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子曰く  作者: 神秋路
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天才と天災 ①

「先生!!」

「どうしたんだよ、いきなり…」

「八千代を見ませんでしたこと?!」

「八千代?見てないけど…」


 武藤の方を見ても、彼も分からないというふうに首を振った。


「僕も今来たばかりなんだけど…校門でも見なかったな」

「いつもこの時間にはいるのか?」

「ええ、わたくしより先に来て、わたくしを教室で待ってくれているんですの。でも、今日はまだ来ていなくて…連絡を寄越しても繋がりませんの」

「風邪でも引いてるんじゃないのか?」

「それだったら家に直接連絡が来るはずですの!」


 孔と武藤は顔を見合わせた。そこまで事が重大なら、然るべき機関に届けでも出した方が良いのではとも思ったが、彼女や彼女の家がそうしないということは、何か意味があるのかも知れなかった。


「千代は八千代がどこに行ったのか心当たりはあるのか?」

「無くはありませんけど…今までにこんな事ありませんでしたから…」

「ひとまず今日は大人しくしてろ。俺らがごまかしておくから」


 千代は泣きそうな顔をしながらこくんと頷いた。武藤も状況を察してくれたので、八千代は風邪で欠席しているという事にして一日を凌いだ。


 その日は、昼休みも放課後もとても静かで、妙に作業に集中できた。


 飲みに行く前に、孔は先に荷物を置いて手持ちは財布だけにしたいという言い訳をして、一度自宅に戻った。何となく察してはいたが、玄関先には八千代が本を読んで家主の帰りを待っていた。足者には分厚い本が五冊は積まれている。


「明かりが点くからって、こんな所で本なんか読んでんじゃねーよ」

「やっと帰って来たね」

「ストーカーにでも成り下がったのか?」

「案外、結構森の深い所に住んでいるんだね。確かにここでなら、どんな薬を作っていても怖くない」

「確かにそうだけど、結構野生の獣も集まるんだよ。危ないから二度とこんな事するなよ」


 鍵を開けながら、孔はそう小言を言った。けれど八千代は何も気にしていなさそうだった。よく見ると、分厚い本の他に何かの小説の単行本が更に数を重ねて積まれていた。


「寒いから入れ。よくこんな所で待っていられたな」

「ふふふ。カイロを三つ持って来たからね」

「もう一度言うけど、二度とこんな事するなよ」

「教師としての立場が危うくなるから?」

「普通に危険だから!」


 孔は念押ししながら室内の明かりを点けた。すると、床に散乱した何かの資料や、机の上にある怪しげな薬や、壁に敷き詰められた本でいっぱいの本棚や、隅にあるソファなどが視界に入った。彼はそれらに目も暮れず、ただし資料は踏みつけないように気を付けながら部屋の奥を目指した。入り口からでは分かりづらいが、奥にある本棚の後ろを見てみると、更に奥へと進む廊下が見える。そこからは土足厳禁のようで、孔が靴を脱いだのに倣って八千代もローファーを脱いで上がった。


「ここに上がってもいいとは言ってないんだけど」

「わたしをここまで受け入れたのは君なんだから、どこまでも来られたところで君に文句は言えないよ」

「…そういえば前もそう呼ばれた事があるけど、俺の事そういう風に呼ぶっけ?」

「ここは学校では無いからね。先生と呼ぶのもおかしいだろう?それにわたしは、初めから君のことは『先生』ではなく『術者』としてしか見ていないからね」


 八千代は涼しい顔で言った。そもそも彼女は大人を大人とは思わないような人間だという事は既に分かっていたので、今更驚くことは無い。孔もそれ以上追及する事はしなかった。


「何時までここにいるつもりだ?俺これからまたここを空けるんだけど」

「帰って来るまで待っているよ」

「ダメに決まってんだろ。俺が悪者になるんだから。とっとと帰れ、俺は荷物を置きに来ただけなんだよ」

「大丈夫、何もしないよ。見つからないようにもするし、じっと本を読んで待っているよ」

「ダメったらダメ!帰りなさい!」


 孔がごねり返すと、八千代は不服そうな顔をしながらもやっと頷いてくれた。

 財布だけ持ち、そのまま八千代を追い出して家の鍵をかけると、二人で森を出た。道中、八千代の大量の本について聞くと、


「とても重くて大変だったんだけど、本を読めるならこんなの苦じゃないからね」


 と、彼女は汗を浮かべながら笑った。


「じゃあ、俺こっちだから。ちゃんと帰れよ」


 T字路で二手に分かれると、孔の心配は更に募った。何度も後ろを確認して八千代がちゃんと帰路についているか確認した。会場に着いて、いつもの通りに武藤の酒を飲んで気の赴くままに煙草を吸っていても、頭の中は八千代の事でいっぱいだった。


(…あいつの事だからまた家の前で待ってそうだな…今日は早めに帰るか…?)


 そんな事ばかりを考えていたので、誰から話しかけられても上の空だった。返事はできても生返事ばかりで、いつもはすいすいと酒を飲むはずの孔の様子がおかしいことはその場の全員が気づいていた。

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