裏切り者を裏切り者と呼べない俺がいた
俺は通信機で呼び掛ける。
「セディナラ。」
『どうした?兄弟、何かあったか?』
「ああ、キドラの‘深海の耳’だが、潜入してるのか?」
『三チームを潜入させてるが?』
俺は唇を噛む。
「すぐに引き戻せ、脳内を弄られてる可能性があるからな、ゲートで分解再構築しろ、ゲートでの転送先は保存カプセルだ。話もさせるな、一切の行動を起こさせるな、有無を言わせず、即座に冬眠状態にしろ。」
『何があった?』
「ジェルメノム帝国に一杯食わされた。精神汚染を受けている可能性もあるからな、俺の言ったとおりに処置しろ。」
『わかった。』
通信が切れる。
俺は歯を食いしばって空を見上げた。
アルミナガラスの向こうは月光が冴え冴えと輝いている。
もう、パクデルの体に用はない。
「ジェニクシェン、マホ。」
俺は二人に向き直る。
二人が緊張感のある表情で俺を見る。
「奴隷解放作業を続けろ、その後は逃げろ。」
マホと名付けたパクデルが泣きそうな顔で俺に迫ってくる。
「み、見捨てるのですか?我々は使い捨てにされるのですか?」
マホが服の裾に掴みかかり、行かせまいと力を込める。
「そんなことはしない。キバナリが此処に来れば、そのキバナリに呑み込まれろ。そうすれば、俺の下に逃げられるようにしておく。」
二人が驚きの表情を浮かべる。
「そ、そんな…」
「キ、キバナリに喰われろ?私たちをやっぱり見捨てるのですか?」
この二人は俺の作戦を知らない。当然の反応だ。
「キバナリの胃袋に転送用の術式が仕掛けてある。だから、奴隷を呑み込んでいたんだ。このままジェルメノム帝国で殺されたくないならキバナリに呑み込まれろ。」
二人は顔を真っ青にさせている。
「俺を信じるか信じないかはお前達次第だ。」
俺は二人に言葉だけを残し、ウロボロスの分体に意識を飛ばす。
軽い眩暈を感じながら、俺はパクデルであった分体を分解消去した。
ウロボロスの指揮ブリッジに瞬間移動、メインモニターに釘付けになっている全員に、いきなり怒鳴り声を上げる。
「敵が出撃したぞ!!」
一斉に全員が俺の方を見る。
「ジェルメノム帝国にまんまと嵌められた!!敵の竜騎士は二百八十五機!機鎧兵は全員!竜騎士に搭乗!ウロボロスは最大戦闘速度で敵竜騎士を追え!!」
途端に操艦員達が慌ただしく動き出す。
「あたしも出るかい?」
オルラの反応も速い。
「戦闘空域に入れば出てもらうよ。」
テルナド、サクヤ、トドネの三人は体を強張らせながらも気合の入った視線を俺にぶつけてくる。
「お前達も酒呑童子を着装して、いつでも出られるようにしておけ。」
俺の強い言葉に三人が頷く。
「じゃあ、行くよ。」
オルラの言葉にテルナド、サクヤ、トドネの三人が頷き、ゲートへと走り出す。
「やれやれ…」
そう言って、ロデムスも重い腰を上げる。少し遅れて、ロデムスもゲートへと消えた。
ドルアジは、接岸させてある第一救命艦に乗っているからここにはいない。
カルザンが眉を顰めて、左手で右拳を包み込んでいる。
心配するな、お前を戦場に立たせやしねぇよ。
俺はカルザンを元の姿に戻す。
「カルザン、お前は此処で指揮を執れ。」
「えっ?」
カルザンが驚きと共に悲し気な顔を見せる。
「いいか、戦闘空域に入れば俺もオロチで出る。人は殺さない、死なせもしない。被害がどれだけ出るかはわからん。お前は救護活動の指揮を此処で執るんだ。」
「でも、私も竜騎士に乗ることができ…」
「竜騎士に乗れることと戦場に出れることはイコールじゃない。」
俺はカルザンの言葉を遮る。
カルザンが唇を震わせながら俯く。
「お前の代わりは…」
俺は一人の女を振り仰ぐ。
「カルデナ!!」
燃え立つ金色の瞳、分厚い肩を、一瞬、震わせ、右拳を胸まで突き上げる。
「任せろ!!」
俺は口角を上げて笑う。
「カルザンを竜騎士で護り通せ!!」
俺の言葉を受けたカルデナが、大きく目を見開き、カルザンを見下ろす。
「カルザン様!」
カルデナの怒声にカルザンが条件反射のように顔を上げる。
カルデナが大きく笑う。
「ご命令を!!」
その言葉にカルデナの想いが全て込められている。カルザンの役割は前線で戦うことではない。だから、自分がカルザンのために前線に出るのだ。好きな男のために戦うのだ。
カルザンが、再び俯き、すぐに顔を上げる。
「カルデナ、死んではいけません。でも…」
カルザンが瞼を閉じ、目を開いた時、そこに強い意志があった。
「私のために戦いなさい!!」
カルデナが大きく仰け反る。
「ぅぅうをオオオオオオオオッ!!」
吠える。
雄叫びだった。
なんつう声だ、鼓膜が破れたかと思ったぜ。
「行く!!」
カルデナが即座に動き出す。ハンガーに通じるゲートに一直線だ。
よし、とにかく可愛いカルザンはこれで安心だ。
『お前、この期に及んで…余裕だな。』
バッカ、お前、カルザンが酷い目に遭ってみろ?もう、一生、トラウマだよ?
『うん、俺もマサトの意見に賛成。』
『クシナハラ、まあ、お前がそう言うのはわからんでもないが、自分の娘を戦場に送り出して、カルザンを此処に留めるというのは、どうなんだ?』
いいんだよ。テルナド達はヤル気だった。あいつらをここに留めても、後で絶対出撃してくる、そうなれば戦線が乱れるから最初っから数に入れといた方が安心なんだよ。
『そうだ!自分の娘だからな!厳しく教育しないとな!』
『まあ、その理屈は一理あるな。』
そんなことよりもだ。
『うむ。』
『そうだね。』
『うん、あっちの方が問題だね。』
『ぶちかますか!』
『可哀想だけど、人間じゃないからねぇ、流石の俺でも庇って上げられないねぇ』
香箱を作って俺を見上げるキバナリに視線を向ける。
「キトラ」
俺の言葉にキトラがゆっくりと立ち上がって、歩いて来る。俺の目前で立ち止まり、頭を下げる。
「ようやく、私のことを呼び捨てにしてくださいましたね。」
頭を下げたまま、キトラが嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「話は聞いてやる。」
俺の使役魔獣だ。
「私は幾つも分裂体を作っております。」
頭を下げたまま、普通の会話のように話し出す。
「使役できる魔獣の遺伝子を組み込まれた人間は、使役魔獣と同じく、主人の命令に従うようになるのです。」
キドラに仕込まれた遺伝子だ。
「私はプロトタイプゼロによって、まず、分裂体を、二体、作製させられました。」
キトラの足が震えている。
「一体は人間の遺伝子に仕込むため、もう一体はトガナキノに潜入させるため、つまり、私です。」
声音は変わっていない、なのに、足が震えている。
「本体と分裂体は繋がっておりますが、分裂体は精神体の欠片を持っておりますので、稚拙ながらも別の人格となります。そして、時間と共に別の人格を形成する精神体へと成長いたします。」
分裂体を作り続ければ、細胞寿命が短くなる。
「本体が主人を得れば、分裂体にとってもその者は主人です。」
キトラの言葉に俺は頷く。
「先程、申し上げました通り、時と共に分裂体は別人格を形成し精神体が完全に離れます。」
「お前は、完全に、本体から離れた状態だったということだな。」
俺の言葉にキトラが頷く。
「しかしながら、私の本体は主人を得ているため、私も主人の支配下にあった状態です。」
「完全に奴の支配下から逃れるためには?」
キトラが目を閉じる。
「分裂体自身が新たな主を得ることです。」
俺の想像通りの答えだった。
「私はトガナキノにワザと捕らえられ、主人であるプロトタイプゼロの命じるままに幾つもの分裂体を作りました。」
キトラが震える足を隠すようにして目を閉じたまま香箱を作る。
「プロトタイプゼロの目となり、耳となるためにです。」
ロデムスが言っていた、誰にでも自分の真名を教える変わり種だと。
契約したかったのだ。
誰かと契約することで奴からの呪縛を解きたかったのだ。
しかし、トガナキノの人間は、皆が法律を守る。優しく、道徳観念の発達した国民ばかりだ。馬鹿げた楽しいことに全力を注ぎ、戦争のためになど魔法を使わない、馬鹿らしいバラエティーのような王妃試練のために、無駄に魔法を使う、そんな国民なのだ。キバナリと個人で契約してはいけないという法律があれば、皆がその法律を守る。
だから、誰もキトラとは契約しない。
せいぜいが「ダメだよ?自分の真名を他人に教えちゃ。」と諭されるぐらいだろう。
俺はキトラの鼻面を優しく撫でてやる。
「最後に、陛下の使役魔獣となれたこと…心より感謝いたします…」
キトラは、そう言って、静かに頭を下げた。
動かなくなる。
キトラは穏やかな表情のまま、眠ったようにして逝った。
「へ、陛下…」
続ける言葉を見失い、カルザンが俺の後ろで黙り込む。
キトラの鼻面から額にかけて、俺は、指を立てて優しく撫でる。
残された僅かな時間。
キトラはその僅かな時間を使って俺の使役魔獣となった。
奴の呪縛から逃れるには、トガナキノという国で、唯一、法に縛られない俺にしか…
『情報を伝えなかったな。』
ああ…
キトラは俺達に情報を伝えていない。
キトラが、プロトタイプゼロと呼ぶAIアンドロイドの居所、キトラの本体が何処にいるのか、俺達が最も知りたかった情報を伝えていない。
『だが…』
『うん、残したね。』
『そうだね、残してくれた。』
『やっぱりキバナリはツエエな!』
『人間の女の子だったら、俺もヤバかったよ。』
そうだ、情報を伝えなかったのは、伝えた事実を奴に知られるからだ。
しかし、キトラは情報を残した。
手掛かりだ。
キトラの霊子体と精神体の周波数は俺達が知っている。
キトラの周波数を探せば、必ず、キトラの本体を見つけることができる。キトラの本体を見付ければ、使役魔獣と繋がった契約者に辿り着く。
イズモリ。
『了解している。無意識領域でイデアと連絡を取る。』
頼む。
キトラが使役魔獣になった時の事を思い出す。
嬉しそうに体を目一杯に使って喜んでいた。
「カルザン…」
「はい。」
俺の背後でカルザンが静かに返事する。
「キバナリも、生き方を選ぶことができないんだな…」
俺の言葉にカルザンは返事をしなかった。




