かみさま ③
「な、に……」
手にしていた魔法書が更に遠くへ投げ出され、瞬時に対抗する力も奪われてしまっていた。手を伸ばしてみるが、ビリビリと痺れて力が抜けてしまう。
「ええと、何だったかしら?」
ぶつくさ言いながら近づいてくるのは、雷に打たれたはずの少女。額の石も傷一つついていない、全く無事だ。
「お前……!」
「あ、そうそう、リターン! だっけ?」
孔が雷を落としたように、少女も真似をするように腕を上げて振り落とす。先ほどと比べると、比べるまでもなく小さな雷であったが、一冊の厚い魔法書を焼き払うには充分だった。
分厚い本は真っ黒に焦げ、引火して紙が燃えていく。込められた魔力がどうなっているのかは確認できないが、残っていたとしても文字が読めないのでは意味がない。まだたちあがれず、倒れ伏したままの孔は、頼みの綱が燃え尽きるのを眺めていることしかできなかった。
「まさか雷に誘導されてるなんて。でもね、私は神力をも吸い取れる存在よ。魔女の魔力なんて相性が良いから、魔法をそのまま貰うことだってできるんだから。魔女じゃないからちょっと下手くそだけど」
軽口を叩くような、ご機嫌な調子で話す少女だが、その表情は怒りに歪んでいる。石を壊す前の女のようだ。
「狡猾で嫌いよ」
「……今のはほんの、初歩的な戦術だろうがよ……まったく短気だな」
痛みに耐え、やっとの思いで立ち上がる。まだ四肢の末端が痺れているのでうまく力が入らない。魔法を使うなんて到底無理だろう。
「お前、絶対おかしいよ。魔女だって言ったり魔女じゃないって言ったり、魔力だけかと思ったら神力まで使っちまうなんて……」
「誰のせいだと思う? 何のためにこうなったと思うの? その存在のせいで生まれた呪いが勝手に消えて行くとでも思ってる?」
少女に詰め寄られ、後ずさりしてそのまま尻餅をついた。
誰のせい? 何のため?
そんなことを繰り返されて、まるで呪われたかのように頭の中にこびりつく。いや、もはや呪いそのものなのかもしれない。縁起の悪い石が示す背景がある以上、彼女が言わんとしている答えは既に決まっている。
「わたしはあなたたちを絶対に許さない存在。ヨミの神力を以てヨミを裏切ることになっても、あなたの死をこの目で見るのがわたしの役目。石を消し去りたいのなら、あなたが死ぬしかないのよ」
縁起の悪い石が気味悪く光る。その中身には、幾人もの人影が蠢いている様子が映っている。じっと見ていると引き込まれてしまいそうで、目を逸らしたくてたまらないのに、自身の眼が自然と引き込まれるのだ。
はやくおいでと誘われる。こちらに来た方が楽になれるよ、なんのしがらみも悩みもなくなるよ。甘くて魅力的な言葉に判断力を奪われる。何が起きている? また石なんかに惑わされているのか?
少女に押されて後ずさる。掌に小石が食い込んだ痛みで我に返った。
──目を逸らしてばかりだったな。
そのくせ、迫害されたくないと口ばかりだったのだから、何年経っても現状が変わらないのは当たり前のことだ。
向き合わなければ。よく見据えて。何が起きているのか。何をすればいいのか。考えなくとも分かることではないか。
「さあ、何世紀もの時を超えて、ようやくわたしの願いが叶うときが訪れたわ。あなたは、長い長い歴史の中で生まれた呪いを抱えて死ぬのよ。あなたの命一つで、あなたの愛する存在は赦される……」
追い詰めたと確信した少女が、孔の首元に手を伸ばす。白くて、か細くて、重いものなんて持てません、といった華奢な手だったが、相手を絶対に仕留めるだけの力強さは感じられた。
「やなこった!」
指先が触れる瞬間、ガラスの割れる音が響く。固まる少女と彼女を見つめる孔。少女の額からは血が流れ、縁起の悪い石には大きなヒビが入っている。
「何……?」
「嫌だって言ったんだよ」
少女の視線が孔の右手に移る。孔が握っていたものは、試験官の破片であった。
目と鼻の先にある石を狙って殴りつけたものの残骸であるのは確かであるが、その試験官の中身であろうものは見つからない。
「石を割るだけなら簡単なことだ。それくらいなら、お前もまた誰かから力を吸い取ればいいからな」
「あ……? 魔力が取れない……神力も抜けていく……」
今度は少女がよろよろと力なく後ずさる。顔を覆い、額の石に触れて力を使えないことを確認したようだ。




