狩りに出掛けてみよう!
十畳ほどの部屋。事務所としてはちょっと手狭だが、そんなに人が多いわけでもないので、こんな物だろう。
木製の机に木製の椅子が六つ並んでいる。機材も無し。調度品も無し。書類を入れる本棚と机と椅子だけ、なんにも無しの事務室だ。
その事務室にスーガ、カルザン、ブローニュ、ドルアジ、そして、トドネが揃った。事務室の奥には俺の執務室があるが、俺はそこに座ることなく空いた一脚に腰掛ける。
俺は顎を掻いてから、全員の顔を眺める。
スーガは書類に向かって何やら書き込んでおり、ドルアジは所在無さげにチラリチラリと周りを見回している。カルザン、ブローニュ、トドネは俺に向かって期待一杯の視線を送っている。
「あのう。」
ドルアジが恐るおそるといった体で俺に声を掛けてくる。
「なんだ?」
怪訝な表情を隠さず、俺はドルアジに問い質す。
「いや、おたくさんは、そのう、どちら様で?」
「…」
そうか、忘れてた。
「俺だよ。」
そう言って、俺は一〇歳の頃の姿に戻る。
「ええ?!」
「ほえ!」
俺の変身を初めて見るドルアジとトドネが驚く。
眼帯は無しで頬に傷を走らせる。
「眼帯は着けないんですか?」
カルザンがガックリ顔だが、やっぱり可愛い。
「だって、ドルアジと被るだろ?ドルアジは本物だから良いけど、俺は偽物だからな。」
カルザンがドルアジの方を見ながら「確かに。」と呟く。
冷酷なマネージャーに可愛い受付スタッフが二人、やたら中二病のカメラスタッフが一人で、魔獣を狩ったことのない魔狩りが一人…
なにこの零細企業。
ユニオン加入者を募ってるのに、ユニオン事務所の従業員ばかりが揃っていくこの現象は、何現象?
俺は溜息を一つ吐いて話し出す。
「今度、俺の娘が、一人、魔狩りになるためにこのユニオンに加入する。」
スーガが顔を上げ、全員が俺の方に注目する。
「一応、適性試験をするつもりだ。で、その前に…」
俺は全員の顔を見回す。
「ドルアジは魔狩りとしてこのユニオンに加入したから問題ないとして、カルザン!」
「は、はい!」
カルザンが立ち上がる。
「ブローニュ!」
「はい!」
ブローニュも立ち上がる。
「お前ら二人にも本職の魔狩りとして働いてもらう。」
「え?」
二人が驚きの表情で俺を凝視する。
しょうがねえだろ。テルナドに四人って言っちゃたんだから。
「じゃ、じゃあ、私はカメラスタッフとしてはクビですか?」
「お前、魔狩りになりたかったんだろ?」
「それは、そうですが、カメラスタッフも面白いので…」
モジモジ可愛いカルザンが俯き、スーガが割って入って来る。
「また、どうなさったのですか?突然。」
スーガが疑問をそのまま口にする。俺はトドネを見て、思いついたことをそのまま答える。
「カルザンはカメラスタッフとして現地に同行する。なら、魔狩りとしての資格を有していないと他国に入国するのに手間取る。それに現地に行くからには危険が常に付きまとう、魔狩りとしての技量が必要だ。」
「ふむ。たしかにそうですな。」
スーガが首肯する。
「良かったぁ。」
カルザンが、可愛く安堵の溜息をもらす。
『さっきから、その可愛いってのは必要か?』
必要だよ?カルザンだからな。
「ブローニュは、トドネが受付事務員をするから、受付としては用なしだ。」
「えっ?えええええ?!」
ブローニュが泣きそうな顔を見せる。
「ただ、魔狩りに女性がいないと女性の魔狩り志望者が増えないかもしれん。魔獣狩りユニオン認定の女性魔狩り第一号にブローニュにはなってもらう。」
ブローニュの表情が晴れやかに満面の笑みで一杯になる。
「だったら、あたしも魔狩りになるのです!」
トドネが立ち上がる。
「トドネはこの間まで、ヒャクヤ、アヌヤと一緒にアイドル活動をしてた。ユニオン加入者を獲得するためにも受付嬢が最適だ。」
トドネが口を窄めて座る。
「それに、トドネは魔法が得意じゃないだろ?魔狩りは危ないからやめときなさい。」
「へ、陛下?私も魔法はあまりうまくありませんよ?」
カルザンが不安気に訴えてくる。
「心配するな。トンナ達だって魔法は使えないが、立派に魔獣を狩ってる。」
「え?でもトンナ陛下たちは獣人ですよね?それに、その理屈ならトドネ様も魔狩りになれるんじゃ…」
「そうなのです!だから、あたしも魔狩りになるのです!」
あれ?突然、耳の調子が悪くなったな、よく聞き取れなかったゾ。
「そういう訳で、二人、いや、三人には魔狩りとして恥ずかしくないよう。今日から現地訓練を行う!!」
「ええええええ!」
ドルアジ、カルザン、ブローニュの三人が吠える。
「丁度良かったです。この数日、ユニオンが機能していなかったので、依頼が立て込んでおります。早速、現地に向かって頂きましょう。」
俺も鬼だが、スーガも鬼だ。
「よし。緊急性の高い依頼からこなそう。」
俺は立ち上がって、右手を差し出す。子供の姿なので届かない。くそ!机の上に乗って、やっと届く。スーガがその手に書類を渡す。
「アーゾン川流域での魔獣の目撃報告です。被害者は既に三人。川での漁を主産業としているため、王都民は川に出ることができなくなっており困っているとのことです。」
「水龍か?」
水棲魔獣は水龍しか狩ったことがない。俺単独ならまだしも、このメンバーに水龍は厳しい。確認のためにスーガに聞いたが、スーガが首を振る。
「いえ、水龍ではございません。」
い、いきなり初見の魔獣かよ。
アーゾン川とは現代日本で言うアマゾン川のことだ。
書類に記載された目撃例を確認する。
体長二メートルから三メートルで硬質な鱗状の皮を持つ。吻部が長く、長い四肢を持つ。これだけか?鰐っぽい魔獣しかイメージできねえぞ。
「スーガ、目撃情報が少ないな。」
俺の言葉にスーガが頷く。
「全貌を確認できていないそうです。特殊な能力も見られておりません。」
「わかった。じゃあ、早速アーゾン川に向かおう。」
俺以外の全員に緊張が走った。
事務所を出て、階段を上がった先は吹きさらしのベランダだ。
そこで、瞬間移動しようと、スーガとトドネ以外の全員から髪の毛と血を貰う。
ドルアジ、良かったな。もみあげ部分に少しでも髪の毛が残ってて。
俺はブレスレット型の通信機に触れ、コノエを呼び出す。
『はい~。マスタ~、ご用でございますかぁ~。』
「ああ、南のティオリカンワ王国に移動したい。俺とリンクを結んでくれ。」
『はい~。お安い御用でございますぅ。なんでしたら、あたしもそっちに向かいますぅ。』
「いや、緊急時には来てもらうと思うが、それまではそっちで仕事してくれ。」
『了解ですぅ~。』
俺は顔を上げ、意識を内側に向ける。
コノエとのリンク結合を確認して目を開く。コノエはAナンバーのアンドロイドだ。この世界では、魔人と呼ばれている。
コノエは、気象をマイクロマシンで操作しているサエリのサブアンドロイドだ。サエリのマイクロマシンは、世界中に散らばっている。したがって、サブアンドロイドのコノエとリンクを結んで、そのマイクロマシンを使えば俺は世界中のどこにでも瞬間移動ができる。
「よし、じゃあ、移動するぞ。」
俺の言葉を受けてカルザンが手を挙げる。うん。緊張した面持ちも可愛いぞ。
「どうした?」
「瞬間移動は禁止しましょう!」
「え?なんで?なんで瞬間移動禁止なんだ?」
俺はカルザンを見上げながら口を尖らせた。
「前にも言ったじゃないですか。ドキュメンタリー番組なんですよ!どうせならカッコイイ魔狩り専用の飛行機か何かで行きましょう!」
むう、カルザンの中二病は重症だな。まあ、可愛いから良いけどヨ。
『良いのか?』
良いんだよ。
「しょうがねえな。」
カルザンがカメラを構えるが、「おい。飛行機を再構築するとこまで写したら俺の正体がバレるぞ。」と声を掛けたので「そ、そうでした。」と、慌ててカメラを下げる。
どうせだから飛行機どころか陸海空全部を航行できる万能モービルにしようとイメージして再構築する。
鷺をイメージした。
複雑な形状をした翼に首を曲げて飛翔する鷺だ。
垂直離着陸の機能を備え、翼は収納可能、水上をジェット推進にて航行することもできる。
「よし。」
と、俺は満足気に頷くが、後ろから否定的な声が上がる。
「陛下アア。ダメですよ。これじゃあ。」
ムッとなる。カルザンでも怒るぞ?可愛いから怒らないけど。
『怒らないのか?』
怒らねえヨ。
「バギーに似つかわしくないじゃないですか。デザインは統一してもらわないと。世界観が大事なんですから。」
なんだよ。世界観って。カルザン、漫画の見過ぎじゃね?
「良いじゃねえかよ。これ、便利だぞ?陸海空と全部行けるぞ?」
カルザンが呆れたように首を左右に振る。可愛いけどムカッと来るぞ?可愛いから良いけど。
『良いのか?』
良いんだよ。
「陛下、便利な物は神州トガナキノ国に溢れ返っております。その便利な世界で便利な物を見せられても、誰も感動しないのですよ?」
う、説得力があるな。
カルザンが俯き加減に「ふふっ」と笑う。生意気だけど、そんなお前も可愛いぞ!
「よろしいですか?まず、あまり便利そうでない軽戦闘機風の飛行機にしてください。その戦闘機には、この前、お作りになられたバギーを搭載できるようにして、小さめのボートも積載できるようにしましょう。」
なんか、説明を聞いてるだけでゴテゴテしそうなんだが。
「随分とゴテゴテしたデザインになるぞ?」
カルザンがカッと目を見開く。
「そうですよ!陛下!それです!」
おおっ可愛いけど、吃驚した。
「取って付けたような後付けの設備に機材!それらが物語るのは経験値!長い魔狩り生活で培った必要不可欠な物が徐々に増えていったという事実は、自然とゴテゴテとしたデザインへと発展するのです!」
お、おお。なるほど、新人魔狩りには、到底似つかわしくないデザインだな。
まあ、なるべくカルザンの要望に応えられるようにしてやるか。
着陸した後で、バギーで陸路を走ることになるな。バギーで巡行している間に飛行機が盗まれてはシャレにならないので、バギーを飛行機、ボートのコクピットとしても機能するようにしよう。
『そうだねぇ。バギーが飛行機から分離する形がイイね。バギー自体は水陸両用にしようヨ。』
うん。そうしよう。
機首にバギーを設置すると、緊急脱出の時に機体その物が邪魔になるな。じゃあ、コクピットは機体最後尾か。
霊子ジェットの噴射口が設置できないか?いや、単発じゃなく双発にしてコクピットを挟み込むデザインにすればいいか。
『うん。そうすれば垂直離着陸の噴射口も左右に設けることができるしね。あと、機体を安定させるために機首にも噴射口を設置しようか。』
よし。じゃあ、造るか。
俺はカルザンの要望に応えられるように飛行機を構築する。
機首の部分には荷物が積めるように大き目の構造だ。全体の印象としては空を飛ぶペリカンに近い。全長は四メートルと小さめだが、全高は三・八メートルと全長に比べて高めの構造だ。翼は安定性を考慮して可変翼を採用した。まあ、そんなことを考えなくても質量方向変換で飛ぶんだけど。カルザンはデザインに拘るからな。
「いいですね!カッコイイですよ!」
カルザンが興奮している横で女性陣は微妙な面持ちだ。
あまりカッコイイとは思えないようだ。うん。その辺のことは俺も女性陣に同意だ。見た目としては思いっきりドン臭そうだ。
「さあ、皆さん!魔狩りにスタイルチェンジしてアーゾン川に向かいましょう!」
テンションアゲアゲですな。でも、そんなお前は可愛いぞ。
魔狩りファッションに身を包み、カルザンがカメラを回して、俺達は水陸両用に作り変えたバギーに乗り込む。エンジンをかけ、前に進んで機体最後尾から伸びるアームに接続、ジョイントのはまる金属音がすると同時に、俺はバギーのクラッチを切る。クラッチレバーをニュートラルに入れて、エアロと明示された位置にクラッチレバーを押し込むとエンジン音が重いものに変わる。
ジョイントがはまり、俺がクラッチを操作することでバギーのエンジン回転がアームに内蔵されたクラッチに繋がり、アームが稼働を開始するのだ。
バギーのエンジンを原動力にアームが稼働し、バギーが引揚げられて、バギーが飛行機に収納される。バギーのエンジン回転がそのまま飛行機の霊子ジェットエンジンを始動させる。霊子ジェットが始動したことで、コクピットの計器が光り出す。
コクピット一つに対して飛行機用、ボート用、バギー用の計器が必要になるのだ。兼用できるものは兼用させているが、兼用できないものもある。飛行機と合体状態の時は飛行機で使用する計器だけが光るように設計した。
俺は、下から手を振るトドネとスーガに手を振って、霊子ジェットの回転数を上げる。トドネの髪が巻き上げられ、目を細めている。
フワリと飛行機がベランダから離れ、緩やかに国体母艦から離れて行く。
「今!今まさに魔狩りとしての第一歩が始まったのです!」
カルザンが興奮しながら、自分の声をナレーションとして録音してる。
俺はそんなカルザンを横目に「フッ」と笑う。
「笑っております!歴戦の魔狩りとしてユニオン加入者第一号のヘイカ・デシターが笑っているのです。はたして、その笑みは何を意味するのか!余裕の笑みか?果たして新たな獲物に対する武者震いを意味する笑みか!その心情は私たちには知ることのできないものなのです!しかし!この先に答えはあるはずです!アーゾン川流域に出没するという正体不明の魔獣!その魔獣との戦いの末に、きっと!ヘイカ・デシターの微笑みの答えがあるはずです!」
俺が笑ったのは子供みたいにはしゃぐお前を見てるからだよ。
そんなことは言える訳もないが、とにかく、俺達の魔獣狩りが始まった。