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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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転章

 黒い閃光が真直ぐに起立した。

 空間が歪み、世界がゴムのように撓んだ。

 竜騎士がゴミのように吹き飛び、巨大な船が空中で回転する。

 海面が大きく凹んで海底を晒すかに思われたが、その海底を晒さない。

 空間そのものが膨張したのだ。

 空間の歪で圧縮された海水が一気に沸騰し、その分子構造を変える。水素と酸素が反応し、爆発現象を起こすが、空間の歪が、変形した膨張へと作用させる。

 ドーナツ状の爆発が海面を奔る。

 爆発現象は超高温に達し、海面を奔る。

 水蒸気を伴いながら、歪められた空間で連鎖的な爆発を引き起こし、海上を駆け抜ける。

 急激に圧縮された空気にも同じ現象が起きる。

 赤熱した空気がドーナツの輪となって黒い閃光を取り巻く。

 高度の低い真赤なドーナツが広がりながら星の空を焼く。

 異常をきたした電磁波がオーロラを纏い、ドーナツの通り抜けた空を緑のカーテンで覆う。

 赤いドーナツは暴風を呼ぶ。星の表面を伝播し、一気に雲を蹴散らした。

 星の半分、その半分から雲の一切が消えていた。

 輪を形成していた国体母艦の陣形、その中央を黒い閃光が奔り抜け、国体母艦の輪を一気に広げる。

 黒い閃光は何処までも伸びていく。

 成層圏を超えて。

 太陽系さえも超えて。

 黒い閃光であったはずなのに、人の目には白い残光が残った。

 爆発現象で気圧が一気に下がった大洋上に空気が戻る。

 吹き返しの嵐が巻き起こり、海水がぶつかり合って遥か成層圏にまで水柱を起立させ、同時に、国体母艦の輪が一気に縮まる。

 海の雨が降る。

 その雨が国体母艦の霊子障壁に弾かれる。

 やがて、元通りの光景が広がる。

 凪いだ海。

 雲が散らされ、真っ青な空が天を覆う。

 戦場を、突然、襲った災害とも言うべき嵐は、突然、止まった。

 誰しもが、黒い閃光が起立した空間を見詰めていた。

 そこには何もなかった。

 青い空が陽光を降り注ぎ、青い海がキラキラと輝くばかりである。

 その空に浮かんでいた男はいなかった。

 そして、ヘイカ・デシターと名乗っていたトガリもいなかった。


 清潔感が漂うどころではない。

 清潔な物しか存在を許されないような部屋だった。

 硬質な壁面に床。

 天井には間接照明が埋め込まれ、柔らかい明かりを部屋全体に広げている。

 室内の色が真っ白だから、間接照明だけでも十分に明るい。

 十分に明るいから男の影が深く陰影をつくる。

 痩せた男だった。

 分厚いレンズの眼鏡をかけた男だった。

 病的な印象のある男だった。

 その男がジッとこちらを睨んでいた。

 どんな感情も読み取れないようであり、どんな感情も内包しているような目だった。

 その男の隣に女が立っていた。

 女も病的な印象が漂っている。

 ただ、その表情から、嫌悪の感情が読み取れる。

 男は無表情であり。女はハッキリと感情をあらわにしている。

 男はだらりと両手を下げ、女は両手をポケットに入れている。

 立っている。

 ジッと。

 男が呟く。

「我々の限界…と、いうことか…」

 女が応える。

「その結果がこの化け物なのね…」

 二人は白衣を着ていた。

 男はラテックス製の手袋をしていた。

 その手がゆっくりと持ち上がり、俺へと向けられる。

 俺の直前で、その掌が止まる。

 俺の前にはガラスがあった。そのガラスに男の掌がピッタリと張り付く。

「…まだ…まだ、手はある筈だ…」

 強張った声で男がそう呟いた。

 わからない。

 これは誰の記憶だ…

 意識の断片が、そう、呟いた。

 …記憶…

 記憶なのか…?


「何森君、君の見立てではどうかね?」

 何森と呼ばれて、俺は視線を声の方へと向けた。

 ガラスの向こう側にいた男だ。

 分厚いレンズの眼鏡。

 顔の陰影が濃い。

 髑髏(しゃれこうべ)に皮を張り付けだけのような顔だ。

 男へと向けていた視線を前へと向ける。

 目の前には円筒形の水槽があり、その水槽の中には液体が満たされ、何かが浮いていた。

「見立て、ねえ…」

 俺が、何森の口と声を使って呟く。

「さて、これをなんと言ってよいのか…」

 水槽に近付き、目を凝らす。

 両手と両足がある。

 あるというだけだ。機能するようには見えない。

 指がない。

 体幹の大きさに対して比率があまりに小さい。

 腕と足に似た(ひれ)のように見える。

 瞼は形成されていないのか、眼球が晒されたままだ。

 その視線に知的なものは認められない。

 俺はその水槽の横へと視線を走らせる。

 女が分娩台に座らされている。

 開いた股間から太いチューブが伸びて、水槽へと繋がっている。

「この女性は?」

 私の質問に男がつまらなさそうに答える。

「母親だよ…」

 女は剃髪され、目にはVR機器をはめられていた。体の至るところからチューブが伸びている。

 拘束はされていない。意識がないのか、仮想現実に飛ばされているのか、そのどちらかだろう。

 背中は見えていないが、女の背後から何本ものコードが生えている様子を見る限り、仮想現実で生きているのだろう。

「つまり、この子は、まだ、出産されていない…そういうことか?」

 私の言葉に男が頷く。

「萱口、一体、何がやりたい?」

 萱口と呼ばれた男は、俺の言葉を聞いていたのか、聞いていないのか、一顧だにすることなく、口を開く。

「何森君、私の霊子理論は読んだかね?」

 私は溜息を吐く。

 俺の記憶にない、知るはずのない事柄を何森の口が話し出す。

「霊子によって生物は進化、変質するという理論のことか?」

 萱口が頷く。

「その実証実験がこれだ…」

 俺は見たくもない水槽の中へと視線を移す。

「成程ね。確かに変質しているが、これを進化と呼んでもイイのなら進化だろうよ。」

 萱口が白衣のポケットに入れていた右手を動かし、赤い玩具を取り出す。

 赤が主体となっており、黄色の手足に白い顔を載せた人形だ。

 各関節が金属のバネでできている。その玩具を掌に載せて水槽へと差し出す。

 玩具が小さな音を立てて動く。

 バネが意志を持ったように手足と顔を動かし、立ち上がる。前後左右に揺れる。踊っているように見えるが、リズム感は狂っている。

 萱口の手から落ちる。

 何回転(なんかいてん)かして、足から着地する。

 玩具から水槽の中へと視線を移す。

 異形の胎児が、床に着地した玩具へと視線を向けている。

「成程…進化だな…」

 私は皮肉を込めて、進化だと口にする。

 萱口が出していた右手をポケットに挿し入れる。

「進化とはなんだ?」

「変化だ。」

 萱口の言葉に即答する。

「何故、変化した?」

「環境に適応するためだ。」

 萱口が顔を上げる。

 私と視線がぶつかる。

「違う。」

 真っ向からの否定。私にこれだけハッキリと否定の言葉を投げ掛ける人物は、今、目の前にいる萱口ぐらいのものだ。

「違う?」

「そうだ。違う。」

 単語を切って話す話し方、萱口の特徴的な話し方だ。断言する話し方。断言できないことは話さない。

 萱口の特徴的な話し方は、その特徴的な性格を如実に表している。

「ならば、何故、人間の指は六本ではないのか?」

「五本で十分だからだ。」

「尻尾が無くなったのは何故だ?」

「二足歩行の邪魔になるからだ。」

「何故、二足歩行になった?」

「両手が使えるからだ。」

「何故、両手を使うようになった?」

「便利だからだ。」

「便利さを求めるのは何故だ?」

 言葉に詰まる。

 黙る私に構わず、萱口が話し出す。

「霊長類の中でも人類は特殊だ。」

 萱口の意図するところが不明だ。私は黙って、萱口の言葉を待つ。

「霊長類は約二百種、その中で尻尾を持たず、体毛の薄いのは人間だけ、強膜を晒し、表情を読み取れるようになり、コミュケーション能力を発達させ、異常に発達した文明を持つのも人だけだ。」

「確かにそれは認めるが、その話が、さっきの話にどうつながる?」

 萱口が、再び、視線を水槽内へと向ける。

「突然変異、環境への適応、進化に関する憶測は様々だ。」

 私の意図した質問には答えず、自分の考えだけを口にする。

「私は霊子体にその差があると考えている。」

 結局は、そこか、と、溜息を吐く。

「しかし、それだけでは、進化という結論に至らぬ。」

 私は驚いていた。萱口が自分の理論を否定したからだ。

「お前の霊子理論は確か…」

 私の言葉に萱口が頷きながら口を開く。

「私の理論は、霊子体の総量が生物の形質を変化させるというものだ。指向性を持った幽子が、精神体の影響を受けて、その総量を変化させる。総量の増大した霊子は物質を構成させる力場を強める。その結果、量子、粒子の構成を変化させる。そうして物質その物に変化をもたらし、それが生物であった場合、遺伝子を書き換える。」

 簡単に言えば、生物がこのような体になりたいと、精神体、つまり、心で強く願えば、魂である霊子体に作用して肉体が改変されるということだ。

 肉体が改変されるのだから、その設計図である遺伝子情報も変化する。

 卵が先か?鶏が先か?

 極端な話、萱口は鶏が先だと結論付けたのだ。

 萱口がポケットから両手を抜き出し、水槽のガラスに、その両手をつく。

 床に直立していた玩具の人形が小さな音を立てて水槽のガラスを滑るように上る。

 萱口の視線の高さでその玩具が止まり、水槽の中の胎児と萱口の目が合う。

 玩具の首が音を立てて捥げる。

 玩具だった物が床に落ちる。

 そこに残った物は萱口と胎児の交錯した視線だけだった。

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