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子曰く  作者: 神秋路
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陰鬱な光明 ⑥

「何遍言ったら分かるんだ! 何も存分に羽目を外せとまでは言ってない!」

「分かってるよ。けど、やらざるを得ないんだよ。この薬が完全になれば、今後何があっても俺が詰まない! ヨミの暦のことがあっても、俺さえ力が使えれば……!」

「君だけが気負うことでは無い! 僕も、命ちゃんも、八千代さんも……! 石のことだって……」

「俺は、その石の事こそが、俺自身の問題だと思ってるんだ。長い事考えていたけど、とても無関係だとは思えない」

「だからって……」

「この石は、確実に俺と縁がある。最近思うんだ。俺に会いたがってるって。自惚れでも何でもなく」


 その時、凪の脳裏に嫌な予想がよぎった。


「孔……もしかして、取り込まれた?」

「まさか。俺自身の意思だよ」


 孔はそれ以上答えない。今の時点で分かる情報によれば、彼の発言にも間違いはないのだろうが、何か違和感を感じる。


 この石の主は、十中八九魔女だ。感じ取れる力は魔力そのもので、自分に扱えるものではないのは確実だからだ。孔もそれを感じているのだ。しかし、感情移入してはならない。


「でもさ、どうしてもうまくいかないんだ。これ以上詰みは無いと思っていたんだが……今あるものを取り除けなければその先が来ることは無い。だから、詰む詰まないの段階にも至ることができていないんだよな。俺が甘かったんだ」

「そうは言っても、今の孔は何かおかしいよ。いつもおかしいけど……」

「うるせえよ」


 この間にも、縁起の悪い石の中にいる「命」が生まれるその時は刻一刻と近づいている。そういう思考が、彼を更に急かしているのだ。勇み足を招くような無意味な駆け足は得をしない。それにも気づけないのだ。


 自然と、彼の手が魔法書へと伸びる。


「ちょっと待って」


 凪がすかさずその腕を掴んだ。


「言ったはずだよ、よく考えろって。近頃君は事を急いてばかりで、何も分からなくなっているじゃないか」


 いつもひ弱で自信のない凪の手は、今だけはこの手を離すまいと確固たる意志を持っていた。


「次へ、次へと手を出したって何も解決しない」

「……」


 やっと思い通りに魔法を使えるようになったのに。壁は次々と立てられて、そして高くなっていく。どうして。自分ばかり。これが魔女に生まれた者の運命だとでもいうのか。なぜ、自分ばかり。


 またも陰鬱な感情が湧き出てくる。なぜこんなことになったのか。なぜこんな目に遭うのか。自分も分からないのだから、きっと凪だって分からない。誰にも分からないことなのに、誰かに問いたい。


 自分の腕を掴む凪の手に力が入るのが分かる。彼もまた彼なりの悩みを持ち、押しつぶされそうになる孔を心配しているのだ。


 そう思うと、今度はなんだか凪に申し訳なくもなってくる。


「ごめん」

「大丈夫。分かってくれるって思ってたから」


 そこで、凪はそっと手を離した。


「なあ」

「うん?」

「お前が家を継ぐとき、どうだった?」

「どうだったって……何が?」

「悩みとか、辛いとか」

「うーん、物心ついた時からお母さんのしつけが厳しかったからね。辛いのは子供の頃だけだったけど……大学時代に父さんが無くなった時が一番だな。卒業して、すぐに修業もできないで後を継いだから、不安でしかなかった」

「そうか……」


 彼のような境遇を持つ者は他にもいることだろう。しかし、ほんの少し、どこか事情が違ってくると、こうも悩みも違ってくる。


「お母さん、大学に行かなかったらしいんだ。理由は分からないけど、勉強は僕の祖父に当たる人から教わっていたみたいだし……だけど、お母さんから神事を教わる時は心配だった」

「でもお前は大学行っただろ?」

「個々の神社の詳しいことまでは教わらないよ。特に月占は……」


 どこか微笑みを浮かべながら、懐かしそうに眼を細める。


 孔は今、自分が魔女であれる自信が無くなっていた。魔女としての誇りは変わらずそこにあるが、それだけで立っていられるかと言えば、そうでは無い。生まれつき魔法はまともに使えなかったし、克服した今でも制限を食らって不安定。自業自得だから、制限されてしまったことに不満はないが、それならいっそ、殺して欲しかった。箒にすら乗れない魔女は価値がない。親族にそう言われ、それならば価値をつければよい、と奮闘したのにこのざまである。


 凪はいったいどのようにして当時の壁を乗り越えたのか。今の自分には分からない。


「俺さ……」


 口を開いたその時、洗面所から何やら大きな物音が聞こえた。中に上がりそこへ向かうと、どこかで見たことのある少女が洗面台の鏡から這い出ようとしていた。

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