帝都動乱
ゆっくりと近付いて来る。
キャットノイドが、背中を丸めて、俺の前後を塞ぐようにして、ゆっくりと近付いて来る。
まずは、俺の魔法の程度を確かめるだろうな。
風切り音。
口元を僅かに動かして呪言詠唱の振りをする。
俺の周囲で強い風が巻き起こる。
小さな金属音と共に、石畳の上を針が転がる。
吹き針だ。
首にはまった鉄環が絞まり出す。
俺がレジストすれば、俺の魔法使いとしての力量を計ることができる。
レジストしないで絞まるに任せる。
総頚動脈と静脈、そして、頸椎をカルビンで強化し、首元に穴を開けて空気を肺に送り込む。
他人が見ればその異様なシルエットに驚くだろう。
首の一か所が、極端に括れたシルエットだ。
獣人の足が止まる。
異様な光景で足が止まったのではない。危険だと感じたのだ。
鎖に繋いでしまったために電撃は効果が薄い。
鎖は地中から伸びている。
電撃を打ってくるようなら、科学知識に乏しい奴が相手だ。
炎か、礫か、振動を使ってくるか、それとも霊子を使って、俺のように相手を圧縮させるか?
石畳が変質する。
そっちできたか。
俺の足が、柔らかくなった石畳の中へと沈んで行く。
鎖に繋がれた足首が沈み、脛が沈んで行く。
こういう継続的な魔法は最低だ。
俺が採点官なら零点だ。
全員で俺の足元を泥へと変質させている。
数人掛かりでできることが、縛鎖と石の変質ってどんだけショボいんだ。
継続的な魔法は、標的に自分の存在を教えることになる。
姿を見せずに魔法を行使しているのに、こういう継続的に霊子を消費する魔法はダメだ。
下水道に隠れた六人の魔法使いを増幅器として使っている奴を俺は見つける。
魔法使いの親玉だ。
帝城の中から俺を見ていた奴だ。
継続的に一つの魔法を使うということは、継続的にマイクロマシンを使役するということだ。
マイクロマシンを辿って、俺は魔法使いを見付けることができた。
相手は気付いていない。術の行使に夢中だ。
分体を作るか。いや、奴の使っているマイクロマシンの命令を書き換えよう。
『どう書き換える?』
標的を書き換える。
『成程な。』
奴は帝城の中だ。石造りの床が、突然、変質し、魔法使いを沈めだす。
驚いてやがる。
原因がわからないと、自分で自分自身を沈めることになる。
俺の方は沈下が止まっている。
焦って霊子を注ぎ込んでやがる。
魔法使いが、腰まで沈んだところで、その沈下が止まる。
やっと気付いたか。
魔法使いが、命令を飛ばす。
マイクロマシンを使った伝達方法だ。
獣人には伝わらない。
ヤートが、笛を吹く。
人間には聞こえない周波数帯だ。だが、獣人には聞こえる。そして、俺の右耳にも。
音無しの笛の音を聞いた獣人たちが、一斉に動き出す。
マイクロマシンで制御してもイイが、今回はわかりやすい方で行く。
『おう!任せとけ!!』
鉄環に拘束された部分だけ、肉体の分子の繋がりを希薄にし、俺は鉄環をすり抜ける。
俺の周囲に火球が出現する。
下水道の魔法使いが、個別に魔法を仕掛けてきたな。
太い鉄環と鎖が、音を立てて石畳に落ちる。
女の子の姿に戻って、緩んだ石畳から足を抜きながら宙を舞う。
俺の足元で、火球がぶつかり合って弾けて消える。
霊子で質量の方向を変換して、地上五メートルを跳ぶ。
突然のことに獣人たちがたたらを踏む。
板を叩くような音、すぐに聞こえる風切り音。
俺は体を捻って質量方向を変換、高速で回転しながら、飛来する矢を掴む。
遅れて同じ音を俺の右耳が捉える。
弓矢を持っているのは三人。
三本の矢を俺は右手に掴み取り、その三本を後方の獣人三人に投げつける。
「チッ!」
俺の放った矢を獣人が弾く。
質量方向を変換して、建物の壁に着地、一歩目から最高速で走る。
五階建ての壁面を一気に走破し、屋根上に跳び出す。
ニヤリと笑う。
漆黒の夜空に浮かぶ少女が悪魔にでも見えたのだろう。
ヤートの男三人が、その表情を引き攣らせる。
「クッ!」
一人のヤートが小太刀に手を掛け、二人は弓矢を構える。
近い。
俺を狙うために庇から弓矢を構えていたのだ。
右足の一振りで弓が圧し折れ、男が、吹き飛び、矢があられもない方向へと飛ぶ。
這い蹲るような姿勢で着地。
もう一人の弓を構えていた男が、標的を見失い、俺はその男の股間をすり抜けながら、その股間を蹴り上げる。
やはり、矢はあられもない方向へと飛ぶ。
小太刀を握った男が、足元の俺に向かって小太刀を突き入れてくる。
伸び上がって小太刀に沿って躱す。
甲高い金属音が鳴り響き、小太刀の切先が瓦を割る。
伸び上がりながら、俺は膝を跳ね上げる。
小さな膝が男の顔面にめり込み、男の顔が跳ね上がる。
血風が男の顔から夜空へと舞い上がる。
弓矢の音。
体を捻って、後ろから飛来する矢を掴み、回転しながらその矢を投げる。
対面の建物にいるヤートだ。残りは二人。小太刀を抜いたヤートが、俺の放った矢を叩き落とす。
マイクロマシンが、ヤート達の体に吸い込まれていく。
魔法使いが、奴らを強化したな。
道路を挟んだ向かいの建物に跳ぶ。
ヤートが弓を引く。
二本の矢が同時に飛ぶ。
回転が強い。矢羽が歪だ。
矢が左右に揺れ、二本の矢が交錯する軌道を描いて俺の体を狙う。
俺は矢に向かって跳んでいる、矢の相対速度が上がっている。
それでも俺は矢を捕まえる。
二本の矢を両手で捉え、二人のヤートがいる屋根に着地しようとした時、弓を捨てたヤートが、小太刀を抜いて、その着地点に滑り込み、一連の動作で小太刀を横薙ぎに払う。
俺は二本の矢じりの返しを使って、その小太刀を挟み込む。
甲高い金属音が鳴り響き、両手に持った矢とヤートの小太刀の間で火花が散る。
ヤートの小太刀を矢で挟み込んだまま、俺は右足を振るう。
身体が宙に浮いていようとも関係ない。
霊子によって質量方向を変えれば、その方向へと落下する。
相手は強化されている、遠慮は必要ない。
右足は男に向かって、腰は上空に向かい、上半身は、男から離れるように落下させる。
小さな膝がヤートの蟀谷にめり込み、男が蹴られるままに吹き飛ぶ。
次の矢が来る。
自由になった二本の矢で飛来する矢を絡め捕る。
「あと、二本。」
矢筒から見えている矢羽は一本だ。だが、このヤートは短い矢を矢筒に隠し持っている、威力は落ちるが、近接していれば問題はない。
俺の言葉に、焦ったヤートが矢を放つ。
絡め捕りながら俺は走る。
近接する。俺の間合いではないが、ヤートの間合いだ。短い矢を放ち、弓を返す。
短い矢を躱す。
ヤートが俺の首に弓の弦を掛けようとするが、俺は弓幹と弦の間をすり抜けるように跳び上がる。
ヤートの頭上を、俺という少女が舞う。
ヤートが、再び、弓を返す。
弓の先端、本弭に刃物の煌きが見える。
下から弓の刃物が跳ね上がる。
両足でその刃物を挟んで、俺は、男の力で更に上へと運ばれる。
ヤートの真上に至る。
ヤートと視線が合う。
ヤートは諦めにも似た表情を浮かべ、俺はそのヤートの顔に踵を打ち落とした。
近接した奴らが、いなくなった。
魔法が来る。
石造りの床に腰まで沈んだ魔法使いの親玉、奴に仕事をさせないように俺は石組みの床を更に変形させて、腰を絞め上げる。
骨盤に皹が入って悲鳴を上げてやがる。もう、集中して魔法は使えまい。
旋風が巻き起こり、俺の体をフワリと浮き上がらせる。
下に屋根はない。
道路の石畳だ。
瓦が飛ぶ。
十数枚の瓦が、俺を目掛けて飛来する。その全てを掴み取り、脇に抱えて魔法からの呪縛を解く。
この程度の魔法なら、人力に劣る。掴んで確保してしまえばそれまでだ。
魔法使いの起こした旋風が消え、俺の体が自由落下を始める。
地上に待つ獣人の数が十人に増えている。
「ハッ!!」
四人の獣人が地を蹴り、俺に向かって剣を振るう。
空中では、身動きできないと思ってるのか?
さっき、壁を走って見せたろうに、学習しねぇ奴らだ。
俺は、武器にはしないと、瓦を放り捨てる。
前に二人、後ろにも二人。
前の一人は、剣を真下から斬り上げ、もう一人は、斜め下から斬り上げている。
後ろの一人は、俺の首を狙って横に薙ぎ、もう一人は、俺の胴体を狙って薙ぎ払っている。
それぞれの振るう剣が、交錯しないように、タイミングと軌道をズラし、且つ、必殺の一撃となっている。
一番早いのは、俺の首を狙っている後ろの剣だ。
俺は、右から首を狙っている剣を左手で摘まむ。
力に逆らわず、俺はその剣を支点に体を回転させる。
真下からの剣が次に早い。
右足の靴底で受けて、俺の右へと流す。
体が側転し、俺の胴体を狙っていた剣が俺の下をすり抜け、俺は回転し続ける。
斜め下からの剣が俺のいない空間を通り抜ける。
摘まんでいた剣を放し、逆さになった状態で俺は笑う。獣人たちは顔を歪めさせる。
さあ、お前達は攻撃を終えた。
空中で滞空してるのは同じだぞ?お前達は空中で動けるか?
俺は獣人たちの力を利用して、空中で側転している。
腕の力だけで獣人たちが剣を返す。
真下から斬り上げた者は真下へと斬り落とす。
横に薙いでいた者はそのままの勢いを殺すことなく、更に回転して、同じ軌道で剣を振る。
上からの剣が早い。
兜割の剣と袈裟斬りの剣だ。
袈裟斬りの剣が僅かに速く、俺はその剣を右手で摘まみ、横になった俺の首へと落とされて来る剣の軌道に交錯するようにずらす。
袈裟斬りの剣で兜割の剣を受ける。
二人の獣人が、振り下ろす剣。
その剣の勢いに任せて、俺は二人の獣人に振り回される。
俺のいた空間を横回転していた二振りの剣が奔る。
「くおっ!」
「なっ!」
剣を振り下ろした二人の獣人が驚嘆の声を上げる。
二人の剣を摘まんだまま、俺は二人の下を通り過ぎ、後ろに回り込む形となった。二人は俺という錘に振り回されて、空中で完全にバランスを崩している。
俺は二人の獣人を足場にして、バランスを崩していない獣人二人に跳ぶ。
その俺の背後から更にもう一人の獣人が跳んで来る。
斬り上げの剣だ。
俺の背後から股間へと向かって剣が奔る。
両膝で挟み込む。
「ぬっ!!」
俺は軽い、軽いが、剣先では重い。
軽いから、斬り上げた剣が、そのまま上に回って振り抜かれる。
重いから、その勢いを止めることができずに、獣人の体も剣の勢いに引っ張られて重心を崩す。
俺の重みに引っ張られた獣人は仰け反るようにして空中で止まった。
俺は、その顔に右手を当てる。
獣人相手に打撃は必要ない。
魔獣と一緒だ。
霊子を吸い取る。
霊子を吸い取った獣人には、そのまま足場になってもらう。右手で体を跳ね上げ、空中に残った獣人に襲い掛かる。
型も何もない。
獣人二人が、剣を振り回す。
その後ろから更に三人の獣人が現れる。
剣を振り回していた二人を押し退けるようにして、同時に体の重心を確保して、俺の前に躍り出る。
たく、学習しろよ。
何度繰り返しても同じだ。
俺は、一番速い剣を摘まみ、その剣を起点に体を回転させながら、他の剣を捌く。
一振り目を凌いでしまえば、獣人たちに返す剣はなくなる。
腕の力だけで振っている剣など怖くもなんともない。
剣を摘まんで、空中で自分の体重と獣人の力を操作して、獣人の背中に乗る。
長い滞空時間の末、俺と獣人たちは地面に落下する。
「グアアアアッ!!」
俺は、小さな手を獣人の背中に潜り込ませ、腰腸肋筋を鷲掴みにした。
獣人の筋肉は柔らかい。極度に緊張していなければ、小さな女の子の手なら簡単に深層にまで潜り込ませることができる。
腰腸肋筋は脊柱の屈曲を行う筋肉だ。
その筋肉を無理矢理に掴まれ、捻じられた状態なのだ。
インナーマッスルが攣った状態だ。
激痛と共に動きが制限される。
獣人は俺の下で喚き散らすことしかできない状態だ。
戦闘不能になった獣人が一人、俺の足元で動けなくなっている獣人が一人、着地した獣人が六人、まったく動かず、その成り行きを見ていた獣人が二人。
前に三人、後ろに五人だ。
太いチューブが切れる破裂音。
「グアアアアッ!!」
後で治してやるから、今はちょっと大人しくしてろ。
俺は、獣人の筋肉を捻じ切って、その手を抜く。
獣人は奇妙な格好で痙攣してる。
うん、スマン。ホントに後で治してやるから。
霊子を吸い取ったので、自己治癒で治せない筈だ。
獣人から飛び退く。なるべく離れてやらないとな、動けないコイツが巻き添えを食っちまう。
すぐさま魔法使いからの攻撃が始まる。
地面の上を、炎が円を描いて奔る。
俺を取り囲み、その炎がとぐろを巻いて、俺を覆い尽くそうとする。
空気を一瞬で圧縮、膨張、炎を全て弾き飛ばす。
空中に巨大な氷柱が出現し、俺を目掛けて飛翔する。
避ければ終いだ、こんなモン。
俺を掠めて氷柱が石畳を叩く。石を削って、氷柱が砕け散る。
旋風が巻いて、俺の周囲から空気を奪い取る。
息を止めたら、少し我慢して終了だ。
一旦、低くなった気圧が元に戻ろうと、俺を中心に空気が集束する。その空気の動きに合わせて火球が出現し、火球が自然と俺に引き寄せられる。
面倒臭い。
走る。
一歩目から、獣人の目でも追えない速度を叩き出す。
火球は俺の背後でぶつかり合って爆炎と化している。
その爆風よりも俺の方が速い。
腰腸肋筋を捻じ切られた獣人を跳び越え、三人の獣人に襲い掛かる。
一人が唐竹割に、横薙ぎの剣を振るう。
剣を摘まんで捻って投げ落とす。
頭から石畳に落下させる。
残った二人は成り行きを見守っていた奴らだ。
一人が俺の軌道に飛び込んで来る。
中々の踏み込み速度だ。流石は獣人と言うべきか。
居合斬りだ。
抜剣された時には、俺の首元にまで剣が奔っていた。他の奴らの剣筋とは段違いだ。
でも、それでも遅い。
リンボーを潜るようにその剣を躱す。足のスピードは落さない。
躱された剣を獣人が捨てる。
おっ潔いじゃねぇか、返す剣じゃ間に合わないと判断した訳ね、良い判断だ。
獣人の膝が起き上がった俺の顔を狙う。
俺の両の手刀が獣人の膝を挟み潰す。
「カッ!!」
膝を潰されながらも、左手に持った鞘を俺に突き立てようと動く。
俺の項を狙った鞘を、上体を捻って躱す。石畳を金属製の鐺が叩き、金属音が響く。
突き立つ鞘を軸に獣人が体を回して、俺に、残された右回し蹴りを放つが、遅すぎる。
俺はその獣人を置き去りにして、もう一人の獣人へと向かう。
やはり居合だ。
が、違う。
間合いの取り方が違う。
獣人が前後に揺れる。
一歩目の足が本来の居合とは逆だ。
俺の知る居合じゃない。
剣が下から天へ向かって奔り抜ける。
「ヌッ?!」
獣人の目前から、俺が消えたように見えたろう。
俺は白刃を摘まんで、その軌道のままに獣人の頭上へと跳んだのだ。
俺の爪先が柄を握った親指を叩き折る。
「ガッ!!」
剣を取り上げ、遠くに放る。膝が、見上げた獣人の顔にめり込み、その動きが、一瞬、止まる。
獣人が俺を捉えようと両腕を振る。その一本を取って、体を捻じり、獣人の顔にめり込ませた膝を抉って腕も捻じる。
俺の回転に耐えられない獣人は地面にうつ伏せで倒れ込む。
もう一方の膝を獣人の項に当て、更に腕を捻じって腱を切る。
膝からは新神武道の貫を放って頸骨に衝撃を与える。
「カハッ!!」
獣人は俺の足下で意識を失った。
魔法使いが起こした爆炎は漂う煙となっていた。
しかし反対側にいる五人の獣人たちは身動きすらできないでいた。何やってんだ?ビビったのか?
『違う。魔法使いに力を使わせるために、俺達に近付かないようにしてるんだ。』
そうか。
獣人が幽子の枯渇状態を作り出すからな。そうなると、魔法が使えないか。
『そうだ。くるぞ。』
爆炎が次々と巻き起こる。
出現した火球が一気に収縮し、爆発する。
見えていないな。
『獣人と接触してるからな、勘だな。』
広範囲に、俺がいようといまいと関係なしにそこら中で爆炎を発生させている。
その爆炎に紛れて、一人の男が、瞬間移動で現れた。




