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子曰く  作者: 神秋路
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縁起の悪い月宮にて ②

「……」


 できるだけ視界に入れないように、積み上げられた本たちを見やる。この山の中から、ある一つの言語の本を探さなければならないことに眩暈がした。やはり日頃からの整理は大切なのだ。


「これは中国、これはアラビア、これは……ヒエログリフか?」


 本の山のほとんどが魔法書を占めているため、そこで更に時間が取られてしまう。また、『辞書』と一括りにしても、それもどうやって集めたのか多くの言語のものがあって、目的のものを見つけるまでの苦労は計り知れない。


 ようやく目的の物を見つけた頃には、一つあった大きな山が今度は両サイドに二つの山を作っていた。何度も片付けようと思っているのだが、億劫なのだ。


「お待たせ、やっと見つけ……」


 見つけた本を手にして一階へと上がると、待たせていた人の姿が一人分増えていた。美しく長い髪に、やけにオーバーサイズの羽織り、以前室内で地団駄を踏んだ下駄が目につく。


「随分と長かったですね」

「星流か。いつの間に来たんだ?」

「このお姉さんね、道心さんが本を探しに行ってすぐの時に来たの。中の方から来たからびっくりしちゃった。どなたなの?」


 星流を初めて見る命は、思いがけない客人の容姿やキラキラとした装飾にどこか興味津々の様子であった。客人は、そんな彼女に近づき、にっこり笑って挨拶をした。


「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は、星流命という、ほんの小さな星の神です」

「神様!? 神様って、本当にいるの!?」

「ええ、たくさんおりますよ」

「すごーい! お姉さんは、お星さまの神様なのね!」

「はい。昔、このあたりに落ちた隕石だったのです。……と言っても、それはほんの百年程前の話で、私は神としてはまだまだ赤ちゃんなのです。ですから、そんなにすごくないんです」


 「すごいすごい」と目を輝かせる命に、星流はさりげなく謙遜した。


「私よりもずっと年上で素晴らしい神様たちはたくさんおわしますので、非常に恐縮です」


 ここで孔は持ってきた本を置いて、星の客人に紅茶はいるかと尋ねた。彼女は反応を見せて


「ぜひ頂きたいです。私が落ちた時代は、もうお外の国のものが流行っていましたからずっと興味があったんですっ! 私、そういう物は、他の神様よりも大好きなのですっ」


と、嬉しそうに言った。


「それは大変浪漫チシストなことで……」


 いつの間に用意したのか、戻ってきた孔の手には既にティーセットが用意されていた。注がれた紅茶の香りは部屋いっぱいに広がって、星の客人のつり目は心なしかとろりと下がったように見えた。


(香りだけでこうして安心できるのは、この人の魔法なのかしら?)


 この家を訪ねる度に紅茶をもらっている命は、密かに魔法を疑うなどしているのだった。


「ほら」

「ありがとうございますっ、いただきますっ!」

「っと、その前に」


 嬉しそうに受け取ろうとする星流を器用に避け、カップの乗ったソーサーをひょいと持ち上げる。


「あっ」

「今日は何の用事だ?」

「それと紅茶は関係ありませんよね」


 一度とろけた彼女の目がもう一度元の通りに吊り上がる。しかし、今度はひるまなかった。


「あるね。俺は『客』にしかお茶は出さないことにしたんだ。ろくな用件が無きゃ出さない。余計な事をしに来た奴にも出さない」

「なんて面倒な人なの……凪にはいつも出していると聞きましたけど」

「何言ってんだ? あいつはここに来ることそのものが用事なんだから当然だろ」

「何を言っているのか分かりませんよ」

「ほら用事、あるのか? 無いのか?」

「ええ~と……今日の本当の用件は……その、以前言ったお迎えに」


 追い詰められた星流は、それでもなお紅茶に視線をちらちらと向けながら答える。


 瞬時にこの答えを「余計なことをしに来た」と見なした孔は、すぐさまカップを星流の手の届かないところへ片付けた。


「これは処理しておくよ」

「そんな~~っ……!!」


 あの凛とした立ち居振る舞いはどこへやら、星流は流れる力すら失われたようにしょんぼりとしてしまった。

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