始まりの日
「それで、あなたは魔法使いか何かですか?」
照れ隠しからか、ほんのりと赤くなった頬を少し膨らませたミリアが目をそらしながら言った。
窓からはすでに夕焼けが差し込み部屋の中を緋色に染め上げている。
机に向かい合うように座った少年と少女はその緋色の世界でなんともいえない空気の中、じっと座っていた。
「・・・ま、魔法使い?」
「違うんですか?白いローブ着てるのでてっきりそうかと」
少女の言うことがよくわからないと言うように少年は首をかしげた。
どうやら冗談で言っているようにも見えないので笑うことも出来ず反応に困る。
「ローブ・・・ああ、白衣のことですか、僕は科学教師の東鬼といいます」
「かが・・・え、なんですか?」
今度は少女が何を言っているんだという様子で首をかしげた。
ただでさえ微妙な空気だった部屋の中はさらに混乱に包まれる。
「科学教師です」
「・・・なに言ってるのかよくわかりませんが、私はミリア・リブルです、えと、し、シノギさん?」
なぜわからなんだ、という疑問をなんとか飲み込んだシノギはその代わりに苦笑いで返した。
「はい・・・それでここはどこなんでしょう」
「はい?・・・ここはルヴィエスタ王国メルクウェイン領のリブル村です」
さっきから妙に話がかみ合わないと言う違和感を感じつつ、しかし相手にふざけている様子もないので、シノギもミリアも混乱していた。
ただ一つ救いがあるとすれば言葉が通じることくらいだった。
「ルヴィ・・・ここは日本ではないんですか?」
「にほん?そんな地名は聞いたこともありませんけど」
話せば話すほどミリアのシノギに対する不信感は募っていく。
「あなたは一体・・・黒い瞳に黒い髪の人なんて見たことがありません」
「僕は・・・あっ!宮城!」
今までにあったことを思い出したシノギはバッ!と立ち上がる。
「みやぎ?今度はなんですか?」
「僕の教え子です!僕は日本の高校で科学を教える教員だったんです、僕の受け持つクラスの男子生徒が刃物をもって暴れて、宮城と言う女子生徒に襲い掛かったんです・・・無事にすんだかな」
「ちょっとちょっと!全然何言ってるかわかりませんよ!・・・何か怪しいですね」
「えぇ!怪しくないですよ!」
急にいろいろと話しはじめたシノギに、ミリアはとうとう言葉に出して疑惑の目を向けた。
シノギは必死に手や首を振って、体全体で否定をするが依然として疑惑の目は向けられたままだった。
「まあ、いいです・・・とりあえず泊まるとこはないでしょうから、うちの空いてる部屋にどうぞ」
「えっ、ありがとうございます!」
「たーだーし、働いてもらいますよ?」
「は、はい」
ミリアの笑顔に若干の恐怖を感じながら、シノギは苦笑いで答えた。
「今日は遅いのでご飯を食べたら寝ましょう、仕事は明日からです」
そういうとミリアは立ち上がり、すぐ横にあるキッチンで準備を始めた。
慣れた手つきであっという間に料理を完成させていくその姿に、シノギはただただ感心する。
メニューは何かの肉と野菜が入った白く透き通ったスープ。
ふかした芋。
そしてかちかちのパン。
「もうすぐできるのでアリサを呼んできてもらっていいですか?」
「アリサ?」
「あー、私の妹です、たぶん家の前の庭で遊んでると思うので」
「わかりました」
シノギは部屋を出て廊下を進み扉の下へと向かう。
家の中には他に人の気配はなくいくつもの使ってない部屋があるが、どこも綺麗に掃除されていた。
「(大きい家だな・・・でも)」
そんな家の中をきょろきょろと見回し、あることに気がつく。
「(電気が通ってないのか?家のつくり、人の服装、どう見ても日本人ではない人・・・まるで中世のヨーロッパにきたみたいだ)」
自分で馬鹿なことを考えていると思いながらも、あながち間違ってはいないのではないかという思いが妙にシノギの心をざわつかせた。
この扉の先には何があるのか。
シノギは子どものころに祖父の家を探検したときを思い出し、まるで童心に返ったようにわくわくしていた。
ドアノブなどはついていない木製の簡素な扉。
その扉に手をかける。
キィ・・・。
軽く押すと、扉は悲鳴をあげながらゆっくりと開いた。
開いた扉からは心地いい風が吹き込んでくる。
「・・・」
シノギは外に広がる光景に言葉を奪われる。
大自然の中に中にぽつんとある村。
簡素な服を着ている村人達はみな、せわしなく走り回っていた。
「(聞いたことのない国名、明らかに現代とは思えない文明レベル、ミリアさんの言っていた魔法使いの存在・・・確証はないが)」
シノギは自分の考えていることが信じられない、いや信じたくないと言うような様子で唾を飲み込んだ。
「ここは日本のあった世界とは全く別の世界なのかもしれない」
口に出したことによって、今自分の巻き込まれていることの異常性を突きつけられたシノギの顔はみるみる青ざめていく。
「そうだそうだそうだ・・・よく考えてみろ、学校で斉藤に刺されて、次に目が覚めたら金髪の少女の家で寝ている・・・どう考えてもありえないじゃないか!」
あまりに突拍子のないことで今自分がおかれている状況を確認したいという思いだけが頭を支配していたが、今更になって今度はその異常さが頭の中をじわじわと支配し始めた。
「ぁあ、どうしよう!どうやって帰る、いやまず帰れるのか・・・?意味がわからない、僕は死んだのか?これは夢?んぅ・・・!」
一度にいろいろなことを考えたせいで、シノギの頭はパンク寸前になっていた。
「だめだ、考えてもわからない・・・おそらく別の世界で生き返ったんだと思うが、なぜだ?はぁ・・・そうだ、とりあえずアリサちゃんを呼ばないと」
シノギは自分のするべきことを思い出し、家の周りをぐるぐると見回す。
家の周りにはもう使われていない馬小屋や、大量に積まれた薪の山などがあった。
まるで物語の世界にやってきたような不思議な感覚に、シノギの目は輝いていた。
しかし、もちろん目的を忘れたわけではないので、アリサの姿を探す。
「えーと、どこだ?」
「誰を探してるの~?」
「んー?アリサちゃんを・・・ってうわぁ!!」
いきなり足元に現れた少女に、シノギは声をあげて驚く。
「わたし、アリサ!お兄ちゃん起きたんだ!」
「君がアリサちゃんか!ビックリしたぁ・・・ミリアさんがご飯だって」
「ご飯っ!お兄ちゃんも一緒にいこ!」
「う、うんっ」
アリサに手を引っ張られ家の中に入る。
独身で、親も早くに他界しているシノギは誰かとの食事など久しぶりなので、その心は喜びと期待で高鳴っていた。