新婚
私の家は貴族の中でも下位にいる貧乏貴族だ。
お金が無く、ドレスを仕立てられないし、食事だって平民と変わらない。
それでも両親は私の事を沢山愛してくれた。両親は敢えて厳しく教育し、この世知辛い世の中をどう上手く動けばいいのか教えてくれたのです。お陰で他の貴族とのトラブルを回避出来た。
領民のみんなも良い人ばかりで外を歩いていると気兼ねなく話しかけてくれる。
お金が無くとも幸せで、
この時間が続くと疑わなかった。
「…領主様が盗賊にあいました」
暗い時間に来訪した騎士は残酷な現実を私達に突きつけた。彼は…何を言ってるのでしょう。あまりにも唐突な話に頭が追いつかない。私よりも先に動いたのは母だった。
「夫は、どこに」
「残念ながら…」
…ああ
目の前が暗くなっていく。
母は耐えきれず泣き崩れた。
父の死から1ヶ月。
母はあれから食欲がないと言って、あまり食事を口にしません。また、父が行なっていた仕事を代行していた為、日に日に痩せているのがみてわかる。
私達は完全に吹っ切れることはないでしょう。
しかし、父が愛したこの領地と民を私達が守っていくことに決めた。
夜中に目が覚めたので、水を貰いに調理場へ行く途中で一室だけ灯りが漏れていることに気付いた。
母の部屋だ。
そっと、扉を開けて中を伺うと、母がまだ仕事をしていた。机の上にある書類の山を今日で終わらすつもりかもしれない。
母の様子を見た後、
音を立てずに扉を閉めた。
水を飲んでから部屋に戻り、今朝に届いた手紙を開ける。そこには、お金の支援の代わりに結婚の申し込み等が書かれていた。相手は歴史ある侯爵家だ。
何故、私のような貧乏貴族のところに結婚の話が舞い込んだのか理解できなかった。
しかしそこまで考える余裕が無かったのだ。
先ほどの母を見て覚悟を決める。
私達の家にはお金が足りない。どんなに身を粉にして働いたとしても絶対的に足りないほどの金額。このままでは私達も領民達も飢えていく一方だ。
… 私が結婚をすればこの地は守られる。迷いはなかった。
だから、今流れる涙は愛するみんなを守ることができる喜びからでたものなのだ。
翌日の朝、母に結婚に応じる事を伝えた。
とても驚いていたが私の意思が固いと分かり、泣きそうな顔で頷いた。
それから手紙を送り返したり、ドレスを新調したりとドタバタと忙しい1週間が過ぎていった。
「…本当に良かったの?今からでも相手の方にお断りしてもいいのよ」
「もう何回言ってるの?大丈夫よ、お義母様もお義父様も良い方達だから安心して頂戴。私、今とびっきり幸せなんだから」
満面の笑みを浮かべれば、母は少し安心したようだ。
自分のせいで私が結婚をしたと罪悪感を感じていたのだろう。
大丈夫よ、大丈夫、大丈夫だから
私は領の皆んなと母が元気にしていたら、それだけで……
相手に恋をしているように装える。
「本日からこちらが奥様の寝室になります。何かあればなんなりとお申し付けください」
私の専属になった侍女がそう残して去って行った。
案内された部屋には私一人だけ。
「ふぅ…っ」
疲れがどっと溢れて、思わずベッドに倒れてしまった。そうしたら今までにない弾力性に身体が押し返される。
なにこのベッド!?
気持ちいい!
流石侯爵様ね。ベッドにまでお金をかけているわ。
部屋全体をよく見渡せば、他にもいろんな、というか全ての家具や装飾品が輝いているではないか。
「おおぉ!この花瓶も売ったらいくらになるかしら」
母が見たら喜んで売るでしょうね。
その様子を思い浮かべてクスッと笑う。しかし、すぐに表情を消す。
ホームシックになる時間はないわ。
この家に嫁いだ以上働かねば、役立たずだと追い出されてしまうかもしれない。
そうすると実家への支援も途切れてしまうわ!
まずは手取り早く掃除かしら?
大きな屋敷だから時間がかかりそうね!
貴族でも貧乏貴族の娘には平民の考え方に偏ってしまうのだった。