とりあえずのおはよう
「・・・アリサ、何してるの」
「ほぇ~」
森を抜けてすぐの草原。
二人の少女が歩いていた。
先頭に立つ一人は小さな体に大きなリュックを背負い、溜息混じりに振り返った。
もう一人のアリサと呼ばれた少女はとくに荷物を持っている様子もなく、ただ不思議そうな顔で何かを見ている。
「ほらいくよっ」
小さなアリサは何にでも興味を持つ年頃なので、こういうことは今までにもよくあった。
街のアクセサリーショップのキラキラ光る宝石、森に咲くカラフルな花、寝ている魔物に興味を持ち木の枝でつつこうとしたこともあった。
しょうがないと大きく溜息をついた少女は、アリサのもとへと近づいていく。
「何してるの?のんびりしてたら・・・」
「ミリアお姉ちゃん!見て見て!人が寝てるよ!」
ミリアと呼ばれた少女の呼びかけを遮るようにアリサは言う。
その体は嬉しそうに上下に揺れている。
「はぁ、こんなとこに人が寝てるわけないでしょ?こんなとこで寝てたら魔物に食われるか盗賊に襲われ・・・る」
ミリアはそんなことないと思いながらもアリサの見つめるほうをちらっと見る。
すると驚いたことに、そこにはたしかに自分と同い年くらいの少年が寝ていた。
あまりにびっくりしたミリアはその整った顔を歪め、小さく「うそ」と呟いた。
「ミリアお姉ちゃん、この人うちで飼う!」
「飼うって・・・」
「えーだってレン君は犬拾ったっておうちで飼ってたよ~?」
自分の妹の言うことに苦笑いしながら、それでもこのままこんなところで寝ていたら魔物の餌になることは明確なので、この少年を放っておくことはできないなと頭を悩ませる。
「村まであと少しだし・・・担いで行くか」
ミリアはまた大きな溜息をつくとリュックを自分の前にまわし、あいた背中に少年を担ぐ。
重い足取りで小高い丘を登りきると、眼下には小さな村が広がっていた。
ここがミリアの生まれ育った村だ。
「ふぅ・・・」
ミリアは少年をもう一度担ぎなおすとその丘を下り始めた。
遠い街まで重い荷物を背負い歩きで行った帰りなので、その足はすでに限界に近づいているが最後の気力を振り絞り歩く。
アリサはなかなか連れて行ってもらえない街にいけたのが相当楽しかったのだろう、るんるんと楽しそうにその後ろを歩いていた。
「お、アリサが帰ってきたぞ」
「ほんとだ、門を開けろ~!」
村の入り口では大人の男達が槍を持って門番のようなことをやっている。
これは前に魔物の襲撃を受けたときに甚大な被害を被ったことを受けて村の集会で決めたことだ。
大きな街に比べれば貧相だが、一応木製の壁と門もあり、男達が昼夜交代で見張りを行っている。
「んっしょ・・・よいっしょ・・・はぁ、ついたぁ!」
「おかえり、無事でよかった・・・んで背中に背負ってるのはボーイフレンドか?」
「ミリアにもとうとう出来たか・・・くくく」
大人たちが楽しそうにミリアをからかう。
ミリアはそれを気に留める様子もなく、正直にあったことを話した。
「なに?森を抜けたところでか・・・厄介ごとはごめんだぞ?とりあえず、村長には俺達から報告しとくから、今日は帰って休め」
「ありがとうございます」
陽気で人をからかったりするのが大好きな村の人たちだが、根は優しくいい人たちだということをミリアは知っていた。
だから、からかわれても怒りはしないし、この少年を村につれて帰ってきても大丈夫だろうと思ったのだ。
「ただいまぁ~」
「ただまっ!」
ミリアの家は村のはずれにある。
両親は魔物の襲撃ですでに死んでいて、今はアリサとミリアの二人で暮らしているが村の人たちの助けもあり、それなりの生活は出来ていた。
どさっ・・・。
とりあえず担いでいた少年をベッドに寝かし、ミリア自身もベッドに座る。
アリサは街に行ったことを自慢したいのか、外に走っていった。
街で買った日用品の整理などすることはあるが疲れですぐに立ち上がる気にもなれず、ただぼーっと少年お顔を見つめる。
「・・・むっ」
むぎゅっ。
自分がこんなに苦労して運んできたのに、当の本人は気持ちよさそうに寝ているというこの状況にむっとしたミリアは少年のほっぺをつねった。
しかし、起きる様子はない。
「・・・起きない、死んでないでしょうね?」
急に心配になったミリアは少年の口元に耳を近づける。
「・・・ん」
「きゃっ・・・起きてる」
自分の耳をくすぐる少年の息に驚き、ミリアの頬は赤く染まる。
今の声で起きていないかを確認するために、横目で少年の顔を確認する。
ミリアは少年の顔を見ると、自分の鼓動が早くなるということに気付いていたがそれがなぜなのかまではわからなかった。
「・・・綺麗な顔」
そのまま首をひねり、少年と向き合うように顔を向ける。
白い肌、黒い髪、指なんかを見ても細くて綺麗だ。
まるで時が止まったように二人は動かない。
窓からは心地のいい風が流れ込んでくる。
「・・・ん?」
「ん?」
突然少年の瞼が開かれる。
スッと開かれた瞼の中からは夜空のように綺麗な黒い瞳があらわれた。
長い眠りから覚めたまどろみにとらわれ、なかなか状況を飲み込めない少年と、恥ずかしさから状況を理解しようとしない少女。
「えーと、おはようございます」
何が何だかわからない少年はとりあえず挨拶をした。