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子曰く  作者: 神秋路
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陰鬱な光明 ⑤

 結局のところ、彼は一度海に落ちた。


 あの塊は、彼があらかじめ張っておいた結界に落ちて反応を起こしたのだ。まだ『魔法』として展開される段階では無かったが、集まった魔力の量は尋常ではない。服はボロボロになってしまったし、本にも傷がついてしまった。


 事が起きたのは昼過ぎだったが、帰宅したのは夜の九時。


 次の朝一には凪と八千代が仲良く駆け込んできた。


「ちょっと孔! 昨日のはどういうことだ!?」

「あれは君の仕業だよね!?」

「い、いや、ちょっと……」


 昨日の火柱と衝撃波は、もちろん町の方にまで影響が及んでおり、隣町であるはずの凪の神社にまでその魔力は届いたそう。神社の近くにある八千代の家にも届き、いち早く気づいた八千代の祖母が「やあねえ」などと呟いたとか呟かなかったとか。


「わたしも君のものだとは気づいたけど、君の元へ行こうとする祖母を止めるのにどれほど苦労したことか! 知り合いと言おうにも言えないんだから!」

「孔、森の中で火の魔法を使っただろう? 何かあったらどうするつもりだったんだ?」

「いや、だからさ」

「この森だってこの土地だって大切なものだし、そうでなくともかなり危険だったと思うんだけど?」

「でも大切ったって、土地がダメになるだけだろ? な?」

「真面目な話だよ!」


 神に仕える者に挟まれて、みっちり問いただされる事小一時間。根を上げた孔は、大人しく一連の流れを洗いざらい白状した。


「喪失症が治まって……どれだけ魔法が使えるかと思って」

「はしゃぎすぎ。おかげで神社に近所の人が駆け込んできたんだから! 『森の方に火柱が出てる、神様が祟ったんだ』って。何事かと思った。ヨミも起き出すし」

「悪い。まさかこんな大事になるとは思わなくて。ただ、大魔法そのものを展開させなかっただけでも褒めてくれ」

「どおりで二度目は空気の強い波が来たわけだ。初めから言ってくれればいいのに。失敗したって」

「うるせえよ!」


 結果的に、彼の魔法は失敗に終わっていた。それは、魔女でもない凪にも分かったらしい。


「あれ? 治まったって……喪失症が治まったの?」

「薬でな。でも、やっぱり完成させられなかった。一時的に抑えられるだけに過ぎないよ」


 孔が魔法を失敗させてしまった原因はここにある。知らず知らずのうちに薬の効力が切れ、そのまままだ満足に扱えない大魔法を使おうとしてしまった事で、それ以上魔力を集めることができなくなったのだろう。そうして弾けてしまったのだと自己分析した。


「ただ、結界はちゃんと機能してたんだ。前に石に使った時は、制限がある中で何とか使ってたんだけど……結界がまともに使えるなら、今度こそ石の成長は無くなるかも知れない」

「それはいいけど、ちょっと仕事持ちすぎじゃない?」

「その中の一つはお前が課してきたんだと思ったけど?」

「君が望んだ事じゃないか。何もするなとまでは言わないけど、少しは別の事でもしなよ。あんまり煮詰めても進展しづらいと思うし」

「そうは言っても……」


 とはいえ、年上の幼馴染の言うことは不思議とその通りであったりする。昔からそうだった。彼の言うことは、とりあえず信じられるくらいには信頼できる。


「分かった。むやみに魔法を使うようなことはしない」

「よろしい。まあ、問題起こさなきゃこっちだって何も言わないし、休養取ってくれるなら好きにすると良いよ。今回はさすがに何もしないわけにはいかなかったけど」

「本当に悪かったって」

「じゃあ、わたしからも一つ良いかい。次に、何か大小関係なく魔法を使う時は、外に影響が出ないようにしておくれ。わたしの祖母が騒ぐから」

「そんなに言うほど騒ぐのか?」

「彼女は魔女が嫌いだからね」


 彼女は、なんとも言えないような顔をした。


 この一帯をまとめる程の勢力を持つ術者(しかも二人)にこってり絞られてしまっては、もう何も言い返す余地など無い。「権力」という力を持つ者には反抗しないのが一番である。そもそも、逆らうための材料も無いのだから、そんな自分に残された最後の行動は、二つ返事で「はい」と頷くことだけだ。頭を縦に振るだけで良いのだ。こんなに楽なことがあろうか。


 二人はああ言っていたものの、実際には「余計な事をせず引きこもっていろ」と言っているようなものだろう。孔は、自分でもそう自覚していた。大人しくいつもと変わらず薬を作って森から出て来るな、などと。魔女になんて事を言ってくれたのだろう。太陽に「光るな」と言っているようなものだ。


 しかし孔の探求心は反省を知らない。彼はその後も薬の研究を続け、その度に魔法を試したり、記憶の様子を見、時には凪にバレて叱られるを繰り返した。

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