1.三度目の正直
─── 間に合わなかった。
無意識に握った拳が震えていた。
無力感が後悔に、やがて怒りに変わる。
何度も経験してきた事だ....何度も。
それでも平静ではいられなかった。
自分に...犯人に。
(...き.......したよ....が........)
ただ重い悔しさが募るばかり。
こうなる前にできたはずだ、なにかが。
(まつ...ら....さん...ち...と)
重要なモノを見逃してないか?
ここまで本当にベストを尽くせたか?
俺は───────────────
「松浦さん?大丈夫ですか?」
ハッと我に返ると車は既に停まっていた。
「いや、すまん。ここが?」
「現場です。僕たちも行きましょう」
運転席に座る後輩、深水は言うが早いが車外に身を踊らせる。
「勇ましくなったもんだ」
昔は助手席で縮こまって...
─── 何思い出に耽ってるんだ。
またしても感傷に浸る自分に喝を入れる。
しっかりしろ松浦涯。
今度こそホシの尻尾を掴むんだ、と。
遅れてドアを開けた先、道路を跨ぐように
展開された封鎖テープを潜り抜けて呟く。
「今度はタカラバか...」
財葉通り。
東総都の内陸寄りに位置する一本の大通りから発展したこの歓楽街には多くの路地が存在し幾何学的な迷路を描いている────
そんな夜の都で事件は起きた。
「おはようマツ。よく眠れたか?」
腕時計が0時を刻もうかという時、俺に気付いて声をかけてきたのは同期のテル...いや照本本部長だ。
「眠れるもんか」
「嫌なら出世するんだな」
俺と出身を同じくするこの男はどうしたものか気がつけば警視の椅子に座っていた。俺が巡査部長なのに、である。
「それはデスクで踏ん反り返って言う台詞じゃないのか?」
現場に出てきておいてどの口が言うのか。
「ははっ、違いない」
「で、具体的に何が起こった?」
そう訊くと彼は路上の青服達、
つまり鑑識の連中がたむろする方へ歩き出す。ついてこい、というわけだ。
「通報は今から20分前。空から脚が降ってきた、と...まぁ財葉はビルが多い。事故も多いだろ。
突然目の前に死体が現れたらそりゃ正気じゃいられないだろう。だから『人が降ってきた』を言い間違えたんだと思ったよ」
立ち止まって足元を見る照本の横顔からは、ある種呆れに近い表情が読み取れる。
彼の視線の先、道路に引かれた白線は遺体、遺留物のあった位置を示しているのだろう。
だがそれは長年この仕事をやっていても、
目にする事のないシルエットだった。
二又に別れた、1メートル強の影。
強いて言えば人の─────────
「文字通りだ。脚が降ってきたんだよ」
疑いようもないな、と溜息が漏れる。
ここに呼ばれた時点でわかっていたことだ。
別件であって欲しいとどこかで願っていたことも否定はできない。
同じ死であっても、こんな姿で迎える最期よりずっと良いはずだ、と。
覚悟はしていた。
それでも予想を遥かに超えられた。
2件目もそうだったがこのヤマは毎度驚かされることばかりだ。
「津上に前原、それに深水もいる。詳しい話は彼らに頼む」
俺の肩を叩いて照本は車に戻っていった。
自分が支持する側の人間になろうとも、一度は己の目で現場を見る。そんな男だ。
それが正しいのか、俺にはわからない。
それより今は、
─── マツ。
すぐ後ろから聞こえた声、しかし妙に響くような不思議な感覚を憶えて振り向いた。
実際には誰もいなかったが。
呼ばれたような気がしたが気のせいか。
疲れているのかもしれない。
そんな風に考えて歩道に立つ腹の出た青服、前原の元へ歩みを進めた──────
ここまで読んでくださった事に感謝を。
あまり長くはないお話ですがお付き合いいただけたらと思います。