機密って言葉、知ってる?
ウロボロスの個室、俺は個室に運び込まれていた。
目を覚ましたようなボンヤリとした感覚。
意識の二割と言っていたが、ほとんどの意識をトガナキノのトガリへと振り当てていたために、眠っていたような気怠さを肉体が感じている。
少し、離れ過ぎていたか?齟齬があるな。
肉体は眠っていたような状態だったので、ハッキリと覚醒している精神体との間にズレが生じている。
ベッドの縁に座って、目を閉じる。
脳内のリロードを開始する。
こっちの肉体での記憶と、向こうでの実体験を整理するために、こっちで意識を薄れさせた時の記憶を呼び覚まし、トガナキノでの経験を追体験させるのだ。
うん、そうだ。こっちに戻って来てから、テルナド達の専用竜騎士を造って、カルザンがリーダーになることを全員に通達した。それから、この部屋には自分で来て、眠るような状態で意識を切り替えたんだ。
うん。
こちらでの経験を精神体に刻んでからトガナキノでの経験を肉体に追体験させる。
よし、これでいい。
チビカルザン達からの報告は?
『心配するな。俺がマーキングしてトレースしてる。』
異常はなしだな。
『ああ。』
部屋を出て、テルナドの通信機に繋ぐ。
『戻ったの?』
「ああ。話がある。どこにいる?」
『ブリッジにいるよ。そっちに行こうか?』
「いや、俺がそっちに行く。」
歩きながら、チビカルザン達が見ている映像を俺の左視覚野に再生する。
皇帝の着ている服がボロボロの状態になっている。
闘ってるな。
て、ことは、この映像は赤チビカルザンだな。黒チビカルザンの方は。
こっちか。
皇帝とサクヤが闘っている映像に切り替わる。
トドネは見物か。
右耳の聴覚も繋いで音声を拾う。
「違うのし。肩甲骨をもっと上手く使うのし。」
「だから!どうやって使うのだ!」
皇帝がサクヤに向かって右の拳を飛ばすが、サクヤはその右腕を捌きながら、両腕で絡め捕り、皇帝を地面に伏せさせる。
「こう、肩甲骨をギュッとして、クウッと絞るんし、それから、当てる時にフワッとしてから、クッとしてドンッなんし。」
「何を言ってるのかサッパリわからんぞ!!」
サクヤに抑え込まれたまま皇帝が吠える。
「お前は馬鹿なんしか?」
いや、サクヤの教え方じゃわかんねぇだろ。
「お前が馬鹿なんだ!!」
サクヤが関節の極め方をキツクする。
「いだだだだだだっ!!」
「お前じゃないんし。姉弟子なんし。」
「わ、わかった!あ、姉弟子の教え方じゃわからん!もっとわかるように説明しろ!!」
サクヤが皇帝から離れて腕を組む。
「これ以上、わかりやすく説明するなんてできんし。」
皇帝が眉を顰めて首を傾げる。
「ドネ!貴様はどうなんだ?朕に教えることはできんのか?」
トドネが動いたせいで、映像がブレる。
「できないのです!私は魔法も格闘技も得意ではないのです!」
うん、サッパリしてる。
皇帝の服はボロボロだが、皇帝はケガしてないな?
『マイクロマシン薬を持参したんだろう。』
成程、それならほっといても良さそうだな。
俺は居住区のゲートを潜って、ブリッジに到着する。
「よう、様子はどうだ?」
カルザン、カルデナ、ドルアジ、テルナド、全員が揃って、こっちを見る。
「陛下、大丈夫です、何も異常はありません。ただ、トドネ様とサクヤ殿下のお帰りが遅いので、それぐらいですかね。」
カルザンの報告に俺は頷く。
「それよりも旦那、ブローニュのお嬢はどうだったんです?」
ドルアジが声を潜めて聞いてくる。心配そうに見えたので、俺はニッコリと笑いながら、俺も声を小さくして答えてやる。
「心配ねぇよ。勝負って言っても殴り合いじゃねぇんだ、歌と料理と水着姿で勝負してるんだ、そんな、大したことにはならねぇよ。」
「で、で、結果はどうだったの?ヒャクヤ義母さんの許しは貰えたの?」
テルナドが、俺の傍に寄って来て、食い気味に聞いてくる。
「ああ、なんとかな。これで、明日はコルナと勝負だな。」
テルナドが腕を組んで難しい顔をする。
「そっかあ、母さんとかぁ。ちょっと厳しいかなぁ?」
近付いて来ていた皆がテルナドに注目する。
「どうして?」
「いや~、だって、コルナ母さん、一般常識問題で勝負するって言ってたから。」
うむ、ブローニュは馬鹿っぽいからな。
「大丈夫だろ。ブローニュは仮にもヘルザースの娘なんだから。」
「そうですよ。ヘルザースさんがしっかりと教育してらっしゃいますよ。」
俺の言葉にカルザンが追随する。
「でも、皆、そんなにブローニュのことが気になるなら、テレビ、見りゃぁイイのに。」
俺の言葉に全員が背筋を伸ばして吃驚顔だ。
「そ、そうか…わ、忘れてた。」
「あ、アッシとしたことが…なんてこった!」
カルザンとドルアジは、悔しそうな顔で拳を握り締めている。
「と、デシター君、映像データはないの?」
「あるよ?」
「そ、それを早く言ってくださいよ!!」
カルザン、突然、大声出すの止めてくれる?吃驚するから。
カルザンが俺の手を掴んで、コントロールパネルの方へと引っ張って行く。
「サスタルさん、私の声を艦内一斉放送で流してください。」
サスタルと呼ばれた操艦員が「了解しました。」と答えて、コントロールパネルを操作する。
「皆さん!」
カルザンの声が艦内に響き渡る。
「建国記念セレモニー、業務のために見逃した人が多いでしょう。もしくは、途切れ、途切れにしか見れなかった人もいらっしゃるでしょう。」
まあ、量子テレポーテンションで送信されてる生放送だからな。中には見た奴もいるだろう。
「映像データが手に入りましたので、今から艦内全セクションで放送します。この放送が終了するまでの間、全業務を停止して構いません。どうしても業務から離れられない人は、データを中央サーバーに保存しておきますので、申請すれば、業務終了後にゆっくりと見られる時間を確保します。皆でブローニュさんを応援しましょう!」
ブリッジ内で歓声が上がる。
うん、皆、見たいのを我慢してたんだ。
「じゃあ、陛下、映像データを。」
「わかった。カルザン、俺の手元を他の奴らに見せるな。魔法使いってバレるからな。」
「あ、そうか。」
そう言って、カルザンが他の皆を呼び集め、俺を隠すように囲う。
ウロボロスの中央サーバーに繋がった端末、その端末のタッチパネルに俺は手を置く。
タッチパネルが輝く。
魔虫が集めた映像データを俺は高速で編集し、編集し終わった映像データを中央サーバーへと送信する。
「こんなもんか。」
タッチパネルから手を離すと、メインモニターが四分割され、セレモニーの様子がその一角に映し出される。
再び歓声がブリッジを埋め尽くす。
「ありがとうございます!」
カルザンが礼を述べるが、その後はメインモニターに釘付けだ。
丁度いい。
俺はテルナドへと視線を向けて目顔でブリッジの隅へと誘う。
俺の真剣な雰囲気を察して、テルナドは黙って、その隅へと付いて来る。
ブリッジの一角で、俺はメインモニターに見入っている皆の方を見ながら、なんでもないように話し出す。
「テルナド、お前には仕事を頼みたい。」
「どんなお仕事?」
テルナドもメインモニターの方を見ながら、俺の話を受け始める。
「トガナキノとの開戦二時間前にジェルメノム帝国の人質になってもらう。」
テルナドが少しばかり唇を尖らせて、俺の方へと向き直る。
「じゃあ、私は戦闘に参加できないじゃん。」
俺は口角を上げる。
「戦闘開始は、恐らく聖天母艦になる。」
テルナドが視線だけで俺の方を見る。
「ジェルメノム帝国の常設軍は聖天母艦に集中し、俺達、魔狩りは、新神母艦を攻める。」
テルナドの視線が上を向く。
「時間差を置くんだね?」
「そうだ。新神母艦の戦力が、聖天母艦に向かった時点で俺達が新神母艦を攻める段取りだ。」
テルナドが上に視線を泳がせたまま、口を曲げる。
「じゃあ、私が戦闘に参加するのは、その後かぁ。」
「そう言うな。どうせ皆と同じタイミングになる。」
「そっか、そうだね。」
中空を彷徨わせていた視線を俺へと戻す。
「で、それだけじゃないでしょ?」
テルナドの言葉に俺は頷く。
「サクヤとトドネだ。」
「ですよねぇ。」
テルナドは苦笑いだ。
「お前達に専用の竜騎士を造ったろ。」
「うん、あの小っちゃいヤツ?」
俺は三人のために小さめの竜騎士を建造した。普通の竜騎士は全長十八メートルなのに対し、テルナド達の竜騎士は十二メートル程だ。
「ああ、あの竜騎士、仕掛けがあってな、お前に当てた竜騎士、アレは他の二機の操作系をコントロールすることができる。」
テルナドが眉を顰める。
「マジで?」
「ああ、マジだ。」
「うわぁ、二人の面倒を見ろってことだよね?それって。」
俺は頷きながら「そうだ。」と、応える。
「もしもの時は、お前が二人を逃がせ、竜騎士の中でも機動力は随一だ。」
「逃げ足特化型かぁ。」
テルナドの言葉に俺は笑う。
「ヤートらしい機鎧だろ。」
「そうだけど…」
テルナドも獣人だ。
こと、闘うことに関しては本能的に好きなんだろう。
獣人は兵器として開発されているため、普通の人間よりも好戦的になっている。脳のシナプスの繋がりが、そのように構成されているため、遺伝子から獣人の要素を取り除いても、それは変わらない。逆に変えてしまったら、人格そのものが改変されて、記憶との整合性が取れなくなって崩壊するだろう。
トンナの遺伝子から獣人の要素を取り除いた時もかなり不安定になった。
いつも通りに感じていたが、思い込みが激しくなったり、感情の振り幅も大きくなった。
そのことに気付いたのは、トンナを元通りに獣人に戻してからだ。
つまり、獣人は獣人のままに生きて行く。それが、正しい姿なのだ。でも、それでも、今回はテルナドに我慢してもらうしかない。
「悪いが我慢してくれ。思いっきり暴れられる機鎧は、今度、トガナキノに戻ってから造ってやるから。」
「むう。」
テルナドが口を尖らせるが、それでも納得してくれたようだ。
「じゃあ、そうだな。戻ったら、スサノヲと対になる機鎧を造ってやるよ。」
「え?」
俺は笑いながら、テルナドに話し掛ける。
「スサノヲは、もうトロヤリにくれてやるつもりだから、お前にはアマテラスって名前の同じような機鎧を造ってやる。」
「い、いいの?」
頷きながら話を続ける。
「トガナキノの国王専用機はスサノヲで、アマテラスが后専用機だ。」
「でも、それじゃあ、父さんの機鎧は?」
俺はテルナドの言葉を聞いてから口角を上げる。
「俺にはオロチがいるからな。」
テルナドがやっと笑う。
「うん、じゃあ、我慢する。」
さて、それじゃあ、俺は俺で一仕事して来ますか。
チビカルザン達の目と耳を使って、皇帝陛下の様子を伺う。
皇帝陛下の私室で、今は、ティータイムのようだった。サクヤとトドネは皇帝陛下が興味を持っている竜騎士について話しており、皇帝陛下はその話題に喰い付いている。
「では、あの竜騎士と呼ばれておるロボット、あれも霊子がエネルギーなのか?」
「基本的にはそうなのです。霊子を使って稼働して、霊子バッテリーで雷精を生み出しているのです。」
皇帝の質問にトドネとサクヤが忌憚なく答えている。と、いうことで、竜騎士に関する機密はダダ洩れ状態である。
「雷精…電気のことじゃな。その雷精はどうして必要なのじゃ?」
「イデアの術式を起動させるんし。イデアの術式は雷精でないと起動せんし。」
「なるほどな。自立プログラムをイデアの複製プログラムにやらせているから電力が必要になるのか。では、駆動方式はどうなっておる?」
トドネとサクヤが首を傾げる。
「うむ、駆動方式と言っても理解できぬか。」
皇帝が少し俯き考える。
「朕たち人間は筋肉で動いておろう。」
皇帝の言葉に二人が頷く。
「その筋肉に代わる物、竜騎士の筋肉の代わりになる物はどうなっておるのかと、聞いておるのじゃ。」
「ああ、そういうことなのですか。」
二人が頷く。
「竜騎士は変わった形の歯車を回してるし。」
「変形歯車を幾つも組み合わせて動かしてるのです。」
「ほう?」
皇帝が紙とペンを再構築し、二人の前に差し出す。
「紙に書いて説明してみろ。」
そう言われたトドネがペンを取る。
「こう、一つ、一つの歯車は斜めにカットされてるのです。」
独楽のような形状の歯車をトドネが書く。
「で、組み合わせる歯車もこういう感じで、斜めになっているのです。」
一つ目の歯車に組み合わせる形で独楽状の歯車をトドネが書く。
「このままの形だと、真直ぐに回るだけなので、腕を曲げたり、伸ばしたりできないのですが…こう、こっち側を斜めにカットしておくと…」
歯車の歯ではない、平面側に斜めにカットした線をトドネが書き加える。
「歯車が回る度にこっち側の面の角度が変わるのです。」
「おお、なるほど。細かな調整が必要な駆動方式だが、運動性能は良さそうだな。」
「運動性能?て、なんしか?」
皇帝陛下が笑いながらサクヤの質問に答える。
「人間の動きを別の物にさせようとすると、中々、難しい。人間の柔軟な動きができなかったり、関節が人間と同じように曲がらなかったりする。」
「そうなんしか?」
「姉弟子は竜騎士しか知らぬから、そう思うのだ。それだけ、竜騎士の動きは人間と同じだということだな。」
「で、運動性能ってなんなんしか?」
「うむ。その人間の動きをどれだけ真似できるかが運動性能なんだ。」
「そういうことしか。」
竜騎士の機密情報がダダ洩れだが、仲良くお話しているのはイイことだ…と、思っておこう。
「でも、この方式だと衝撃を緩衝させることには向いていないのです。」
トドネが更に情報を洩らす。
「うむ、たしかに。シリンダー方式ではないから、ダンパーの役割は期待できぬな。」
皇帝の言葉にトドネが頷く。
「そうなのです。衝撃は、全て、直接、各関節に伝わるのです。だから、竜騎士には竜骨と呼ばれる骨格が極端に少ないのです。」
「ほう、紙に書いて説明してくれ。」
トドネが頷き、ペンを走らせる。
「竜騎士は各部位が細かく分かれるのです。」
トドネが肩と腕の画を書く。
「それぞれの部位が接合されている部分に緩衝作用を持たせているので、竜骨を繋げていないのです。」
「しかし、それでは、各歯車がズレるではないか。」
「ズレないように各部位の竜骨と鎖で固定しているのです。」
皇帝が顎に手を当て、頷く。
「ふむ、部品交換にはブロックごとの交換になってしまうが、可動域の確保には向いておるか。しかし、各部品にはかなりの強度が必要になってくるな。」
「竜騎士は固いから問題ないし。」
皇帝が眉尻を上げる。
「竜騎士の素材はなんでできておるのだ?」
「ドラゴニウムなんし。」
「ドラゴニウム?なんだそれは?」
「ドラゴンの鱗なんし。」
「なに?トガナキノではドラゴンの外殻を加工する技術があるのか?」
皇帝の驚きに対し、二人はなんでもないことのように頷く。
もう、ダダ洩れどころかダムの放流状態。俺の涙腺も決壊しそうだよ。
『ドラゴニウムの製法には辿り着けんから問題ない。』
まあ、そうなんだけどさぁ、もう、俺の周りにいる女どもは、どうしてこうも口が軽いのかねぇ。
『女の子はお喋りが好きだからね、しょうがないよ。』
『それよりも、やらなきゃならないことをやっちゃおうよ。』
『そうそう、行こう。』
『おう!さっさと行こうぜ!』
よし、じゃあ、行くか。
俺はゲートを潜って、ハンガーに瞬間移動した。




