奴隷救出
ジェルメノム帝国を混乱が襲う。
火災でもなければ敵襲でもない。
突然、魔獣が帝城内に出現し、暴れ出しているのだ。
いや、まだ、暴れてはいないけどね。俺の目の前で胃もたれに苦しんでるんだけど、でも、帝城内の人間にはそんなことはわからない。
帝城内に一斉放送が響き渡る。
パクデルの位置は捕捉されているようで、一斉放送は正確に魔獣出現位置を特定している。
もう少しすれば、此処には魔法師団と施療師団、そして守備兵達が送り込まれてくる。
うん、一斉放送便利。俺にも情報が伝わってくるからね。
牢の中に囚われている奴隷達は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
なんとか逃げ出そうと石組みの壁を引っ掻きまわす奴、なんとか自分だけは生き延びようと他の奴隷を前に押し出そうとする奴、まあ、生き残ろうとする姿勢は大事だよね。
「やれ。」
俺の命令を受けて、キバナリのキトラさんセカンドが動き出す。
後ろ足で立ち上がり、一番上に積み重ねられた牢の鉄格子に長い犬歯を掛ける。鉄の曲がる音と石組みが破壊される破砕音がして、その音を上回って奴隷達の悲鳴が響き渡る。
盛大に引っ掻く音を立てながらキバナリが牢の中に頭を突っ込む。
少しずつ奴隷の悲鳴が治まっていく。
静かになるとキバナリが顔を出し、次の牢へと首を伸ばし、同じ作業を繰り返す。
「よし、これでイイな。」
冷静に、そう呟く俺の言葉にパクデルと変態女は悪魔でも見るような目つきで俺を見詰めてる。
俺はそんな二人の視線を受けながら「んっ」と、声を掛けながら、出口に向けて顎をしゃくる。
二人が慌てて這って出口へと向かう。
俺はキトラさんセカンドへと視線を向ける。
牢を空っぽにし、次の牢へと向かおうとしていたキトラさんセカンドと目が合う。
「お前にも名前を付けておきましょうか。」
キトラさんセカンドが頭を下げて俺の前に差し出してくる。
「キトラさんセカンドですからね、キトラ、さん、セカンド…うん、カウント、カウンディにしておきましょう。」
「はい、わかりました。」
俺は頷き、「では、出入口は塞ぎますが、自力で上に上がって来て下さい。」と言ってから出口へと向かう。
「え?」
カウンディの疑問の声に俺は立ち止まり、振り返る。
「一応、私はこの国の人間ということになっています。ですから、私はカウンディの侵攻を食い止める義務があります。」
「はあ…でも陛下がその気になれば、私の侵攻などは…」
カウンディの言葉に俺は頷く。
「止める振りをするだけです。止めません。」
カウンディが首を傾げる。
「とにかく、あなたはここの奴隷を全て呑み込み、上に来てからも奴隷だけを呑み込めばいいのです。」
「わ、わかりました。」
カウンディの言葉に俺は頷き、ニッコリと笑う。その表情を見たカウンディは何を勘違いしたのか、視線を逸らして、再び、奴隷を呑み込み始めた。
階段を上りきって、パクデルと変態女に合流する。
「あなたは岩を錬成することができますか?」
パクデルを見下ろして静かな口調で問い掛ける。
「い、いいえ。私が錬成できるのはこれくらいの礫です。」
人差し指と親指で十センチメートルほどの間隔を開けて俺に指し示す。
「結構、では鉄骨は?」
空手に棒を持つような形を作り、「これ位の鉄棒なら。」と、答える。
「わかりました。」
直径は十二センチメートルほどの鉄棒を格子状に組み上げて再構築。
長い階段に立体的に組み上げ、骨組みを作り、パクデルの言った大きさの礫を一気に大量に再構築し、階段を全て埋める。
軋み音を立てて、大量の礫が、自重によって詰まっていく。
「ま、こんな物でしょう。」
振り返ると二人が口を開けて呆然としていた。
「さあ、出ましょう。」
俺の言葉に促されて、二人が俺の後をモタモタと付いて来る。
階段室を出て、元来た小さな部屋に出る。
左手のドア、城内へと続くドアの方から大量の足音が響いて来る。
「来ましたね。二人とも、私の言うことに合わせなさい。」
俺の言葉に四つん這いのままの二人が首肯する。
中の様子を伺うために、中々入ってこないであろう兵士たちを招き入れるために、俺は先手を打ってドアを開けてやる。
「パクデル大佐!ご無事でしたか!」
一番前を走って来ていたフルメイルに身を包んだ兵士が、構えていた槍を引き上げ、安堵の溜息を洩らし、近付いて来る。
兵士に向かって一つ頷き、「危ない所でした。」と答える。
「魔獣は何処に?」
兵士は緊張感を失ってはいない。脈拍が速く、汗をかいている。アドレナリンの分泌が顕著に見て取れる。
「奴隷保管庫に突如現れ、今は奴隷を喰い漁っている状態です。」
「ど、奴隷を?」
「はい。キバナリに限らず、魔獣は人間を喰いますからね。手っ取り早く、逃げられない奴隷を喰っているのでしょう。」
俺の言葉に得心がいったのか、兵士が頷く。
「すぐにでも魔法師団が来ますが、如何いたしましょう?」
「将軍は?」
パクデルの言葉に兵士が首を振る。
「連絡は入っていると思いますが、ご到着がいつになるかは…」
俺は顎に手をやって考える振りをする。
「現時点での最高指揮者は私ということですか…」
「はい。」
俺の言葉に兵士が即答する。
キトラさん。
『はい。なんでしょうか?』
キトラさんの分裂体とは連絡が取れる?
『はい、取れます。』
じゃあ、現状の進み具合を聞いてくれる?
『はい。少々お待ちください。』
俺はキトラさんと連絡を取りながら、兵士たちに指示を出す。
「まずは、この直上階から人を避難させなさい。皇帝陛下にも、一応、避難を促してください。他の残った者で奴隷達を連れ出して、ここに爆薬を運んでもらいましょうか。」
「爆薬でありますか?」
「はい、魔獣を生き埋めにしてみます。」
兵士の顔色が変わる。
「りょ、了解しました!」
兵士が後ろを振り返る。
「おい!第一小隊から第四小隊は中の奴隷を搬送しろ!第五小隊から第八小隊は爆薬を搬送!第九小隊と第十小隊は避難指示と工作隊五隊の増援要請!」
鎧の意匠が同じだったので一般の兵士と見ていたが、どうやら、中隊規模の隊長のようだった。
各小隊が動き出すが、奴隷の避難を指示された小隊が動かない。魔獣のいる直上階を通らなければならないからか?臆したのか?
小隊長らしき男が一歩前に出る。
「奴隷の搬送先はどうしますか?」
ああ、そういうことか。
中隊長が俺に視線を送る。
う~ん。困ったな、俺は、この城のマイクロマシンを支配していない。だから、適切な搬送先なんて思い付かないぞ。
『出たな、いい加減な行き当たりばったり。』
妖怪の名前みたいに言うな。
「大佐、ガーデンは如何でしょうか?」
変態女だ。
俺は変態女に振り返って「ガーデン?」と、如何にも、そうだった、そこが良いですね。といった風に装って聞き返す。
「はい。如何でしょう?」
如何って言われてもなぁ、パクデル少女は何か知ってるか?と、パクデルへと視線を送る。
あ、頷いた。
じゃ、そういうことで。
『まったく…』
俺は頷きながら中隊長へと、向き直り、「ではガーデンに搬送して下さい。」と指示する。
「了解しました。」
中隊長の声を聞いた各小隊が一斉に動き出す。
ガーデンにはカウンディにも来て貰って、俺達も、最終的には、カウンディに喰われないと拙いからな。俺達もそっちに向かうか。イズモリ、チェンジして。
『了解した。』
イズモリに表層意識を任せて、無意識領域で俺は魔法少女の姿になる。
アンパク。
三つ子の一人、今は魔法少女の副人格となっている一人を無意識領域に引きずり込む。
俺の目の前に、首に黒い帯を巻いた男が現れる。
「ご、御用でしょうか?」
ああ、ガーデンってのはなんだ?
「詳しくは知りません。ただ、兵器化されない奴隷はそのガーデンに送られておりますので、なんらかの処置がなされているのだと思われます。」
ふぅぅん。胡散臭ぇ施設が次から次へと、よくもまあ。
俺は、一旦、下げた視線を上げて、アンパクの顔を見る。
「ほ、本当です、し、知らないのです!」
慌てるな。そういうつもりでお前を見た訳じゃねない。
アンパクが安堵の溜息を洩らす。
現実世界で、そうだな、魔法少女だから…マホ、うん、現実世界ではお前らのことはマホと呼ぶからな。マホがお前らの名前だ、いいな?
「あ、はい。承知しました。パクデルに、そう伝えます。」
じゃあ、元に戻すぞ。
「あ、あの。」
現実世界に戻ろうとしたところでアンパクが待ったをかける。
どうした?
「現状報告を求めて来ていますが…」
そのまま報せろよ。本部との通信は俺にはわからねぇからな、裏切るにはいいタイミングだぜ?
「ま、まさか!では、このまま我々もガーデンに向かうということでよろしいのですね?」
ああ、それでいい。
「了解いたしました。」
アンパクをマホの体に戻し、俺は「イズモリ、チェンジ。」と声を掛ける。
現実世界に戻っても、奴隷を避難させる小隊が動き出したところだった。
なんだ、そんなにタイムラグがねえじゃん。
『当然だ、思考速度は光速だからな。』
なるほど。
『前にも言ったぞ。』
憶えてねえよ、そんなの。
『ったく。』
俺は変態女に向き直り、「我々もガーデンに向かいましょう。」と声を掛ける。
「承知しました。」
と女が答え、先頭を切って走り出す。
俺は女の後を走りながらキトラを呼び出す。
キトラさん、他の奴隷を別の場所に移すから、分裂体にはイデアの指示に従うよう、連絡しといてくれる?
『了解いたしました。では、イデアからの指示を待ちます。』
で、次はイデアだな。
イデア。
『はい。』
俺の座標は追えているな?
『はい。』
よし、連絡したら、俺の座標にさっき送り込んでくれたキバナリの分裂体を再送してくれ。
『了解いたしました。』
これで良し。
『何が、これで良しだ。コロコロと計画を変えやがって。』
そう言うなよ、臨機応変って言うだろ?
『いやあ、これは、行き当たりばったりって言うんじゃない?』
『だね。』
『そんなことより、闘わねえのか?』
『いやいや、可愛い子を探そうよぅ。』
闘わねえし、可愛い子も探さない。そんなことより、この城、他にも色々ありそうじゃねぇか?そっちのことを調べるのが先だよ。
『そう言えば、核ミサイルを発射するGナンバーを保有していると言っていたな。』
ああ、ソイツもなんとかしときてぇんだけどな。
『サクヤとトドネに探らせれば、あの皇帝のことだ、案内するだろう。』
いや、そんな危ない橋を渡らせることはできねえよ。
『まあ、娘と従妹だからな。』
『そうだよ。二人とも可愛いしさぁ。』
『そうそう、可愛い二人には危ないことはさせられないよね。』
『うん、二人は可愛いからな!』
『ホント、可愛いよねぇ、倒錯した世界に行っちゃう?』
行かねえよ。クズナハラ、いい加減にしろよ?
『ウソウソ、でもテルナドみたいに、あの二人もお婿さんと一緒になるのかぁ。』
そういうことを、今、このタイミングで言う?なんでもないことで殺意が湧き上がるから、そういうことを言うなよ。
『そんなことより、今は三人だけだ、変態女の方はガーデンについて何か知ってるんじゃないのか?』
そうか、聞いといたほうが良いな。
…
『どうした?』
いや、この女、なんて名前だったっけ?
『…』
黙り込むなよ。お前も憶えてねえの?
『この女はジェニクシェンだ。階級は少尉、お前は本当に人の名前を憶えないな。』
そう言うなよ。俺って、基本、俺に酷いことした奴の名前しか憶えらんねぇんだよな。
「ジェニクシェン少尉。」
俺の呼び掛けに女が走りながら「はい!」と応える。
「ガーデンのことを教えてください。」
女が荒い息と共に途切れ途切れに言葉をつづる。
「ハッハッ一言で、んっく、言ってしまえば、ハッハッ魔石のハッ、製造所、でっす。」
魔石の?
霊子結晶、霊子金属の製造所だと?
『馬鹿な。有り得ん。』
『俺達でも不明だった元素の解析に成功したってことなの?』
『まさか!』
『オイオイ!先越されてんじゃねぇか!!』
『まっさかぁ。』
魔石とは魔獣から採取することのできる結晶だ。
生体に発生する霊子回路が微弱な生体電気を八十年以上受け続けて結晶化する。
この世界の人間達は、生体内にある状態で魔石と呼び、生体から採取すると霊子結晶と呼び変える。そして、その結晶の形を加工することで霊子金属と名称が変わる。
俺達は生体霊子回路を作製することができる。だが、霊子結晶を、直接、作り出すことはできない。
解析できない、未発見の元素が含まれているからだ。解析できなくともその元素が存在すれば、部品として組み込むことができる。だが、その不明元素その物が周囲に存在しない。
俺達はその不明元素を、便宜上、霊子元素と呼んでいる。
ただ、その霊子元素は三種類存在しており、俺達はその三種類をアルファ、ベータ、シータと名付けた。
その霊子結晶を作り出す技術が存在する。
『ジェニクシェンの言っていることが本当なら、ゆゆしき事態だ。竜騎士の技術流出は大問題だぞ。』
造れる訳がないと言ったのはお前だぞ。
『霊子結晶が作れるとは想定外だ。』
自然と足の回転が上がる。
幾つかの角を曲がって、階段を上がる。
巨大な鉄扉の前に立つ衛士に緊急事態を告げて、大佐の権限で中に飛び込む。
広大な、巨大なドームだった。
ガラス張りの威容を誇るドーム。
ガラスの素材がアルミナガラスだ。
『クルタスか…』
この世界のガラスは高級品だ。アルミナガラスはトガナキノ独特の技術、いや、俺達の特殊な技術だ。
ガラスの向こうには月光に照らされた帝城の塔が見える。
帝城の塔に囲まれながらも光を存分に取り入れるために高い位置に造営された庭だ。
足元には紫色の竜胆のような花が広がっている。
静寂の中にあって紫の花が月光を浴びて怪しく光る。
「この花は…?」
俺の問い掛けに少女の声でパクデルが呟く。
「クドラデレンゲです。」
クドラ…
聞いたことがある…
『キドラが言っていた、魔石の成分を含む高山植物だ。』
俺達の眼前を石畳の道が伸びる。
その両サイドを紫の花が埋め尽くしている。ドームの壁際まで一色に染め上げている。
この空間を満たすマイクロマシンを一気に俺の支配下に治める。
俺は、突然、走り出す。
「あっ!大佐!!」
女が悲鳴にも似た声を上げる。
再び、目の前に鉄扉が現れる。
引き戸となった分厚い鉄扉だ。
躊躇なく分解消去する。
いた。
マイクロマシンでも判別することのできない獣。
通常とは違う体色。
形状は同じなのにその体色だけが違う。
俺も一度しか見たことの無い獣だ。
そいつらは、恐竜型魔獣と一緒に行動していた。
そいつらは黒かった。
Gナンバーの分体だった。
漆黒の龍。
四頭の龍が鎖に繋がれていた。
龍にとっては、いつでも引き千切ることのできる鎖だ。
なのに、大人しく繋がれている。
そして、俺は、その龍の前で、佇む男を睨み付ける。
背中を向けた男が龍に向かって右手を挙げる。
四頭の龍が、その男に阿るようにして頭を下げる。
男が黒龍の鼻面を優しく撫でると、撫でられた龍は、遠雷のような音を喉から響かせている。
飼われている。
龍が人間に飼われているのだ。
背の低い男だった。
小太りの男だった。
俺はこの男の背中を知らない。見たことがない。
この男は、俺と出会う時、いつも真正面にいる。
男が振り返る。
白人のくせに浅黒い肌が異様に目立つ男。
その男が俺の顔を見て唇を歪ませる。
まばらな無精ひげがサボテンを連想させる。
皺の中に埋もれたような笑顔。
「来やしたね…旦那…」
知っている。
知っているが、俺の知らない男だ。
俺の知っているアイツは、卑しい表情を浮かべる商人だった。貴重な情報を取り扱い、世界中を飛び回る男だ。
その男が、俺の見たことの無い、太々しい笑みを浮かべている。
「キドラっ!!」
俺は自分の正体がバレることにも関わらず、その男の名を叫んでいた。
本日の投稿は、体調不良のため、ここまでとさせて頂きます。お読みくださいまして誠にありがとうございました。




