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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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ブローニュの告白

 皇帝陛下の寝室を出て、俺達はカールソンと打ち合わせをした。

 トガナキノの戦力分析を中心にした打ち合わせだ。

 サクヤとトドネを部屋の外に待たせて、カールソンの執務室だ。

 トガナキノの国体母艦はウロボロスを除いて、現在、十六隻、その内、城塞都市を備えている国体母艦は七隻だ。

 先日、建造した国体母艦二隻には航空母艦や駆逐艦は配備していない。

 実質的な戦力は国体母艦五隻が有していることになる。

「しかしだ。」

 俺の言葉にカールソンが真摯な目で見詰めてくる。

「各国体母艦は互いにかなりの距離を置いて浮遊している。」

「ふむ、ならば、短期決戦であれば、戦力を更に小さく見積もることができる。」

 頷きながら、俺は、言葉を続ける。

「建国記念日の翌日は、配備シフトの関係で運用できる現行兵器は極端に少なくなる筈だ。建国記念日の式典の中心は新神母艦のはずだから、新神母艦だけを集中して攻撃すればいい。」

「他の国体母艦に兵力を向ける必要は無いと?」

 俺は頭を振る。

「逆だ。ジェルメノム帝国の兵力のほとんどを新神母艦以外の国体母艦に向けるんだ。」

「なに?」

「いいか?俺達魔狩りが、ジェルメノム帝国と手を結んだことを奴らは、まだ、知らない。」

 カールソンが目を剥く。

「奴らの情報収集能力を逆手に取る。」

 セディナラはジェルメノム帝国の奴隷取引総数を把握し、統計を既に弾き出している。

 そこから得られる情報でジェルメノム帝国の総戦力のおおよそを掴んでいる筈だ。

 新神母艦以外の国体母艦にジェルメノム帝国の戦力が集中すれば、その数を計算して、トガナキノは、他の国体母艦から援軍を差し向ける。

「悪いがジェルメノム帝国の常設軍には囮になってもらう。」

 カールソンがゴクリと喉を鳴らす。

「新神母艦の戦力を他の国体母艦に引き寄せ…」

 俺は頷きながらカールソンの言葉を引き継ぐ。

「ジェルメノム帝国の現最大兵力である、俺達魔狩りのウロボロスを、奴らの中心国体母艦、新神母艦にぶつける。」

 カールソンが背凭れに凭れ掛かり、喉を鳴らす。

「か、勝てるのか…」

 俺は左頬を歪ませる。

「勝てるさ。」

 俺が裏切らなきゃな。

『さて、段取りは整ったな。』

『悪いよねぇ。』

『まあ、大嘘つきだからね。』

『でもトロヤリ達と遣り合うのは楽しみだぞ!』

『ね、ね、帝城の探索に行こうよ?可愛い子がいるかもしれないしさ。』

 お前は、ホントにブレねえな。

「しかし…」

 カールソンが視線を彷徨わせる。

 うん、正常な指揮官の反応だ。俺達を信用していいものかどうか判断できかねてる。

 当然だ。寝返って来た人間を作戦の最重要部隊に設定するのは愚策だ。

「作戦開始前にテルナド妃殿下をそちらに引き渡す。」

「なに?」

 俺は切り札にならない切り札をカールソンに渡す。

「俺達が盗んで来たウロボロスに竜騎士、トガナキノ装備品の諸々はトガナキノ国王の許可がなければ、本来使用することもできない。」

 カールソンが眉を顰める。

「しかし、王族には、支配権移譲という特殊な術式が存在し、その術式を使用すれば国王の支配から脱することができる。」

 眉を顰めたまま、カールソンが頷く。

「その術式をテルナド妃殿下に使用させてウロボロスを盗んで来た。だから、俺達が裏切るような素振りを見せれば、テルナド妃殿下を使って、俺達からウロボロスを取り上げれば良い。」

 さて、普通の人間の姿であるテルナドが、獣人だと知っているかな?獣人の契約のことは、どの程度知ってる?

 恐らく知るまい。

 テルナドが獣人だとは知っていても契約のことは、ほとんどの獣人さえもが知らないのだ。

「わかった。それでは、作戦開始の一時間前、いや二時間前にはテルナド妃殿下を此方に引き渡して貰おう。」

 俺は満足そうに笑いながら頷く。

 カールソンも笑う。そして、右手を差し出してくる。

 俺の右目で見る限り、未だ俺を疑っているくせに、このオッサンも役者だ。

 俺は躊躇いを見せることなくカールソンの右手を握った。


 ウロボロスに戻ってからは、二人に説教だ。

 ウロボロスのブリーフィングルーム、そこにカルザン達が集まっていた。他の操艦員達に話を聞かれたりすると自分達の正体がバレる可能性があるため、ほとんどの時間を此処で過ごすことになる。

「サクヤ!トドネ!ここに座れ!!」

 俺の剣幕に気圧されて、カルザン達は驚きの表情のまま、部屋の隅に肩を寄せ合っている。

 教室のような造りをした部屋だ。俺は教壇のように一段上がった場所に立ち、俺の目の前に座るように二人を呼ぶ。

「椅子がないのです。」

「そうなんし。椅子がないんし。」

 俺が指示した場所には椅子がない。二人はガタゴトと椅子を持ち出し、俺の前まで椅子を運んで来ようとするが、そんなことを気にしてる場合じゃないだろうと、俺は更に大声を上げる。

「椅子はいらん!!正座だ!!」

 二人が互いに顔を見合わせ、チョコチョコと歩いて俺の目の前にペタンと正座する。

「なんし?」

「どうしたのですか?」

 罪悪感なし。一切なし。

 自分達が如何に危険な状況を作り出していたのか一切の認識なし!

「お前ら!何をしたのか、わかってるのか!!」

 二人がキョトンとした顔で、再び、お互いの顔を見合わせ、俺の方へと向き直る。

「サクヤ!お前!皇帝と殴り合いを始めるなんて誰がそんなことしてイイと言った!!」

 俺の言葉に後ろの方で固まってるカルザン達が顔を青くする。

 それに対して当のサクヤは平気な顔だ。

「父さんの真似をしたんし。」

「なに?!!」

 サクヤが平然と話し出す。

「あの時は、あの白髭のオッちゃんが殺されそうだったのし。」

 うん、た、確かにそうだ。

「ヘイカ・デシターは立場的に動けないみたいだったんし。」

 お、おう、よく見てるじゃねぇか。

「前にヘイカ・デシターに聞いたんし。」

「な、何を?」

「ヘイカ・デシターの技を認めた皇帝がヘイカ・デシターのことを師匠と呼ぶようになったんし。」

「う、う、うん、そうだな。」

「なら、コテンパンにしちゃえば、アチシの言うことも聞くようになるんし。」

 そ、そうか、確かに言うことを聞いてたな…うん。

「ト、トドネ!お前はどうして!あのタイミングで!皇帝に説教なんか始めた!」

『…トドネに矛先を変えるのか…』

『うわあ、五歳児に言い負かされてる…』

『なんともはや…』

『情けねぇ!!』

『女の子には弱いよねぇ。』

 う、煩い!!

「あたし?」

 トドネが自分で自分を指差す。

「そ、そうだ!お前だ!!」

 とにかく、怒ってるテンションを下げないようにしないとな!

「あたしは、皇帝の威厳を下げないためにお話ししたのです。」

 な、なに?

「皇帝は一〇歳ぐらいの男の子なのです。だから、五歳のサクヤちゃんに負けたことを、そんなに素直に認められる訳がないのです。」

「う、うん、そ、そうだな。確かにそうだ。」

「だから、殴り合いで負けても、皇帝なのだから気にすることはない、と、いうことを自覚させたのです。」

 う、うん、そうか。

「でも、でもだぞ!その後、皇帝をカンカンに怒らせただろう!」

「そうなのです。」

 え?確信?

「そうしないと、もしもの時は、サクヤちゃんに矛先が向いたままになってしまうのです。」

 え?サクヤを庇った?

「皇帝陛下の怒りの矛先を自分自身の中にある、なんだかわからない矛盾のようなモノに向けさせれば、サクヤちゃんもあたしも怒りの標的から避けられるのです。」

「そ、そうなの?」

「はい!だから、皇帝陛下はあたしとの話を打ち切って、デシター君に話を振ったのです!」

 け、計算通りか…

「あたしも新神記を読んで、トガ兄ちゃんのやり方を勉強してるのです!」

 トドネが正座したままガッツポーズを見せる。サクヤはその隣でウンウンと頷いている。

『お前もオルラの叱り方を勉強しろ。』

 う…

「ま、まあ、二人の言い分はわかった…」

 二人がニッコリ笑う。

「わかったけど!!」

 二人が肩を竦ませる。

「あんまり、ああいうことをするんじゃない!なんでもかんでも計算通りに行くとは限らないんだから!今後はああいうことをしちゃダメだ!」

 肩を竦ませながら二人が互いに顔を見合わせ、同時に俺の方へと向き直る。

「大丈夫なんし。」

「大丈夫なのです。」

 二人が声を揃える。

「な、なにが大丈夫なんだよ?!その自信は何処から来るんだっ?!」

 二人が同時に俺に向かって指をさす。

「ヘイカ・デシターが一緒にいるから大丈夫なんし。」

「デシター君が一緒だったら大丈夫なのです!」

 俺がガックリと項垂れちゃうよ。

「イイ…もう、わかったから、もうイイ、二人とも椅子に座んなさい。」

 俺の言葉を聞いた二人が元気よく返事して椅子に向かって走り出す。

 二人が一番前の椅子に跳び乗り、足をブラブラと揺らしてご機嫌様だ。なんだろう、この虚しさは…

 このブリーフィングルームの椅子には机が一体式で取り付けられている。カルザン、カルデナ、ブローニュ、ドルアジ、テルナドが部屋の隅から前の座席に移って来る。

 全員が着席したのを確認して、俺は咳払いを一つ。もう、仕切り直さないと心が折れちゃうからね。

「デシター君、女の子に弱いよね。」

 蒸し返す奴がいるし。

「まあ、小さな女の子には、世の男どもは、皆、弱いもんですよ。」

 テルナドが蒸し返して、ドルアジが話を広げるし。

「しょうがあるまい。私も二人のように可愛い女の子であっては、中々に叱り辛い。」

「しょうがないわ。ホンマに二人とも可愛いもん。」

「でも、カルデナなら厳しく躾けそうに思うんですけどね。」

「カ、カルザン様、カルザン様()()お子であれば、皇帝に相応しくなるよう厳しく躾けます。」

「ええ?私()子供はですか?」

 うん。見事に仕切り直し失敗。俺の威厳なんてどこ吹く風だよ?

『最初から威厳なんてもの、無いだろうが。』

 う、うっさい、泣くぞ。

「皆、とにかく聞いてくれ。」

 もう、お願い方式で行くしかない。

 全員が口を閉じてこっちを見てくれる。

『う、なんか痛々しくなってきたよ。』

「取敢えず、開戦の時期を建国記念日の翌日にずらすことができた。」

 全員が口を開いて「おお~」と感嘆の声を上げる。

「だから、これからの三日間、俺とブローニュは新神浄土とウロボロスを行ったり来たりの生活になると思う。」

 全員が頷いてくれてる。話を聞いてくれるって、ありがたいことだったんだね。

『これって卑屈になり過ぎじゃない?』

「俺が留守にしてる間は、カルザン、お前がリーダーだ。いや、リーダーをしてくれ。」

「え?僕がですか?」

「そう、僕ちゃんがしてくれ。」

「ムッ。」

 俺の言葉にカルザンがムッとするが、そんなお前も可愛いぞ。

「お前なら人に命令し慣れてるだろうし、無茶はしないだろうからな。一応、俺も分体を置いておくから、ちゃんと、何かあった時は対応できるようにしておく。」

「ま、まあ、そういうことでしたら。」

「そもそも、カルザン様を差し置いてチビで不細工なヘイカ・デシターがリーダーだというのがおかしいのです。カルザン様ならリーダーに適任です。」

「ちょっとぉ、娘の前で、父親の悪口、言わないでくれるぅ?」

 テルナドが間髪入れずにカルデナを責める。

「あ、いや、ぅ…」

 カルデナ、お前は大きいから、小さくはなれないぞ?

「そうなんし、補欠のくせに口を閉じるんし。」

 サクヤも黙ってはいない。

「あ、は、はあ…」

 妃殿下二人に責められては、カルデナも形無しだ。

「そうなのです。カルデナさんはカルザンさんのこととなると周りが見えなくなるのです。騎士と自分のことを言い張っている割に騎士としては、ちょっと問題があるのです。」

 珍しくトドネが追い打ちをかける。

「は、はい…すいません…」

 カルデナが項垂れて、マジに謝ってるよ。ウチの女どもは母ちゃんも娘も従姉妹も姉も婆様も恐ろしいねぇ。

「で、何かなくても、俺がトガナキノに行ってる間に起きたことは、後で詳細に報告してくれ、こっちに置いておく分体には意識の一割ほどしか置いておかないから、何が起こっているのかハッキリとわからないことが多くなると思うんでな。」

 全員が頷き、質問も出なかったので、このまま解散となって、ウロボロスを成層圏外、静止衛星軌道上まで移動させることとなった。

 ジェルメノム帝国には、俺達とジェルメノム帝国との繋がりをトガナキノに察知させないようにするため、との理由で了承を取った。

 宇宙空間近くまで上昇して、俺は八咫烏にブローニュを乗せて、コノエに「レーダー波の攪乱はできるか?」と、確認する。

「はい~攪乱もできますけど、レーダー波を吸収する子がいますぅ。」

 スゲエなマイクロマシン。

「じゃあ、そのマイクロマシンでこれから発進する八咫烏を隠してくれ。」

「はい~了解ですぅ。」

 これで、八咫烏がウロボロスを離れてもジェルメノム帝国にバレることはない。

 八咫烏は霊子ジェットで推進力を生みだすので、空気は必要ない。

 静止衛星軌道上を八咫烏で飛翔し、ブローニュは「うわあ~」とキャノピーに張り付いた状態となった。

 コクピット内の霊子操作はイデアの複製プログラムが瞬時に調整してくれるので質量方向が変換されて無重力になることもない。だから、ブローニュがキャノピーに張り付いているのは宇宙を間近に見たいがためだ。

 通信機にて、俺とブローニュが、一旦、帰還することをトガナキノに報せる。量子テレポーテーションを使用しているので、傍受されたり、ハッキングされる心配もない。

 こうやって考えてみると、現代日本でも世界征服できそうな装備だよな?

『当然だ。マサトの世界線ではマイクロマシンその物が開発以前の問題だからな。』

 確か、あるにはあったと思うけどな。

『俺の知るマイクロマシンとは全くの別物だ。まず、幽子の発見がなされていない。その時点で未開発と言っても差し支えないな。』

 そっか、やっぱスゲエなマイクロマシン。

 静止衛星軌道上、空気抵抗のない空間を飛翔しての帰還だ。ものの一分ほどの旅だった。

 俺は、安寧城の後方ハッチから八咫烏を滑り込ませ、ヘルザース達の出迎えを受ける。

「無事、お戻りになられましたな。」

 タラップを降りながら、俺はヘイカ・デシターの姿から仮面をつけたトガリに変貌し、「まあな。」とヘルザースに応える。

 歩きながら、ヘルザースが現状を聞いてくる。

「とにかく、開戦時期を建国記念日の翌日に設定した。トガナキノのシフトは建国記念日の翌日ということでスッカスッカだと言ったら信じてたからな。」

「成程、ではどういたします?平常の配置に致しますか?」

 ズヌークだ。コイツは堅物だからな。

「いや、軍の訓練には丁度良いだろ?報せないまま、攻められよう、その方が序盤としては嘘くさくなくって良い。」

「承知しました。それでは、ジェルメノム帝国が攻め入って来ることに関しては極秘と致します。」

 ローデルだ。

「ああ、兵隊さんには悪いが実戦で行うブラインド訓練だな。だから、ヘイカ・デシター討伐出発式も遅めに設定した方が良いだろ。ちょっと訓練設定が高度になって心配だがな。」

「ご心配には及びませんぞ。普段からみっちりと鍛え込んでおりますからな。もし、かすり傷一つでも負おうものなら、厳罰に処してやります。」

 コロノアの爺様だ。ちょっと厳しすぎんじゃねえの?

「まあ、大丈夫だとは思うが、戦死者が出ないよう気を付けてくれ、顕彰碑に名前を増やすのは勘弁して貰いたいからな。」

「承知しております。式典のセレモニーに合わせて訓練を強化しておりますので。」

 カルガリだ。まあ、油断なんてしないだろうが、ちょっとばかし釘を刺しておくか。

「言っておくが、俺の出現位置と時間に関しては、お前達にも言わないぞ。」

 全員を一瞬で緊張が包み込む。

 俺は立ち止まって、振り返る。全員が強張った顔で俺の言葉を待つ。

「俺は、人は殺さない。ただし、竜騎士、八咫烏は勿論、ジンライやヘキレキなんかの航空母艦は使いもんにならないくらいにぶっ壊す。俺が竜騎士を十機、八咫烏なら二十機を撃墜したら、お前らは落第だ。航空母艦なら一隻でも落第にする。」

 全員の額に一気に汗が浮かぶ。

「俺が破壊した運用兵器は修復しない。そのまま、トガナキノ防衛力の低下につながる。お前達は俺の攻撃を凌がなきゃ、この戦争以降、トガナキノが丸裸になるぞ。」

 全員が喉を鳴らして唾を飲み込む。

 俺は前を向き、再び歩き出す。

「クルタスの一件でお前達も学んだ筈だ。この魔法力だけに頼った心根が如何に人間を弱くするのかを。」

「はい!」

 全員が声を揃えて返事する。

「俺を超える魔法使いがいないとも限らん、俺がいつまでも存命でいられる訳もない。」

 黙って、全員が俺の後を追従する。

「俺が死んでも、このトガナキノを護り、国民の傘になれるようになって貰わねばならん。」

「御意!」

 全員が声を揃える。想いも一つってか、頼もしいじゃねぇか。

「そう考えれば、今回の作戦は千歳一隅のチャンスだ。しっかり護れ。」

「御意!!」

 一段と声を大きくして全員が応える。

 うん、善い家臣達だ。

「凄いわ…」

 後ろを黙って付いて来ていたブローニュがポツリと零す。

 俺は振り返って「なにが?」と問い質す。

「うん…」

 立ち止まってブローニュが俯く。

「その、やっぱり陛下って、陛下なんやなぁって思って…」

「はあ?」

 ブローニュが俯いたまま顔を赤くする。

「なんでもないやん!もう!行こう!!」

 突然、ブローニュが声を大きくして俺の背中を押し出す。

「オイオイ!押すなよ。どうしたんだ?」

 ヘルザース達は立ち止まったまま、俺達に対して深く頭を下げている。俺を暫く押した後、ブローニュが立ち止まり、俺も立ち止まる。

 周りには誰もいない。

 ブローニュが俺の胸に手を回し、力を入れて抱締める。

「どうした?」

 ブローニュが俺の背中に頭を振って擦り付ける。

 なんでもないという意味か?

「あたしな…」

 ブローニュが湿った声で言葉を俺の背中に置いていく。

「小さい時、いっぺんだけ、陛下を見たことがあんねん。」

 俺の記憶にはない。

「あたしのお父様、家ではものゴッツウ怖かってん。」

 だろうな、ブローニュが小さい頃はワンマン領主だったろうからな。

「側室が仰山おって、皆、お父様の顔色を窺ってるだけやってん。」

「ああ。」

「でもな…」

「…」

「この国ができてから、ものゴッツウ優しなってん。」

「ああ、そうだな。」

 確かにそうだ。ヘルザースは俺にだけ怒鳴り散らすようになった。

「なんでか、わからへんかった。」

「うん。」

「でも、ある日、なんでか、わかってん。」

「…」

「安寧城の廊下で、嬉しそうに笑いながら歩いてるお父様を見てん…」

 そうだな、俺を怒鳴り散らすとき以外は、笑ってることが多いな。

「さっきみたいに、ローデルのおじ様とズヌークのおじ様と嬉しそうに歩いててん。」

 三人とも息が合ってるからな。

「その前を歩いてたんが、陛下やってん…」

「ああ。」

「小っさい陛下がな…」

「うん。」

「お父様たちに偉そうに命令しててん。」

「生意気なガキだな。」

「うん、でも、お父様たちは、ものゴッツウ嬉しそうに笑いながら、陛下の話を聞いててん。」

「…」

「その時からやねん…」

「…」

「…」

「…」

「…陛下…」

「…うん。」

「… … … ホンマに好き … 」

「うん。」

 ブローニュが勢いよく俺から離れる。

 ブローニュの走る足音が、雨止みのように俺から離れる。

 振り返る。

 一心不乱に走るブローニュの後姿。

 契約を結ばない初めての女。

 契約を結べない初めての女。

「ブローニュ!!」

 俺の声に、前を向いたまま足を止める。

「勝て!!」

 ブローニュの体が小刻みに震える。

 走り出す。

 ブローニュは振り返ることなく真直ぐに前を向いたまま走り出す。

 きつく握った右拳を天に突きだし、力強く走る。

「…勝て…」

 ブローニュの姿が見えなくなるその間際、俺は、もう一度、呟いた。

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