幽霊ってこんな感じ?
トガリがいなくなって一週間が過ぎた。
トンナを初めとする后は、全員が昏睡状態に陥っており、施療院と呼ばれる治療施設にいた。施療院に設置された保存カプセル内にトンナ達はいる。
ヘルザース達、各執政官は戦後処理に追われていた。
トガナキノでは、ジェルメノム帝国事変と名付けられた戦争は、たった一日で終結した。
帝国の中心であった帝都はたった一機の竜騎士によって壊滅し、帝国の属国であった諸国は一斉に沈黙した。
戦前から、帝国の無理な接収が祟っていたため、各国の国力その物が停滞、下降していたのだ。
人口は多いが、そのほとんどが洗脳奴隷化され、霊子発電所や兵器化、霊子結晶の苗床とされていたのだから、当然と言えば当然である。
帝国にとって、トガナキノとの戦いは総力戦であった。
その総力戦で帝国は帝都と大部分の兵器を失い、皇帝さえも失った。
損耗した国土と僅かな食糧、それを大きく上回る国民。
帝国に残されたのは、その三つだけであった。
トガナキノに対する賠償責任と自国の治安回復、経済復興だけが、重くのしかかる形でジェルメノム帝国に残ったことになる。
「ヘルザース閣下、ジェルメノム帝国の難民を受け入れることは物理的に無理です。」
ヘルザースの執務室で、行政院大金殿の殿長、サエドロがヘルザースに詰め寄っていた。
「うむ、しかし、陛下がお助けになられたのだ。それをお座なりに捨て置く訳にはいくまい。」
執務机を挟んで、ヘルザースに食って掛かっていたサエドロが、一旦、離れて天井を見上げる。
「奴隷解放八か年計画が全て壊れます。逆に十五か年、いや、二十か年計画になってしまいます。」
ヘルザースが手に持っていたペンを脇に置き、渋面になりながら「そんなになるか。」と呟くように声に出す。
「なります。」
サエドロがシッカリと頷きながら言い放つ。
「ジェルメノム帝国は奴隷産出国から、大量の奴隷を買い付けていました。奴隷産出国への影響を鑑みれば二十年でも足りないくらいです。」
「諸外国に食料の買い付けに向かえば…」
ヘルザースが途中で言葉を切る。
「大量の金を錬成しなければなりません。その結果、金の価値が下がり、世界中の経済が狂います。結果は破綻するでしょう。」
「やはり、そうなるか。」
サエドロが、右手で、頭髪を激しく掻き回す。
「大体、連邦の解体自体が拙かったのですよ。あれさえなければ、連邦各国からの食料供給で賄えたんです。」
「言うな。」
静かな口調でありながら、ヘルザースが目元をキツクして、サエドロを睨む。
ヘルザースにとって、国王は絶対である。
その国王が行った連邦の解体。
間違いだとは断じて認めぬし、周りの者にも断じて認めさせない。
「申し訳ありません、差し出がましいことを申しました。」
ヘルザースの気概に触れたサエドロが素直に頭を下げる。
「施療殿のカノンは何か申しておらなかったか?」
ヘルザースが溜息を吐きながら話題を変える。
「カノン閣下も精霊薬の供給が追い付かないと嘆いておられました。」
サエドロが即座に応え、その応えにヘルザースが両の蟀谷を右手で押さえる。
「イデアは元通りになっておるのに、それ程までに逼迫しておるか…」
ジェルメノム帝国との終戦間際、イデアは、突然、倒れ、意識不明の状態となっていた。
原因はプロトタイプゼロによるものだが、ヘルザース達には、どうしてそうなったのかが、わからない。
イデアは生態系の管理監督をしている。
人口増加は生態系に直接影響するため、精霊薬の増産、クローン技術による欠損部位の再生治療など、人口の過度な増加を管理する必要がある。
治療に関しては施療殿が運営しているが、イデアの監査、決裁を仰がねばならない。
精霊薬の増産について、イデアは決裁を通したが、それでも、精霊薬が足りないのだ。
「ジェルメノム帝国への精霊薬の供給を制限すれば、それも問題解決ですが…」
サエドロがヘルザースに阿るように言うが、ヘルザースはその言葉を耳にしてサエドロを睨む。
「閣下が、お止になる筈がありませんね。」
「当然だ。陛下がお助けになった命、そう簡単に見捨てることなどできるか。」
今度はサエドロが諦めたように溜息を吐く。
「トガナキノ国ですからね。」
「そうだ。」
ヘルザースのキッパリとした物言いであった。
「魔獣狩りユニオンの方はどうだ?」
「ハイ。現在、元連邦各国の六ヵ国に精霊箱が設置されておりますが、それも、焼け石に水でしょう。」
サエドロの言葉にヘルザースが俯き、溜息を吐く。
精霊箱とは簡単に言うならリサイクルボックスのことである。精霊箱に入れられたゴミをマイクロマシンが分解、保存して、トガナキノに各元素を送り届ける物だ。
魔獣狩りの報酬として、廃棄されていた雷精魔道具を回収していたが、それだけでは、報酬となる物品がすぐに底をつく。雷精魔道具に代わる報酬が必要であった。そこで、魔狩りユニオン支部のある国に、順次、設置していこうとヘルザースが進めているのが精霊箱であった。人口密度五百人単位で一つの精霊箱を設置し、ゴミや要らなくなった物は、その精霊箱に捨てるように呼び掛けられている。
「しかしながら、元連邦国家の発電所は閉鎖しておりますので、テレビのない状態です。中々、各国家の国民に呼び掛けようとしましても…」
「ふむ、その手段がないか…」
額を突き合わせて難しい顔で話し合う二人。
その二人の会話が途切れた時に執務室のドアがノックされる。
「何か?」
ノックをした人間は誰かわかっている。ヘルザースが用件を問い掛ける。
くぐもった女性の声、ヘルザースの秘書である。
「トロヤリ殿下がご面会をご所望でございます。」
ヘルザースが驚きを隠さないまま立ち上がる。
「なに?すぐにお通ししろ。」
ヘルザースが執務机の前に回り込み、サエドロはその場で百八十度回って跪く。
ドアの留め金が外れる音がして、トロヤリが入室する。
「お二人ともイイですよ。普段通りでお願いします。」
トロヤリが気軽な声で呼びかける。
訝し気な表情をヘルザースとサエドロが浮かべる。
トロヤリはこの間まで沈痛な面持ちを崩さなかった。
トガリが行方不明となり、トンナ達が昏睡状態となっているのだから当然のことだ。しかし、トンナ達を保存カプセルに入れるように指示したのはトロヤリであり、今もトガリの捜索隊を鼓舞しているのはトロヤリだ。
六歳の子供としての側面を持ちながら、大人のような、トガリと同じような側面を持ち合わせているのがトロヤリであった。
そのトロヤリが、心持、軽くなったような表情を浮かべて入って来た。
執務室中央に用意された応接セットのソファーにトロヤリが回り込み、「お二人ともコッチに来て座って下さい。」と、言いながら、そのソファーに座る。
「お珍しい、殿下が私の執務室にお出でになられるとは如何いたしましたか?」
不審に思いながらも、さっきまでの剣のある表情をおくびにも出さずヘルザースが話し掛ける。
「本題から率直に言います。父さん、国王陛下から連絡が来ました。」
ヘルザースとサエドロは何を言われているのか、一瞬、理解できずに固まった。
「は?」
「え?」
トロヤリが頷き、ニコリと笑いながら、再び、口を開く。
「国王陛下から連絡があったのです。」
「え?ええええ?!」
「な、なんですとおおお?!」
二人の驚きはトロヤリを十分に満足させるものだった。
どうしてできないのか。
『できるはずだ。』
俺の血腫は、若干、小さくなった。
本当にほんの僅かに小さくなった。しかし霊子回路は作れなかった。
血腫が小さくなったが、消えなかった。いや、霊子回路の作成に失敗している。失敗し続けている。
血腫が小さくなったお蔭で首を動かせるようになり、俺の世界が少しだけ広がった。
聡里はそんな僅かなことで、泣きながら喜んだ。
「やっぱり治るよ!マサトさん!元通りになるよ!」
俺の首に抱きつきながら、涙声で叫ぶ聡里のことは一生忘れないだろう。いや、一生忘れられない。
僅かなことであれだけ喜んだのだ。今までが如何に苦痛だったかが窺い知れる。
回復傾向にあるのだから、食事をきちんと摂りましょうと言われるが、そうなったら体重が増える。体重が増えれば、介護者の負担が大きくなるので、俺は未だに食事をあまり摂っていない。
入院前、というか事故直前までは七十二キログラムあった体重が現在は五十四キログラムにまで減っている。
確かに、三日間やそこらで減る重さではない。医者が吃驚する訳だ。
でも食事量を極端に減らしたせいで、排便の回数もめっきり減った。排尿に関しては輸液されているので多少減った程度だが、排尿はカテーテルが挿入されているので、介護者も俺自身もあまり苦痛に感じない。
聡里はめっきり姿を見せなくなった。いや、毎日、来てくれてはいるが、ココにいる時間が減った。
今も、咲耶をこの病室に置いて、家に戻って親爺の介護に勤しんでいる筈だ。
『浮気してたりして。』
まあ、それも致し方ないな。
『おお、達観してるぅ。』
世の中クシナハラみたいな奴ばっかりじゃないよ。
『む、どういう意味?』
お前ほど、恋愛に自由な人間は少ないってことだよ。俺も聡里もな。
それよりも、実家から離婚するように言われてるだろうな。
『…返答できないよ、そんなこと言われたら。』
実際問題、どうして血腫が霊子回路に変化しないのか、そのことの方が気になるんだよ。
体重は俺の思った以上に減った。なのに、何故、血腫は俺の思ったとおりに霊子回路にならない?
『恐らくは、一旦、作られた霊子回路が破壊されたためだろう。』
わかるように説明してくれ。
『霊子回路が破壊された時の痛みを肉体が憶えているんだ。』
痛みに襲われることに恐れてるってことか?
『そうだ。』
俺は心の中で溜息を吐く。強い鼻息となって体の外に漏れ出る。
俺は咲耶のお絵描きを見ながらテレビの音を聞いている。
咲耶の描く消防車から視線を外し、窓の外を見る。
やはり、抜けるような青だ。
心の持ちようだな。
咲耶の顔を見る。
ベッドに乗り出すようにして咲耶が絵を描いている。
サクヤ…
同じ名前の娘。
俺の娘。
今はどうしているのか。
会いたい。
「うっ」
咲耶が俺の呻き声に反応して顔を上げる。
「いたい?」
俺は無理して笑う。
「大丈夫だよ。ちょっと頭が痛くなっただけだから。」
「おいしゃさん、よぶ?」
「いや、そ、そうだな…お医者さん、呼んで貰おうか。」
目の前の光景が歪んでいる。
顔を上に向ける。
「大丈夫なんしか?」
咲耶、その喋り方、おかしいぞ。
あまりの激痛に瞼を閉じる。
「父さん、生きてるんしか?」
生きてるよ。お前の目の前にいるじゃないか。
「見えんし!見えないんし!父さん!いるんなら出て来るんし!!」
何を言ってるんだ?お前のすぐ傍に居るじゃないか。
「いないんし!父さん!意地悪しないで出て来るんし!!」
激痛が治まり、俺は瞼を開く。
目の前にサクヤがいた。
白い空間。
無意識領域の世界で、巻き毛の金髪、青い瞳の可愛い女の子。
成長していない、現実世界そのままの小さな女の子。泣きじゃくったサクヤが俺の前に立っていた。




