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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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肉体と精神体と霊子体の相関関係

「その仮想現実は必要なのか…?」

 萱口が俯く。

「必要だった、現時点ではそういう言い方になるだろう。」

 女が小刻みに震え、すぐに止まる。

「また、死んだな…」

 萱口が当たり前のように呟く。

 俺は、只、見詰めることしかできなくなっていた。

「女は力を切望し、その作用が肉体に現れる。仮想現実ではな…しかし、現実の世界、現実の世界において、出来上がった肉体を改変するだけの力は常人(・・)の霊子体には無い。」

 萱口の言葉に、俺は、ゆっくりと水槽の中へと視線を移す。

「母親の思考、精神体の指向性が、霊子に作用し、肉体の一部である胎児に影響を与える。」

 異常な形質を保ったままの胎児が、なんの感情も現さないまま、俺と見詰め合う。

「肉体の形成段階で母親の思考が胎児の肉体に変化をもたらし、改変された情報が遺伝子に刻まれるのだ。」

 俺は、何度目になるかわからないが、再び、喉を鳴らした。

「母親から影響を受けたこの子の脳底には霊子器官が存在する。この子の霊子器官は遺伝する。」

 萱口が初めて見せる笑顔。

 髑髏が悪魔の笑みを浮かべれば、きっと、このような表情になるのだろう。

 背筋をおぞけが奔る。

「何森君…」

 その笑みを張り付けたまま萱口が言葉を続ける。

「進化…だろう?」

 吐き気をもよおしそうになりながら、俺は侮蔑の視線を向ける。

「で、進化した結果、人間には手足は必要なくなるということか?」

 水槽内の胎児に手足と呼べる物はない。かろうじて判別できるが、機能しないのは明らかだ。

 突然、萱口の笑みが消え、眼鏡の奥の目が反射で見えなくなる。

「この実験結果を鑑みればそうなる。」

 萱口の言葉に俺は音を立てて、鼻を鳴らす。

「なら、この子は霊子で歩いたり、重い物を持ち運んだりできるのか?」

 萱口が、再び、水槽内へと視線を向ける。

 私は萱口を追い詰める。

「小さな玩具程度を動かすのが進化だとするなら、切り捨てたもののほうが大きすぎる。」

 萱口が水槽のガラスに右手を添える。

「君の開発したマイクロマシン、最小でピコサイズだと聞いた。」

 突然の話題変更。

「それが?」

「プログラムはどうやって走らせる?」

「軍事機密だ。」

 あまりにも効率の悪い手法だ。今の萱口に話したくはなかった。

 私の心情を察したのか、萱口の口角が上がる。

「なんだ?何が言いたい?」

 感情を逆なでする萱口の笑い方、私はその感情を隠すことなく、萱口に言葉を叩きつけた。

 萱口が俯き加減で振り返る。

「霊子、体外に放出できる霊子はマイクロマシンと相性が良いとは思わないのか?」

 下腹部から電撃のような衝撃が貫く。

 背筋がまっすぐに伸びる。

 その様子を見て取った萱口が笑う。

「重い物を動かす必要があるか?」

 ピコサイズのマイクロマシンを稼働させることができれば必要のないことだ。

「三十年以上の歳月をかけて、この子をここまでにした…しかし、これ以上の成長は望めない。君の手でこの子を完成させてくれ。」

 悪魔が俺に手を差し出す。

「軍事機密になる。データは渡せないぞ。」

 私にとっては最後の抵抗だ。目の前に人参をぶら提げられた馬と成り下がった私の。

「完成品を見せてくれれば、それでいい。」

 俺は悪魔の手を握る。

「…わかった。」

 萱口が右手を差し出す。

 私はその手を握る。

「これで、やっと、娘を殺せる…」

 異形の胎児、その母親は萱口の娘だった。


 三日間、昼間は社会福祉法や労働基準法などの法律を漁るように調べたが、それも、親爺が緊急スティから退所したので中途半端に終わった。親父の介護のために、聡里があまり見舞いに来れなくなったからだ。

『もういい。これ以上調べても確実な証拠を揃えられなければ無駄に終わる。』

 法律を調べる作業、その作業を終了させる、イズモリの言葉だった。

 結局、法律を調べても、その法律に沿った証拠を揃える必要があるのだ。その証拠を揃えるのにも聡里に動いてもらう必要がある。そこまでの負担を聡里にかけたくないと、俺が言ってから、イズモリの意欲も下がった。

 頭を抱えていたところで、幸いなことに、人事の二人が公務災害の認定が下りたことを言いに来たので助かった。

 事故発生時、というか、墜落時に、俺は前頭部を前のシートにぶつけていたのだが、その衝撃が脳底部分にまで貫通して、脳底部分に血腫ができた可能性が高いと医者が証言したのだそうだ。

 沖縄出発前に健康診断、人間ドックに入っていたのも大きかった。

 俺は、コッチの世界では四十五歳なので、消防局から脳ドックも受けるように言われていたのだ。

 健康診断の結果から俺の脳底には動脈瘤などが発見できなかったこともあって医者の証言が有力なモノとして採用された。

 お蔭で、金銭面での不安は解消された。

 だが、それだけだ。

 聡里は俺のために生きていると言っても過言ではない状況だ。

 感謝よりも罪悪感の方が勝る。

 ありがとうとは言えない。

 俺のことをほっといてくれとも言えない。

 離婚しようとも言えない。

 せめて、俺にできることは何かないのか。

 俺はそんなことを考えながら瞼を閉じた。


「何故、飯を食わない?」

 無意識領域で、横たわる俺を取り囲んで全員が難しい顔をしている。

 体重を減らすんだよ。

「どうしてさ?」

 カナデラの言葉に俺は薄く笑う。

「今、体重はどれぐらい?」

 計れる訳ねぇだろ?

 イチイハラが俺の言葉に「あ、そうか。」と頷く。

「死ぬつもりか!?」

 タナハラの言葉に俺は((かぶり)を振る。

「まあ、死んでるも同然だけどね。」

 クシナハラの言葉に俺は頷く。

「成程、介護者の負担を軽くするためか…」

 イズモリの言葉に、全員がイズモリへと視線を転ずる。

 そうだ。

 再び全員が俺に注目する。

 他人に飯を食わせてもらって、歯を磨いてもらって、スマホの操作も他人頼み、床擦れ防止の体位変換、体の清拭…一番苦痛なのが下の世話だ…

 自分の排泄物の臭いを嗅ぎながら嫁さんに尻を拭いてもらって、オムツを穿かされる。

 まともな神経じゃ、とてももたない。

「健康体だっただけに辛いな…」

 俺に何ができるか考えた結果だ。足の肉が少しでも削げれば、それだけ聡里の負担が軽くなる。体重は軽ければ軽い方がイイ。

「そっか…」

 カナデラが座る。

「そうだね。」

 イチイハラが座る。

「くそっ!」

 タナハラが座る。

「プレイと考えられれば、ちょっとは楽なんだけど、体が動かないんじゃね。」

 クシナハラが座る。

 飯を食えと言われるが、とてもじゃないが食える心境じゃないし、食うつもりはない。

 体を清拭してもらっている時に見えた俺の腕はかなり細くなっていた。動いていない上に飯を食っていないのだ。脂肪と筋肉が同時に落ちていく。

 食べることにも執着心がなくなっていることを実感している。食欲がないのか、と、問われればそうではない。目の前に食事があれば、食べたいと思うが、食べた結果、聡里に負担がかかると思うと食べてはいけないと思うのだ。

「糖分の低下によって思考に影響が出るとは思わんが、死んでは元も子もないぞ?」

 いや、いっそ死んでもいいと思ってる。

 俺の言葉に全員が押し黙る。

「放棄するのか。」

 放棄するも何も選択肢がないだろうが?俺の肉体は回復する見込みがない。

 聡里は俺の親父と俺の介護と咲耶の育児。

 一体どこに選択肢があって、戦いようがあるって言うんだ?俺には何もできない。逃げることさえできないんだ。

「待てよ。」

 タナハラ?

「テメエ!なに甘っちょろいことぬかしてやがんだ!コッチに戻ってからテメエは一体なにをした!テメエがやったことはただ単に助けを呼んでただけだ!」

 それ以外に何ができる。

「テメエの肉体だろうが!テメエでなんとかしようとは思わねえのか!」

 だから!動かねえもんは動かねえだろうが!!少しでも聡里の負担を軽くしたいんだよ!

 イズモリが、突然、勢い良く立ち上がる。

「そうだ…そうなんだ…」

 ど、どうした?

 イズモリが目を見開く。

「自分の肉体…自分でなんとかしようと…なぜ…脳底に血腫ができた…」

 全員がイズモリの言葉に押し黙る。

「血腫ができる直前…マサトは何をした…?」

「あっ!!」

 カナデラが声を上げて立ち上がる。

「そうか…」

 イチイハラが呟きながら立ち上がる。

「そうだ。マサトは霊子体を展開していた。爆発を霊子の斥力で弾き、墜落する飛行機に質量方向変換の指向性を持たせたんだ。」

「つまり!」

 カナデラが大声でイズモリの言葉を引き継ぎ、イズモリが再び話し出す。

「ああ…霊子回路が作成されていたんだ…」

 なに?

「霊子回路が作成されたが、負荷が掛かり過ぎて破綻した…だから、本来、霊子回路がある筈の位置に血腫ができたんだ。」

 イズモリが俺を睨むようにして見下ろす。

「思い出せ。あの時、航空機が墜落する直前、お前は何を考えていた?」

 そ、そんなこと…お、憶えてねえよ、とにかく、頭が割れそうなぐらい痛いってことぐらいで…

「考えてた内容ってそんなに重要じゃないんじゃない?霊子を展開しようとして、その指向性に肉体が反応したってだけじゃ。」

「いや、カナデラ、それは違うぞ。」

「そうだねぇ。指向性を強めるのはあくまでも精神体だから、精神体が何を欲していたのかを明らかにするのは重要なファクターだと思う。」

「そうだ、イチイハラの言うとおりだ。だからマサトには、あの時、何を考え、何を欲していたのかを思い出してもらう必要がある。」

 そ、そうなのか?

「そうだ。精神体の強い思念が霊子体の指向性を強める。霊子体は強い指向性に従い、肉体に影響する。つまり、お前は、あの時、お前自身の力で霊子回路を作成したんだ。」

 俺はイズモリの言葉に反応できなかった。

「トガリとして生きた六年間でお前は霊子体を思うままに操作する術を憶えた。その記憶を精神体と霊子体が憶えていたんだ。だから、あの瞬間に霊子を展開することができた。」

 あ、あの時は…半ば、夢だと思ってた…だから、なんでもできると思ってた…

「その認識は間違いじゃない。お前の肉体内のことだ。なんでもできると思っていろ。」

 なんでもできると思えって言われても。

「良いから、そう思って生活するんだ。そう思って生活することで気付くことがあるかもしれん。」

 それは気を付けるけど…

「取敢えず、お前は戻れ、俺達はもう少しこの推論を詰める。」

 わかった。

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