馬鹿と変態と喪失症 ④
「……あれ?」
数日後、孔はあることに気づいた。
強力な魔法が使えなくなっているのである。
普段から強い魔法を使うことがないので全く気付かなかったが、ある一定の強さを超える魔法は全て使えなくなってしまったのである。
人に投げつける以外に使用用途が分からない溶岩の玉や、型を取って人形劇ができる水の魔法とか、どうでもいい魔法ばかりが仕えなくなるのなら本望なのに。これでは誰かに襲撃された時にすぐに対応できないし、下手をすれば客のためのまともな薬が作れなくなる。
そのことに気づいた瞬間、真っ先に本棚に突っ込んで一冊の本を引っ張り出した。上に積まれていた本や道具がばらばらと床に落ちるが、気にも留めずに該当するページを探し当て、書いてある薬を作り始める。ちなみに、見つけた本を活用することはない。
「なんてこった……もし、もし俺の予想が当たっていたら……」
薬が出来上がると、すぐに採った血を一滴二滴垂らす。何も問題がなければ数分後に反応が起きる。ただの気のせいだと自分を落ち着かせ、結果を待った。
「……」
一時間。二時間。三時間。現実逃避をするように待ち続ける。もう結果は既に現れているというのに。
「喪失症の一種か……」
呼び方は様々あるが、彼はいつも「喪失症」と呼ぶ。術者たちの間では非常に知名度が低く、誰も対処法を知らない。しかし、知名度の割にはよく見られる症状だった。
特に風邪や病気に罹った時、精神的に不安定な時などに起こるもので、その際は力を使うことがあまりないために気づかれない。そんな理由で、知る者が少ないのだ。
彼の場合は既に原因が分かっている。もうどうしようもないところにまで達していたけれど。
──やっぱり聖水はマズかったか……いや、でも、あのまま死んでしまえればこんなことにもならなかったわけで──
あいつのせいだな。
などと、助けてくれた凪たちのせいにしてみるが、虚しいだけ。そんなことをしている場合ではなかった。
「これじゃあ、下手すりゃこの商売も成り立たないぞ……!」
確か、生活費はもう五万あるかないかという瀬戸際に立っていたし、いっそ値段を引き上げてしまおうか? いいや、最高の効果の物をなるべく良心的な値段設定にするのがこの店の売りなわけで……ああ、でも、うちの客なら話せば分かってくれそうな気がする……でもそれじゃあ、「あなたに必要な売り物を売れません」と真正面から言っているようなもので、そんなことをすれば客足も……
ああでもない、こうでもないと一人で会議を繰り広げていた時、玄関の扉がノックされた。相も変わらずなタイミングでため息が出たが、命の件を思い出して苛立ちを抑えた。
「いらっしゃい」
「あの、おつかいで来たんですけど」
客人の正体は、命とは別の少女。彼女よりも少し年上に見えるが、大人からすると大差はない。このところ、小さな女の子がよく来るなと思ったが、余計なことは考えずに頭の中を仕事用に切り替えた。
「ああ、はいはい、何を作って欲しいって?」
「あ、そうじゃなくて、もう薬ができた頃だろうって、おばあちゃんが」
「おばあちゃん? ああ、もしかして占い師の婆さんのお孫さん?」
「はい。おばあちゃん、怪我してて動かせられないから」
「偉いねえ。傷薬だよね、できてるできてる。今取ってくるから、お茶でも飲んで待ってくれる?」
いつも通りに紅茶を出すと、以前作っておいた傷薬の瓶を棚から取り出す。そのまま紙袋にメモと共に詰めると、後から何かの手紙も一緒に入れた。
「はい、これね。中は瓶だから気を付けて。二つ入ってるんだけど持てる?」
「平気です。何から何までありがとうございます」
「常連だし、こっちも何かと世話になってるからね。転んで怪我でもしたらまたおいで」
「はい。ありがとうございました」
自然の中をすいすいと歩いていく少女を見届けると、静かに家の中に戻る。頭の中は少女に預けた物でいっぱいになった。
「あの婆さんなら何か分かると思うんだけどなあ……」
先ほど同封した手紙に全てを託したも同然だ。
結局、客の中でも一番信用できる常連の老婆にだけ事情を伝え、喪失症について知ることはないか助力を仰いだのである。老婆は長い事占い師をしている大先輩の術者でもある。困ったときは亀の甲より年の劫に頼ろうというわけだ。




