終戦?いやいや、最初っから戦争なんかしてませんから
五体のオロチと各国体母艦に保存していた分体、その全てを分解する。分体は起動させた状態のままだと、何をしでかすかわからない。
皇帝機との戦闘中、イズモリは、皇帝の支配下にあったマイクロマシンのハッキング作業を行っていた。
でなければ、オロチを複数体再構築できないからだ。
奴と刺し違える覚悟で戦うことはできない。
確実に奴を仕留めて、この戦いを終結させる必要があるのだ。だから、俺は、戦闘中、不利になるとわかっていて、イズモリ達にはマイクロマシンのハッキング作業に従事させていた。切り札となる量子情報体も使わなかった。
俺とカナデラ、そして、タナハラの三人で皇帝機と戦っていたのだ。
終息させないとな。
『ああ、終息させろ。』
イズモリの言葉を合図に、オロチを戦場へと向かわせる。
タイミングとしては頃合いだった。
国体母艦は、全て、高度三千メートルを超え、各国体母艦が全周囲に対して転回しながら霊子砲を発射している。コロノアが舞台を整えるために継続して発射させているのだ。
敵に向かってではない。
幽子を消費するために撃っている。
そんなトガナキノの行動を無視するように、ジェルメノム帝国軍は、渦巻きのように回転しながら、国体母艦の船底へと集結しつつあった。
帝国軍と交戦していたトガナキノの竜騎士部隊も撤退行動を見せている。
そんな中『総員退却せよ!この戦場は!神州トガナキノ国行政院第一席のヘルザースが承った!総員!トガナキノの礎として!国民のために生きよ!!』と、たった一人、気炎を吐いている奴がいる。
良い囮だな。
「トロヤリ。」
俺の呼び掛けに、オロチのモニターにトロヤリの顔が映し出され、トロヤリが俺に向かって返事する。
『父さん、どうしたの?撤退の指示なら、コロノア爺様から受けたよ?』
俺は口角を上げる。
「ああ、でも、トロヤリは父さんと一緒に敵陣中央に向かうんだ。」
『え?』
この回線はトロヤリと俺との専用回線だ。トンナ達には聞こえていない。
トロヤリが驚きの表情から、口元を引き締める。
『わかった。』
トロヤリのハッキリした答えに、俺は頷き「タイミングは父さんが出す。それまで母さんたちには気付かれるなよ?」と悪戯を仕掛けるように指示をする。
トロヤリとの通信を終え、俺はトンナ達の通信回線、王族専用回線を開く。
「トンナ、アヌヤ、ヒャクヤ、コルナ、それにテルナド、これは父さんからの言葉じゃない。お前達の契約者としての命令だ。」
『えっ?』
全員が画面の向こう側で驚きの声を上げる。
「お前達はコロノア爺様からの撤退命令を受けてるな?」
『う、うん、受けてるけど…』
『受けてるんよ。』
『受けてるの。』
『うむ、受けているが?』
『受けてるよ?』
全員の言葉を聞いて、俺は頷く。
「その命令を死守しろ。この後、何があっても、その命令を厳守して撤退するんだ。」
俺の言葉を聞いた全員が驚き顔になる。
『ちょ、ちょっと待って!トガリ!そんなこと言うなんて!絶対!何か…』
俺は、トンナの言葉を遮って通信回線を閉じる。
すまんが、全員に理由を話しておいてくれるか?
『ああ、わかった。』
『了解、タイミングがズレると面倒だからねぇ。』
『わかったよ。危ないことじゃないけど、トンナちゃんがトロヤリ可愛さのあまりに暴走するかもしれないからね。』
嫁さん連中と繋がっている副幹人格に、後のことを頼んで、俺はその時のタイミングを見計らう。
「爺様、国体母艦を円陣に、斥力の霊子障壁を展開準備。」
モニター越しに、俺の言葉を聞いたコロノアがニヤリと笑う。
『承知しました。』
垂直に並ぶ国体母艦が、高度を上げつつ、徐々にその陣形を円陣へと組み替えていく。
神虫が霊子障壁を展開するために国体母艦の船底に回り込む。
神虫が国体母艦とジェルメノム帝国軍の間に展開されるが、数が少ない。
各国体母艦から、残っていた神虫が射出される。
国体母艦の動きに反応して、ジェルメノム帝国軍の砲撃が激しさを増す。
「霊子障壁を展開させろ。」
『了解しました。』
神虫が斥力を持った霊子障壁を展開させる。
国体母艦の船底を狙って放たれるジェルメノム帝国軍の砲撃が悉く弾かれ、レーザー砲のみが霊子障壁を貫通する。
そのレーザー砲も神虫の光学兵器屈曲誘導装甲によって曲げられる。
「国体母艦にあっては戦場から離脱。」
俺の命令を受けた国体母艦が徐々にその輪を広げていく。
船首を外側に向けているので、ジェルメノム帝国軍は、拡散しながら撤退するのだと思うはずだ。
撤退しようとしているトガナキノ竜騎士部隊とは逆方向にオロチを飛ばす。
トガナキノ軍が十分に距離を取ったことを確認する。
残っているのは、敵陣中央で全方位に射撃中のジンライのみだ。
「トロヤリ、来い。」
俺の言葉に、ゆっくりと撤退行動をしていたスサノヲが転進し、アマテラスモードの急加速で戻って来る。
「ヘルザース!!」
『へ、陛下っ!な!なりませぬ!この場は死地!ヘルザースにお任せあれ!!』
俺は思わず、ヘルザースの言葉に笑う。
ジェルメノム帝国の豪雨のような攻撃を避けながら、オロチをジンライへと近付け、ジンライの霊子障壁に接触、その周波数を検知特定し、オロチの霊子周波数をジンライのそれと合わせる。
ジンライの霊子障壁を一部分だけ分解して、その甲板に着艦する。
幽子集束ホイールを回転させ、幽子を収束させる。
スサノヲが急速接近。
ジンライとの距離、六百メートル。
「トロヤリ!全ての闇の精霊を射出した後に高速で離脱しろ!!」
俺と同じようにジンライの霊子障壁に接触しようとしていたスサノヲに、離れるように指示を出す。
『りょ、了解!!』
スサノヲがジンライの霊子障壁の向こう側で闇の精霊を射出する。
一瞬にして広範囲を黒い霧が覆う。
俺はジンライから放出されている霊子と周波数を合わせている。
「ヘルザース、霊子障壁を集束させる。」
俺の言葉に、ヘルザースが驚きの声を上げる。
『はっ?!な!なんですとっ?!そ、そんなことをしては、ジェルメノム帝国軍の砲撃に晒されますぞ!!』
ヘルザースの抗弁に構わず、俺は、ジンライの霊子障壁を消去し、一瞬で新たな霊子障壁を展開する。
ジンライを中心とした斥力を持った霊子障壁。
ジンライが、先程まで展開していた霊子障壁と同じだが、その範囲が違う。
最初は小さく展開し、その規模を高速で広げる。
斥力を持った霊子障壁だ。
その霊子障壁に押されて、闇の精霊、霊子と幽子を消費し続けるマイクロマシンが、ジンライから一定の距離へと押し退けられる。
大量の闇の精霊が、斥力を持った霊子障壁と接触した一瞬で、霊子障壁を分解しようとするが、俺は、障壁内側の幽子を注ぎ込み、斥力障壁を維持し、闇の精霊を押し退けたのだ。
俺は、幽子の注入を止め、斥力障壁が、その機能を維持できなくなって消える。
闇の精霊は、幽子を求めて、ジンライの方へは戻って来ない。より高密度の幽子を求めて、幽子の薄くなったジンライ周辺には戻って来ない。
俺がジンライ周辺に集束させていた幽子に、新たな命令を走らせて、霊子障壁を展開。
闇の精霊に喰われた霊子障壁と同一の範囲で展開させる。
今度の命令は斥力じゃない。
引き寄せる。
なんでもかんでも引き寄せる引力の命令を走らせた。
引力の作用を持った半径十キロメートルに渡る巨大な霊子障壁。
その霊子障壁がジンライとオロチを包み込む。
「爺様!俺の送った座標に国体母艦で霊子障壁を再展開しろ!!」
『了解じゃ!!』
国体母艦を守っていた霊子障壁が、一旦、消えて、大きく戦場を取り巻いている神虫と連動、更に大きな霊子障壁がオロチとジンライ諸共に敵陣を包み込む。
俺の展開した引力を持った霊子障壁が、オロチとジンライを包み込み、斥力を持った霊子障壁が更に大きく戦場そのものを包み込む。
引力を持った霊子障壁が、オロチとジンライに幽子を送り込み、斥力を持った霊子障壁が戦場への幽子の供給を止める。
一か所に集中していたジェルメノム帝国軍のほとんどを丸呑みにする斥力を持った霊子障壁。
その中には、幽子を消費し尽くす闇の精霊が漂っている。
この戦場は幽子を過剰に消費していた。
ただでさえ、幽子の枯渇状態に陥りそうになっていたのだ。
その戦場の一点に、莫大な幽子を消費する国体母艦が集まり、霊子砲を撃ちまくっていた。
意図的に作り上げた低幽子状態。
そこに、更に幽子を消費し続けるマイクロマシンを散布し、外部から幽子が流入してこないように霊子障壁で囲い込んだ。
結果として何が起こるか。
霊子ジェネレーターは、幽子の供給を断たれ、霊子で稼働していた物は停止する。
僅か数分間のことだが、それで十分だ。
必要な幽子量が確保できなければ、物質はその形状を維持できなくなる。
闇の精霊が自壊を始め、黒い霧に覆われていた視界が晴れていく。
ジェルメノム帝国の駆逐艦、戦闘機、そして、竜騎士が次々と落下を開始した。
ボロボロとその形状を崩しながら、ゆっくりと落下して行くのが見て取れる。
俺の展開している霊子障壁の外側では、マイクロマシンも活動を停止した。
ジンライもゆっくりと下降を始めている。
幽子が枯渇した海面では、海水が金色に輝き、粒子となって金色の水蒸気を立ち昇らせる。
今、この空間で自由に動けるのは、俺の莫大な霊子によって稼働しているオロチだけだ。
俺はこの数分間、雨のように落下するジェルメノム帝国軍を見詰めていた。




