魔女の呪い ①
それから彼は死んだように眠った。
夢を見た。
なんだか懐かしくて、でも死んだ方がマシなくらい、悲しくて辛いもの。
両親がいて、自分がいて。父親が失踪したのと引き換えに妹が生まれて。悲しいやら嬉しいやら、いちいち一喜一憂しているのがバカバカしくて仕方がない。
けれど妹はかわいくてたまらないし、残った母一人に負担をかけてはいられないと幼心に思っていて……。
なんて、ただの夢に過ぎないのに、昔の自分の記憶を辿っているようだった。そんな記憶も本当にあるのかないのか、その確信すら危ういのに。
「──命」
夢の中で、生まれたばかりの妹に名づけられた名前。自分とは違って、この世の全ての尊さを謳ったかのような名前だ。
命。
会った記憶もないのに苦しくなるほど懐かしくて、そして──
「……愛らしい」
「何が?」
ソファの肘置きに頭を置いたまま声の方を見やる。入り口には先ほどの客人が突っ立っていた。その腕の中には、顔を真っ赤にさせ、荒く呼吸をする彼の小さな娘がいた。
「こりゃ、ここまで連れ回したのが申し訳なくなるな」
「連れてこいって言ったのは君だよ。ところで、何が愛らしいんだい?」
「さあ、何だと思う?」
「なんだろうなあ……あの悪趣味な写真集の子とか?」
「悪趣味とか言うなよ」
反論しながら娘の容態を確認する。医者でもないくせに真似事をしているようで、心の中で滑稽だと笑った。
「悪いけど、僕は君の「そういう趣味」にはあまり共感できない」
「よく言う。パパになったくせに」
「悪いことじゃないだろう。大昔から大事にされてきたことだ」
「はいはい。どうせ俺はモテないかわいそうな変態だ」
家族と仕事に関わることで凪を刺激すると、ろくな目に遭わない。早いうちにこちらが折れておかなければ、この話題を終わらせることは叶わなくなる。それを熟知している孔は余計な事を言わないようにすぐさま手を打った。
今日の場合、子供が病気にかかって心配になっているから、更に拍車がかかるところであった。
「僕の事、またおかしな奴だと思った?」
「ああ、思ったね。自分の娘がこんな時だってのに、変な話で盛り上がれるなんて頭イッてんなって」
「酷いなあ。これでも心配で心配で、一睡もしてないんだよ」
「あっそ」
「出雲はどんな感じ?」
「時間はかかるかもしれないけど、確実に治せるよ。心配することはない」
「そっか……良かった、本当に良かった……」
凪は再び娘を優しく抱きしめた。余裕そうな様子ではあったものの、それでも誰よりも心配していたのも事実だろう。
「何も大病じゃないから難しくもないし、今すぐ出来上がるよ。出雲ちゃんには布団を貸してやるから待ってなよ」
「……うん、ありがとう。そうさせてもらうよ」
娘を自分のベッドに寝かせ、小さい子供でも使える布団をかけてやる。暖かい布団に安心したその子は、先ほどまでよりも幾分か顔の赤みが引いたようだ。
それを見届けた孔は、本棚から心当たりのある本を取り出してすぐに作業を始めた。材料が足りなければまた庭から採取できる。道具も何から何まで揃えているからできないことは何もない。
まさにこういった状況であればあるほど、彼の本領は大幅に発揮されるのだった。