コルナの試練、これって試練なの?
無縫庵の分体に意識を戻し、俺はそのまま、聖天浄土のスタジアムへと瞬間移動する。
「トガリ!」
「もう、パパったら遅いの!」
トンナが胸をモロ出しにして、トクサヤに母乳を飲ませ、ヒャクヤはコーデリアを膝の上で遊ばせていた。
トンナがオッパイを飲ませているので、ヘルザース達は貴賓室にはいない。
「もう始まってるのか?」
ヒャクヤが遅いと言うので、俺は慌てて自分の席に座る。
「ううん、まだなの。でも闘演台の様子が変なの。」
「そうなのよ。なんであんな物があるのか、さっぱりわからないのよね。」
二人の言葉に俺は闘演台の方を覗き込む。
うん。知ってる。
闘演台その物は昨日と変わっていない。その周りの観客席も変わらず国民で一杯だ。ただ、闘演台の中央に設置された物を見たことないから、皆が皆、騒めいている。
闘演台の中央には傾斜角の緩い滑り台が設置されていた。滑り落ちた先には水が張られて…うん、熱湯だ。
俺は思わず頭を掻いた。
カナデラ?かな?説明が必要だ。
『いやぁ、ただ問題を解いていくなんて面白くないじゃない?だからさぁ、ちょっとバラエティーの要素を取り入れた方がいいと思って。』
やっぱりお前の入れ知恵か。ヒャクヤに入れ知恵したのか?
『一応、ヒャクヤとアヌヤの両方にね。後は勝手に動いたんでしょ。』
その割にヒャクヤはアレが何なのかサッパリわかってない感じだぞ?
『そうなんだよねぇ、教えたつもりだったんだけどねぇ?なんで、今更、吃驚してんだろ?』
まったく、そう言えばアヌヤを見てねえな。
「トンナ、アヌヤは?昨日から見てないけど。」
トンナが眉を顰めて肩を揺する。
「アヌヤは結構マジモードなの。」
トンナの代りにヒャクヤがコーデリアと手遊びをしながら、なんでもないように答える。
「マジモードって?殺したりしねぇよな?」
ヒャクヤがコロコロと笑う。
「そ~んなことはしないの。でも、ブローニュにはハンデとして茨木童子を装着させるから、その辺のことを考えて鍛錬してるの。」
「え?茨木童子を付けさせるのか?」
ヒャクヤが何を今更と言った表情で俺の方を見る。
「アヌヤは喧嘩となったら、いっつも真剣なの。自分より強い相手を欲しがってるの。だから、当然のことなの。」
バトルマニアだなぁ。
「じゃあ、トンナと遣り合ったらイイじゃねぇか。普段、トンナと遣ってるのって聞いたことねぇぞ?」
二人が眉を顰めて同時に俺を見る。
「あたし相手じゃねぇ。」
「そうなの、トンナ姉さんは強すぎて面白くないの。だから、変態的喧嘩王のパパともやらないの。」
ああ、そういうことね。互いに全力を出し合える相手が欲しいと。なんだよ。漢らしい奴ばっかりだな。
「プハッ」
トクサヤがトンナのオッパイから口を離す。トンナが世界遺産的なロケットオッパ~イ、うん、相変わらず好い張りをしてる。を、仕舞って、トクサヤの背中を叩いてゲップをさせる。
「ところで、サクヤはそっちで大人しくしてる?」
トンナの言葉に俺はやっぱり知ってるよな。と、いう表情を隠さずに「ああ、やっぱり、お前の娘だよ。」と答える。
「じゃあ、トガリの言うこと聞いて大人しくしてるんだね。良かった。」
うん?お前が俺の言うことを聞く?大人しくしてる?あれ?
まあ、言ったことは守るよな。俺が何か言う前に無茶苦茶してんだからな。そうか、そうだよな。
「お前ら待たせたなっ!!!」
アラネのアナウンスだ。同時に別室に続くドアがノックされる。
「待たせたね。もう、終わったから入っても大丈夫だよ。」
訪いにトンナが応える。
「失礼いたします。」
と、言いながら、ヘルザース、ズヌークそしてローデルが入室して来る。
「悪かったね。この子のオッパイの時間になっちゃったからね。」
「いえ、お気になさらず。トクサヤ妃殿下のお食事の方が大事でございますから。」
トンナの言葉にヘルザース達が会釈しながら俺達の後ろの席に座る。
「さあ!!残念女子ブローニュ嬢の試練も二日目だ!!今日はコルナ陛下との対戦だアアアア!!」
一気に観客のテンションがマックスに上り詰める。
南北のゲートが輝き、二人が同時に出て来る。
貴賓室のアルミナガラスが音を立てて振動する。
「さあ!昨日とは打って変わって!お二人ともに真剣な表情だアアッ!笑顔の欠片もない!まるでこれから死闘が繰り広げられるような雰囲気ですっ!!」
うん、ブローニュの方はそうなんだろうな。
でもコルナは違う。
ブローニュは昨日と同じデザインで色違いの衣装だ。コルナは豪奢な刺繍の入った平安貴族を彷彿とさせる青い狩衣。でも二人に共通している部分が一か所だけある。
異様なまでにその存在を主張する物だ。
二人の美貌と可愛らしさ全てを台無しにする程にその物体は異様な存在感を放っている。
二人は頭の上に緊急車の赤色灯を括り付けられていた。
コルナは恥ずかしさのあまりに腹を立てているんだろうな。うん。俺もあんな物を頭に付けさせられたら、末代までの恥として怒ると思う。
それでも黙ってコルナが滑り台の階段を上る。
大したもんだ。堂々としてる。
滑り台の頂上に二人が立つ。
「今回の試練は頭で勝負!!お二人にはトガナキノの一般常識問題を出題いたします!回答方法は口頭による早押し問題!!お二人の滑り台の手摺にはボタンが設置されておりますので、答えがわかった方はそのボタンを押してください!!」
シッカリと手摺を握ろうにも指一本はボタンを押すために力を入れられない状態か、中々、きつそうだな。
二人が滑り台の頂上で両足を投げ出して座り、滑り台の手摺に取付けられた解答ボタンを確認してから、その手摺を握る。
コルナが不憫に見える。
「トガリ、スッゴイ嬉しそうね?」
「ホント、スッゴイ嬉しそうなの。」
「え?そう?そんなことないよ?」
とにかく、普段から真面目なことしか言わないコルナが可哀想だと思いながらも笑えてくる。自然と頬が緩んでくるのは致し方ないことだ。うん、ホント、ホントに可哀想には思ってるよ?
「そして!ただ問題に答えるだけでは試練にはなりません!!お二人の座る滑り台!この滑り台は答えを間違える度に傾斜角度が徐々にきつくなり!最終的には九十五度まで上がります!!下には熱湯が用意されておりますのでお二人には落ちないように頑張って頂きたいものです!!」
まんまバラエティーのクイズ番組だ。
「さあ!それでは后候補第二試練の開幕です!!」
バックグラウンドミュージックもクイズ番組っぽいものが採用されている。そのBGMが流れると、歓声を上げている観客が息を呑んで静かになる。
「第一問!!」
アラネが問題を読むのね。
「次の計算を答えよ!!」
あれ?一般常識問題じゃなかったの?
トンナとヒャクヤが前のめりになって大型モニターを見詰める。やる気満々だな。
「三足す四足す括弧六引く四括弧閉じる掛ける八は?」
大型モニターに数式が映し出される。
電子音が鳴り響きブローニュの頭の赤色灯が点灯する。人間パトカーだな、ありゃ。
「ブローニュさん!!」
「三十四!!」
うん。これは俺の隣にいるトンナの回答ね。
「七十二!!」
これはヒャクヤ。
トンナの回答は何故そうなったのかは不明だが、ヒャクヤは括弧も掛け算も無視して左から計算していったのね。
「二十三!!」
で、これがブローニュの解答。
一瞬、スタジアムが静まり返る。
俺の両隣りに座っている女二人は額に汗を浮かべながら真剣な眼差しで、その正答を待ち構えている。
「正解でエエエエエっす!!」
ファンファーレが鳴り響き。ブローニュが安堵と共に笑顔を洩らす。
トンナが舌打ちしながら「外れたか…」と呟く。この姉ちゃん、勘で答えてる?
「むう、惜しかったの…」
ヒャクヤが口をへの字に曲げるが、惜しくもなんともないからね?根本的に計算方法が間違ってるからね?
ヘルザース達は二人の回答にドン引き状態だ。
「それではコルナ王妃陛下の滑り台の角度が上がりまアアアアアアっす!!」
アラネの声が若干、喜びを含んでいるように感じたが、気のせいですよね?
少しばかり滑り台の傾斜角が上がって、コルナの眉が顰められる。その表情が大型モニターに映し出され、観客が盛り上がる。
その観客に向かってコルナがニッコリと笑い掛ける。
「おおおおっと!!コルナ陛下!余裕か?!それとも強がりの笑みか?!」
アラネは知らないかもしれないが、多分、余裕の笑みだろう。コルナとテルナドはオウルノイド、梟人だ。骨の大部分が中空になっており、体重が極端に軽い、その割に飛翔するための筋肉が発達しているので、この勝負はコルナに分がある。
次々と計算問題が出題され、答えるのはブローニュばかりだ。
その度にコルナの滑り台が高く持ち上げられ、コルナの座っている場所が前へと迫り出してくる。
「コ、コルナ陛下の滑り台がもう、直角に近くなっております!」
七十五度ぐらいの傾斜だな。
「コルナ、余裕だね。」
「オウルノイド相手にこの勝負は無理があるの。」
しかし、何故かコルナは答えない。余裕が伺えるのになぜ答えないのか。
「でも、コルナって案外馬鹿なんだね。」
トンナ、お前はさっきから一問も正解してないぞ?
「ホントなの、コルナって普段賢そうな振りをしてるだけなの。」
ヒャクヤ、お前も一問も正解してないぞ。
「さあ!次の問題です!!」
もう終盤に差し掛かっているだろうにコルナの奴、一問も答えないつもりなのか?
「五掛ける八足す四引く六掛ける三は?!」
あ?
ブローニュが電子音を鳴り響かせながら頭の上の赤色灯を回転させる。
「ブローニュ嬢!それでは解答をどうぞ!!」
ブローニュがチラリとコルナを見上げ、自信満々の表情を浮かべる。
「三十四!!」
強く空気の抜けるような電子音。不正解の合図だ。
「え?」
ブローニュが驚き、アラネが「残念!不正解!!」と叫ぶ。
ピンポーンッ
解答権を報せる電子音がブローニュの頭上で鳴り響く。
「え?」
ブローニュが驚きの表情のままコルナを見上げる。
太陽に翳されたコルナの頭上で赤色灯が回転していた。
「コルナ陛下!解答をどうぞ!!」
コルナの口元が綻ぶ。
「二十六だ。」
正解を報せる電子音。
観客が一斉に湧き上がる。
「クソッ!!せ、せエエエエエエいかッアアアアアアい!!」
アラネが叫び上げる。なんだ?クソッて言ったよな?
「え?ええ?」
ブローニュが大画面モニターに映し出された数式を見上げ、自分の計算が間違っていないかと暗算する。
そう、モニターに映し出されている数式ならブローニュの解答が正解で、コルナの解答が不正解となる。
ブローニュの滑り台が徐々に傾きをキツクする。
「ちょ、ちょっと待って!待って待って!おうてるやん!あたしの答え!おうてるって!!」
両手で踏ん張りながら必死に訴え掛けるが、聞き入れてもらえない。
「お分かりになっていない方も多いと思いますので、ご説明いたします!!私の出した問題は五掛ける八足す四引く六掛ける三であって、今!モニターに映し出されているのは只の数式です!つまり!モニターに映し出されている数式は問題とはなんの関係もない数式なのです!!」
観客がどよめき、ブローニュが愕然とした表情でアナウンス室を見上げている。
コルナが黙って見ていたのはこういうことか。
そう言えば、アラネはコルナと出会った時からの因縁がある。その関係は今も継続中だ。一度、拗れた関係はそのままずっと拗れることが多い。だから、コルナはどこかに罠があると踏んでジッと黙って見ていたのだ。恐らくアラネのことだ、コルナが音声の問題に対応した解答を先に言ったら、その解答を不正解にしてモニターに映し出されている方を正解にしてしまうだろう。流石はコルナ、本当の敵を見抜いている。
そこからは一進一退だった。
コルナはブローニュが間違えない限り答えず、滑り台の傾斜がキツクなっていくのに任せ、ブローニュは、混乱した状態を引き摺ったまま誤答を繰り返した。
すでにコルナの滑り台の傾斜は九十度を超え、現在の傾斜角度は九十三度だ。それに対してブローニュの傾斜角度は七十四度で、こちらはこちらで普通の女性では、手摺のボタンを押すこともできない状態だ。
ブローニュの両腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮き出て小刻みに震えている。それに対してコルナは涼しい顔だ。
うん、オウルノイド恐るべし。
「さあ!!最後の問題です!!落ちないコルナ陛下に対してブローニュ嬢は必死に堪えている状態!ここはなんとしてもブローニュ嬢に頑張ってもらいたいところです!!」
堂々と私情を言い出しやがったな。
ブローニュが歯軋りしながら正面を睨み付ける。
「この問題が終わった時点で滑り台に残っているか!両者共に残っていた場合は!その傾斜角度の緩い方が勝者となります!では!行きますっ!!」
コルナが静かに目を閉じる。対照的にブローニュが目を見開く。
「問題!!三十五引く二十四足す十四掛ける三十五引く括弧二十引く四括弧閉じるの答えをどうぞ!!」
コルナは微動だにしない。
モニターに映し出された数式は二十四引く五掛ける二十三足す括弧三十四引く二十二括弧閉じるだ。
血走った眼を見開き震えながらブローニュが叫ぶ。
「ピンポーンッ!!」
ボタンを押せないから自前の口で電子音を叫びやがった。
「ブローニュ嬢!!答えをどうぞっ!!」
ブローニュの首筋にまで血管が浮かんでいる。歯を食いしばり、口を開こうとするが口を開けない状態だ。
くぐもった声でブローニュが三桁の数字を口にする。
「よ、四百…八十…六っ!!」
スタジアムがシンと静まり返る。
ブローニュが正面を睨み据える。
コルナは目を瞑ったままままだ。
「きっと二百三十ぐらいよ。」
トンナが緊張感をぶち破って、自分の計算能力の低さを曝け出す。
「ううん。三百以上六百未満なの。」
ヒャクヤ、その回答は計算問題の回答とは言わない。
スタジアムに不正解の電子音が鳴り響く。
ブローニュがキツク瞼を閉じる。同時に音を立ててブローニュの握る手摺が砕ける。
「あ…」
ブローニュが勢いよく滑り落ちる。
コルナが目を開き、フワリと体を浮き上がらせ、滑空するようにオーバーハングとなった滑り台を走る。
隣の滑り台へと跳び移り、ブローニュの腕を取り、そのままブローニュを抱え上げ、滑り台を蹴って空中を飛ぶ。
コルナは熱湯風呂を越えて闘演台の床に降り立った。
コルナの頭上で誇らしげに回転する赤色灯が目を引く。
「アラネの言った問題の答えは四百八十五、モニターの問題の答えはマイナス七十九だ。」
コルナは静かにブローニュを闘演台に下ろし、静かにアラネの座るアナウンサー席に目を向ける。
「アラネ、心して答えろ。この数々の問題のどこがトガナキノの一般常識問題なのだ?下らぬ引っ掻けに、どちらを答えても不正解にできる問題形式、貴様は私情を絡めて、この后候補試練を侮辱しているのか?もし、そうであるのならば貴様が元王族であっても私は処罰の対象として告発するが?貴様はそれなりの覚悟を持って、この問題を作成しているのだろうな?」
回転している赤色灯を止めてから言ってくれる?
あ、止めた。
イヤ、真剣な表情でアラネを脅しててもそのパトライトが全てを台無しにしてるからね。
コルナが頭上の赤色灯を外して、床に放り投げる。
硬質プラスチックの割れる音が響き渡る程にスタジアムは静まり返っている。
「他意はない。」
静寂を打ち破ったのは俺だ。
コルナが俺の方を見上げる。
隣に座っているトンナとヒャクヤも俺の方へと顔を向ける。
「現トガナキノ国民であれば容易く答えることのできる数式であると判断した。つまり、トガナキノの一般常識として解ける問題だ。」
俺の両隣りに座っている姉ちゃん二人は一般常識が通用しないので、非該当ですが。
「また、モニターと音声出題の数式の違いは、咄嗟の判断力と二つの数式を同時に計算できる能力を有していると判断したためだ。」
コルナが目を伏せる。
「あと、この試練は‘今日の王室’で放送される物だ。エンターティナー性を盛り込まなければコルナの試練だけが不評となる。そういった事態を避けるための出題形式だ。」
コルナが鼻を鳴らして、視線を俺へと上げる。
「この出題形式は旦那様の意図なさることだと?」
「そうだ。決して后候補試練を侮辱している訳ではない。この後の問題形式も似たような展開となるので、心しておけ。」
コルナが口角を上げる。
「承知した。」
その一言を残してコルナが北のゲートへと向かう。
「アナウンサー、盛り上げ方が足らんぞ。」
俺の言葉を受け、アラネが喋りだす。
「し、失礼いたしました!コルナ陛下のあまりの剣幕に一瞬、気圧されてしまいました!それでは、コルナ陛下からの第二の試練を準備いたしますので、一旦、休憩に入りたいと思います!皆さんも今の内にお手洗いを済ませて次の試練に備えてください!!」
騒めきながら観客がポツリポツリと立ち上がる。
貴賓室のドアからノックの音が響く。
「どなたですかな?」
ズヌークが立ち上がりながら、ドアの前に立つ人物に誰何する。
「私だ。」
コルナだ。
ズヌークがドアを開け、頭を下げる。
コルナが堂々と貴賓室に入って来る。
「コルナぁ。あんたちょっとシャレがわかんな過ぎって言うか、空気読めなさ過ぎじゃない?」
トンナがトクサヤを抱き直しながらコルナに向き直る。それに対してコルナが鼻を鳴らす。
「フンッ、アラネの性根が気に入らんのだ。」
「にしたって、皆白けてるの。」
ヒャクヤも冷めた目付きでコルナを見詰める。コイツが提案した筈の滑り台が原因なのにケロッとしてやがる。コイツの腹黒さと言うか、図太さと言うかは相変わらずだな。
『いや、ただ単に憶えてないだけでしょ。』
そっか、そうだよな。滑り台を見て「様子が変なの。」って言ってたしな。
向き直った俺の膝にコルナが座る。
「コルナ陛下、椅子を用意いたします故、国王陛下のお膝にお座りになるのはおよしくだされ。」
ローデルが苦渋に満ちた表情で立ち上がる。
「そう申すな。私は、今、無性に陛下に甘えたいのだ。」
そう言いながら、コルナが俺の首に腕を回す。
「旦那様。アラネを庇ったのは何か意図があってのことなのか?あの女を后に向かえるのならば、ブローニュの試練の後、続けて、あの女と闘ってやるぞ?無論…」
コルナの瞳から光が消え、首に回された手が俺の顎を擦る。うん、このまま顎を捻られたら俺の頸椎が折れるな。
「本気で闘ってやるがな?」
割かしゾッとした。
「いや、そんな気は毛頭ないです。」
コルナの口元が緩む。
「良かったああ。あたしもアラネちゃんが后になったら怖いもん。」
「そうなの。しょっちゅう怒られそうで嫌なの。」
アラネ、嫌われてるなぁ。まあ、小っちゃい頃から口のたつ子だったからなぁ、獣人との相性は最悪だったからなぁ。
再び、ドアから訪いを告げるノックの音が響く。
「どなたですか?」
再びズヌークが誰何し、ドアの前に立つ。
「アラネです。サトラ・アラネ・ヤートです。」
ズヌークが緊張の面持ちで俺の方を見る。コルナが俺の膝から下りようとするのを俺が腕に力を込めて留める。
「だ、旦那様…?」
俺が軽く頷くとズヌークがドアに向き直り、「どうぞ。」と言ってドアを開ける。
「トガ…」
しおらし気に入って来たアラネだが、貴賓室の風景を見た途端に言葉が止まり、見る見る内に表情が冷徹なものに変化する。
「あんたって、ホントに昔っから変わんないわね。」
膝の上にコルナを載せてるのがお気に召さないようだ。
「え?なにが?」
イラつきを隠そうともせず、アラネが歯を剥いて鼻を鳴らす。
「フンッ自分では気付いていないってのが、余計にムカつくのよ。」
「え?だから、なにが?」
アラネが肩を落として「まあ、いいわ。」と俯く。
「とにかく、さっきはありがとう。あんたのお蔭で助かったのは事実だしね。」
「ああ、別に良いよ。コルナがマジでブチギレたりしたら、人気が落ちちまって、仕事に影響が出るかもしれねえからな。」
俺の言葉にコルナが「だ、旦那様…」と呟き、アラネの片眉がピクリと跳ね上がる。
「そ、そうね。コルナさんは外事警察の総監だからね。下の者の人気は大事だわ…」
「そうそう、まあ、いざとなったら総監なんて辞めて、俺の傍にいてくれりゃ問題ねぇんだけど、コルナは仕事するって言うんでね。」
アラネが顎を軽く上げて、俺を上から見下ろすようにして睨む。
「そうなの?コルナさんが仕事を止めちゃっても別に困らないんだ?」
「うん。困らないよ?どっちかと言うと止めてくれた方が俺的には嬉しいんだけどね。」
「そう。そうよね、アンタが困るようなことって特にないわよね。なんたって王様なんだから。」
俺とアラネの会話にヘルザース達はビクビクだが、トンナ達、嫁さん連中は慣れたもんだ。俺が子供の頃に散々遣り合った遣り取りだからね。
「トガリが困るって言ったら昔のことをほじくり返されるのが一番困ってるよね。」
ウグッ
ト、トンナ、アラネに材料を渡すな。
「そうなの。なんでか知らないけど、パパはいっつも、昔の話になると黙っちゃうの。」
お、お前は、なんでわかんねぇのか俺が聞きたいよ。シッカリ、キッチリ問い詰めたいよ。
「フンッやっぱりそうなのね。」
アラネが確信を持っちまった。
『アラネのヘイトを稼ぎたかったんだろ?なら、これでいいと思うが?』
そりゃそうなんだけどね。でも確信を持たれたら、今後、益々言い触らされるじゃねぇか。
『今更だろう?ヒャクヤの試練の時に散々、言われてたじゃないか。』
ま、まあ、たしかに…
「じゃあ、お邪魔様、折角、イチャイチャしてるところに邪魔して悪かったわね。」
アラネが捨て台詞を残してドアを乱暴に閉めて出て行く。
「旦那様、良かったのか?」
コルナが不安気な表情で俺の顔を見る。
「良いよ。アラネの感情が俺に向いてりゃ、次の試練で余計な感情を持ち込んでこねえだろ?」
「ええ?そうだったの?」
トンナが真剣に驚いてる。この姉ちゃん、微妙に勘が良かったりするのにホント馬鹿なんだよな。
「アラネちゃんは執念深いの。超ヤキモチキングダムの嫉妬クイーンなの。」
その点、ヒャクヤはこういったことには聡い、馬鹿だけど。
「旦那様、良かったのか?私はアラネに恨まれるのは一向に構わんのだが。」
俺の膝の上でコルナが心配気な表情で見詰めてくる。
「良いよ。怒ったり、憎んだりしている間は、俺に関心があるってことだ。いつかは裏返るさ。」
自分で言っておきながら、ハタと気付く。
あの皇帝もそうだったのか…
『どういうことだ?』
あの皇帝も何森源也のことが好きだったのか?
『成程、その感情が裏返ってあれほどまでに何森源也を憎んでいると?』
『だろうね。』
クシナハラ…
『人間の感情って簡単に裏返るからね。そう考えれば、かなり好きだったんだろうね。』
アラネに恨まれるのも、そこそこにしとかないと、ヤバいかもしれねえな。
『だな。』
「では、私はそろそろ行く。」
コルナが俺の膝から下りる。
「で、コルナから見たブローニュはどんな感じなんだ?」
コルナが背中を向けたまま、中空を見上げて考える。
振り返ってコルナが微笑む。
「私が后の資格云々を言うのは烏滸がましいが、あの子は素直だと思える。良い子だよ。」
コルナは、俺に、自分には后の資格はないと言っていた。でも、俺のために新たな后を見定めようとしている。だから、俺は笑ってコルナを送り出した。
コルナが出て行った後、トンナがポツリと漏らす。
「なんだ、コルナの試練はもう合格したようなもんじゃない。」
ヒャクヤがその言葉を受けてさらに呟く。
「トンナ姉さんと同じ変態だけど、皆、ブローニュは合格だと思ってるの。」
「ちょっと、誰が変態だって?」
「だって、パパの使ってる物を勝手にコレクションしてるなんて変態なの。」
「お前、トガリの使ってる物に愛着って言うか、こう、興奮する的な物を感じないのかい?」
「感じる訳ないの。パパが、いっつも傍に居るのに、なんで、パパの物を欲しくなるのか意味不明なの。」
「お前はトガリに対する愛情が薄いんだよ。」
「そんな訳ないの。ウチはいっつもパパのためにエッチなことしてあげてるの。恥ずかしくってもいっつも我慢して、パパの言うとおりにしてるの。」
「なんだいそれ?トガリがお前に何を要求してるってんだい?」
「それは、パパとウチの二人だけの秘密なの。」
「いいじゃないか。ちょっと教えなよ。」
「ダ~メっなの。」
うん、勘弁して。
「お前ら、いい加減黙れ。ヘルザース達の前で恥ずかしい。」
「なんで?恥ずかしがることないじゃない。ヘルザース達だって奥さんや側室相手にしてることよ?ね?ヘルザース。」
「はあっ?!」
ほら、ヘルザース達も顔を真赤にさせて驚いてるじゃねぇか。もう、やめろよぉ。
「いいからやめろ。もう、普通はこんなに赤裸々に話すことじゃねえんだからよぉ。」
「そう?」
「そうだよ。」
「パパは恥ずかしがり屋大王なの。」
「普通はそうなんだよ。」
「ふ~ん。」
俺が変わってる的な目で見るなよ、ホントにもう。




