勇者として召喚されてハーレムパーティを用意されたけど、さっき彼女ができたばかりなので一刻も早く帰りたい。
よくある勇者召喚ものです。
「あ、あのさ、竜斗は……その、彼女とかいたっけ?」
「いるわけねーじゃん、知ってるだろ」
「はは、だよね〜知ってた」
なんの変哲もない公園の木の下で。山宮竜斗は17年の人生最大の正念場に立っていた。
「あの……急にこんなこと言ったら、びっくりすると思うけど……」
来た。緊張で背中に大量の汗を流していた竜斗が、ビシッと背筋を伸ばす。
本日はお日柄もよく、夏休み初日。目の前にいる幼馴染の神崎里奈からLINEで近所の公園に呼び出されたのは、ほんの数分前のこと。
「私、私ね、ずっと前から、その」
告白だ。間違いない、告白だ。
幼稚園前からの付き合いで、長く友達以上恋人未満を続けてきた里奈が、今まさに己に告白をしようとしてくれている!
「えっ?」
と、ゴクリと唾を飲み込んだその時。
「あ、え?」
「あ、あのね!私!ずっと前から!」
突如竜斗の足元に、直径肩幅程度の円形の紋様が現れた。見たこともない文字が羅列した、ファンタジー漫画でよく見る魔法陣のような。
ちょうどぎゅっと目を瞑った里奈は気づいてない。
このままこの円の中心に居てはヤバい。直感でそう思ったが、今後ずさりでもしたら里奈からの告白から逃げようとしたみたいではないか。それは駄目だ。こんなチャンス二度とない。
「竜斗のことが好きなの!」
そしてついに、待ち望んでいた言葉が告げられる。
「俺も……俺も、ずっと前から里奈のことが好きだ!」
意を決して竜斗が叫んだ瞬間。足元が一層輝き、強い光に包まれた。
◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇
「よく来たな、勇者リュートよ」
次に竜斗が目を開けた時。目の前にギラギラと宝石の着いたマントを着たでっぷり太ったオッサンが、やたら豪華な椅子に踏ん反り返っていた。
見慣れた公園の風景も、里奈の姿もどこにもない。
「魔王を倒し、この世界を救ってくれ」
「は?」
ちょっと意味がわからなかった。里奈からの告白に答えた直後、魔法陣的なものが強い光を放ったところまでは覚えている。
そりゃあ昼日中に魔法陣が現れるとかヤバいとは思ったが、まさかこんなことになるなんて。
右を見る。ズラリと並んだ甲冑と目が合う。左を見る。また甲冑。中身もある。全く動きがないので蝋人形かと思いきや、息遣いは聴こえるので生身の人間らしい。腰に剣を差し、紋章のついた盾を持ち、まるで王道RPGから出てきたような騎士だ。
ここは一体どこだ?明らかに日本ではなくないか?
「今、この世界……ユラシルアは危機に陥っておる」
地球でもなかった。
「かつて勇者が封印した魔王が復活したのだ。前勇者と同郷の新たな勇者よ。聖剣を用い、もう一度魔王を倒してくれ」
王がパチンと指を鳴らすと、どこからともなく黒装束の者が現れた。やたらときらきらしい剣を載せた台座を抱えている。
「受け取るが良い」
状況を整理しよう。なんかファンタジーな世界に魔王を倒す勇者として召喚されたらしい。終了。
あまりにも突飛過ぎるあり得ない展開に、押し付けられた聖剣を持ちながら、竜斗は一周回って冷静になった。
もう一度ゆっくり辺りを見渡す。
左を見る。甲冑達と目が合う。右を見る。甲冑達と目が合う。
右左で50人ずつ、100人はいるだろう。漫画通りなら多分近衛兵とかそういうやつだ。
「……ここにいる騎士達じゃ駄目なのか?」
「聖剣は地球の勇者しか装備できんのだ」
「ただの剣が持てない程この国の騎士は弱いのか?」
「そんなことはない。聖剣を持てる持てないは生まれで決まり、強さは関係ない。強さなら我が国が抱える王国騎士団は大陸一の強さを誇る。何万といる全ての者がそこらの国の騎士団の小隊長以上の強さなのだ。まず王国騎士となるための厳しい試験を突破し、更に厳しい訓練を耐えぬいた精鋭——全軍で三日三晩闘えば、魔王を倒す寸前まで追い詰めることはできる。ただ、魔王の心臓は、聖剣しか通さないのだ」
「じゃあ、騎士団の人達がほぼ倒した魔王に俺が聖剣でトドメを刺せってことか」
「いや、大軍を動かせば魔王にバレて、魔王城に辿り着く前に国を焼かれる。少数精鋭の護衛はつけるが、騎士団は動かせぬ」
「それじゃ無理だ。帰してくれ」
「勇者召喚魔法の発動条件は魔王の復活だが、帰還魔法の発動条件は魔王の封印なのだ。どうしても魔王が倒せぬと申すならここで最低限の生活は保証するが、帰すことはできぬ」
要約。魔王を倒して帰るか、魔王を倒さずここで暮らすか。倒すとして万の軍隊で攻撃しても三日はかかる程強いらしい魔王を、少人数で倒すなら一体何年かかるか。
「なに、案ずることは無い。この世界と、お主のいた地球は時の流れが30倍程違う。ここで3ヶ月を過ごしても、地球では3日しか経たぬ。3年過ごしても1ヶ月を少し過ぎる程度だ」
「案じてるのそこじゃないんだけどな」
というか、何故この王はこんなに自信満々なのだろうか。
今のところ地球に帰れる以外に竜斗側に魔王を倒すメリットが一つも無いのだが、断られるとは全く思ってなさそうである。
彼女ができたばかりで死んでも帰りたい理由のある竜斗でなければ、怖気付きこのままこの世界で平穏に暮らすことを選ぶ者もいるだろうに。
「前回の勇者も、少数の仲間とだけで魔王を倒してきたぞ」
前任勇者が吉◯沙保里だったのではなかろうか?
「ところで、その少数精鋭の護衛はどこにいるんだ」
「うむ、やはり気になるか。そうであろう、そうであろう」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、にんまりと王が笑う。随分と自信があるようだ。笑うところなのかここは。
「さあ、出て参れ。選ばれし勇者の同行者達よ!」
大袈裟に両手を広げて王が立ち上がると共に、ザッと三つの人影が騎士達の間から飛び出し、竜斗の前に立ち並んだ。
成る程ここにいる騎士達の中で更に選りすぐりの者か、と期待したのも束の間。目の前に並んだ三人は、全員竜斗より頭半分、一つ分、そして二つ分小さく。
「リーゼロッテ・エアリアよ。ハーフエルフのこの私が人間の貴方に付き添ってあげるの。感謝なさい」
最初に口を開いたのは、ゆるくウェーブのかかったボブカット、光り輝く金髪を揺らし、白く透き通る肌にエメラルドの目をした神秘的なまでに美しい少女。
「ムナミ・フォクシーだよ!チャームポイントはこの耳と尻尾!獣人のキツネ族でーす」
次にこげ茶のふわふわロングの髪にキツネの耳が生えた美少女。大きな目と小さな鼻、幼く可愛らしい顔と裏腹に出るとこは出た発育の良い身体。ピョコピョコと尻尾を揺らしている。
「ミルル・リップルなのです。魔女見習いなのです」
最後に、小さな身体にぶかぶかのローブを纏った、美しい水色の髪と目を持つ幼い魔女がこれまた小さな声で言った。
竜斗が周りを見渡すも、その三人以外に前に出て来る者はいない。まさかこれが全員なわけないだろうと思ったのだが。
「さあ、勇者よ」
何故か玉座に座る王がうむ、と満足気に頷いた。さも『これなら文句あるまいな?』とでも言いたげなしたり顔で。
いや、まさかそんなわけ。
「この者達を同行させる。リーゼロッテ・エアリアの持つハーフエルフの知識、治癒の力は必ず冒険の役に立つであろう。ムナミ・フォクシー、獣人の身体能力は人間の比ではない。冒険者養成学校トップの成績を誇る。ミルル・リップルは世界最高峰の魔女の弟子の一人で……」
「いや本当にこれだけかよ!?全員子供じゃねーか!!?」
「な、なぬ?何が不満だ?」
「むしろ不満しかねぇよ!?」
なんでそんなに自信満々に言えた?と心底不思議なくらいである。
ベテランの騎士とか屈強な戦士とかいかにも凄い魔法を使いそうな老賢者とかが出て来ると思いきや、華奢な少女と無駄にスタイルの良い女子とどう見ても幼女。強そうな雰囲気の欠片もない。
「いきなり何?失礼ね」
「アタシもう子供じゃないよ〜?」
「子供だ子供だと言う方が子供なのです」
竜斗の言葉に、三人の女の子が総じて顔を顰めた。その『文句があるなんてわけがわからない』とでも言いたそうな表情に、竜斗はハッと考え直した。
エルフが長命というのは物語ではよく聞く話だし、獣人だって人間とは違うだろう。魔女なら見た目を自由に変えられてもおかしくない。それぞれ高校生、中学生、小学生くらいにしか見えないが、実は117歳や30歳や92歳とかいう可能性もなきにしもあらず。
「じゃあ、皆何歳なんだ?」
女性にいきなり年齢を訊くのは失礼だと言うが、気にしてる場合ではない。
「17よ」
「アタシは15歳だよ〜」
「今年で10才になるです」
ツンとして答えるハーフエルフ、右手で1を、左手でパーを作る獣人娘、腰に手を当て胸を張るロリ魔女っ子。
「見た目通りじゃねぇか!!!」
勇者はキレた。
「なーにがもう子供じゃないだよ!?やっぱり全員子供じゃねぇか!!俺だってまだ世間一般的には子供なんだぞ!?子供だけで魔王倒して来いとかおかしいだろ!」
魔王に勘付かれる恐れがあるから大軍は動かせない、それはわかる。彼女達も一応強いことは強いのだろう、それもわかる。
だがしかし、魔王というとんでもなく強いらしいものの討伐を、十代の女の子ばかりに任せる国があるだろうか。何の理由もなく。
「ここにいる騎士達は、全員彼女達より弱いのか?それとも勇者っていくらでも召喚できる使い捨てみてーな存在で、数打ちゃ当たるから一人一人にあんまり強い護衛つけるのも勿体ないってのが本音なのか?」
この大広間だけでも百はいるであろう屈強な騎士達。先程の話では王国騎士団は騎士としての最高峰で、何万人もいる全ての者が厳しい試験を突破し厳しい訓練を耐え抜いたエリートだという。言わばこの国の最強集団。才能有る者を選び抜いた上で、国を挙げて金と労力を費やし育て上げた人材。
その全員が17歳と15歳と10歳の、説明の通りならまだ学生や見習いの身であるらしい女の子一人にも敵わない、わけあるか。
騎士達が貴重な人材だからこそ。ただの一人も使い捨て勇者の道連れになどできないのだと考えた方がよっぽどしっくり来る。
「なあ、どうなんだよ王様」
ドン、と聖剣を床に打ちつけ、竜斗は玉座を睨みつけた。
「い、いや……そういうわけではない。むしろ若者同士の方が道中も楽しいだろうと思って配慮をだな……」
「物見遊山じゃねぇんだぞ!?」
地球に帰るまでがピクニックですってか。
「ちょっと。さっきから聞いてれば、随分失礼なこと言ってくれるじゃない。私達が弱いとでも言いたいの?」
「アタシは馬鹿だけどぉ、実技は学園一だって言われてるんだよぉ!」
「小さいからって舐めるなです」
もごもごと口ごもる王を差し置き、沈黙を破ったのは三人の女の子達であった。左から順にツンっと顎を上げる17歳、胸の前で両手をグーで握り締める15歳、ぷくーっと顔を膨らませる10歳……小学校の遠足か。
「これはもう決定事項なの。ぐだぐだ言う暇があったらさっさと準備して出発するわよ」
「うんうん、こうなったらアタシの強さ見せつけてやるんだから!」
「わたしの魔法にひれ伏すがいいです」
いや、この女の子達もある意味被害者なのだ。使い捨て勇者の護衛という損な役回りを、まるで名誉なことのように思い込まされて。
「……はあ……」
それにこれ以上粘ったところで、騎士の一人も引き出せないようだ。ならばもうごねるだけ無駄だろう。竜斗はどんよりと肩を落とし、聖剣の切っ先を床から離した。
「う、うむ。それでは勇者とその仲間達よ、行くがいい。幸運を祈る!」
「魔王倒したら絶対に地球に帰してくれよ」
「勿論だとも。お主が望めば、な」
なんとか取り繕ったような、芝居がかった動きと無駄に余韻を持たせた言い方をする王。おそらく今まで使い捨ててきた勇者達にも、同じことを言ってるのだろう。
(俺が望めば……死んだら望めないからノーカンってことかよ。くそっ)
死んでたまるか。絶対に生きて帰る。
やっと里奈と付き合えたところだったのに。折角の夏休みだったのに。二人で遊園地に、水族館に、市民プールに行くまで、死ぬわけにはいかない。
◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆
「まず、防具屋で貴方の装備を整えるわ。武器は聖剣以上のものは無いし、薬草やポーションはもうこっちで準備してあるから」
「俺はこっちの世界の金は一文も持ってないぞ」
「そのくらい国から支度金が出てるです。わたしが管理してるからお買い物の時はわたしに言えばいいです」
「ふーん。まあ流石に一文無しで放り出されることはないか」
魔王を倒せば帰れる……あの王が全て本当のことを言ってるとはとても思えないが。それでも元の世界に帰る手がかりはそれしかない。
竜斗は重い足を引きずりながら、三人の少女に連れられ王都一栄えてるという冒険者御用達通りに降り立った。
「じゃ、行こっかリュート!出発しんこー!」
通りの入り口に足を踏み入れるや否や、ぎゅむっと左腕に柔らかい感触。
「アタシが案内してあげ……えっ?」
両腕で捕まれはしたがそこまで力は強くない。腕を振り上げるだけで簡単に外すことができた。
「悪い、俺の世界じゃこういうスキンシップは恋人同士しかしないものだったんだ。こっちの世界では普通なのか?だとしたらすまない、慣れないから遠慮してほしい」
「え、あ、え?」
振り上げた腕が掠った衝撃で、たゆんたゆんと大層な胸を揺らしながら獣人の少女——ムナミ・フォクシーがぽかんとこちらを見上げている。
「あんたが悪いわけじゃないんだ。文化の違いだ。キスやハグが挨拶の国もあれば、恋人以外とはしない国もあってな。俺のいたとこは後者だったんだよ」
「そ、そうなんだぁ……もー、いきなり振り払われてびっくりしたよぉ!」
「悪かった。でも俺もいきなり抱きつかれてびっくりしたんだ。おあいこってことで勘弁してくれ」
見れば、ムナミだけではなくハーフエルフのリーゼロッテ・エアリア、魔女見習いのミルル・リップルまでぽかんと口を開けていた。
三人共この反応ということは、やはりこの世界の文化的には男女で腕を組むのは特に珍しくない行為なのだろう。
しかし彼女持ちの男が他の女とそんなことをすれば日本では間違いなく浮気だ。そして竜斗はつい一時間前その彼女持ちの男となったのだ。彼女とは勿論十数年間想い続け、同じく想われ続けた幼馴染の里奈と。
「ま、まあ、気を取り直して防具屋に行きましょう。今の貴方の服じゃ角ウサギの頭突き一発も耐えられないわ」
「ああ、わかった」
「あ、待ってよ〜!」
そんな中いち早く我に返ったリーゼロッテがスタスタと防具屋へ向かって歩き出した。回想を振り切った竜斗、ムナミ、ミルルがそれに続く。
「なあ、あんた達は装備を買い替える予定はないのか?」
「勇者の同行者として選ばれてから、支給された支度金ですぐに装備は整えたから必要ないわ。ただの布に見えるかもしれないけど、これ、精霊の織布って言って、鋼より丈夫なのよ」
そう言って、身体にピッタリと張り付く薄緑色のミニ丈ワンピースの裾を摘み上げ、リーゼロッテが不敵に笑った。
ただでさえ少ない布面積が更に縮み、無防備な太ももが露わになり……。
「それ、下に履くズボンはなかったのか?」
「は?」
得意げにワンピースを見せつけていたリーゼロッテの手がピタリと止まる。
「鋼より丈夫ったって、腕も足も丸出しだったら意味ないだろ。精霊の織布?だっけ?それのズボンはないのか?」
「あ、あるけど、別にそんなの必要無」
「さっき俺の服が角ウサギだかの頭突き一発も耐えられないって言ってたじゃないか。魔王がいるくらいだ、なんかそういう化け物もいるだろうと思ってた。服着てても危ねーのに、素肌に食らったらひとたまりもねーんじゃねーか?」
「食らう前に避けるわよ!」
「食らっても大丈夫にするに越したことないだろ。命とお洒落どっちが大事なんだ」
もしかして精霊のなんとかと言うくらいなら、布の及ばない部分にも加護的な何かがあるのかと思いきや、そんなこともなかった。
「あ、あのですね、リュート。精霊の織布は高価ですし、リュートの装備に加えてそれまで買うお金は」
「下位互換のものならあるだろ?着ないよりはマシだ。ただ転んだだけでも布の有り無しで怪我の具合は随分変わるぞ」
あれは三年前の夏の日、竜斗が自宅で夏休みの宿題をしていた時のこと。『一緒に駅前のお祭り行く約束してた友達が急に来れなくなっちゃったの。一人じゃつまんないから竜斗来てよ』と里奈からLINEが届き、慌てて『ちょうどかき氷食べたいと思ってたしまあいいけど?今駅近くの図書館で宿題してるからキリいいとこまで終わったら行くわ』と返信して、肩掛けリュックに適当に宿題を詰め込んで家を飛び出した。
図書館から祭り会場の駅までは5分。自宅から駅までは自転車で15分。さも10分くらい宿題やってから腰を上げましたよ感を醸し出しつつ待ち合わせ場所に向かい、里奈を見つけて……思わず自転車から転げ落ちるところだった。
『ありがと竜斗、他の友達も声かけたんだけど皆予定あったみたいでさ〜』
『ふ、ふーん。ま、まあ俺も偶然近くの図書館に居たからよかったけど?ちょうど甘いもん食べたかったし?』
浴衣だった。里奈が浴衣だった。しかもただの浴衣じゃない。当時流行っていたミニスカートタイプのアレンジ浴衣だった。正直TVで初めてその格好をしてるギャルを見た時は全く持って良さがわからなかったが、その時は一転してアレンジ浴衣の株が急上昇した。
『じゃあ行こっか、竜斗!』
『お、おう』
お祭りの雰囲気でテンションが上がってるらしい里奈に腕を取られ、竜斗はどぎまぎしながら足を踏み出し——里奈が勢いよく転んだ。慣れない下駄でバランスを崩したらしい。反応が遅れて支えられなかったことが今でも悔やまれる。結局里奈は素足をアスファルトで思いっきり擦りむいて、お祭りどころではなくなってしまったのである。
歩けなくなった里奈を自転車の荷台に乗せて家まで送り届けたのは、今となっては良い思い出だ。
次の年からあの浴衣もう着ないの?と言う度に「やーめーてー黒歴史ぃいい」と転げ回る里奈も良い思い出だ。
「転んだだけで両膝が血だらけになる程怪我することもあるんだ。多少ダサくなったとしても、戦闘中にそんなこと気にしてられないだろ?」
しみじみと過去を思い出しながら、大部分は省略して竜斗がリーゼロッテ達を説得する。
「リップルさんもローブがぶかぶかで動きにくそうだし、フォクシーさんに至っては毛皮の下着か?手袋とブーツは履いてるのに、胸当てと短パンだけとか寒くないのか?」
「ちょ、ちょっと待って、リップルさん?フォクシーさん?私達のことは名前でいいわよ、さんもいらないわ」
「いや、俺のいた国では初対面の女子を名前で呼び捨てはイケメンしか許されない所業だったんだ。あと単純に女子を名前呼びって慣れないし」
竜斗が臆面なく名前呼びできるのは、幼稚園前からの付き合いの里奈だけである。
「……戦闘中は、円滑な意思疎通が何よりも大事になるわ。わざわざさん付けして呼んで、0.1秒の反応の遅れが命取りになるのよ」
「そうか、わかった。じゃあ呼び捨てでいいか?エアリア、フォクシー、リップル」
「だから、名前でいいって言って」
「リーゼロッテよりエアリアの方が短い。ムナミとフォクシーは最後が伸ばし棒のフォクシーの方が言いやすい。ルが続くミルルよりリップルの方がやっぱり言いやすい。0.1秒の差がどうのと言うなら、より短くて言いやすい苗字で呼んだ方がいいだろ?」
「「「………」」」
少女達が黙り込む。
「あと、呼び方の違いですら命取りになるなら、装備は言うまでもないよな?皆、ちゃんと動き易くて防御力のある装備に買い替えよう」
もう、竜斗に反論できる者はいなかった。
◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆◇◆◆◆
「……不味いわ」
「マズイよ」
「まずいです……」
すったもんだの買い物の後。本格的な冒険は明日からということにし、ひとまずの拠点として選んだ城下町の宿屋の一室で。大きなベッドの上で輪になって、三人の少女が座り込んでいた。
どの少女も目を見張る程美しく、可愛らしく、街を歩けば誰もが振り返り目が離せなくなる程の美少女達。着ているものが全員少々ダサいが、そんなの少女達の美貌を持ってすれば瑣末な問題である。
「なるべく細身のパンツにはしたけど……スカートの下にこれって……」
「アタシなんてこれじゃ男みたいだよ、谷間もへそも出せない毛皮の鎧なんて」
「私だってこれまんま男の子用の服ですよ」
瑣末な問題である。
「ていうか腕振り払うっておかしいよ!実技演習でそんなこと一度もなかったのになんでぇ!?」
ムナミ・フォクシー。15歳。一部の層に根強い人気のある獣耳と尻尾の持ち主。そして大部分の層に絶大な人気のあるたわわな胸の持ち主。人懐っこい小動物のような無邪気さを装い、豊満な二つの山を使った色仕掛けは、女スパイ養成学校での今まで数々の実習にて最高評価を納めてきた。
「まさか……筋金入りの貧乳好き?」
続いて、金髪碧眼の少女も唸る。
「召喚時からちょっとおかしいとは思ってたけど、ハーフエルフを前にして少しも喜ばないなんて有り得るの?高度な照れ隠しってことは……」
リーゼロッテ・エアリア。17歳。圧倒的男性人気を誇る種族、その衰えを知らない美貌を活かし代々勇者の正妻の座を射止めてきたハーフエルフ族の一人。
ハーフエルフは人に混ざって働くのが苦手で、とある役目を果たす代わりに国からの補助金で生きている。
役目とは勇者の同行者——有り体に言えば勇者のハーレム要員となること。選ばれた娘の家族には一族全体への補助金とは別に褒賞金が出る。また、正妻となり勇者をこの世界に引き留めることに大きく貢献すれば、更にボーナスがあった。
「もしかしてブス専?ブス専なの?」
ぶかぶかスカート型ローブからシャツズボン姿になり、魔女っ子的要素が皆無になった少女も唸る。
「二人共しっかりしてくださいです。私は特殊枠、謂わば幼女枠なんですよ。正妻と第二夫人が埋まらないとどうにもならないです」
ミルル・リップル。10歳。魔法使いの里で暮らす魔女見習い。魔女や魔法使いが作る魔道具や魔法薬は生活には欠かせず、いつだってよく売れて、普通に生きていけばお金に困ることはない。しかし魔の者は魔法に生きる。魔法を研究し、新しい魔法を創り出し、過去に失われた魔法を復活させることが至上の喜び。
研究費はいくらあっても足りない。国から出る褒賞金目当てで、魔法使いや魔女達は将来有望な女弟子を勇者ハーレムの幼女枠として差し出し、役目を果たして帰ってきた元幼女にはそれなりのポストが用意される。
「熟女趣味ってことはないです?」
己の武器がことごとく通じない前代未聞の事態に、少女達は困惑し、焦っていた。英雄色を好む。勇者とはハーレムを望むもの。実際に今までの歴代勇者はもれなくその通りであり、リーゼロッテもムナミもミルルも先代ハーレム要員から、養成学校から、師匠からそう教えられてきた。
「不味いわ……このままじゃ正妻のボーナスどころか、ハーレム要員としての褒賞金だって……」
何故今回の勇者に限って全く靡いてくれないのか。選りすぐりの美女、美少女、美幼女である自分達の魅力が足りないなんてことはあり得ないのに。
「うう、これじゃ教官や後輩に顔向けできないよぉ」
三人とて、一日二日で勇者を籠絡できるとまでは思ってなかった。だがしかし全くの脈無しだとは思いも寄らない。
「早急にリュートの好みを探る必要があるです。もし本当に貧乳ブス専の熟女趣味だったら!」
しかし今回の勇者——竜斗が靡かないその理由が、たった一人の普通の女の子に心を奪われてるからだとは。
自分達の魅力に絶大な自信を持ち、そして勇者とはハーレムを好むものだと大前提として考える少女達には、気づく由もなかった。
美少女達の闘いはこれからだ…!
感想貰えたらとても嬉しいです。