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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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とにかく装備を整えよう(挿絵あり)

 まずは全員の装備を整える。

 アンダーウェアにはトガナキノ軍の標準装備である魔導服を構築する。霊子を通すことで硬くなったり、伸展収縮をするパワーアシストスーツだ。

 ブローニュは臍出しビキニファッションなので、危険極まりない。

 頬を赤らめながらブローニュが「あたしは、別にかまへんでエ。こんなん着たら、デシターの好きな臭いが嗅がれへんやろ?」と、変態発言をしてきたので、「山ビルに吸われまくりたいなら。それで良いけど?」と、言って、魔導服を取り上げてやったら凄い慌てて取り返しやがった。

 ブローニュはバギーに乗り込み、飛行機と接合させて、俺達の頭上で着替え、カルザンはモジモジしながら女子が水着に着替えるみたいにして着替えてやがった。

 可愛いけどな。あまりにも女子に寄り過ぎじゃねえか?ダイジョブか?カルザン。

 魔導服の上から普通に服を着こんで、俺はホウバタイに括り付けたヒップバックからカプセルを取り出す。

「なんだい、そりゃ?」

 ドルアジがあざとく見つけて聞いてくる。

 百円ライターぐらいの大きさのカプセルだ。

「魔虫だよ。」

 俺はそう言って、カプセルのつまみを捻る。

 中から高音の羽音を立てて、蚊に似せた魔虫が飛び出す。

「魔虫なんてどうすんだ?」

「こいつで、病気や毒を持ってる小さな虫を殺すんだよ。」

「なるほどな。」

 俺の言葉にドルアジが納得顔で頷く。

「陛下は魔法で魔虫も作ることができるんですか?」

 カルザンが首を傾げて聞いてくる。

「いいや、魔虫は作れないな。特別な精霊で構成されてるからな。」

 俺はマイクロマシンを作ることはできない。生体器官としてのマイクロマシン製造器を作ることはできるが、マイクロマシンを直接作ることはできない。道具を作ることはできても、道具を使わずに作品を作ることができない理屈だ。

 だからマイクロマシンだけで構成されている魔虫は、俺の手には余る。ドラゴニウムやオリハルコンなどを作ることができるのは、普通のマイクロマシンを使っているからだ。

 魔虫は違う。魔虫は魔虫を構成する専用のマイクロマシンで作られている。その専用のマイクロマシンを作り出す物、器官であったり、機械であったりを分析解析すれば作り出すことができるのだろうが、あまりやりたくない。だって、口から蚊に似た魔虫を吐き出すんだぜ?気持ちわりイじゃねえか、そんなの。

 だから、俺は魔虫をカプセルに入れて持って来た。俺の霊子を走らせれば、俺の望んだ行動をしてくれる。魔虫とリンクすればマイクロマシン以上の情報を俺に伝達してくれるが、今は必要ないだろう。

「ドルアジ、お前の得意な得物はなんだ?銃か?」

「銃だって?」

 俺の言葉にドルアジが、怪訝な表情を浮かべる。

「だって、お前、インディガンヌ王国ではガンベルトを沢山巻いてたじゃないか。」

 ドルアジが「ああ。」と、言いながら頷く。

「ありゃ、オメエ、下手だから、沢山、弾がいるんだよ。」

 成程。納得。

「じゃあ、何が得意なんだ?」

 顎に手を当ててドルアジが考え込む。

 俯いたまま、首を傾げて「鞭かな?」と答える。

「無知?お前が馬鹿なのは知ってるぞ?」

「その無知じゃねぇヨ!こう!振り回す方の鞭だ!」

 ドルアジが右腕を振り回す。

「わかってるよ。冗談で怒るな。」

「オ、オメエの冗談は笑えねえよ!」

 怒鳴るドルアジをよそ目に俺は鞭を構築する。

「これでどうだ?振ってみろ。」

 ドルアジに鞭をわたす。

「お前の腕の長さなら、ハンドルの部分はこんなもんだろ?」

 ハンドルの長さは、グリップの部分を含めて五十二センチメートルだ。グリップの太さと長さはドルアジの掌に合わせて構築した。

 ハンドルは硬めだ。どちらかと言えば釣り竿に近い感覚で振れるように構築した。

 鋭い風切り音を立てて鞭が撓る。ドルアジは軽く手首を動かしただけだ。

「おお。」

 ドルアジが声を上げる。

「どうだ?ハンドルの硬さは?」

 鞭を手首で操って、その頭上で鞭が唸りを上げて往復する。

「おお、イイ感じだ。」

 鞭の動きを見上げながらドルアジが応える。

「よし、じゃあグリップのボタンを親指で押しながら振ってみな。」

「これか?」

 俺に言われた通りにドルアジがグリップに付いたボタンを親指で押す。

「よし、そのまま鞭でこのコインを巻き取ってみろ。」

 俺は、人差し指と親指で摘まんだ金貨をドルアジに掲げる。

「ああ?できる訳ねぇよ、そんなこと。」

「いいから、頭の中でしっかりイメージしてやってみろ。」

 俺はドルアジから五メートルほどの距離を取る。鞭が届くギリギリの距離だ。カルザンとブローニュには俺の後ろに回るよう指示する。

「そ、そんなに離れるのかよ?」

 ドルアジの言葉に俺は無言で頷く。

「怪我しても知らねえぞ?」

「いいからやれ。」

 真剣味を帯びた俺の言葉にドルアジの目の色が変わる。

 ドルアジは右手で鞭を振るっている。俺は鞭と対角線になるように右手でコインを摘まんでいる。

 コインを摘まんでいる右手の方ではなく、俺の左側で鞭が往復する。

 鞭が俺から離れる時に加速が音速を超え、凄まじい破裂音を響かせる。

「いいぞ。その音を出しながら、このコインを奪って見せろ。」

 ドルアジは応えない。ジッと俺の摘まんだコインを睨んでいる。

「イメージだ。そのボタンを押しながらイメージすれば必ずできる。」

 鞭が往復する。

 カルザンとブローニュも声を出さずにジッと見ている。

 往復する鞭が軌道を変える。

 ドルアジの後方で音速を超える破裂音。

 僅かな手首の返しで鞭が消える。

 俺の前を斜めに横切り、鞭が破裂音を炸裂させる。

 鞭の先がドルアジの左手に納まり、大きく息を吐く。

 ドルアジが左手を開くと、そこには、コインを絡め捕った鞭の先端があった。

「どうでエ。」

 満足気にドルアジが笑う。

「よし、イメージ通りに使えたみたいだな。」

 ドルアジの口角が上がる。

「次はコインをトスする。地面に落ちる前に絡め捕れ。」

「なに?」

 驚きの声を無視して、俺は金貨を構築し、その金貨を指の背に乗せて転がす。

 小指から転がし、人差し指を転がり、右手の中に握り込む。

 左手を背後に回す。

 背後にいるカルザンとブローニュには見えている筈だ、俺が左手にも金貨を構築したのが。

 右手の親指に金貨を載せる。

「いくぞ。」

 さっきとは違い、自分の呼吸で鞭を振るうことができない。俺は、声を掛けてから僅かに間をずらす。

 弾く。

 真上に上がった金貨と地面と水平に弾かれた金貨。

 水平に弾かれた金貨はその出処も見せていない。同時に弾くことで音も消した。

 それでもドルアジは見逃さなかった。

 水平に弾いた金貨を鞭で弾き上げ、真上に上がった金貨に、その軌道を交錯させる。

 手首の返しが早い。

 鞭が地面を叩き、その軌道を上へと変化させる。

 破裂音が響く。

 俺の右耳は金属の擦れ合う音も同時に捉えていた。

 ドルアジが左手で鞭の先端を受け取り、口角をニヒルに吊り上げる。

「へへ、俺をだまくらかすなんざ十年早えぜ。」

「お前がカルザン達の表情をちゃんと見てるか試したんだよ。」

 ドルアジが眉を顰める。

「じゃあ、カルザン様たちを後ろに回したのは…」

「ワザとに決まってんだろ。」

 俺の言葉にドルアジが「けっ」と、口を曲げる。

 カルザンとブローニュは俺の背中を見ていたから、俺が金貨を左手に持っていたことに驚いたはずだ。

 その表情をドルアジは読み取った。そして、左手から弾き出した金貨の軌道もカルザン達の目線で知ったのだ。

 緊張した状態で視野を広く保つことができるかどうか。そのテストも兼ねていたが、合格だ。

 俺はドルアジに近付きながら説明してやる。

「いいか。その鞭は魔石を糸状にした物を織り込んである。グリップのボタンを押しながら扱えば、お前の霊子に反応してお前の思った通りの動きをする。精々使い込んで、慣れるんだな。」

 ドルアジが驚きに眉を持ち上げる。

「スゲエな。オメエ、そんな物まで作れるのか?噂に聞いたトガリ陛下みてぇじゃねえか。」

「まあな。史上最低王のできることぐらいなら俺にもできるさ。」

「へええ。大したもんだな。まさか魔道具まで作れるとはな。」

 ドルアジは全く気付いていない。

 俺達の会話を聞いていたカルザンとブローニュが肩を震わせている。バラすなよ?バレたらコイツ、絶対に卒倒するぞ?それは今じゃねえからな?俺は楽しみに取ってるんだからな。

「さて、じゃあ、次はブローニュだな。お前の得意な得物はなんだ?」

 ブローニュが、一瞬、眉を顰めてすぐに笑顔になる。

「あたしの得意な武器は笑顔とボインやねん!」

「よし。じゃあ、お前はそれで魔獣と闘ってくれ。次はカルザンだな。」

「いや!冗談やん!冗談やんか!ちょっと!」

「カルザンは両手剣かな?帝国時代からそっちの修業はやってるだろ?」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ったあ!あたし!あたしを無視するんは()うないで!絶対死ぬし!超死ぬし!」

 俺は迫るブローニュの顔を押し退け、カルザンに話し続ける。

「これはどうだ?」

 そう言ってカルザン用に単分子ブレードの両手剣を構築してやる。

「おお。凄いですね。でも…」

「ちょっと!無視スンナや!あたし!あたしにも武器!武器作ってぇぇやああ!」

 カルザンが否定的な表情で呟く。

「これだと、カメラを構えることができないので、片手剣にしてもらえますか?」

「ほな、あたし!あたしにその剣、頂戴や!な?ええやろ?頂戴!」

 成程。カルザン、見事なプロ根性だ。でもなあ、両手剣で修行してたのに、急に片手剣ってのはなあ。カメラを構えながらとなると余計に危なかっしいし。

 うん。そのプロ根性を利用しよう。

 俺はカルザン用にゴーグルを構築する。

「いやあん。カッコイイやん!あたし?あたしのん?あたしのゴーグル?」

「カルザン、このゴーグルを着けてみろよ。」

 つまみの付いたゴーグルだ。カルザンの可愛い顔が見えなくなるのは悲しいが、断腸の思いでカルザンにわたす。

「これは?」

 カルザンがゴーグルを装着しながら俺に聞いてくる。

 以前、アヌヤに作ってやった溶接工のようなゴーグルではなく、どちらかと言えば目の部分を覆うだけのスポーツ用メガネに近い。未来的なスッキリとしたデザインだ。

「録画機能付きのゴーグルだ。このベルトとの接合部分にお前の脳波と霊子を検知する機能がある。お前の目線を追って、カメラがフォーカスするからな。お前が見ようとしているモノに自然とピントが合うようになってる。」

 カルザンが驚きの表情を見せる。よしよし、カルザンの表情が良く見える。このデザインにして正解だったな。

「凄いですね。でも録画を始めたり、止めたりするにはどうすればいいんですか?」

「そうかあ。カメラかぁ。カメラやったらカルザン様のゴーグルやなぁ、しゃあない。そのゴーグルはカルザン様に譲るとして、あたしの武器は?」

「録画しようとする意識をもって瞬きを二回連続すれば録画開始だ。同じように録画停止を意識して二回連続で瞬きすれば録画が止まる。」

 俺の言葉を聞いて、カルザンが、早速、二回連続で瞬きをする。

「上の隅に赤文字でRECって出ました。」

「なに?なに?RECってリアル・エネルギー・チャージって意味なん?それカッコイイやん!で、あたしの武器は?」

 俺は頷く。

「その赤文字が出れば、録画中って意味だ。もう二回、瞬きしてみな。」

 カルザンが再び瞬きをする。

「あ、消えました。」

「OKだな。じゃあ、カルザンはこの両手剣で問題ないな?」

「はい!ありがとうございます。」

 俺は満足して、大きく頷く。

「よし。これで、パーティーそれぞれの役割もはっきりしたな。俺が後衛で全体の指揮を執って、魔法で支援、ドルアジが中衛で鞭を振るい、カルザンが前衛で録画しながら近接戦闘。ブローニュはその笑顔とボインでカルザンを守るタンク役だ。」

(まか)しときい!あたしのボインはどんな打撃も跳ね返すし!笑顔はどんな魔獣もメロメロにするでぇ!って、できるかアアアアアアア!死ぬわ!普通に超ぅ死ぬわ!絶対確実に確定的に死ぬがな!!」

 吃驚した。ガッツポーズを決めながら「任しときい!」って言うから、ホントにボインで跳ね返すのかと思った。関西弁を使いこなすだけあって、流石のノリ突っ込みだ。

「じゃあ、ブローニュは笑顔とボインを武器にして、囮役ってことで。」

「そやな!あたしの笑顔とボインをもってすれば、どんな魔獣もあたしを食べとうなって、もう、メロメロのメロやんな!って!やっぱり死ぬやんかアアアア!あんた!あたしのことを殺す気?計画的殺人なん?殺す気一杯?溢れ返ってるんちゃう?!」

 俺は溜息を吐く。

「じゃあ、どうしろって言うんだよ?俺の後ろで笑いながらボインを揺らすか?」

「アホや!アホな女が笑いながらボインを揺らしとるだけって、ものごっつうアホな絵面しか浮かんでこうへん!」

 ブローニュが両手を戦慄(わなな)かせながら、悲壮な顔つきで項垂れる。

「変態だからいいだろ。」

 ブローニュが顔を歪めて俺の襟元を握る。ヤンキーの眼付けみたいだ。

「あたしにも武器作ったれや?お?普通に武器作ってくれたらエエやんけ?」

 ガラの悪い関西弁も完璧だ。

「だから、最初にふざけたのはお前だろ?」

 俺の言葉にブローニュが態度を豹変させる。

「ちょっとしたおふざけやん。そんな、マジにならんでもエエやん。もう、そんなんイケズやん。」

 しな垂れかかりながら、脇を俺の顔に押し付けてくるのはやめろ。殺意が湧くから。

「殺意が湧くからやめろ。」

 俺は無表情でブローニュを押し戻す。

「お?照れ隠しか?照れてんの隠さんでもエエやん。」

「もう、いいから。で、何が得意なんだよ?」

 ブローニュが口を尖らせる。

「もう、思春期なんやから…まあ、エエわ。あたしな、こう見えてトンナ先生の直弟子やねん。」

 キョトンだ。

「え?」

「せやさかい、新神武道は免許皆伝やねん。」

 カルザンもキョトンだ。

 イチイハラ?

『うん、ちょっと待って。』

 俺は皆から距離を取って、イチイハラに事実を確認させる。

『ホントみたい。新神武道を創始した時にヘルザースが連れて来て、そのまま弟子にしたみたいだよ?』

 俺は通信機を使ってトンナに連絡する。

『どうしたの?ブローニュのことなんて聞いきて?』

「いや、魔獣狩りユニオンにブローニュがいてな、それで、ブローニュが言ってることが本当かどうかを確かめたいんだ。」

『ホントよ。あたしの直弟子だけど、もしかして、ブローニュと一緒?』

 俺はブローニュの方を見る。いい顔で笑ってやがんなぁ。

「ああ、魔獣狩りにな。あと、カルザンと、ほらインディガンヌ王国にいた奴隷商人のドルアジが一緒だ。」

『ふううううう~ん、そうなんだ。』

「で、ブローニュの腕前はどうなんだ?」

『うん、奥伝まで行ってる。だから、免許皆伝ね。』

 ほう。じゃあ、ついでだ。

「性格はどうなんだ?」

『普通よ。どうして?』

 即答だ。

 あれ?普通なの?そうかなあ?俺はブローニュの方へと視線を向ける。好い顔で笑ってやがんな。

『それよりもトガリ。』

 俺は慌てて、更にドルアジから距離を取る。俺がトガリだってドルアジにバレると、ややこしくなること必須だ。

「うん?」

『なんだか、声が若いって言うか、幼いんだけど?』

「ああ、今は一〇歳の姿でいるんだよ。」

『…』

「トンナ?」

『一〇歳の頃の姿にならなくても良いんじゃない?』

「いや、今回の魔獣狩りは‘今日は魔獣を狩りたい気分’に使うんでな、素のままの格好だと皆にバレるだろ。」

『ギリッ』

 なんだ?なんの音だ?

「どうした?なんか歯軋りみたいな音がしたぞ?」

『そう?あたしには聞こえなかったけど?それよりも、どうした風の吹き回しなの?あんなにテレビに出るの嫌がってたのに。映像を加工するの?』

「うん。カルザンに言われてな。この姿ならバレないだろうからってことでな、映像加工もカルザンからNGが出てるんだ。」

『バガンッ!!』

 なんだ?すっげえ音がしたけど。なんか破裂した?

「どうした?なんか凄い音したけど、お前、怪我してないか?」

『え?そんな音した?あたしには聞こえなかったよ?』

「そうか?調子わりイのかな、この通信機。」

『どこで魔獣を狩るの?』

「南ウーサ大陸のティオリカンワ王国だよ、緊急性が高いってことだったんでな。」

『そう。』

「じゃあ、時間とらせて、すまなかったな。」

『ううん、いいよ。なんだか久しぶりに一〇歳の頃のトガリの声を聞けて嬉しかったし。』

 俺はトンナに礼を言って通信を切る。

 うん?

 久しぶり?いや、この間まで一〇歳の俺と一緒に旅してたじゃねえか。まあ、いいか。

 しばし、ブローニュの方を見る。カルザンとドルアジもブローニュを見てる。

「な、なんやのん?皆でそんなにジロジロ見て。そんなにあたしが、免許皆伝なんが信じられへんの?」

「いや、まあ、お前だからな。」

 うん、変態道の免許皆伝ならわかる。すんなり入って来る。

「見ときや。」

 言ったと同時にブローニュが、爪先を内側に向けて腕を交差させてから、両脇に拳を揃え、深い所から息を吐き出す。

「へあっ!」

 鋭い踏込みから両腕が複雑な軌道を辿って、猿臂と拳が打ち出される。一歩、踏込む度に鋭い擦過音を立てて、拳、手刀、一本拳、貫手、猿臂が繰り出される。

 よくよく見ると、ブローニュの拳は真っ平だ。たしかに武道をやっている拳だった。

 成程。

 体重移動もスムーズだし、速さもある。間合いの外し方も上手そうだ。

 ブローニュが動きを止めて、一連の動きを治め、再び深い所から息を吐き出す。

「どや?」

 良い顔で俺に向かって問い掛ける。

「うん。立派なもんだ。よくそこまで練り上げたな。」

「せやろ?」

 ドヤ顔がちょっとムカつく。

「うん、金髪と立派なオッパイが凄い揺れてた。やっぱりボインが武器ってことでいいな。」

「ちょっとオオ。もう、堪忍してぇなぁ。」

 一気に情けない顔に変わる。

「じゃあ、ブローニュにはアシストスーツだな。」

「ええええ?酒呑童子ぃぃ?」

 超不服そうだ。

「嫌なのか?」

 ブローニュがコクリと頷く。

「なんで?」

 ブローニュが口を尖らせ、「…(くさ)なんねん…」と呟いた。

 うん。納得。

「陛下、画的にも顔の隠れる酒呑童子はいただけません。」

 とは、カルザン。そうか、カメラに顔が写らねえとな。そりゃ駄目だわ。

 俺は装甲を取っ払った酒呑童子をブローニュに装着した状態で構築してやる。

「こんな感じでどうだ?」

「え?何これ?」

 突然、装着された酒呑童子を見ながら俺に聞いてくる。

「酒呑童子の装甲を取っ払った。そうだな、茨木童子とでも名付けるか。」

「へえええ。」

 ブローニュが装着感を確かめるように新神武道の型を軽く流す。

挿絵(By みてみん)

 頭部は金髪が靡くようにヘッドギアだ。目を保護するためにバイザーがあるが、透明だからカルザンの要求も満たしてる。

 近接戦闘になるから、最低限の装甲として胸、肩、前腕、拳、膝、脛には装甲があり、足元は当然、酒呑童子の靴だ。

 空を飛ぶような機能はオミットしたが、軽くなったせいもあってジャンプすれば十メートルぐらいは跳べるだろう。アクチュエーターが剥き出しなのは流石に拙いので、防弾の布でカバーを構築してやる。

「これは?」

 動きを止めてブローニュが俺に確認する。

「アクチュエーターが剥き出しだと細かな塵が噛んで故障の原因になるからな。防塵カバーだよ。」

「そか、そか。」

 そう言って再び動き出す。

 性能的には酒呑童子とは変わりはないが、一つだけ付加した機能がある。

「ブローニュ。そこの木に(ぬき)を打ち込んでみな。」

 俺は一本の木を指差す。

「この木ィに?貫を入れたらエエの?」

 俺は無言で頷く。

 貫とは、踵から全ての関節を連動させる打ち込みだ。現代日本で言うところの発勁のようなものだ。

 惑星の重力で体を沈み込ませながら、打ち込む対象に全体重を移動させる。同時に踵から踝、脛、膝、太腿と発生した力を螺旋状に捻じり上げる。体中の関節をほぼ同時に回転させるため、打ち込む直前まで、筋力はなるべく脱力状態を保ったままの方が良い。

 ブローニュが木の前に立ち、腰を落として木に右の掌底を当てる。

 深い所まで、息を吸い込み、一気に力を爆発させる。

「フンッ!!」

 掛け声と同時にブローニュの足元から土煙が舞い上がり、草が吹き飛ぶ。木から破裂音が発生し、ブローニュの掌底を起点に木が粉々に吹き飛んだ。

 固まるブローニュの頭上から、茂っていた葉っぱが大量に舞い落ちてくる。それを見ていたカルザンとドルアジも固まっている。

 ブローニュの右の掌底、その掌底部分から破壊した木の形状をなぞるように無数の黒い茨が発生していた。

 オルラのツブリと同じだ。

 貫を打ち出すことで、その霊子を感知したマイクロマシンが貫を発生させる部位から硬い茨を構築する。

 茨の材料は貫を打ち込む対象そのものだ。今回の場合は木の内部で炭素を並べ替えカルビンの茨が発生した。茨部分以外は裂けて破裂したということだ。

 ブローニュが右手を僅かに動かすと、その茨が塵となって消える。炭素だから自然にも優しいエコな必殺技だな。

「な、何、今の…」

 ブローニュが貫を放ったポーズのまま、首だけを俺に向けて聞いてくる。

「貫を放つとさっきの現象が必ず起こるように設定してある。足で貫を放っても同じだからな。注意しろよ。」

 ブローニュが小刻みに何度も首を上下に振る。

 三人が俺の元に集まる。

「最後に、全員の武器に付けた機能を説明するぞ。」

 三人が俺の方へと顔を向ける。」

「いいか?魔獣は体内に精霊を宿してる。」

 カルザンが頷く。

「宿りの精霊ですね。」

「そうだ。獣人と同じで、その宿りの精霊が魔獣の体を治癒したり、特殊な力を与えていたりする。」

 三人が頷く。

「宿りの精霊を生かしておくために魔獣は莫大な幽子を取り込むが、その幽子を取り込めないようにする装置が皆の武器には付いてる。」

 三人がそれぞれにそれぞれの武器を見下ろす。

「カルザン、柄に引き金が付いてるだろう。」

「ハイ。」

 その引き金を引いてみろ。

 カルザンが言われた通りに引き金を引く。

 風切り音に似た、何かが高速で稼働する音が発生する。

 ブレードと柄の接合部分に仕込まれた霊子結晶のホイールが回転しており、カルザンがそのホイールを覗き込む。

「レールガンのホイールですか?」

 俺は首を左右に振る。

「それは霊子吸引回路だ。」

 獣人拘束用スーツの応用だ。

「れ、霊子吸引?」

 カルザンの言葉に俺は頷きながら説明を加える。

「周囲の幽子、霊子をブレード部分から吸引して、柄尻から幽子に変えて放出させるようにできてる。」

 カルザンの顔が驚きに染まり、武器を体から離す。

「心配するな。幽子に変換されてるから、お前の質量が変化するようなことはない。」

「は、はい…」

 もう、ビビリヘタレーだなあ。まあ、可愛いから仕方ないけどな。

「とにかく、魔獣の体にその剣が突き刺されば、魔獣はその力を奪われ、弱体化する。斬っても効果はあるが、その効果は大したもんじゃない。突き刺すのがベターだ。」

 カルザンが真剣な表情で頷く。それを確認して俺はドルアジに視線を向ける。

「オッサンの鞭も基本同じ仕組みだ、ハンドルのケツを見てみな。」

 ドルアジが鞭のハンドルを引っ繰り返して確認する。

「おう、これが霊子吸引回路か?」

「そうだ。ハンドルの尻の部分を回してみろ。」

 ハンドルエンド付近をドルアジが掴んで回す。ハンドル内部で霊子ホイールが高速で回転する音が発生する。

「魔獣に鞭を巻き付けてから回路を作動させれば、魔獣を弱体化することができる。」

「おう。わかったぜ。」

 そう言いながら、霊子吸引回路を作動させたまま、離れた木に向かって鞭を振るう。

 鞭は木に巻き付くどころか、音速を超えた破裂音さえ発生させなかった。

「なんだ?」

 ドルアジが怪訝そうに鞭を見る。

「だから言ったろ?鞭を巻き付けてから作動させろって。」

「へ?順番が大事なのか?」

 俺は溜息を吐く。

「その鞭には魔石を使った糸が織り込んであるって言ったろう。」

「ああ。だから、俺の思ったとおりに鞭が動くんだろ?」

「そうだよ。でも、霊子吸引回路を稼働させたら、お前から発せられた霊子も吸引されちまう。だから、お前の思ったとおりに鞭が動かない。簡単な理屈だろ?」

「そ、そうか。いや、わかった。うん、うん。鞭を巻き付けてからこのハンドルを捻る、だな?」

 ドルアジの言葉に俺は頷く。

「さて、ブローニュの方は…」

「あたしのは、さっき貫を打ち込んだ時にこれが光りながら回っとたで。」

 ブローニュが前腕に取付けられている霊子吸引回路を指差しながら応える。

「そうだ。お前のは発動させるタイミングが難しいんでな、俺が勝手に設定した。貫で発生した茨が完成したら回路が自動で作動する。タイムラグがあるからな注意しろ。」

 ブローニュが頷きながら「うん。わかった。」と応える。

「よし、じゃあ、それぞれの武器の練習も兼ねて、狩りに行くか。」

「応!!」

 三人が元気よく応えた。


 新神浄土の放送局、その第二スタジオでは嵐が吹き荒れようとしていた。

 セットとして作られたキッチン。

 その中心に立つ長身の女性、キリリと絞らた眉は蟀谷へと抜けるように引かれ、吊り上がり気味の目は大きく、形が整っている。

 小さな小鼻は知的な雰囲気を漂わせながらも唇は肉厚で官能的だ。波打つ金髪が照明を反射させ、その美しさを神がかったものへとレベルアップさせている。

 胸が大きく、ウエストがキッチリと締まり、腰の位置が高い。

 その女性が、しなやかな指で握り潰している物。

 握り潰している物にだけ違和感があった。

 ホールトマトの缶詰。

 指先が缶詰を貫通し、カンヅメの半分を綺麗に握り潰している。

「…」

 静まり返る第二スタジオ。

 そんな中、一人の男が勇気を振り絞って前に出る。

「ト、トンナ陛下…」

 トンナが男の方を睨む。

 トンナ自身は睨んだという感覚はない。しかし、男は睨まれた以上の脅威を感じた。

 男の足が止まる。

「なに?」

 トンナの一言に男が後退る。後退りながらも口を開いた男の勇気は称賛されるべきだろう。

「その、か、缶詰が…」

 男の言葉を聞いたトンナが自分の右手を見下ろす。

「この缶詰、腐ってたのね。」

 当然、腐ってなどいない。

「も、申し訳ありません。至急、新しい缶詰を…」

「いえ、もう、いいわ。ヘルザースを呼びなさい。」

 男の言葉を遮って、トンナが平坦な口調で命令する。

「は?」

 男はトンナの意図を読み取れずに聞き返した。

「急ぎ、いえ、至急ね。即急に今すぐ、即座に、この場所に、ここにヘルザースを呼びなさい。」

 男にトンナはどのように見えたのか。

 知りえるのは男だけであり、他の者にそれを知りえる術はない。しかしそれでもわかったことがある。男にはトンナが恐怖の象徴のように見えたのだろうと。

 男が体のバランスを崩しながら振り返り、バラバラの動きで走り出す。

 転倒しながら最後は這うようにして、第二スタジオを後にする。

 静まり返る第二スタジオ、物音一つでも立てようものなら、即座に、死という名の獣が襲い掛かって来るだろうと錯覚する雰囲気。その空気を作り出している中心が、ジッとヘルザースの到着を待っている。

 そんな渦中にヘルザースの陽気な声が響きだす。

「いや~、如何なされました?トンナ陛下、何かお気に触ることでもございましたでしょうか?」

 破砕音が第二スタジオに響き渡る。

 ヘルザースは笑みを崩さない。蟀谷に一筋の汗を流すだけだ。

 トンナの手元、分厚い木の俎板をトンナの指が貫通し、半分に断ち割っていた。

「トガリが魔獣狩りに行ってるわ。」

 ヘルザースが頷く。

「はい、陛下は魔獣狩りユニオンのユニオンマスターでございますからな。魔獣狩りにも行かれるでしょうな。」

 トンナの表情は無表情だ。表情が現れていない、と、言うべきか。

「その魔獣狩りに、あんたの娘、ブローニュが同行してるわ。」

「は?」

 このことはヘルザースも初耳だ。ヘルザースは自分の娘を受付嬢として魔獣狩りユニオンに入れたのだ。

「あんたの娘、前はラーメン屋で働いてたのよね?」

「は、はい。」

 自分の知らなかった情報を、突然、突き付けられて、ヘルザースは明らかに動揺した。

「トガリの行きつけ、‘店外孤独’だったわよね?」

「は、はい。」

 トンナの目が細められる。

「あたしの弟子になったのは、そういう訳ね。」

 問い掛けているのではない。確信という種を自分自身の中で育んでいるのだ。

「は?」

 ヘルザースにはなんのことかわからない。

「ふうん。あたしをダシにしたってことか…」

 木が万力で圧し潰されるような音が響く。

 トンナの前にあった流しが(ひしゃ)げる。

 流しが破砕音をともなって破裂する。

 細かな破片が降り注ぐ中、トンナがヘルザースを睨む。

「トガリはティオリカンワ王国のどこに向かったの?」

 トンナの口元だけが僅かに微笑んでいた。

お読み頂きありがとうございました。本日の投稿も一話だけです。

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