必要分作り足さないと何を言われるか分かったものではない。
「……まあ、そんな日もあるよなあ。きっと連日の実験続きで疲れに気づかなかったんだ」
などと、誰に言うでもない言い訳を残しながら薬を作ることから取り掛かった。倍に近い量が必要になるが、手順はもう把握しているので一日あれば終わるだろう。
「アロエなんてもの、今切らしてたよなー」
隅の方に追いやられている戸棚や箱を見て、材料の在庫を確認する。火傷の傷薬を作るためには火傷によく効く薬草を使うのが一番良いが、それがないのなら他で代用するしかない。
「ドクダミで良いか。カエンタケが残ってたから、それで効能転換の魔法でも使えばそんな変わらないかな……」
これまで自身が集めてきた魔法書や、自身が書き溜めてきたノートを見ながら、確実に魔法をかけてゆく。自身の知識と経験も併せれば、代用品でごまかすこともできる。彼は彼の努力に感謝した。
今日だけでも客人が来ませんように。
時間を取られたくない。平和に仕事して一日を終わらせたい。
そんな願いも虚しく簡単に崩れ去る。今日はそういう日だった。
カエンタケで火傷しないようにとか、分量を間違えないようにとか、いつも以上に集中して作業をしている中、入り口の戸をトントンと叩く音がした。自称「巷ではかなり温厚と言われている孔」も、この瞬間に頭の中の何かがぷつんと音を立てて切れた。その場の空間に綺麗な舌打ちが響く。
しかし、客人は客人。居留守を使うことの方が許せなかった。一区切りついた時、急いで扉の方に向かい勢いよく開けると、鈍い音と共に何かがぶつかる感触が掌に伝わった。
「……」
そこには、目を回して倒れている少女がいた。