記憶喪失の男
大雨の中、男は目を覚ました。
降り注ぐ雨は容赦なく、見上げた男の顔に突き刺さる。泥だらけの自分の体、右腕は切って血が出ている。男は思わず、その場をたって、近くの木の下に潜り込んだ。
頭がくらくらする。何も考えることができない。しばらくして、呼吸が落ち着き、そこでようやく考えた。
…。ここはどこだ? …俺は誰だ?
変な感覚だ。痒いところに手が届かないような…。自分が誰か分からない。なぜ、ここにいるのか。今は一体いつなのか。
周りは森だ。森の中にいる。喉が渇いた。思わず木の淵をすべり落ちる雨を手で受け止めて口に運ぶ。喉を通った水が胃から体に染み渡るのがわかる。男は少し落着きを取り戻す。
落ち着いて考えないといけない。今自分はどんな状況にいる?なぜ…、記憶がないのか。持ち物は?
男が周りを見渡すが何も確認できない。
とある警察署の中では、所長と刑事が会話している。
署長
「シャドウは警察の情報を得ている」
刑事
「ええ、その様です。極秘に動いている署の動向を事前に入手している。そうとしか考えられない。」
署長
「シャドウの潜りが所内にいる…、そういうことか。」
刑事
「いいえ、署長、その可能性は低いと思います。」
署長
「なぜそう思う?」
刑事
「シャドウは、確かに、今回の私たちの張り込みを欺いた。実は、うちが、似たような状況で、敵組織から欺かれたのは、今回が初めてではない。」
署長
「うむ、私の就任前にもあったようだな。」
刑事
「ええ、そのときとあらゆる角度から、解析した結果、同じルートで情報が漏れた可能性を示唆しています。」
署長
「だとしたら?」
刑事
「その過去の事件は、解決済み。そして、その組織の実態も完全に暴いていますが、シャドウとは全く関係はありません。断言できます。敵組織のスパイがいるというよりは、どこからか情報を流して、利益を得ている者がいる。」
署長
「では、やはりそれは内部に…。」
刑事
「さんざん調べましたが、可能性は極めて低い。本部の了解を得て、署員を脳波検査までしています。恐らく、署員の情報をその身近な人物が何らかの方法で盗んでいる。」
署長
「では、署員の周囲の人物を洗わないといけないということか、それは、人権問題になるだろう。」
刑事
「おっしゃる通りです。我々にできることは、徹底した情報管理です。」
署長
「…、あえて、嘘の情報を流してみるというのはどうだ?その情報を追っていけば、漏洩ルートが分かるよう、電子データにタグ付けするのだ。」
刑事
「…、タグ付け、ですか…。」
夜、寝ている刑事の端末が、反応する。刑事は、起きると、端末を確認し、少し思考を巡らせて、立ち上がる。電気は付けずに暗いまま。
家の中を音を立てずに、そっと移動する。
ある部屋の扉を開けると暗闇で、影が何かをしている。
刑事は、そっと銃を向ける。
「動くな。手を挙げろ。」
影の人物の動きが止まる。
『応答願います。応答願います。』
「はい、こちら八王子署。」
刑事
『今、情報を盗んでいる人物を捕らえた。銃を向けている。すぐに応援を寄こしてくれ。』
警察1
「了解、そこは?」
刑事
『俺の家だ。犯人は、窓から侵入したと思われる。男だ。おい、動くな。』
警察1
「了解、直ぐに応援よ向かわせます。すのまま、無理はせず…」
刑事
「すぐ来てくれ、俺の実家の方だ…」ツー、ツー。
警察1
「!。切れたぞ。どういうことだ?」
警察2
「とにかく、直ぐに出動を。」
刑事の通報を受けて、近くを巡回していた警官2名が現場へ駆けつけると、そこには誰もいなかった。
同時に、刑事とは連絡が不通となり、行方が分からなくなった。刑事の家には、記憶に影響を与える機材が散乱していた。
記憶喪失の男は、ようやく、森を抜け、数軒家が立ち並んでいる場所にたどり着いた。考える暇などなかった。一番近い民家のチャイムを鳴らした。
中からは、男が現れた。身長は185センチくらいあるだろうか。スマートで無精ひげを生やしている。見た目で、記憶喪失の男は身構えたが、男は予想以上に親切だった。
訳を話すと、食事と飲み物を与えてくれ、腕のケガを介抱してくれた。記憶喪失の男は、落着きを取り戻した。…だが、やはり記憶は何ももどらない。物の名前は憶えているのに、自分が誰なのか、どんな人生を歩んできたのかが全く思い出せないのだ。
無精ひげの男
「ここは東京だよ。」
記憶喪失の男
「東京…。」
無精ひげの男
「記憶喪失か…。そういう病気はあるようだが、まさか本当にそんな人物に出会うとは思わなかった。」
記憶喪失の男
「ああ、俺も自分がまさかなるとは思ってなかった…、と言いたいところだが、そもそも自分の置かれていた状況が何なのかさえわからないんだから、なんとも言えない。」
無精ひげの男
「もしくは、君自身が科学者か何かの可能性があるかもしれないが。」
記憶喪失の男
「科学…か。何か意図的に記憶を無くした。若しくは誰かに記憶を奪われたってことか。まるでミステリー小説だな。」
無精ひげの男
「まあ、日本語を話してるんだから、まず日本人であることは間違いないだろうな。少しずつ周りの状況から思い出して、自分を知っている人物のところに行きつけばいい。焦ることはないさ。」
記憶喪失の男
「ありがとう。記憶はなくても、あなたのような親切な人と出会えたことが不幸中の幸いだ。」
無精ひげの男
「かまわないさ。今日は、この部屋に泊まっていくといい。トイレは出て左だ。喉が渇いたら、そこの冷蔵庫から飲んでくれ。腕の包帯は、血が染みてくるだろう。替えはその辺の引き出しに入ってる。自由に使ってくれ。明日起きても記憶がなければ、警察か病院、若しくは科学研究所に相談に行くことだな。」
男は夢を見た。そこは、暗い部屋だ。誰かが言う。忘れるな自分の使命を。お前は、そんなところで、くつろいでいる場合じゃない。
記憶喪失の男は、ハッとなって起きる。夢を見たと思うが思い出せない。
男は、冷蔵庫の飲み物で喉を潤し、包帯の替えを求めて、引き出しを引いた。包帯はその引き出しではないが、家族の写真がある。男は手に取って眺めた。
楽しそうな、4人家族の写真だ。父親はあの無精ひげの男ではない。だとしたら、2人の男の子のどちらかが、そうだろうか。顔の面影はあるような、ないような。性格からすれば、きっと兄の方だと想像した。二人の兄弟は仲良さそうに肩を組んでいる。きっと弟思いのやさしい兄なのだろうと思った。
2番目の引き出しを引いたところで、思わず動きが止まる。これは見ても良かったのか。しかし、逆に興味がそそられる。そのとき、物音がして、咄嗟に引き出しを戻した。
次の日
署長
「うちの優秀な刑事が行方不明だ。昨日、ある犯罪者を見つけたという連絡があって以降、連絡がとれない。」
警察A
「犯罪に巻き込まれた可能性がありますね。」
署長
「無事であることを祈るが…、状況が状況だ。すぐに、署員を総動員して捜索に当たってくれ。」
警察A
「了解しました。」
署長
「それと、科学捜査班を呼んでくれ。」
警察A
「科学捜査班…ですか。」
署長
「ああ、私は現場や周辺を調べる。そこに科学捜査班に来るよう伝えてくれ。」
記憶喪失の男は、目覚める。やはり、何も思い出せない。そこに無精ひげの男が入って来た。
「起きたか?行くぞ。」
記憶喪失の男
「行く?どこにだい?」
無精ひげの男
「科学研究所さ。ここから、30分も行けば着く。君のことを調べてもらえるし、もしかしたら記憶を取り戻せるかもしれない。」
記憶喪失の男
「まず病院ではなく?事件性があるなら、警察にも相談した方が…。」
無精ひげの男
「そんな回りくどいことしなくていい。知り合いに科学者がいる。必ず解決してくれるさ。」
署長と科学捜査班は現場検証後、刑事の家に到着し、検証を進めた。
科学捜査班の女
「これは、記憶に影響を与える電波を発している。」
署長
「やはりそうか。警察の捜査でも使われる機材だ。見覚えがあった。」
科学捜査班の女
「では、署長が探している刑事は、犯人から記憶操作をされている?」
署長
「わからない。もしそうだとしたら、なぜそんなことになる。刑事は犯人を捕まえる、犯人は刑事から逃げることを考えるはずだ。」
無精ひげの男が運転する車の助手席に記憶喪失の男は乗っている。
記憶喪失の男
「なぜ地上をいくんだ?あなたの家には、空路を行ける車が泊まっていたが。」
無精ひげの男
「あの車両は今調子が悪いんだ。」
「しかも、自分で運転するのかい?自動運転で街まででれるだろう。」
「たまには、自分で運転したいんだ。なんでも機械に頼っていたらいざという時に何もできないだろう。」
記憶喪失の男は、窓から空を見上げる。
「なんだか、やたらと空が騒がしいな。たくさん飛んでるのは警察車両とパトロールロボットか?」
無精ひげの男
「ああ、その様だな。」
警察B
「ダメだ。これだけの車両やロボットを動員しても、なかなか見つからない。まるで相手は、警察の動きを掴んでいるようだ。」
警察C
「犯人は、情報を抜き取るプロだ。そう簡単にはいかない。俺たちの行動パターンを読まれていてもおかしくはない。」
警察B
「本部に依頼して、監視結界の許可を得たらどうだい?」
警察C
「もう遅い。監視結界を張れる範囲にはもういないだろう。相手が一枚上手だ。」
無精ひげの男
「どうだ?少しは記憶は戻りそうか?」
記憶喪失の男
「いや、まったく思い出せない。やはり病気だとは考えにくい。これほど綺麗にエピソード記憶だけが無くなるなんて。やっぱり誰かが意図的に記憶を抜いたとしか考えられない。やっぱり警察に相談した方がいいような。」
無精ひげの男は黙って運転している。
記憶喪失の男
「でも、意図的に何かを忘れさせたいなら、なぜ全部の記憶を抜くんだ?その意図は一体なんだと思う?」
無精ひげの男
「記憶ってのは録画された映画じゃねえんだから、一部分を取り出して消すなんてことは、今の技術でもほぼ不可能。できるとしたら、せいぜい、ここ数時間とか、数日、数週間といった現在から遡って一定時間を消すことはできるかもしれない。まあ、一番簡単なのは記憶をすべて消すってことだけどな。あと、脳の記憶領域、記憶をつかさどる海馬や、言語野やをうまく操作して、言葉や物は覚えているのに、自分のことや過去のエピソードの記憶をすべて奪うとか、その逆もできるらしいが…。」
記憶喪失の男
「詳しいんだな。」
無精ひげの男
「ああ…。」
二人の間に少し沈黙が流れる。
記憶喪失の男
「自分なりに少し、検証してみたんだ。鏡を見ても自分の顔にピンとこないが、年齢は恐らく30前後といったところか。あなたから見てどうかい?」
無精ひげの男
「ああ、そのぐらいだと思うよ。」
記憶喪失の男
「髪は染まってないし、入れ墨もない。服装もシャツにジーパンでいたって普通、…真面目な人物だと想像できる。自分で言うのもなんだがな。」
無精ひげの男
「真面目だというのは、想像できるよ。あと地方のなまりはない。おそらく居住地は東京のどこかだ。」
記憶喪失の男
「ただ、気になるのは、背中にどおやら大きな傷があるんだ。これがなんなのか。」
無精ひげの男
「背中の傷、か…。まあ、あまりいい思い出でないことは確かだな。」
記憶喪失の男
「何かから逃げようとしたのかな…。」
無精ひげの男
「…。なあ、こんなこと言っていいのか分からないが、記憶を取り戻さないという手もある。」
記憶喪失の男
「え?」
無精ひげの男
「もともと、記憶操作技術っていうのは、治療用に開発されたものなんだ。まあ、国は正式には承認していないがね。…その、つまり、例えばうつ病患者だとか、フラッシュバックに悩む人、過去につらい経験をした人なんかの…。場合によっては、自殺を防ぐために使われることだってある。だから、何ていえばいいか…。」
記憶喪失の男
「なるほど、記憶を取り戻さないほうがいいこともある…か。」
無精ひげの男
「ちょっと寄り道をする。トイレがしたい。」
車は、海岸線の何もないところに入る。
無精ひげの男
「ちょっと、その辺で用を足してくる。ここは、海の景色がお勧めだ。見てくるといい。断崖絶壁だが、見下ろす海は格別だよ。自然は、脳や精神障害にもいいからね。」
記憶喪失の男は、崖の上から、海を眺めた。天気のせいか、海は荒れていた。男は何か気配を感じて振り返る。
振り向くと無精ひげの男がこっちに銃を向けている。
記憶喪失の男
「どうした?何のつもりだい?」
無精ひげの男
「黙れ。手を挙げるんだ。」
署長が端末で、呼びかける。
「各班長に告ぐ。捜査の範囲を広げろ。相手はこっちの動きを呼んでいる可能性がある。もしかしたら、逃走せず、付近に潜んでいるかもしれない。さっき、本部に監視結界の許可を求めた。犯人は空路で逃げるという思い込みも捨てろ。地上を通行して逃げた可能性もある」
警察A
「署長、聞き込みはどのようにすれば?犯人の特徴は?」
署長
「二人の男だ。」
警察A
「二人?」
署長
「ああ、そのうち一人は、刑事の特徴を言えばいい。とにかく行方が分からないのは、二人の男だ。」
断崖絶壁の上で、海からの風が容赦なく二人の男に吹き付ける。
無精ひげの男は銃を突き付けて言った。
「お前は、昨日の晩、何をした?」
記憶喪失の男
「昨日の晩?あなたに借りた部屋で寝ていたよ。それだけだ。」
無精ひげの男
「お前は、平気でうそをつくのか?…それとも、‟その”記憶でさえ無くなったか。」
記憶喪失の男
「わからない。俺にはあらゆる記憶がないんだ。そんなに詰め寄られても…。教えてくれ、俺は一体昨日何をしたんだ?」
無精ひげの男
「いいや、記憶がないでは済まさないぞ。そもそも罪の意識がお前にはないんだ。人を殺す以外は、大したことではない、お前の考えはこうだ。だからそんなとぼけた態度をとるんだ。」
記憶喪失の男
「わからない。俺が一体何者で、あなたに何をしたのか…。教えてくれ!あなたは本当は私の事を知っているんじゃないのか。」
無精ひげの男
「話をそらすな。俺は昨夜の話をしている。お前のような人間は、情報というものへの罪の意識が一切ない!だから、簡単に記憶だって無くすし、今でもこんなにとぼけた態度をとるんだ。」
無精ひげの男のその情報という言葉に、記憶喪失の男は、ハッとなった。昨夜確かに自分は、部屋の引き出しを見た。
「まさか…、あのことを言ってるのか?でもそれは…。」
無精ひげの男
「見たんだな!」
記憶喪失の男
「ああ、見た。悪かった。」
無精ひげの男
「悪かった?お前にとっては、たったそれだけの話かもしれないが!情報の重要性は持ち主が決めることだ。自分がその立場になったとき、そんなに軽いことで済ませれるのか!謝ってすむのか!答えろ!」
記憶喪失の男
「わかった!俺は重大なことをしてしまった!許されることではない!どうすればいいんだ。」
無精ひげの男
「情報というのは、何も、記録媒体で持ち出さなくても盗んだことになる。そう、人間は脳という記憶媒体を持っているのだから。お前は、カラになった自分の記憶媒体に、鮮明に情報を記録し盗み取った!」
記憶喪失の男
「ああ!認める!俺はあなたの重要な情報を抜き取った!盗み取ったんだ!どうしたらいい!俺は…、どうしたらいいんだ…。」
無精ひげの男
「罪を認めるな。では、罪は償ってもらわないといけない。」
記憶喪失の男
「償う?何をすればいい。」
無精ひげの男
「悪いが、お前の抜き取った重要な情報…、つまり記憶はリセットさせてもらう。安心しろ、これは麻酔銃だ。次に目覚めた時、お前はまた生まれ変わるのさ。」
それを聞いた時、記憶喪失の男は、なぜか安心するものを感じた。それが本当に麻酔銃なのかなんてわからない。この2日の記憶がまた抜かれることについてもどうでもよかった。
記憶喪失の男
「わかった。すべてをあなたに委ねる。…説明は難しいが、それでいい気がする。」
無精ひげの男
「そうか…、観念するか。」
記憶喪失の男
「ああ、すべてあなたの思うようにすればいい。あなたは、きっといい人だ。」
無精ひげの男
「いい人?」
記憶喪失の男
「ああ、家族思いで責任感の強い長男。みんなに信頼されている。そうだろ。」
無精ひげの男は動揺する。
記憶喪失の男
「家族を想える人間はいいやつさ。俺もいつか記憶を取り戻して、家族と再会したい。家族がいるなら、過去に何があったかなんて関係ない。」
それを聞いた無精ひげの男は、銃を下ろし、膝をついた。目には涙が浮かんでいる。
「すまない…、俺は…俺はそんなにいい人間ではない。いい人間になりたかった。でも違ったんだ。すまない…すまない…俺がわるいんだ…」
無精ひげの男は、地面に這いつくばって泣いていた。記憶喪失の男は、事情が全くわかならい。ただ、その様子を見ているだけだった。
次の日。記憶喪失の男は、警察に一時的に保護されていた。警察はどうやら、署内の重要な情報を盗んでいた犯人を捜していたようだ。
後々、分かった真相はこうだ。あの夜、無精ひげの男、つまり刑事は、家で物音を聞きつけ、家の中に侵入者を発見した。侵入者は、刑事の重要な情報を抜き取っていた。刑事は、銃を突きつけ、署に連絡。しかし、振り向いた侵入者はなんと自分の弟だった。刑事は思わず、実家の方だと嘘を言って通話を切った。
弟は、泣きながら、兄に訴えた。
「兄貴!ごめん!悪気がさしただけなんだ。俺だって、本当はこんなことしたくはない。でも、金が必要だったんだ…。バイヤーの正体は知らねえけど、兄貴の情報を提供すると莫大な謝礼が振り込まれるんだ。ごめん!兄貴。許してくれ…。俺だって兄貴みたいになりたかったんだ。世間に誇れる人間になりたかった。そのためにはまず金が必要だったんだ。分かってくれよ…。捕まりたくない。兄貴ならどうにでもできるだろ。頼むよ…。」
刑事は放心状態になった。弟は不器用な人間だが、兄弟仲は良かった。早くに両親を亡くし、弟からすれば頼れるのは兄だけだった。
方針状態の刑事に魔が差した。その日たまたま、記憶喪失の男が現れ、1階に泊めていた。刑事は、事件性も考え、事前に男の情報を元に、知人の警官に調査を依頼したが、どうやら国民番号登録さえされていない正体不明の人物であることがわかっていた。行方不明者リストにも該当しない。ましてや、本人の記憶すら何もない。
既に警察には、犯人を見つけたと通報していた。引き返せない。記憶喪失の男を犯人にでっちあげる作戦を立てた。
もしできるとすれば、記憶喪失の男に、「情報を抜き取ったと」発言させ、録音をする。そしてその後改めて、重要な情報を抜き取ったという理由で、その男の記憶を消す。知り合いに科学研究所の人物がいる。記憶操作について、相談できるかもしれない。細かいことは後で考えようと思った。
刑事は、記憶がない男を犯人にするため、咄嗟に、昔捜査で得た、記憶に影響のある機材を、家に散乱させた。
警察A
「記憶がない。それで、刑事に保護されてたって訳か。」
警察B
「悪いやつに捕まらなくて良かったな。」
記憶喪失の男
「ああ、全くですよ。」
そこに、別の警察が入ってきて言った。
警察C
「どうやらそうでもないらしいぜ。刑事は、自分で罪を白状した。犯人は刑事の弟だった。刑事は動揺して、その男をはめようとしたらしい。」
警察A
「なんだって。じゃあ、この男性は騙されているのか。」
警察C
「その男性の証言と、刑事の話が一致すれば、まあ、刑事はクビだろうな。」
警察B
「どうなんだい?この日の行動について、証言してくれるか?」
記憶喪失の男
「ええ、しますとも。ただ、私は記憶が曖昧だ。記憶操作の機材があったのなら、刑事の記憶だって信用できませんね。証言が一致するかどうか…。」
数日後、二人は近くのカフェで再会した。
無精ひげの男
「なぜか、俺は処分保留になったよ。」
記憶喪失の男
「そうですか。それは良かった。」
無精ひげの男
「弟は、しばらく罪を償うことになる。…思いっきりどなってやった。弟をこんなに怒ったのは初めてだ。…逆にそんな過去がいけなかったんだ。」
記憶喪失の男
「過去は過去だ。今回のことだって記憶に残っていても…。罪を償えば、またいつも通りの家族に戻れるさ。」
無精ひげの男
「ありがとう。君に、記憶は戻らない方がいいこともあるといったが、撤回するよ。記憶を取り戻すべきだ。きっと君を待っている人がいる。」
記憶喪失の男
「ええ、そのつもりだ。」
無精ひげの男
「東京未来研究所を訪ねるといい。黒瀬チーフに会うんだ。必ず力になってくれる。俺の名前をだしてくれれば、話は早い。」
記憶喪失の男
「ありがとう。そうするよ。」
無精ひげの男
「記憶は大切なものだ。記憶こそ自分の人生なのだから。」
記憶喪失の男
「二度となくさないようにする。今のところ、たった数日の記憶しかないけど、あなたのことは忘れないよ。」
無精ひげの男
「ああ、俺も君を忘れないよ。」
記憶喪失の男
「あなたに親切にしてもらったこと。」
無精ひげの男
「ああ、忘れないでくれ。」
記憶喪失の男
「2番目の引き出しの趣味も…」
無精ひげの男
「忘れてくれ。」