もう諦めて ⑦
「どうせ向こうにいたって気分が悪くなるだけです。ここはこの子に感謝して、しばらくのんびりしましょうか」
孔はその辺にある椅子を示した。それを認識すると、武藤もどこか嬉しそうな顔をして「はい」と答えた。
「そういえば以前気になった事があるんですが」
「なんでしょう?」
「この子…八千代は、何か持病を持ってるんですか?時々、なんだか苦しそうな様子を見せるので」
「…いや、そのような話は書類でも書かれたことはありません。面談などでも何度か聞きましたが、いつも「特にない」と答えていましたよ」
「はあ…そうでしたか」
ただの貧血などの可能性があるとはいえ、症状が分からなければ薬を作っても無駄になってしまう。これには孔も手が出しづらかった。
「あの…神崎先生」
しばらくの沈黙が続いた時、武藤が何やら神妙な顔で切り出した。
「なんですか?」
「…僕はただの人間ですから、神崎先生や凪の気持ちは正直あまり分かりません。ですが知ることはできると思って生きて来ました。まあ、そんなことは凪にも言えませんでしたが」
「はあ」
「今日のような行事は、僕たちが子供の時からありましたから、僕もあの話を毎年聞かされて育ちました。けれど、いつも話に賛同する事はできませんでした。凪はそれで良い、それが良いと言ってくれたので、僕もそれで良いんだと安心していたんです。…でも、年々話の内容は過激になっていくし、それが目に見えるようになっても誰も止めようとはしないんです。僕も止めることはできなかった…」
「…責めるわけではありません。どうして止められなかったのですか?」
「……皆口々に言うのです。「この話に賛同できない人間は、人間ではない。頭がおかしくなっている」って。それを聞いたとき、恐ろしくなって…」
「それが、人間が私…いや、俺たち術者を迫害する本当の理由なんですよ」
「えっ?」
武藤は目を丸くさせた。外で風に吹かれて木々が鳴っているのがよく聞こえる。
「…と、言うのはこの国特有なんですが。外の国ではそもそも術者が使うのは悪魔の力というのが一般的ですから。出る杭は打たれるという言葉があるでしょう。あれとほとんど同じですよ」
「出る杭…」
「そう。鬼の角を根元から切り落とすように。妖精の羽をもぎ取るように。自分たちの力では成せない力を持つ者達は、そもそもの根本を奪ってしまうか、存在ごと消してしまうしか無いんです」
「…僕はそれを見てるだけだったんです。それが今になって申し訳なくて」
「武藤先生、俺が今朝言ったこと覚えてます?」
「何か言いましたっけ?」
「「今更なんとも思わない」って。きっと、どの術者もそう言うと思います」
「なぜですか?」
「そのような扱いを受けるのが当然になってきているからです。皆、もう何世代も前からとっくに諦めているんです」
「…そうなんですね」
「でも、諦めているのは「虐げられる生活」に対してであって、「それでも生きていく事」と「虐げられる事」については皆全く諦めていないんですよ。少なくとも俺はね。だから武藤先生が気に病むことはありません。俺たちは今も昔も自立していますから。でも、そうやって想ってくれる人間がいるって知れば、皆喜んでくれますよ」




