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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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マッドサイエンティストは夢を見る

 胎児には名前を付けないつもりだった。

 始まりの子供としてアルファと呼ぶことにした。

 水槽の中で、三年という月日を過ごしながら、アルファの知能は全く成長していなかった。

 私は外科的手術が必要だと判断した。神経節自体はナノサイズのマイクロマシンで形成し、生体の神経と電極に接続し、体を作ってやることとなった。

 心臓部分は胎児と同じ状態であったために卵円孔などの不都合が生じる。大掛かりな手術が必要となるため、いっそのことマイクロマシン製の人工心臓を移植した方が長期的に見ても安心だろうということになった。

 筋力に不安が残るため、外部入力による電源で動く、合成樹脂製の義足と義手を用意してやる。

 顔も同じだ。

 表情筋は捨てる。眼球を保護するための瞼さえ稼働すれば良い。食道に直結したチューブから、直接、栄養を摂取すれば問題はない。

 水槽から出しただけの状態だが、アルファは意思を表示するようになった。お腹が空けば、泣き声とも呻き声とも受け取れるような声を出すようになった。

 ゴテゴテと急ごしらえの機械に纏わり付かれた異様な赤子。

 俺の私室に置かれている実験動物だ。

「人間と思うから違和感を抱くのだ。」

 萱口の言葉だ。

「実験動物とかわらん。」

 萱口は自分の孫をそう言い放った。

 俺は、アルファを実験動物だと思い込もうとしている。思い込もうとしている時点で、俺はこの子を人間だと思っている。

 俺はこの子に専用のベビーカーを作った。

 外部電源で各マイクロマシン製の身体器官を動かしている。移動にはベビーカーが必要だった。俺自身も私室に閉じ籠っている訳にはいかない。

 俺はマイクロマシンの開発部にて働いているのだ。軍からの研究費で運営されている軍需産業だ。

 アルファは兵器転用される。

 霊子器官が、全ての人間に移植可能、もしくは、発生させることができれば、霊子によってマイクロマシンにプログラムを入力することができるかもしれない。

 そもそもが、マイクロマシンとは、ウィルスや菌類を改変したものだ。

 決まった環境下で決まった行動だけを行うのがマイクロマシンだ。そもそも、プログラムの入力作業ができない代物、元々、そのように動くウィルスを改変していただけの物だ。

 その中に元素を結合加工するマイクロマシンが、偶発的に生まれた。

 一気にマイクロマシンの幅が広がった。

 偶発的に生まれたマイクロマシンが正式にマイクロマシンとして認められ、そのマイクロマシンが新たなマイクロマシンを生み出した。改良が進み、人間の求める性能を持ったマイクロマシンを生み出せるようになった。

 以来、ナノサイズであろうとピコサイズであろうと、全て、マイクロマシンと呼称されている。

 問題はマイクロマシンの稼働源、稼働させ続けるためのエネルギーとプログラムの入力方法だった。

 体内に存置されたマイクロマシンであれば、体内の生体電気によって稼働を続ける。しかし、プログラムの書き換えができない。

 プログラムの書き換えには、二つの工程が必要となる。プログラムを消し、入力する作業だ。

 いずれも大型の、人間をすっぽりと入れるだけの機械が必要となる。

 霊子器官によって、その二つの問題が解決する。

 アルファの存在意義はそれだけで十分だった。


 人間の体は物質だ。

 物質であるからマイクロマシンと置き換えることができる。

 問題は脳を生存させるための仕組みであり、機能だ。

 アルファは、六年の歳月を経た今も、未だに言葉を憶えない。呻き声を上げることで感情を表現する。

 不思議な物でその呻き声で、俺はアルファの感情をある程度まで理解することができた。

 私にとってはペットと同じだ。

 霊子器官は、マイクロマシンの操作性を向上させた。萱口の予想通り、霊子にてマイクロマシンは稼働し、精神体と肉体からの命令を、直接、受信することができた。アルファは自分の肉体を制御するようになった。

 恐らく、アルファは、脳の大半をマイクロマシンの制御のために使用しているだろう。

 自前の部位は脊髄と脳だけだ。

 他の神経節などは、マイクロマシンで作ってやった。

 腕を動かすにも細かな命令が必要となる。筋繊維の一本一本に命令を書き込まなければならないからだ。

 無意識下で、腕を動かす命令を書き換えられるようになるのにかなりの月日を要した。

 脳の演算能力を上げてやる必要がある。

 だから、俺は、集積回路のチップを埋め込んでやった。

 ここまでアルファを弄れば、既に私の作品だ。

 どれだけの作品に仕上がるのか見てみたい。見届けたい。科学者たる私がそう思うのは当然の帰結だった。


 アルファは這いずり回るようになった。

 外部電源を切り離すことができたので、ベビーカーから降ろしてやった。

 アルファは俺を追って這いずり回るようになった。

 私が研究室に向かえば、その体を使って這いずって付いて来た。

 ハッキリ言って気持ちが悪い。

 表情を露わにすることの無い機械が自分の意志を持って私の後を付いて回るのだ。気持ち悪い以外になんの感情も湧かなかった。

 俺はアルファを抱き上げることが多くなった。

 這いずり回って付いて来るアルファを可愛いと思った訳ではない。単純に付いて回るのであれば、俺の傍に居させようと思っただけだ。

 今後の成長に期待が持てる。

 そう、私は、アルファがこのまま成長すれば、別の研究室で開発中のAIプログラムに転用できるのではないかと期待していた。


 集積回路のチップを増やした。

 アルファの脳は驚く現象を起こしていた。

 以前、俺が埋め込んだ集積回路、その集積回路が、アルファの脳内に取り込まれ、生体の一器官として、アルファの脳に融合していたからだ。

 マイクロマシンの操作能力が向上している。

 体内のマイクロマシンを操作して、自分の脳に集積回路のチップを融合させているのだ。

 私は、軍の施設で開発された量子コンピューターをアルファの肉体に使用しているマイクロマシンと連結させている。

 当初の目的はアルファの肉体、マイクロマシン製の肉体を制御するためだった。

 アルファの肉体における実験結果を確認するため、主にその脳を確認するために私はアルファの頭を開頭手術しなければならなかった。電磁波などの影響でマイクロマシンが止まってしまうため、直接、開頭する必要があったためだ。

 しかし、アルファの頭蓋はマイクロマシン製だ。

 その構成を量子コンピューターに記憶させ、アルファの頭部を、脳を残して分解し、脳を確認後、再構築させる方が効率的だと、私は思い付いたのだ。外部からマイクロマシンをコントロールするために、私は、アルファのマイクロマシンと量子コンピューターを連結した。

 そのことが、アルファの成長に劇的な影響を及ぼした。

 その頃からアルファは自身の体を変形させるようになったのだ。そして、集積回路を自分の脳に取り込んだ。量子コンピューターがアルファの身体を分解する過程を学んだのだと結論付けられる。

 私は化け物を作り出したのかもしれない。

 俺は、アルファの成長に目を見張った。

 自身で考え、自身の必要なものを自分の体を使って作り出す。

 はじめは言葉だった。

 自分の欲しい物を、その掌に浮き上がらせる。

 ショコレーロ

 間違った単語だったが、アルファは自分の右掌にハッキリと浮き上がらせた。

 その掌を俺に向かって差し出した時は、本当に驚いた。

 俺はその日からアルファに文字と言葉を教え、チョコレートを与えるようになった。


 言葉を憶えた。

「い・いず…も・り…」

 私の名前を憶えた。

 最初はショコレーロと自分の掌に浮き上がらせた。それを見た時は驚いた。化け物を作り出したかもしれないと。

 躾ける必要があった。

 チョコレートを与えるとアルファは喜んだ。

 教育が必要だ。

 我々の言うことを理解し、我々を疑わないように、我々に忠実に従う。そういう教育、躾、いや、調教が必要だった。

 私は研究員に指示を出す。

 開発中のAIプログラムに転用できるだろうと思い、埋め込む集積回路の数を増やし、演算能力を高めるように指示を出したのだ。

 一日の大半、アルファを仮想現実に繋ぐようになった。その中で調教し、そのデータをAIプログラムに転用する。

 霊子器官はクローン複製することで量産することができるだろう。

 精神体と霊子体の製造については課題が残るが、生体から複製した霊子器官がマイクロマシンボディになんらかの作用を働きかけるかもしれないと私は期待した。


 俺はアルファと共に過ごすことが多くなった。

 草原に囲まれた一軒家に俺達は住んでいる。

「何森、宿題が出たよ。」

 木陰の下、白いテーブルと白い椅子。

 俺の対面に座って、アルファがタブレットを操作する。

 軍のAIプログラム開発部門から送らてくる問題にアルファが向き合い、その眉根を歪める。

「どんな問題だ?」

 俺は紅茶を片手に気軽に聞いたつもりだった。

「一つの箱の中に小鳥と猫を飼っている。両者が生存することは可能か?可能であるならば、その理由を答えよ。だってさ。」

 俺もアルファと同じく眉根を歪めた。

「随分と意地悪な問題だな?」

 アルファがテーブルに顎を載せ、溜息交じりに口を開く。

「最近、こういうのが多いんだよね。この間は、子供を抱えた親が崖下にぶら下がり、助けを求めている。親がぶら下がっている木の枝は耐荷重七十二キロ、親の体重は六十四キロ、一人の子供は十四キロで、もう一人は四キロ、最も生存率の高まる方法と選択するべき方法を答えよ。だったし。」

 意地悪な問題だ。

 子供一人を犠牲にしろと言っている問題だ。一人の子供の体重が四キロということは、その子は赤ん坊だ。と、いうことは、その子は自分で枝にしがみ付くことができない。ならば、十四キロの子供を落とすしかない。

「なんと答えたんだ?」

 アルファがテーブルに突っ伏しながら答える。

「…十四キロの子供を落とす…」

 俺は口をへの字に曲げて頷く。

「正解だったんだな?」

 アルファが下を向いたまま、首を振る。

「答えは教えて貰えないんだ。」

 思わず溜息が出る。

「そうか。」

 静かに時間が過ぎる。

 俺もアルファも言葉を失ったままだ。アルファは自分が軍の物だということを理解している。だから、素直に問題を解く。その結果に関係なくだ。

 ただ、言葉を失っているアルファにかける言葉を俺は持っていない。そのことが無性に寂しく感じられた。

「意地悪な問題にまともに答える必要はない。」

 俺の言葉にアルファが顔を上げる。

「小鳥を逃がせばいいのさ。」

 アルファの顔が晴々としたものに変わる。

「そっか、そうだよね。箱の中で飼わなきゃいいんだ。」

 問題の前提を無視した答えだ。きっと、軍は納得しないだろう。別のアプローチを考えるかもしれない。でも、今はこれでイイ。俺はそう思った。


 アルファの解答が急に人間味を帯びたものになった。

 今までは、理論立ててそのように答えるであろうと予想していた答えしか返ってこなかったのに、それが、急に変わった。

 私の知っているAIプログラムには、このような変化はなかった。

 やはり、生体を組み込むのは正解かもしれない。人間的な感情、情緒を持ったプログラムならば、その道徳観念から敵味方の判別をシッカリできるようになるかもしれない。

 それとも、邪魔になるか?

 いや、人間に接するAIプログラムなら感情や情緒と言った人間的な部分を理解させる必要がある。不要ならば削除すればいいだけだ。

 なら、精神体、いや、人間の情緒、感情と言った部分を新たに埋め込んだ集積回路に移すことはできないか?

 その集積回路は精神体のデータとはならないか?

 面白い。

 それが成功すれば、感情面などが邪魔だと判断すれば、その集積回路を抜けばイイ。


 人との繋がりを教えなければならない。

 俺は、最近、そう思うようになっていた。

 俺は今まで、研究に没頭してきた。そのように生きてきた。アルファと一日の大半を過ごすようになって、俺は、人間との繋がりが大事なのだと気付かされた。

 アルファは無条件に俺を頼ってくる。

 俺になんの疑いも抱くことなく、俺の腕の中に飛び込んで来る。

 拒む理由はない。

 俺は研究のためにかなりの時間を使ってきた。アルファとの接触は研究であり、俺の仕事でもあった。

 妻との接触は種としての本能だ。子供をつくったこともそうだった。

 研究の邪魔にしかならないと判断した時、俺は切り捨てた。

 研究を通して俺は子供を知った。

 はじめて、我が子に謝りたいという気持ちが芽生えた。

 気持ちが芽生えただけだ。

 罪悪感がある。

 だから、俺はその後悔を背負って行こうと思う。今更、子供と会ったところで子供は嫌がるだろう。

 俺を罵倒したいだろうか?

 復讐させてやってもいい。

 そうだな。

 復讐させてやるのが最も喜ぶことだろう。

 こんなことを考える男は下らない男だ。

 下らない男と早目に縁が切れて良かったと思うかもしれない。

 一度、会ってみるのも良いかもしれない。

 そう俺が思ったのは、アルファが俺のことを「お父さん…」と呼んだからだった。


「お父さん…」

 アルファが初めて口にした言葉だ。

 ゾッとした。

 私が散々弄り倒した作品にお父さんと呼ばれたのだ。

 物として扱ってきた物体が、突然、お父さんと呼んできた。

 恐怖を感じた。

 無機質なコンピューターが、ある日を境に、突然、私をお父さんと呼ぶ。

 俺は笑って答えた。

「俺がお父さんか?」

 アルファが頷く。

「僕に肉体を与えた。だから、お父さんに該当する。」

 俺は頷きながら首を傾げる。

「確かに、お前に肉体となる物を与えたのは私だ。しかし遺伝学上は違うな。」

 アルファが俯く。

「では、お父さんと呼んではダメ…?」

 私は、その時、どのような表情を浮かべたのか。

「いや、俺をお父さんと呼ぶことに問題はないよ。お前が、そう呼びたいなら、そう呼べばいい。」

 アルファがニコリと笑う。

 俺は、その時、どのような表情を浮かべたのか。

 私は、俺は。

 その時、私は、すぐにでも、軍にアルファを回収するように要請するつもりだったが、俺は、アルファを連れて逃げた。

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