難しいお年頃ですなぁ
無縫庵がごった返す。
昏睡状態だったトンナ達は、施療院の保存カプセルで病因を究明中だったが、俺が戻って来たと同時に覚醒し、保存カプセル二基を破損させて帰って来た。
破損させたのはトンナとアヌヤだ。
テルナドを含めた五人はジェルメノム帝国との撤退戦闘中、つまり戦闘継続状態で意識を失っていたため、覚醒した瞬間も戦闘中だった訳だ。で、戦闘中だったトンナとアヌヤが反射的に拳を振り回し、保存カプセルを破壊したそうだ。
患者の容態を目視観察するために取付けられたアルミナガラス自体は鉄より硬いので割れることはなかったが、二人の馬鹿力で、アルミナガラスを止めていた本体側が拉げたらしい。
施療院の職員は吃驚しただろうな。
昏睡状態だった王妃二人が「ウラアアアアアッ!!」とか、「ドラアアアアアッ!!」とか、叫びながら、全裸で飛び出してくるんだから。
そんな二人を含めた王妃四人。
その四人が、俺を囲んで、ペチャクチャと喋っている。
「結局、今回のエースは誰だったんよ?」
と、言いながら、アヌヤが俺の口にアスパラのベーコン巻きを押し込んで来る。
「そりゃトガリに決まってるじゃない。」
トンナが北京ダックを俺の口に挿し込んで来る。
「そんなの当たり前なの。ウチらの中で誰がエースだったのかを言ってるの。」
ヒャクヤがローストビーフを捻じ込んで来る。
「ふむ、トンナとアヌヤが良い勝負だったのではないか?」
コルナが流し込めと言わんばかりにコップに満たされた日本酒を俺に飲ませる。
コイツらは喋るたんびに、俺の口に次々と料理を押し込んで来る。
まあ、最近は、俺ってダストシューター?って気分になってきてるから別にイイんだけどさ。
その周りには、俺の子供達がいる。
「今度、あたしに専用の竜騎士を造ってくれるって。」
テルナドが自慢気にトロヤリに話し掛ける。
「ええ?イイなぁ、僕も専用の竜騎士が欲しいよ。」
「そうなんし、姉ちゃんより、兄ちゃんの竜騎士が先なんし。」
三人の会話に慌てた様子でトドネが加わる。
「そ、そうなのです!テルナドちゃんがトライデントから抜けると三位合一できなくなるのです!」
トルタスとコーデリアは二人で黙々と目の前の料理を平らげており、トクサヤは俺の膝の上で抱っこ中。
両手を使えないからってことで、俺の口に放り込まれる料理の量が半端ない。もう、椀子蕎麦の勢いだ。
で、オルラとロデムスが居て、姉のトネリまで来ている。大臣クラスの連中に、更にはカルザンを始めとした魔狩りの面々…と、ブローニュの姿が見えねえな。どうしたんだアイツ?アイツなら真っ先に来そうなもんだが?まあ、大変、沢山の方々が此処におられる訳ですが…訳なんですが!
さっきから、俺はダストシューター状態で、他の奴らは俺の悪口を並べ立てている。しかも、ソイツらのために料理を再構築してるのは俺で、元素ポイントを大量に消費しているのも俺だ。
何でこんなことになっているのかというと、目覚めたアヌヤが「戦勝祝いと父ちゃんの帰還祝いをするんよ!」と、言い出したのがきっかけだ。
「戦勝祝いって、インディガンヌ王国と戦争した時だってそんなのしてねえじゃねぇか。」
俺の言葉にアヌヤが吃驚顔で振り返る。
「…アレって…戦争だったんかよ?」
一応、俺が宣戦布告したから、戦争扱いだが、コイツにはその自覚がなかったのか。
「それに、トガナキノの国風に合わねえだろ?戦争に勝ったから祝うってのは。」
俺の言葉にヘルザースが頷き、「左様でございますな。戦争を悼むことはあっても祝うものではありませんな。」と追随したら、ヒャクヤも「そうなの。戦争をお祝いするのってイイ気分じゃないの。」と言い出し、全員から反対されて戦勝祝いは却下となった。
「じゃ、じゃあ!父ちゃんの帰還祝いはするんよ!」
と、アヌヤも中々引き下がらない。
その件に関しては王妃連中が、全員、賛成だったためにヘルザースも諾と言わねばならず、渋々だが、俺の帰還祝いをすることになった。ちなみに俺は「そんなの必要ねぇよ。」と言ったのだが、見事に、華麗にスルーされた。
ヘルザースが渋々だったのには理由がある。
まず、俺が行方不明であったこと自体が国民に対して秘匿されていること。それとトンナ達のテレビ収録が押していたためだ。あと、戦後処理もまだ済んでいないだろうしな。でも、戦後処理のことについては、ヘルザースは一言も言ってきていない。
トンナ達が昏睡状態であったことは国民に知らされている。これは‘今日の王室’の収録ができない理由を公表しないと暴動が起こるからとヘルザース達が判断したためだ。
…変だよな?
まあ、そのことは置いといて、トンナ達が回復したことで、トガナキノは王妃快気祝いで盛り上がっている状態だ。このタイミングで‘今日の王室’を放映し、王妃連中の元気な姿を国民に見せたいと思うのは、暴動を恐れる行政院の長としては当たり前のことだろう。
戦勝よりもソッチで盛り上がるってのが、なんともトガナキノ国民らしい。変だけど。
そういう訳で、王妃快気祝いは国を挙げてのイベントで、俺の帰還祝いは、身内だけでひっそりと無縫庵でやることになった。
なんか、差別的な物を感じるのは俺だけだろうか?ま、まあ、理由はわかってるんだよ?俺の件は公にできないからね?
でもさ。
「まったく、開戦時期を当初の予定通りにして頂ければ、ブローニュ嬢とアヌヤ陛下の后資格試練が開催できたのに。」
とか。
「然りですな。陛下の気まぐれにも困ったものです。」
とか。
「きっと、我らに嘘の情報を与えて、より高度な実戦経験を積ませようとか、そんな理由なのでしょうな。」
とか。
「その上、どこか別の世界に行ってらっしゃったとか?もう、陛下の放浪癖はこの世界では収まりきらないようですな。」
とか、言われてる訳よ。
コイツらホントに俺の帰還を祝ってんのか?
俺は、次々と放り込まれて来る料理によって口を塞がれてるから、文句の一つも言えない状態だ。
そんな俺の目の前にサクヤがおもむろに立って、俺の膝からトクサヤを抱き上げ、サクヤがトクサヤを抱いたまま、背中を向ける。
何をするのかと黙って見ていると、サクヤが、そのままストンと俺の膝の上に座った。
それを見ていたコーデリアとトルタスが、慌ててサクヤの前に立ち「僕も!」「私も!」と言って俺の膝に座ろうとするが、サクヤは、両手が塞がったまま、器用に足を使って二人を捌いて押し返す。
トルタスとコーデリアの二人が、サクヤに文句を言うが、サクヤは澄まし顔のまま取り合わない。
それを見ていたトロヤリがコーデリアとトルタスの肩を掴み、二人に優しく話し掛ける。
「今回、父さんが帰って来れたのはサクヤのお蔭なんだ。だから、今日は我慢しな。」
その言葉に二人は口を窄めるが、仕方が無いと言った体で、俺の隣に座る。
「そうそう、サクヤが父さんの精神体と繋がってたってのが良かったよねぇ。特にサクヤは父さんのことが大好きだから、サクヤが頑張ったよ。」
テルナドが揶揄うような口調でサクヤを褒める。
そう、俺はサクヤを始め、トルタス、コーデリアとも精神体の周波数を同調して、俺の精神体と三人の精神体を繋げていた。そのことが功を奏して、サクヤの呼び掛けに俺が呼び戻された結果となった。
それでも。
サクヤが俺を求めて、俺が応えた。
俺は、何故、応えることができたのか。応えたくて応えたのではない。サクヤの呼び掛けは、俺にまで届いていない。届いていたのかもしれないが、俺はそのことに気付いていなかった。
俺は咲耶を見ていてサクヤに会いたいと思ったのだ。
咲耶とサクヤが曖昧になって、サクヤの呼び掛けに応えたのだ。
「トガリ?」
「父ちゃん?」
「パパ?」
「旦那様?」
四人の呼び掛けに、俺は我に返る。
「どうした?」
四人が驚いている。
周りを見渡せば、全員が押し黙って、俺に注目している。
その全員が悲痛な表情を浮かべているか、驚いている。
オルラが立ち上がり、俺の前に膝をつく。
「どうしたんだい?向こうの世界で何かあったのかい?」
オルラの言葉に驚く。
「どうしたんだい?俺、そんなに変な顔してるかい?」
俺の言葉にオルラが肩を落とす。
「気付いていないのかい。…トガリ、お前、泣いてるよ。」
「え?」
全員が心配そうな目を向ける。
沈痛な面持ちで全員が俺を見詰める。
膝上のサクヤも心配そうな顔で俺を見上げている。
俺は涙を流したまま瞼を閉じる。
大きく息を吸い込んで心を落ち着かせる。
瞼を開く。
「一旦は帰って来れたが…俺は、もう一度、向こうの世界に行こうと思う。」
全員が驚きと怒りを綯交ぜにしたような表情を浮かべる。
「向こうの世界には俺の家族がいた。」
サクヤが勢いよく立ち上がり、俺を睨む。
「向こうの世界の男に俺の精神体が乗り移り、その男に家族がいたってことだ。」
俺は笑いながらサクヤに語り掛け、サクヤの頭を撫でる。
「向こうの世界で、その男は体が動かなくなった。…俺の所為でな。」
サクヤの眉が悲痛に歪む。
「向こうの世界には精霊がいない。だから魔法は使えない。でも、なんとかして、男の体を動かせるようにしたい。そうしないとその男の家族が可哀想だ。」
サクヤがゆっくりと背中を向けて、俺の膝に、再び、座る。
「だから、向こうの世界に戻る。」
「…ほっとけばイイんし…」
サクヤが顔を見せないままにポツリと呟く。
「父さんがいなくなるなんて、アチシは許さんし…」
誰もサクヤの言葉を咎めないし、止めない。
俺もそうだ。
誰だってそうだ。
好きな人と別れるのは辛い。
我儘だろうがなんだろうが、父親と離れたくないと娘が言っているのだ。その理屈を捻じ曲げる必然などない。
だから俺はサクヤの頭を撫でる。
「向こうの世界の男の家族な…」
サクヤの肩が震えている。
「介護されてる父親と奥さん、それに娘が一人いるんだ。」
サクヤが勢い良く立ち上がりながら、振り返る。
「それがなんしかっ!!父さんは!サクヤの父さんなんしっ!!そんなの知らないんしっ!!」
俺は涙を流したままサクヤに笑い掛ける。
「その女の子の名前な、お前と同じ、咲耶って言うんだ…」
トクサヤを抱いたまま、サクヤの肩がピクリと跳ねる。
「向こうの咲耶が俺とお前を繋いでくれたんだ…」
サクヤが項垂れる。
「向こうの世界で、父さんは自分の娘に咲耶と名付けて、コッチの世界でもお前にサクヤと名付けてた。肉体は、憶えていなかった。向こうの記憶なんてなかった。記憶はなかったのに…父さんは娘のことが大好きなんだよ。だから、一番最初に生まれた娘、お前にもサクヤと名付けたんだ。」
俺はサクヤの肩を掴んで抱き寄せる。
「サクヤ、お前が行くなと言うなら父さんは行かない。父さんはサクヤの父さんで、サクヤは父さんの娘だからな…」
ヘルザース達にはなんの話か理解できないだろう。俺が異世界に存在した複数の人格をトガリの体に宿しているのは家族しか知らない話だ。
オルラが立ち上がり、「さあ、皆、悪いね、ここからは家族の時間だ。皆、引き上げておくれ。」と、全員に帰るように促す。
潮が引くようにして、全員が無言のまま、その場から離れる。
ヘルザース達がいなくなって、見送っていたオルラが、トネリと夫であるセディナラ、その胸に抱かれる子供、そして、トドネに向き直る。
「セディナラ、トネリ、トドネと一緒に離れにお出でな。」
オルラの呼び掛けに、トネリが「そうだね。」と言い、セディナラが「ああ。」と応えながら立ち上がる。
「では、我も離れに移るとしよう。」
オルラの傍で香箱を作っていたロデムスがのっそりと立ち上がる。
トドネは何度もコッチを振り返りながら、俺達から離れて行った。
人が居なくなり、俺の家族だけとなる。それを見計らったトンナが俺の背中に触れる。
「トガリの中にいる、マサトさんの話だよね?」
トンナの言葉に俺は頷く。
「そうだ。俺が、トガリに転生する直前の世界に、俺は戻ってた。」
俺の家族が俺を取り囲み、座る。
「向こうの世界で、俺は体が動かない状態で目が覚めた。妻に介護され、娘はトルタスとコーデリア、二人と同じ年齢だった。父親の介護もある。妻は一人で戦っている。」
サクヤが俺の胸の内で震えている。
「サクヤ、お前が行くなと言うなら父さんは行かない。」
サクヤの肩の震えが止まる。その代わりに力が入っていることが伝わって来る。
「でも、父さんのお願いだ。向こうの世界に行かせてくれ。」
…
「…アチシと同じ名前の子のために行くんしか…」
どう答えるのが正解なのか…
「そうだ。」
正直に、本心から答えよう。
サクヤの震えが止まる。
唇を噛み締めているのが伝わって来る。
「良かったじゃない。」
トンナが気楽な口調で話し出す。
「サクヤ、お前が行っちゃヤダって言えば、父さんは行かないんだから。」
「ホント、良かったよ。父さんがサクヤに決定権を渡してくれて。サクヤが行って良いなんて言う訳ないもん。」
トンナの言葉にテルナドが追随する。
「はあ、良かったんよ。父ちゃんが別の世界に行っちゃったら、また会えるかどうかなんてわかんないんよ。でも、サクヤなら行くなって言ってくれるんよ。」
アヌヤが伸びをしながら余った料理を摘まんで、口にする。
「ホントだね。サクヤが決めてくれるなら安心だ。」
トロヤリがアヌヤと一緒に料理を食べる。
「じゃあ、お開きだから、パパに余った料理を始末してもらうの。」
ヒャクヤが空いた皿を持って立ち上がる。
「そうだな。これで、私たちも安心というものだ。」
コルナも食器を持って立ち上がる。
コーデリアとトルタスも「良かったね。」と互いに言い合っている。
サクヤがトルタスを抱いたまま、拳を握り込む。
肩が再び震え出す。
周りは、余った料理を食べながら、宴の余韻について話したり、食器を片付けるために忙しなく騒めいている。そんな中で俺とサクヤの時間だけが止まっている。
「…いんし…」
サクヤが呟く。
その呟きを待っていたかのように全員が動きを止める。
「行ってもいいんしっ!!」
俯いたサクヤの怒鳴り声が、静まり返った無縫庵に響き渡る。
驚いたトクサヤが泣き出す。
トンナが口元を緩めて笑う。
アヌヤが口角を上げて笑う。
ヒャクヤが眉尻を下げて笑う。
コルナが瞼を閉じて笑う。
テルナドが優しく笑って、トロヤリに視線を向ける。トロヤリがニコリと笑ってテルナドに応える。
コーデリアとトルタスの二人だけが「えええええっ!」と大声を上げた。
俺はサクヤの頭を撫でながら「ありがとう。」と、ハッキリと言った。
「必ず帰って来るんしっ!!」
サクヤが顔を上げ、真直ぐな視線で俺を射抜く。
「ああ、必ず帰って来るよ。」
俺はサクヤと約束する。
必ず帰って来る。
うん、当たり前だろ?




