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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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帰還

 最初に建造された国体母艦の名前は新神母艦、その新神母艦の上甲板には城塞都市が造営されている。城塞都市の名前は新神浄土という。

 トガリ曰く、仏教の極楽みてぇな名前。

 その新神浄土の最後部には安寧城という艦橋のような城がある。

 艦橋のようなデザインなだけに、最上階に国体母艦の総指揮を執るブリッジがあると思われがちだが、目視にて敵機影を捉える必要がないので、最上階に総指揮ブリッジはない。

 総指揮ブリッジがあるのは安寧城の地下にあたる階層だ。

 その更に下、長い通路の先、国体母艦のほぼ中心部に中央コントロール室などの国体母艦の心臓部が存在する。

 この中央コントロール室の開閉には、行政院、立法院、司法院、それぞれの首席の遺伝子情報や肉体構成元素の割合など、詳細な情報が必要だ。

 その中央コントロール室にトガリが新たに設けた設備がある。

 トガリ自身の分体を保管する保存カプセルだ。

 中央コントロール室は天井、壁面、床と、全てが霊子結晶で内装されている。

 この部屋の中央にアルミナガラスの筒が天井を支える柱のように立てられ、その内部で、何十万条ものレーザーが走っている。

 このレーザーが量子コンピューターである。

 量子コンピューターの下部に繋げて、トガリの保存カプセルが設置されている。

 トガリの分体が設置されたのはクルタス事件の教訓を受けてのことだ。

 マイクロマシンが無効化された場合、国体母艦は自壊し墜落する。

 マイクロマシンが無効された瞬間にトガリがこの分体に意識を移し、マイクロマシンに再度、命令を走らせる。そうすることで国体母艦は復旧するのだ。

 そう、トガリが行方不明になるまでは、この保存カプセルにトガリの分体が存在した。しかし、トガリが行方不明になったと同時にここに保存されていた分体は消失していた。

 各国体母艦に保存されていた全ての分体が消えていたのだ。

 なぜ消えたのか、事情を知らないヘルザース達は混乱したが、フランシスカ総領事館に残されていた分体が、急遽、新神母艦の保存カプセルに運び込まれた。

 その分体の周りにAナンバーのイデア。ヘルザース、ズヌーク、ローデルの最高執政官三人。そして、トロヤリ、サクヤ、トルタス、コーデリアと、テルナドを除く、トガリの子供たちが揃っていた。

 イデアが無言のままにトガリの保存カプセルに手を当てる。

 指示された通りに保存カプセルを改造する。

 カプセルの外縁部に四つの小さな手形が出来上がる。

 トガリの頭部付近、トガリの頭を囲むような形で小さな手の窪みが出来上がり、その手形にトガリの子供たちが手を載せるのだ。

 トルタスが手を空中に留めて、不安気な表情でトロヤリを見上げる。

 トロヤリがニコリと笑って頷く。

 その笑顔に応えるようにトルタスが頷き、小さな手形の窪みにその手を載せる。

 手形からトガリの頭部へと走るスリット、そのスリットの内部を青白い光が奔る。

 トルタスが、再び、トロヤリを見上げる。

 トロヤリが優しくトルタスの頭を撫でる。

「コーデリア。」

 トロヤリが、コーデリアに視線を転じて、呼び掛ける。

 コーデリアは、頷き、躊躇なく小さな手を手形に載せる。

 コーデリアの手が置かれたのを確認してトロヤリがおもむろに左の袖を捲し上げ、ピッタリと体にフィットした黒いインナーを晒す。トロヤリのインナーは左袖だけが長く、指穴の開いたインナーだ。

 ダラリと口を開けることの無いように人差し指と中指の間、指間で、ホックで止めるようになっている。

 トロヤリがそのホックを外し、親指を袖の指穴から貫く。

 ヘルザース達が、そのインナーの下に隠されていたモノを見て、目を見開く。

「そ、それは…」

 ズヌークがあまりのことに呟く。

 トロヤリの左掌には深く皺の刻まれた人面があった。

 トロヤリがチラリとヘルザース達に視線を向け、口を開く。

「元は何森源也と呼ばれていた魔神です。」

「な!なんと!」

「むう…」

「い、何森…」

 三人が三様の声を上げるが、驚いていることに変わりはない。

 三人ともに新神記のことは知り尽くしている。その中でもイデアと何森源也のことは凄まじい敵だったと記述されている。特に何森源也には徹底的に追い込まれたよ。と、トガリ本人の口からも語られている。

 三人にとって、トガリは神の如き力を有した王である。そのトガリをして、凄まじいと言わしめる何森源也は、三人にとって正しく魔神であった。

「魔神と言っても悪魔の人じゃありませんよ。悪魔の神と書いて魔神です。」

 トロヤリが平然と言い放ち、三人が同時にゆっくりと頷く。

 左掌の人面が瞼を開き、目をギョロギョロと動かし、ヘルザース達へと視線を向け、同時に皺のような口を開く。

「うむ、その通りじゃ、この世の人々はイデアのことを魔人と呼んでおるからな。それと一緒にされることは私の沽券にかかわる。」

 何森源也の言葉にトロヤリが小さく笑う。

 トロヤリが視線だけではなく、ヘルザース達に顔を向けて話し出す。

「源也オジサンは気難しいんです。今は源也オジサンの協力も必要なんで、源也オジサンの機嫌を損ねないようにしてくださいね。」

 ヘルザース達は言葉に窮しながらも、なんとか、「し、承知しました…」と応えた。

「じゃあ、源也オジサン、頼んだよ?」

 自分の左手にトロヤリが語り掛ける。

「うむ、わかっておる。皆の精神体と霊子体の周波数を同調させるのじゃな。」

 トロヤリが頷き、その左手を手形に置く。

「そっとじゃぞ?」

 左手を置く間際に何森源也がトロヤリに注意を促す。

「わかってるよ。」

 その光景を見ていたヘルザース達は、もはや声も出ない。

「サクヤ。」

 最後にサクヤが呼ばれてトロヤリの隣に立つ。

「お前が父さんを見つけた。」

 サクヤが自分の置くべき手形を見詰めながら頷く。

「今度もお前が父さんを呼ぶんだ。」

 トロヤリの言葉にサクヤの眉尻が吊り上がる。

「任せるんし。」

 力強い言葉と共にサクヤが左手を手形に載せる。

 手形から伸びるスリットに青白い光が奔る。

 トガリを保存するカプセルの外縁部を奔り抜け、カプセル内部のスリットへと進入、トガリの頭部付近に施された複雑な、文様と言うべきスリットへと、その光が達する。

「同調術式展開。」

 トロヤリの言葉に反応するかのように、スリットを満たす光が輝きを増す。

「演算領域拡張。」

 保存カプセルの繋がった量子コンピューター、その量子コンピューターを構成するレーザーの出力が上がり、レーザーの射光口と、対を成す受光口が動き出す。

 不規則なリズムを刻んで、アルミナガラスの向こう側でレーザーがワルツを踊る。

「イデア、精霊演算器術式展開。」

「承知いたしました精霊演算器と直列同調し、演算を開始します。」

 精霊演算器とは量子コンピューターのことである。その量子コンピューターとトガリの子供たちがリンクする。

 保存カプセル内部で、トガリを青白い光が包み込む。

「皆、父さんを呼べ。」

 トロヤリの言葉にコーデリア、サクヤ、トルタスが瞼をキツク閉じる。

 トロヤリが柳眉を跳ね上げながら瞼を閉じる。

 更に青白い光が光度を増す。

 あまりの光度にヘルザース達が目を眇め、光を遮るために手を翳す。

 中央コントロール室の壁面、天井、床に貼られた霊子結晶が明滅を始め、その間隔が徐々に短くなり、広い中央コントロール室を青白い光が満たす。

「帰って来るんし…」

 サクヤが呟く。

「父ちゃん…」

 トルタスが縋るように呟く。

「パパ!!」

 コーデリアが叫ぶ。

「父さん。」

 トロヤリが訴え掛ける。

「帰って来るんし!!」

 サクヤが懇願するように叫んだ瞬間だった。

 全ての光が一か所に集約された。

 保存カプセルの内部。

 トガリへと吸い込まれるように全ての光が消えた。

 全員が目を見開き、トガリへと注視する。

 沈黙の時間が流れる。

 誰もが微動だにしない。

 失敗だったのか。

 ダメだったのか。

 そんな空気が部屋を支配しかけた時だった。

「もう一度…」

 サクヤが呟く。

「もう一回するんし!!」

 叫ぶ。

 涙を浮かべたサクヤが左手を手形に力一杯押し付ける。

「待て。」

 トロヤリの冷静な声。

 その声にサクヤが顔を上げる。

「兄ちゃん!!すぐに…!」

「見ろ。」

 サクヤの言葉を遮ったトロヤリが右手でトガリを指差す。

 トロヤリの指し示す先をサクヤが視線で追う。

 トロヤリの指差す先。

 トガリの眉がピクリと動く。

 僅かな動き。

 目の錯覚かとも思える僅かな動き。

 サクヤが声を上げそうになったその時だった。

 トガリの眉根がきつく絞られ、眉間に皺が寄る。

「と、父さん…?」

 苦悶の表情。

 剥きだした歯を食いしばり、硬直した筋肉がハッキリとわかる程に盛り上がる。血管が浮かび上がり、吹き出すように鼻と口から血が流れ出す。

「父さん!!」

「パパ!!」

「父ちゃんっ!!」

 子供たちが同時に叫び、同時に保存カプセルのアルミナガラスに飛び付いた。

 苦しみのたうつトガリの目が開かれ、真赤に充血した目から血が溢れ出す。

「父さん!!」

「陛下!!」

 子供たちとヘルザース達が叫ぶ。叫ぶことしかできない。

 トガリの体が金色に輝く。

 言葉を失い、全員の体が動かなくなる。

 理解不能な状況と対処できない無力さが、全員に圧し掛かり、重い枷となって体を縛る。

 トガリの体が粒子化して分解される。

 絶望する。

 全員がトガリの死を予感した。

 分解されたトガリ。

 保存カプセルの中で粒子が漂う。

「父さん!」

 トロヤリが叫ぶ。

 漂っていた金色の粒が、規則的な動きを見せる。

「父さん!」

 サクヤが叫ぶ。

 金色の粒子が保存カプセルの中で周回を始める。

「パパ!!」

「父ちゃん!!」

 コーデリアとトルタスが同時に叫ぶ。

 カプセルの中で周回していた粒子が収束される。

「父さん!!」

「パパ!!」

「父ちゃん!!」

 子供たちが全員で叫ぶ。

 そこには目を開いたトガリがいた。

 アルミナガラスの向こう側で不敵に笑うトガリがいた。


 いやぁ、実際のところ参った。

 何が参ったのかと言うと、コッチに戻って来た時の激痛が半端なくって参った。

 長期間に渡って放置していた分体に戻って来たもんだから、精神体と肉体の齟齬が半端なかった。その放置期間の間に、俺は現代日本にも戻って、マサトとしての記憶も持っていた訳だから、もう、人格崩壊寸前まで行ってたね。うん、間違いない。

 そしたらイズモリが、粒子化光速移動を移動せずに行えって言った訳よ。で、俺はその場で体を粒子化させて、再構築したのね。

 うん、ヤバかったわ。

 再構築することで、脳のシナプスを最新の状態で構築できた。肉体その物を精神体のヴァージョンに合わせて再構築したってことね。

 まあ、なんともヤバかったけど、なんとかなって良かったよ。ホント。

 実際問題、肉体の再構築は一か八かの賭けだった。

 人格崩壊寸前の状態で肉体を分解してから再構築でしょ?もう、ギリギリ一杯一杯の状態でそんなことしなきゃいけなかったんだから、ホント、一か八かだったよ。

 保存カプセルが開いて、俺が凝り固まった体をほぐしながら起き上がると、トロヤリが笑いながら涙を浮かべ、コーデリアとトルタスが大声で泣き出して、サクヤが怒ったような顔で涙を流してた。

 俺は子供たちを纏めて抱締める。

「ただいま。」

 俺の言葉に子供たちが口々に言葉にならない声を上げる。

 トロヤリさえもが大声で泣いている。

 帰って来て良かった。

 湧き上がる感謝の想い。自然にそう思えるんだから、きっと俺にとっては此処も戻る場所なんだ。

『いや、そうとも言い切れん。』

 出たよ。

 水を差す奴が居たよ。

 しかも、俺自身でもある奴だよ。

 なんだよ?親子の感動の対面を邪魔して…

『邪魔か?まあ、そうかもしれんな、このトガリの肉体にとってはな。』

 どういう意味だよ?

『お前がマサトの体に戻れば、今、思ったことと同じことを、向こうの世界でも思うということだ。』

 …肉体の影響か?

『そうだ。ニュートラルな俺達とは違って、お前は肉体の持つ記憶に左右される。それは仕方のないことだ。なんせ、憶えて、考えるんだからな、肉体の脳は。』

 そうか、そうだよな。でも、そう思わないと向こうの聡里と咲耶が可哀想だ。

『そういうものか?』

 そういうもんだよ。

「お帰りなさいませ。」

 ヘルザース達が揃って、俺の帰還を迎える。

「立てよ、気持ち悪い。」

 俺は子供たちを抱締めたまま、跪くヘルザース達に立つように促す。

「では。」

 そう言いながら、立ち上がるヘルザース達の顔はにこやかに笑っていた。

日付を跨いでしまいましたが、今回の投稿はここまでとさせて頂きます。お読み頂き、誠にありがとうございました。

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