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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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俺の記憶が死んでいく事実はブローニュに殺されそうになったこととは関係ない

活動報告にトガリの設定、登場人物紹介を投稿しました。ご興味のある方はご一読ください。トガリ、月トガリのネタバレも含みます。

「まあ、こんな仕事をしてなくっても、いつかは死ぬ。それがいつか分からないんだ。言えるんだから、言っとくことに越したことはないさ。」


 カナデラが違和感のないように話を続けている。その言葉を、俺は無意識領域で聞いていた。

 周りに立つ副幹人格たちを見回す。

 俺の記憶が消えてきている。

「そうだな。」

 イズモリが、座る俺の肩に手を置く。

「マサト、お前の記憶だけが薄れていってるんだ。」

 俺は顔を上げる。

 俺の記憶だけが?

 俺の言葉にイズモリが頷く。

「俺達の記憶が薄まれば、元素の配列や、物質の構成などを憶えていられない。」

 イチイハラが俺の前に立つ。

「マサトは俺達と違って特別だからね。」

 俺が特別?

「そうだ。お前は俺達の持たない物を持ってる。」

 俺だけが持ってる?

 俺の言葉にイズモリが頷く。

「お前はトガリの表層人格で、トガリの肉体を持ってる。」

 …

「俺達は肉体を持たないから、量子情報体の保存する記憶に影響が及ばない。」

「そうなんだよね。マサトはトガリの肉体を持ってるから…」

 タナハラが俺の前にしゃがむ。

「キミマロやトガリと混じったこととも関係してると思うぞ。」

 確かに人格が混じれば影響を受けるだろうが、記憶が混じることがあっても記憶が消えていくなんてことが…

「トガリにマサトの記憶はない。」

 ハッキリと断言する口調。それは事実だからだ。

「正確に言うと、トガリの肉体にはマサトの記憶が刻まれていないということだ。」

 ストンとイズモリの言葉が俺の胸に落ちてくる。

 たった十年だが、それでも、トガリはトガリの人生を生きてきた。

 その人生に俺の影はない。

 脳に、トガリの脳には俺の記憶はない。俺が四十五年間過ごしてきた現代日本の記憶があるはずがない。

「量子情報体は人の精神体を模した波状マイクロマシンだ。人の肉体が発する信号に敏感に反応する。肉体からの影響を受けやすい。」

 それが、俺の記憶が消えていく原因か?

 俺の言葉にイズモリが頷く。


「そうだな。無事に帰れたら、娘と息子を抱締めて、嫁さんの尻でも撫でるか。」


 ドルアジの言葉が虚しく聞こえる。

 俺の精神体、心は憶えていた。

 現代日本にいた家族のことを。

 しかしトガリの脳は憶えていない。いや、知らないのだ。

 トガリの肉体に集合して、家族の顔も声も思い出せなくなっていた。

 そして、その存在さえも忘れていく。


「いいですね。二人はそんなことを考えられる相手がいて。」


 カルザン、そんな大事な存在もいつかは消えていくんだ…


「お前だったら選り取り見取りだろ?」


 選んだ女が俺の中から消えていく…


「そうですぜ?カルザン様だったら言い寄られ放題でしょう?」


 カナデラとドルアジの言葉にカルザンが首を振る。


「どうも、私は、ナヨッとしているせいか、女性が避けるのです。」


 俺は無意識領域で三人の言葉を聞きながら、自分の心が平静なことに驚いていた。

「マサト。」

 俺は顔を上げる。

「表層意識に戻ってみろ。」

 何故?

「心が軽くなる。」

 どうして?

「トガリの肉体に影響されて、現代日本に対するウェイトが軽くなるからだ。」

 これ以上、軽くしなきゃならない物なのか?

「いいや。軽くする必要はない。だが、トガナキノの家族も大事にしなきゃならない物だろう?」

 …

 捨てろということか。

「選択肢はない。帰る手立てがないんだからな。」

 零したくはない。

「その気持ちは理解できる。」

 わかる?

「俺達にも家族はいた筈だ。だが、今となってはその記憶がない。俺達に残されたモノは知識だけだ。」

 そうだった。

 お前達はその専門的な知識だけで構成された集合人格だったな。

「感情面などの心はお前に統合されたからな。」


「まさかあああ。ウッソだああ。」


 カナデラが大きな声でカルザンの言葉を否定していた。


「カルザン様、相手が下々のもんだからって、いい加減なことを言っちゃアいけませんぜ?」


 三人が楽しそうに言葉を交わしている。

 俺は立ち上がる。

 戻るよ。

「そうしろ。」

 カナデラ。

『大丈夫かい?』

 ああ、心配をかけた、戻るよ。


「ほ、本当です!私が話し掛けると、皆、汚いものから遠ざかるようにそそくさと逃げて行くんですよ!」

 カルザンの言葉に俺は相手が照れてるだけだろうと確信をもって頷く。

「以前、ダルンガル王国の姫様とお話したことがあるんですが、彼女の言うには、私と一緒にいたくない、私と一緒にいると、自分が醜く思えてしまうと言っていたんです。」

「ああ~。」

 不思議と、俺は自然に二人の会話に混ざることができた。

 平静だ。

 そのことに驚きを感じるが、感じるだけで、本当に驚いている訳じゃない。

「ほうほう。なるほど。」

 今も、現代日本に残してきた家族のことよりも、カルザン以上に女っぽい女はいないからな、と、いうようなことを考えている。

『女じゃないがな。』

 お前らは良いタイミングでまぜっかえすよ。

 俺の通信機が鳴る。

『終わったで。』

 ブローニュの言葉を聞いて、俺はエンジンを再スタートさせる。アームが駆動音を鳴らして、バギーを下す。窓を元通りに透明にしてサッパリとしたブローニュと対面する。

 雨はまだ激しい音を立てて降っている。

 バギーにはドアがない。本来はガラスもはまっていないのだが、それでは上空での気圧調節ができない。だから、このバギーにはガラスがはまっている。そのガラスを下げてやるとブローニュが「よっ。」と掛け声を上げながら足から器用に入って来る。

「香水やろうか?」

 俺の一言にブローニュの動きが止まる。俺は、まだ濡れているブローニュから水分を分解してやる。

「な、なんでやのん?」

「いや、体臭を気にしてるんだろ?」

 ブローニュの顔が赤くなる。

「な、な、な、なんでやのん!なんでそんなこと言うのん!」

「いや、俺の嫁さんって獣人だろ?体毛が多い分アポクリン腺が多いんだよな。だから、しょっちゅう風呂に入って毛を剃ったりしてんだよ。」

「そ、そんなこと言うてんのとちゃうわ!!なんで!ここで!今のタイミングで言うのん!!」

「魔狩りだから。」

「はあ?!」

「魔獣の感覚器官は鋭敏だからな。体臭の強さは、そのまま死に直結する。香水なんて付けようものなら論外だ。」

「…」

「ブローニュ、お前の死が全員に繋がる。お前が道連れにするんだ。」

「…」

「このまま黙っていたらお前は香水をつける。石鹸の臭いをプンプンさせながらな。ピクニックじゃないんだ。男の目を気にして、身なりに気を取られてたら、それで死ぬぞ。」

「…」

 ブローニュが下を向いて黙り込む。

 ブローニュの体臭がきついってのは悪くない。そのことを責めてる訳じゃない。ブローニュが体臭のきつさを隠そうとしていたことを責めているのだ。

 全員がパーティーの短所と長所を把握する必要がある。そうでなくてはパーティーが全滅する。

『まあ、俺達がいるからそんなことにはならんがな。』

 そう、俺達がいれば問題ない。でも必ず俺達がいるとは限らない。今後は。

 俺達のいないパーティーも組まなければいけない。将来的にはそうなっていく。

 ユニオンは、あくまでユニオンだ。会社じゃない。独立した魔狩り個人が加入し、その加入者に仕事を斡旋し、必要な道具を有償貸与するのだ。

 魔狩りは個人事業主であり、全てが自己責任で完結する。だから、ぬるい考えで魔獣を狩りには行けない。

「そ、それでも…」

 ブローニュが顔を上げる。

 涙目だ。

「なんで!あんたが言うんやああああああ!!!」

 後部座席からシート越しに、ブローニュが俺の首を絞めてくる。

「ば!バカ!俺がこのパーティーのッグ!オフッ!リ!リーダーッグッく!だからだろうっが!」

 手に思いっきり力を込めてやがる!やめろ!死ぬから!死ぬじゃねえか!

「そんなん関係あるかアアアア!あたしがあんたのこと好きやって知ってるくせに!知ってるくせにイイイイ!!」

「や、やめ…ゴエッ!」

 首を絞めたまま持ち上げようとするな!絞るな!絞るなぁぁ!

「あんたを殺して!あたしも死んだる!」

 俺はブローニュの腕をタップするが、その力は一向に緩まない。

 カルザンとドルアジは呆気にとられてる。おい!殺人の目撃者になるつもりか?止めろよ!止めろ!

 左手でカルザンの膝を叩く。

「あ!」

 カルザンが正気に戻って、ブローニュの腕を掴む。

「だ、ダメですよ!ブローニュさん!ホントに死んじゃいます!陛下が死にます!!」

「かまへん!あたしも死んだる!!」

 お前も死ぬから俺を殺しても良いって理屈はおかしいだろ!!

「だ、ダメです!陛下はあなたの体臭のことが嫌いなんて言ってません!陛下にとってはご褒美なんですよ!」

 なにイイイイ?!

 ブローニュの動きが止まる。

「ご、ご褒美…?」

 カルザンが激しく頷く。

「考えてもみてください。陛下は奥さんの体臭がきついことを承知の上で結婚してるんですよ。つまり、体臭のキツイ女性のことが好きなんですよ!」

 そんなこと言ってない!一言も言ってない!

「え、じゃあ…」

 ブローニュの手から力が抜けていく。

「そうです!陛下は遠回しにあなたのことが好きだと告白したんですよ!」

「ゲハッゴウッフ!」

 くそ、声が出ねえ!

「でも…傷付いたわ…」

 ブローニュが俯きながら手を頬に当てる。

「男性特有の照れ隠しですよ。叱ったように見せかけて、あなたのことが好きだと告白したんです。」

「コクッガハッガッガっしてオウエッてオフッオフッ!」

 否定したいのに声が出ねえぇエエ!

「もう!ほんなら素直に言うたらエエのに!」

 晴れ晴れとした顔で、ブローニュが、無理矢理、前の座席に割り込んでくる。カルザンが窓ガラスに押し付けられて不細工になってる。

「嗅ぐか?あたしの臭い嗅ぐか?」

 へ、変態だ…

「嗅いでエエで?嗅いだらエエで?」

 へ、変態だ。ヘルザースは娘を変態に育て上げやがった。

 咳き込む俺に体を無理矢理押し付けてきやがる。こいつ、真正の変態だ。マジでヤバイ。

「やっぱり、脇か?脇の臭いがエエか?」

「や、やめろ!変態か貴様は!!」

 やっと声が出た。

「また、またああ。照れ隠しか?かまへんって、もう、照れんでも。」

 ブローニュが満面の笑みを見せるが、その背後でカルザンが済まなさそうに合掌してる。

「ほらほら、嗅いだらエエて。嗅がせたげるやん。」

 無理矢理、女性社員に自分の靴下を嗅がせるオッサンか!こいつはセクハラのオッサンか!

「いいからやめろ!飯の段取りもしなきゃならねえのに!いい加減にしろ!」

 俺の剣幕にブローニュが身を引く。

「なんやのん、好きなくせに。」

「ば…」

「たしかにな、暗くなると魔獣だけじゃねえ、色んな獣が起き出してくるだろうしな。」

 絶妙のタイミングでドルアジが割り込んでくる

「かまへんやん。一食ぐらい抜いたかてどうもないて。」

 ブローニュが俺を股に挟んだまま、上体を起こす。

「ブローニュさん、なんなら陛下の隣はブローニュさんに譲りますよ、私は後ろに乗りますから。」

 カルザンが余計なことを言いながら、狭い車内で体をよじって後ろに回る。

「え?ええの?」

 カルザンがドルアジの隣に座ってニコリと笑う。

「はい。これで、いつでも陛下とイチャイチャできますからね。」

 良い顔で笑ってるが、俺はゴメンこうむりたい。

「そう?じゃあ、ご飯にしよか?」

 こいつも良い顔で笑ってるが、俺は本当にゴメンこうむりたい。

「あいつは馬鹿なんですかい?」

 ドルアジがこそこそとカルザンに耳打ちしてるが、俺の右耳にはシッカリと入って来てる。しばいたろか?

「どうしてです?」

 カルザンが問い質す。ホントだよ、どうして俺が馬鹿なんだよ?

「女に臭いがキツイなんて言う奴がいますかい?あいつ、本当に女に優しいんですかい?」

 カルザンが納得顔で頷く。

「基本的に優しいですよ。ただ、女心を全く理解していないだけで。」

 ドルアジが「なるほど。」と呟いて頷いた。

 カルザンは許すけど、オメエは許されないぞ?

「ほな、ご飯の準備はどうすんの?獲りに行くん?」

 こいつはこいつで、切り替えが早えな。

 ブローニュの言葉に俺は喉を擦りながら頷く。

「ああ、狩るぞ。」

 その一言で全員がバギーから降りだした。

本日の投稿はこの一話だけとなります。お読み頂きありがとうございました。

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