小説家のお言葉 ①
「神崎です。担当教科は化学で、趣味は薬の実験と半年前買ったハエトリグサに生きた虫を与えることです」
実家からも現在の家からもかなり離れたこの学校では、自分の身元を知るものはおらず、顔を晒しても本名を名乗っても、魔女の彼を蔑む者はいなかった。朝の集会で無難ともそうでないとも言える自己紹介をすると、生徒も案外快く受け入れてくれた。
「せんせーって顔もいいし面白くっていいよねー」
「前の化学の大沢だっけー、なんかあの人変な薬作ってたんでしょ?」
「そーそー、なんか材料とかも違法だったんでしょ?こわー」
「神崎せんせーは知ってるの?」
「…さあ?あまりその件の話は聞いてないな。バタバタしていたし、興味もなかったから」
孔が来る前の化学担当の教員は、孔と同じく薬の研究を個人的にしていたらしく、その中には危険な薬も含まれていたことが最近明らかになり、かなりのニュースになったそう。孔は外のニュースに関しては凪からお古の新聞を譲り受けて情報を受け取っているため、その手の話には疎かった。しかもこの話はあまりにも突然に表に出たので、急いで代わりの教員を探し、事態の収束に努めなければという学校側の都合により、孔にはその辺りの事情も聞かされていなかった。とんでもない学校である。
凪もあまり詳しくは聞いていないのだろう、何も知らなそうな様子だった。
「せんせーも変な薬作ってたりするの?」
「作るか!例え『変な薬』を作ってたとしても、俺は人の目に付くようなことはドジはしない!」
「でも趣味は薬の研究なんでしょ?なんかあやしー」
「そら化学担当なんだから当たり前だろ。授業に薬を使わずに何を使うんだよ…」
「じゃあ先生、手作りの薬授業に使ってるの?!すごーい!私も選択化学にすれば良かったなあ」
「まー大学が薬学部だったから。一応学生時代は化学の神童とか呼ばれて……」
「え、じゃあ教員免許とか持ってないの??!!」
「聞けよ!持ってるに決まってるだろ!」
(学校が取ってくれたけど)
「あははは!だよねー!」
「それよりお前ら、こんなところで騒ぐなよ。俺のティーセット壊したら倍額のいい奴弁償してもらうからな」
「はーい!」
休み時間や放課後は、色んな生徒が孔の元まで来てくれた。それは興味があったからでもあるし、ただ好かれているだけでもあった。孔が魔女だと知ったら、この子たちはやはり校長と同じ反応をするのだろうか。幸い教員の間でも広められてはいないので、それほど警戒しなくてもいいのかもしれないが。
「せんせー!紅茶頂戴!」
「断る!今本当に金ないから、これだけが命綱だから!!」
「えーつまんなー」
「そんなことより早く帰れ。就任早々変なことしてるって勘違いされたら俺もうやってけない」
「あははは!」
この生徒のやんちゃさと言ったら、孔が現役だった時から変わっていないように思えた。孔自身は途中から魔女だということが誰かに意図的に広められたせいで、高校生活の半分以上は最悪なものになってしまって周りへの興味もなくなってしまったために、思うことは何もなかったが。
今現在では彼の正体を広められる恐れはないということは分かったが、幼い頃から刷り込まれた恐怖心は消えないもので、彼は在学中も大好きだった化学室に籠りきりだった。生徒も用が無ければここに来ないし、そもそも化学の担当が一人しかいないため、他の教員が来ることもない。それを良いことに、彼は今現在使える魔法を片っ端から調べることにしていた。
――のを、ある一人の生徒に見られてしまった。




