夕暮れの教室
「はぁ・・はぁ・・・」
夕暮れの差し込む教室。
いつもはきっちりと並べられている机は乱雑に広がり、あちこちに椅子や机が倒れている。
放課後にも関わらず生徒達は一人も帰ってはおらず、教室の隅で一塊になり、ただ一点を見つめていた。
その視線の先には三人の女子生徒と、それを睨みつける一人の男子生徒が立っていた。
男子生徒の手にはナイフが握られていて、震える手はすでに赤く染まっている。
「ま、待て斉藤!一体どうしたんだ、宮城たちが何をした?」
生徒の集団と4人の間に立っていたこのクラスの担任、東鬼研が男子生徒をなだめるが男子生徒は興奮状態になっており、自分が何をしているのかもわかっていないような状態だった。
女子生徒のうちの一人は肩から血を流していて、苦しそうに顔をゆがめている。
「おい、何があったんだ!」
東鬼が振り返り生徒達に聞くが皆俯くばかりで答えようとはしない。
しかし、大体の予想はできる。
「いじめか」
担任でありながら自分のクラスで起こっていることに気付けなかった東鬼は自分に嫌気が差した。
「斉藤、先生が悪かった、辛いことがあるなら我慢せず言ってくれ?ほら宮城たちも謝れ」
「ご、ごめんなさい」
「もうしないから、斉藤、やめてよ」
男子生徒の手の震えはだんだんと大きくなる。
どうやら冷静になってきたようだ。
「そんなことしても何の解決にもならないだろ?」
「はぁはぁ・・・」
東鬼はゆっくり、一歩ずつ男子生徒のもとに近づいていく。
「大丈夫だ・・・危ないから先生にナイフを渡しなさい」
出来るだけ優しい声で手を伸ばす。
男子生徒は大分冷静になったようで自分のしたことに唖然としながら、震える手でゆっくりとナイフを差し出す。
東鬼はほっと一息ついてナイフを受け取ろうとする。
学校側から斉藤にどんな処分が下されるのかを心配している頭に、女の子の声でたった一言こんな言葉が入ってくる。
「マジきもい・・・」
静まり返った夕暮れの教室にただその一言が響く。
その場にいる誰もが目を見開いた。
東鬼でさえ困惑と多少の怒りを込めた目で自分の左側を見る。
そこにはまずいという表情で自分の口をおさえた女子生徒の姿があった。
その女子生徒の視線は一塊になった生徒達から、自分のほうを見る東鬼を経て、ゆっくりと男子生徒のもとへと向かっていく。
そこには、悲しみや怒りといった感情がぐちゃぐちゃに混ざり合いどんな顔をしたらいいかわからなくなった男子生徒がいた。
「はっ・・・はっ・・・はぁ・・・はぁはぁはぁ」
男子生徒の息はだんだんと上がっていく。
「斉藤・・・?やめるんだ、ナイフを渡せ!」
「うわぁぁぁあああああああ!!!」
東鬼の説得もむなしく、男子生徒のナイフは一直線に女子生徒へと向かい、突き出された。
「きゃっ・・・!!」
まるで時が止まったかのように動くものはいない。
その場の全員の視線は東鬼の胸元に注がれていた。
緋色の光を反射するナイフは東鬼の胸部を確かに貫いていて、東鬼が科学教師ゆえに着ていた白衣を真っ赤に染め上げていく。
「ぐふ・・・」
その場に力なく倒れこむ東鬼の頭の中は真っ白に染め上げられていく。
怯えたような男子生徒と困惑している女子生徒の顔、それと学校中に響き渡る悲鳴のなか、東鬼はゆっくりと目を閉じた。