もう諦めて ⑧
孔はまず武藤を元気づけることに尽力した。彼は比較的弱者の立場にある者を常に気にかける人物だったようだ。それが子供の時から続いているのなら、相当辛かった事だろう。
その性格もあって、凪は彼と仲良くするのが心地良かったのかも知れない。
「あとは俺が診ておきますから、武藤先生は戻って大した事は無いという事を伝えてくれませんか。あまり遅いと何か企んでいると思われてしまうかも知れませんから」
「分かりましたけど…神崎先生はそれで良いんですか?変なこと疑われたりでもしたら……」
「大丈夫ですよ。何か言われることには慣れていますし、なんとも思いませんから」
武藤はそれで納得したようで、静かに保健室を出て行った。すると、気を失っていた筈の八千代が突然噴き出して笑った。
「ぷっ」
「何がおかしんだよ、ぶっ飛ばすぞ」
「あはは、勘弁しておくれ。あの武藤、面白いものだから」
「そうか?俺は、生真面目な先生で好感持てるけどな」
「もちろん、わたしはあの人の事を尊敬しているよ。ここの教師の中で、わたしが巫女の末裔だという事を知っている人は先生を抜いて武藤しかいない。あの人は、わたしが打ち明ける前にあっという間に見抜いてしまったからね」
「術者の味方でいてあげられるように鍛えたんだろうよ。あの人みたいな人間が増えれば、泣く術者も減るんだろうけど…ところで、もう大丈夫なのか?」
「うん。少し力が抜けてしまっただけだよ。わたしの中ではよくある事だ」
「…ふーん。お前、なんか呪いとか受けてんの?」
何となく聞いたその一言に八千代は一瞬固まった。しかし、特に気にするような様子は見せず、あっさりと話してくれた。
「呪いでは無いよ。ただ、何と言うか…一族の者は皆持ってるものなんだ。特にわたしは体があまり強く無かったから、その影響が著しく表れているだけで…」
「魔女にも似たものがあるけど、他の一族でもそういうものはあるのか」
「うーん、わたしも人づてに聞いただけだからよく分からないけれど、ごく稀のようだね。一族の力に対する負担がかなりかかってしまった者なんかがよく起こすもののようだけど」
「あれか…喪失症のようなものか?」
「喪失症とは?」
「魔力なんかの力が何らかの理由によって無くなってしまったりする症状だ。呪いとはまた違う後天的なものなんだが、俺はそう呼んでる」
「センスの欠片も無い名前だね」
「うるせえな、これは俺が考えたんじゃなくて別の奴が考えたんだよ」
「ともかく、わたしたち巫女で言う亡失の事だね」
「そっちもそのままじゃねーか」
「つまり呼び方にこだわりは無いんだろう」
そうして八千代はふふふと笑った。彼女がこんなに笑っているところを人に見せるのは珍しいかも知れない。
孔は、彼女が急に倒れた理由をもっと詳しく聞き出そうとしたが、彼女が話したがらないことはもう分かっているので、今回はあえて彼女の言う「呪いではない何か」のせいにしておこうと決めた。他の教員に対してもただの貧血だという事にして、今日の事は何とか穏便に済ませよう、と二人で口裏を合わせた。
「…二人の話は途中から聞いていたけど、先生って案外良い人だったんだね。わたしたちの事を守ろうとしてくれている」
「逆に悪い人だと思ってたのかよ…」
「悪い人というか…素行が悪い人だなあとは思っていたね」
「俺にも色々あったんだよ。お前が言うように、誰かを守ろうってそういう思いが生まれるくらいに」
「へえ、やっぱり先生って近くにいるだけで為になるなあ。今後の創作によく役に立つ」
「だーーーーから人を勝手に創作のダシに使うなって!クソみたいなレビュー書くぞ!!」
「どうぞご勝手に。わたしは何を言われてもどうとも思わないから」
彼女はまたふふふと笑った。
孔は、彼女の所作は見た目や話し方に反して、とても女性らしいと心底思えるようになった。




