母曰く ②
「どうした?」
顔を合わせても何も言おうとしない彼女に異変を感じた孔は、とにかく中に引き入れて落ち着かせようとした。紅茶を出したりお菓子を出したりとしてやるが、それだけでは少女の表情が晴れることは無かった。
「その子は?」
「魔女だよ。お前が前に出雲を連れてきた次の日にここまで迷い込んできたんだ。」
「ふうん…」
森の外…つまりそれなりの町中に住んでいて、その上それなりに顔が広い凪でも、彼女については心当たりがない様子を見せた。しかし、その目の前の少女を見るなり何やら思い出せそうだという顔をしており、何かを話すことはしなかった。
「また町の人間に嫌なことでもされた?」
すると、彼女は緊張の糸が切れたのか、たちまち大声で泣いてしまった。
「うううう……うわああああああん!!」
「よっぽど酷いことされたんだな…」
孔は驚くこともなく、彼女が安心できるようにとただただ少女の頭を撫でてやったり、背中をさすってやったりした。
「あのっ…あのねっ……」
「ゆっくりでいいよ」
「あのっ…お母さんがっ…」
「お母さん?」
「お母さんを助けて!!!」
その一言だけで、何があったかなんてこれ以上聞く必要はない。少女はそれからさらに涙を流して泣き止みそうになかった。とはいえ、切羽詰まった状況であるのは間違いないために、急いで町までいかなければいけないが、少女を一人で置いていくこともどちらか一人が町に行くこともどちらも好ましく思えなかった。孔が行っても事態は悪化するだけだろうし、凪が行っても手をっ出されてしまえばおしまいだろう。
「…どうする?」
「どうするも何も…ここでもたもたしてても仕方ないだろ。…もしかしたら殺されるかも
しれない。」
泣きじゃくる少女を抱きかかえ、二人は森を抜けて町へ出た。このあたりの町はかなり広いが、彼らは迷わずなるべく凪の神社がある栄えていない方角へ向かった。若い年齢の人間が少なく、閉鎖的な地域の方が差別や迫害の文化のようなものが根強い、というのが理由だった。
凪の地元はそんな場所だったが、人間の精神の深いところに関わる宗教を家業としている橘家は、歴史的にもあまり酷い扱いを受けることが無かった。その点を含めると、彼とこの場所に来るのは好都合だった。
『その場所』はすぐに見つかった。
いつもは閑散としていて、時折農機具の音も聞こえてくるその場所から、今日は数人の男の怒声と誰かの悲鳴が入り混じって聞こえてくる。神社の前を通り過ぎ、いくつか角を曲がったところ。
そこには、人だかりができていた。
「この穢れたクソ女が!ここに何の用だ!」
「ここにお前らの居場所はないんだよ!」
「まさか他にも仲間がいるんじゃないだろうな?」
「確かこの女、ガキが一人いたはずだ!」
「なんだと?!ガキまで増やしてやがったのか!」
数人の男が、何かを囲んで捲し立てる。中心にいたのは、泥と傷やにまみれた女性。距離があったので、息があるかどうかまでは確認ができなかったが、男たちが殴る蹴るの暴力を繰り返しているのを見ると、息はあるのだろう。
しかし、こんなところをまだ小さな少女に見せられない。彼女を凪に預けて早足で人だかりへと向かった。
「何してんだお前ら!!!」
男たちはハッとして孔の方を振り向いた。女性の方は何も動きを見せなかったが、微かに震えているのが分かった。
「なんだお前…医者が口出すんじゃねえよ!」
「なんでこんな時間にこんな奴がうろついてるんだよ!」
「つうかこんなニートみたいな医者、本当にいんのかよ?!」
孔は何を言われたのか一瞬分からなかったが、自分が白衣を着たままでいることを思い出した。
「医者でも何でもいいけど、こんな土曜日の真昼間から、寄ってたかって女一人に暴力三昧の暇人に言われたくないんだよ。死んでもしたらこんなところに放置するつもりだったのか?」
孔は気にせずに話を続け、目の前の女性を指さした。




