2話
リーベの街でリフレッシュ。ちっ、また明日から、あの堅苦しい生活が始まるのか。
今日は安宿で寝るか。路地で酒かっくらって寝るか。
よれよれのシャツにぼさぼさの髪、無精ひげ落ち着くぜ。
安い香水をつけた女が誘いに来る。俺はそんな遊びは卒業した。女に金だけやる。女は一瞬顔をゆがめたがそそくさを暗い路地裏へ消えて行った。
そんなときこんな町なくなればいい。……なんて心にもないことを考える。
「ちょっと!お待ちなさい!そこの不埒もの」
鈴を転がすような響き、どこかで聞いた声だ。そんなわけないか。厄介ごとにかかわるべきではない。俺は声の聞こえてきた通りを迂回しようとした。
今夜は安宿でもとるか。
「それは、私をアヴァロン家の令嬢と知っての狼藉ですか?」
はい?アヴァロン?
あんのバカ娘ーーーー!
俺は怒りに震えた。なんでこんな掃き溜めに足を踏み入れやがった。しかも堂々と名乗ってやがる!
攫ってほしいのか?攫って欲しいのだな。よし、ほっとく!
「お嬢様、ここは私が!お逃げください……」
主人を守ろうと侍女の怯えて震える声。そうだよな。おいて逃げられねえよな。そんな事したら、首ぐれえじゃすまねえからな。
牢獄どころか処刑されかねん。庶民の命なんか、吹けば飛ぶように軽いからな。
しかたなく、通りを覗き込む。今日の当番の従者はとっくにのされていた。あれ、あいつ生きてるのかな?ピクリとも動かない。
侍女がならず者三人に突進する。殴られて、地面にたたきつけられた。この町では人が傷つくなんて日常茶飯事。
「ベッキー!」
あ!あいつ侍女だけ名前覚えてやがる。
俺は、走った。
「よくも家の者を傷つけたわね!許しませんわ。この者たちを傷つけて良いのは私だけです」
うっかり、とんでもないことまでついでにヌかす。
「へぇ~、ねえちゃんよぉ、何が許さねえって?」
ならず者Aが楽しそうに笑って、お嬢様を捕まえる。
ーーードゴッ!
俺のけりがならず者Aの顎にヒットした。
ドゥと倒れた。横ががら空きだ。バカなやつである。
後二人が襲い掛かってくる。Bはみぞおちに肘鉄、Cは腹に蹴りを叩きこむ。
すかさずBを頭突きで倒す。Cが慌てて逃げだす。
逃がすか。
「おやめなさい!」
凛とした声が響く。ってバカ娘じゃねえか。なんだよ。
「相手は降参しているのです。これ以上の暴力は無意味です」
わかってんのか。この状況?俺は構わずCをおって、背中に飛び蹴りを食らわせた。これであがり。この町では二度と手出しできないように潰すのが基本。仲間を呼ばれたら面倒だ。
いつの間にか復活したベッキーが従者を助け起こしている。あれはバカ娘の姉上のクレア様付きの従者じゃえか。
災難だったな。
「そこの者」
どうやら俺はバカ娘に呼びかけられたらしい。この姿では俺とはわからないようだ。というか顔すら合わせようとしねえ。貧民見ると穢れるのか?
「これはお駄賃よ」
俺の足元にジャラジャラと銀貨がまかれる。何考えてるんだよ。金欲しさにガキどもわらわら出てきたじゃねえか。
……そこはありがとうだろう。
まあ、貴族が下賤に頭を下げるわけねえか。
かくして伯爵家の馬車は去っていった。
俺の町に二度と来るんじゃねえ。
*****
朝の柔らかい光が邸の廊下を照らす。
私はお嬢様の部屋に茶器を運ぶ。さあ、ストレスフルな一日の始まりだ。
「お嬢様、はいりますよ」
私が紅茶を渡すとしおしおと受け取る。
どうしたのだ。
「お嬢様、侍医をお呼びいたしましょうか?」
「どうして?」
こてんと首を傾げる。おかしい毒を吐かない。暴れない。バカ発言をしない。どうしたのだろう。
「絶対にどこか具合が悪いはずです」
私が断言すると、お嬢様が奇声を上げ枕を投げつけてきた。よかった。只寝ぼけていて大人しかっただけか。
私はお嬢様に足蹴にされながらもいつものご様子にほっとした。
お嬢様にこれから歴史学の先生が来ることをお伝えして、部屋を出ようとしすると「セバスティアン」
と呼び止められた。だから、私はセバスティアンという名前ではないのですが……。
「なんでございます。お嬢様」
「信じがたいことなのだけれど、庶民にも良い心がけの者がいるのよ」
やはり、おかしい。庶民を褒めてるとか。どうなさったのですか、お嬢様。
「実はね。街の裏側を見学しよう思って、貴族として知っておこうかと。嗜みってやつ?殿下が興味をもちそうでしょ。このお話」
はいはい、今日もお嬢様の頭の中はお花畑でごさいますね。嗜み、辞書で引いてみてはいかがでしょうか。教養のない私では訂正いたしかねます。
「でね、すごく汚くてうらぶれた町に行ってみたの。掃き溜めっていうの?」
なら初めから行かなければよいものを。自分で言うのは一向に構わないがよそ者に言われると腹が立つ。あの町は為政者の悪政の産物ですよ?
「はあ…」
気のない相槌をうつ。
「そこで、私たち、暴漢に絡まれてしまったの」
「……」
お嬢様、そのお話、旦那様には秘密にされていますよね。なんならチクって差し上げましょうか?
「そこでね。助けてくれた者があって」
もじもじしだした。珍しいこともあるものだ。
「へえ、見回りの騎士様でもいましたか?」
「違うわ、目を合わせるのも嫌な、小汚い貧民よ」
即答である。
ーーーカチャカチャカチャーーー
手がわなわなと震え、危うく茶器を落とす所だった。
私が怒りで震えているとお嬢様は言い放った
「でね。思ったの。どんな屑でバカでも紳士として教育すれば、まとものなるのではと。ねえセバスティアンもそう思わない?」
ご自身の思い付きを語り、自慢げに胸を張るお嬢様。
バカは貴女様でございます。
さっさと第三皇子にざまぁされてくださいませ。