陰鬱な光明 ④
薬の使い道。
それは、あらゆる障害を無くす事を目的とするものだった。
新しく見つけたばかりの心霊章は、幻霧章と比べて概念的な魔法である。それならば、得意な魔法薬学の知識を駆使することで、喪失症を抑える魔法薬や記憶を取り戻す魔法薬を作ることも理論上可能だ。
そのためには、まず目的に合う魔法を探さなければいけなかったが、一度魔力の特徴を掴むと難無く見つける事ができた。あとは、その魔法を帰ってきた『透明の薬』に使えば完成となる。成功するか否かはまだ確認できていないが、おかしな反応や、逆に無反応ということも見えないことから成功と言っても良いだろう。魔法の半分は本人のニュアンスで構成されているのだ。
孔自身は、『あらゆる障害を取り除く薬』のつもりだったが、あまり高等な魔法は使えず、まして即席では喪失症を一時的に抑える程度の効能しか得られなかった。しかし、時間制限付きだとしても、それだけで十分な収穫だ。
早速一口摂取してみると、吐き気を催すほどの不味さに一瞬意識が飛びかけた。分かっているつもりだったが、自分の薬がこんな味だったとは。そろそろ液薬も卒業するべきかと関係のない課題で頭の中が埋まる。
とはいえ、良薬口に苦しと言われるくらいなのだから、これくらい不味いのなら相当の効果があるに違いない。などと言い訳をしながら魔法書を手に外に出る。神風章の魔法を使って森の上空まで飛び上がると、目に付いた高等魔法に挑戦してみる。
「紅炎章第一段第九番、『火之加具土』!」
思い切って詠唱をしてみると、久しぶりに感じる、あの魔力の流れがあった。それは体の地らこちらから生まれ、巡り、そしてある一点に集中する。開いた魔法書の上にかざした手の指でそれを受け取ると、ぽろっと落とすように展開した。
その瞬間、解き放たれた魔力が一気に変換され、一度の瞬きも待たずして巨大な火柱が現れた。目が焼けそうな程に赤く、また実際に熱い。その大きさは、この森も、あの町も全て飲み込んでしまいそう……
「しまった!」
火柱は容赦なく森の方へと広がってゆく。これでは森中が火の海と化し、本当に町をも飲み込んでしまう。考えるだけで恐ろしい。
「何でここで火なんか起こすかな……」
自分の間抜けさに呆れながら、風の魔法を操り、森と火柱の間に躍り出る。頭の中が真っ白で、何をすればいいのか分からない。気づけば、魔法の詠唱をしていた。
「水武章第三段第十番『塩満玉』!」
もう一度あの感覚が沸き上がるが、今回は堪能している場合ではない。勢いをつけて腕を振り切って水の魔法を展開する。
水は勢力を付けて火柱へと向かい、あっという間に包み込んで徐々に消し去っていった。後に残ったのは、生温かい水蒸気と焦げた臭いのみ。
「はぁっ、はあ……」
一連の突発的な動きに我ながら驚く。まだ少し鈍ってはいるが、間違いない。これは、自分の本当の力だ。
「はっ……やった……」
実に、実に約一年ぶりの自分の力。ようやく自由の身となったそれは、変わらぬ経験と知識の元に、今、舞い戻った。
「はははっ、マジでやった! 魔法が使える! ははははっ!」
あまりの嬉しさに、上空で一人拳を突き上げて笑い転げる。まさか、本当にこんな薬まで作ることが叶うとは。自分の事ではあるが、大したものだ。
ひとしきり笑った後は、ふと真っ青な空が目に入る。思わず見入った。
「はー……力が使えないっていうのは、こんなにも大変なことだったんだな……。齢立場の奴や力が
無い奴の気持ちは分かってたつもりだったのに」
自分が追い求める数多の知識のように果てしない空。こんなものに比べれば、自分はまだまだ小さいのだ。
ああ、世界は一体どこまで続いているのか。魔法の果ては、知識の限界は、一体どこにあるのだろう。
「人も術者も、強い力を手に入れれば、誰だってもうその更に上の上しか見えないもんだな。あの人も言っていた。……俺もまだまだだ」
少々反省しながらも、彼の探求心は反省しない。
(もう少しだけ……)
などと言い訳をして、今度は誰にも迷惑がかからないよう、海の上空まで移動した。
彼には、彼が喪失症になる前から、使いたくても使えない魔法があった。現在発見されている魔法の中でも、一、二位を争う程強力な魔法で、あまりにも強すぎるためにかつての師からも使うことを禁じられていたものである。そもそも展開させることすら敵わず、そのまま忘れてしまっていたものなのだが。
当時から時が経ち、彼も確かに力をつけた。喪失症を取り去った今であれば、もしかしたら……
淡い期待を抱いて海上へ。今度は高く高くまで昇り、結界まで張った。
今度こそ本気で。本は開かなかった。
「紅炎章第一段第七番……」
先ほどとは比べ物にならない量の魔力が一気に動き始める。あんまりにも暴れすぎて、体が引き裂かれそうだ。しかし、ここで耐えなければ全て無駄になってしまう。
胸の前で空間を包み込むように、両の掌を上下向かい合わせる。この空間と精神に集中をする。
「超新星……」
詠唱が進めば進むほど、魔力がどんどん高まっていく。
もう少しで魔力が高まり切る……
しかし、もう一歩のところで集まった魔力が暴走し、弾けてしまった。
「う゛ぁ……っ!」
量の掌に、衝撃がダイレクトに伝わった。その痛みで、思わず手元を緩めてしまった。
魔力の塊が落ちてゆく。
これが海面にまで到達してしまえば、とんでもない大災害が起きてしまう。そうなる前に、さっきのように対処すれば……!
(間に合わない───!!)
コツン、という音とガラスが割れるような激しい音と共に、衝撃波が跳ね返ってくる。成す術もなく、その波に身を任せて飛ばされてゆく。今度こそ命はない。そう覚悟した瞬間だった。




