かみさま ①
「あ、あ……」
「……ヨミ?」
「あれは……そうだ、た……たち、たちば──」
「ヨミ様っ!」
異変を感じ取った星流がヨミの前へ駆け寄り、彼の肩を力強く掴む。背が低くても頑張って背伸びをして一生懸命に主人を揺さぶるが、主人の意識は目の前の少女から戻ってこない。
「間違いない、そうだ、彼女は、彼女は──!」
「ヨミ様、あれは橘様ではありませんっ! ヨミ様の神力と一緒に余計な記憶を吸っただけですっ!」
星流は更に揺さぶる。
「あんなものと橘様を一緒にしてはなりませんっ! 橘様はこの国にはおられません! 貴方がそれを選んだのですよっ!」
脳震盪を起こすのではないかというほどガクガクと揺さぶられても、ヨミは戻ってこない。よほど釘付けになっているのだろう。
これ以上打つ手が見当たらない不安と焦燥感に、星流の声は震え始める。
一方「橘」という言葉に引っかかった孔は、ヨミと少女を交互に見て何のことなのか一生懸命に思案する。しかし何も分からなかった。
「神崎孔っ……」
「なんだよ」
「今は何も聞かずに、あの石の女を殺してくださいっ!」
つり目にうっすら涙を溜めながら星流は懇願する。
「ヨミ様は、正気に戻ってもあの女を傷つけることはできないでしょう! ですから、神崎孔にお願いしたいのですっ! 魔力と神力の相性では難しいかもしれませんが……早くしないとヨミ様も本当におかしくなってしまわれます!」
「わ、分かった……殺しゃ良いんだな」
「ええ、二度と戻れない程にっ!」
要求を飲んだ孔は魔法書を開いて集中する。今起きている状況を深く理解することはできないが、理解するまで考える時間の方がもったいない。
「紅炎章──」
魔力を高め、更に集中する。すると、少女も真似をするかのように集中し、周囲に薄気味悪い煙を纏い始めた。
「ああ、いけません、いけません! 神崎孔、きっと、その女は呪いを撒き散らします! 近くにいては危険ですっ!」
「そんなこと急に言われたって……わっ!?」
緊急時によそ見は厳禁である。少女は纏っていた煙で孔を包み込もうとしていた。
「神風章──!」
間一髪で風を当てて煙を蹴散らすが、埒があかない。すぐに集中力が切れ、あっという間に少女に押されてしまっていた。
「ヨミ様、お助けくださいっ! ヨミ様!!」
星流が必死になってヨミに声をかけ続ける。ヨミの虚ろな目と少女の目がかち合い、その時彼女は初めてものを話した。
「わたしは──神様」
「……はあ?」
「そう、わたしは神様。ヨミと一緒。ヨミとおんなじ」
「この女、ヨミ様をさらに引き込むようなことを──っ!」
とうとう堪忍袋が切れた星流は、ヨミの腰元から剣を抜いて少女の方へ駆け、斬りかかる。細く自分の身長とそう変わらない長さの剣だったが、女神はものともせずに使いこなした。
正面、下から右から左から。もはやその切っ先がどこをどう流れているのかも判別つかない程に鋭く速い太刀筋であったが、それも小さな少女が次々と避けていく。星流の顎からは汗が滴り、彼女の勢いも落ちてきた。
そこで、星流がただ怒りで振り回しているだけなのだと気づいた。次第に遠心力に頼るような切り込みばかりになり、動きも最初よりも単調になっていく。
「っええい、ええい!」
「あなたは新しい神様ね。とても時代が進んだ感じがして、わたしが生きていた時代にはない魂ね。かわいらしくて素敵」
「黙れ黙れっ! お前は橘様なんかじゃない! 橘様はもっとお優しい! もっと暖かい!」
「あら、わたしは優しくて暖かいわ」
「黙れ俗物、口を慎めっ!!」
土を抉るくらいに踏み込み、高く跳躍する。大きく振りかぶって少女の首めがけて腕を振り下ろす。
──が、触れなかった。




