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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
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 銀盤の世界。

 全面ガラス張りの天蓋が青い空と白い雲を取り込み、床となった銀盤に映り込む。

 純銀で覆われた床の上に薄く水を張って、鏡のように仕上げられた床。

 半球の天蓋は支柱を必要としないアルミナガラス。

 太陽の輝きだけを取り込み、その熱は完全に遮断する。

 円形の部屋の中央に円卓と椅子が三脚。

 軽い水飛沫の音と共に三人の男性が入室する。フランシスカ王国の国王と執政官だ。

 別の入り口から、やはり三人の男性が入室する。ジェルメノム帝国の皇帝と執政官。

 双方ともに豪奢な衣服に身を包み、堂々とした態度で席に向かう。

 対面するように椅子の傍に立ち、空いた一席にヘルザースが粒子化光速移動で出現する。

 ヘルザースの後方に三人の執政官が立ち並び、フランシスカ国王とジェルメノム皇帝に座るように促す。

 ヘルザースに促され、二国の元首が席に着く。

「それでは、只今より、ジェルメノム帝国とフランシスカ王国の終戦協定調印式を執り行います。」

 フランシスカ国王はカールした長髪に綺麗に整えられた髭を生やしている。しかも中々にいい体格をしている三十代後半だ。いかにも王様然としている。

 それに対してジェルメノム帝国の皇帝は年端もいかない子供だ。だが、その堂々とした態度はフランシスカ国王に負けてはいない。

 ヘルザースの言葉を受けたトガナキノの執政官が両国に調印書を提示する。その調印書を両国の執政官が受け取り、その内容を確認し、事前協議で取り決められた内容に相違がないかを確認し、トガナキノの執政官に返却、それぞれが確認した調印書を取り換え、両国の執政官に再び差し出す。

 両国の執政官は二人づつが随行している。二人以上の執政官が調印書を確認するようトガナキノから要望したためだ。

 その二人の執政官が二つの調印書に目を通し、同じ内容が書かれていることを確認する。

 最後に三つ目の調印書、いや協定書がジェルメノム帝国、フランシスカ王国の順に回覧される。

 この協定書は、若干、趣が違っている。

 協定書には、トガナキノからの脅し文句が書かれている。

 終戦協定に違反した国に対するトガナキノの武力介入が明記されている。両国が持ち帰る調印書には明記させていないが、トガナキノが保管する終戦協定書には明記されている。

 俺があえて書かせた文言だ。

 ジェルメノム帝国が真面な国なら抑止力として機能するが、現在のジェルメノム帝国はまともじゃない。まともじゃない国なのだから、いくら終戦協定を結んでも、皇帝が必要だと判断すれば、協定を反故にする可能性がある。だからこそ、その矛先をトガナキノに向けさせるために文言として明記させた。

「ふん。大上段なことだな。このようなことを書けば、こちらが矛を収め続けると思っておるのか?」

 皇帝陛下の玉言だ。

 矛の向きを変えるためだから成功だと言えるだろう。

「で、この場には貴様らの王は出席せぬのか?」

 皇帝陛下がヘルザースに向かってキツイ口調を隠すことなく問い掛ける。

 ヘルザースがニッコリと笑う。

「ジェルメノム帝国の皇帝陛下が、これだけ幼いお方だとご存知であれば、ご出席頂けたかもしれませぬな。」

 怒らせる気満々ですな。

「貴様、朕を怒らせるつもりで申しておるのか?」

「まさか、我が国の王も建国当時は陛下と同じぐらいの年齢でございましたのでな。そのことをご存知であれば、きっと、我が君の興を引いたであろうと思ったので御座いますよ。」

 皇帝陛下が首をゆっくりと動かしてヘルザースから視線を外す。

 何も無い方向を見詰めながら皇帝陛下が口を開く。

「貴様、名前は?」

「ローエル・ヘルザースと申します。」

 皇帝陛下の顔から表情が消えている。

「そうか、年を重ねすぎておるな。機会があれば、貴様をいの一番に殺してやろう。」

「ほう。」

 ヘルザースがお道化るように驚いた表情を作る。

「それは楽しみでございますな。ご覧の通り、我が国はクルタス事件以来、平和続き、飽いておったところでございます。後先のことを考えられぬ者が攻め込んで来ないものかと考えておりました。」

 皇帝陛下の表情に残忍なモノが含まれる。

 出番だな。このままだとヘルザースが殺される。

 場所は、現代日本で言うところの大西洋の洋上、陸地から五十キロメートル以上離れた標高三百メートルの座標だ。

 その座標に調印専用の浮遊建造物を浮かべてある。

 直径五十メートルの円形コロシアムのような形状だ。部屋は六室。中央が、この建物の主目的となっている締結場、その締結場で、現在、ヘルザース達が調印式を執り行っている。

 締結場を取り囲むようにトガナキノとを繋ぐゲート室、そして、各国の元首が寛ぐ貴賓室が四室、設えられている。

 俺はゲートを使うことなく、その締結場へ、直接、瞬間移動で現れる。

 ヘイカ・デシターの時に仮面を着けていたから、敢えて仮面は着けず、素顔を晒す。

 豪奢な鶴と亀を描いた着物に白いファーが特徴的な王様の衣装を身に着けて、俺は締結場の空中に現れる。

 体内の霊子を操作し、その質量を僅かに上方向へと変換させて、空中で自分の質量を維持する。

 俺の姿を認めたトガナキノの執政官たちはヘルザースを筆頭に水飛沫を上げながら床に跪いた。

 高い位置から皇帝陛下を見下ろし、意識的に冷めた表情を作る。

「貴公がジェルメノム帝国の皇帝か?たしかに若いな。」

 俺は空中で胡坐をかいたまま皇帝陛下に問い掛ける。

「貴様がトガナキノの国王、サラシナ・トガリ・ヤートか?」

 皇帝陛下の言動に、フランシスカ国王の後ろに控える執政官たちの顔色が一瞬で青くなる。

「フフッ口だけは達者なようだ。」

 俺の言葉に皇帝陛下の眉が歪む。

「覚えておけ、朕の名はメルヘッシェン・フォーギース・バーナマム。初代ジェルメノム帝国の皇帝にして、この世界を統べる者の名だ。」

 俺は、ワザと眉を跳ね上げる。

「おお、貴公の名はチンと申すのか。チンと言えば、絶滅した小さな犬の名前と同じではないか。成程、貴公も小さい、だから、チンと名乗るのか?」

 皇帝陛下が黙ったままその顔を俯ける。

「知っておるか?我が国には精霊演算器なる物があってな、その演算器という物は、過去に生きておった生物の記録まで残しておるのだ。その記録にな、可愛い小さな犬の記録があってな、その犬の名前が、貴公と同じ、チンというのだ。」

 皇帝陛下が顔を上げる。ゾッとするような残忍な笑みを浮かべている。

「死ね。」

 一言だった。

 皇帝陛下が俺に向かって呟いた一言。

 しかし、何も起こらない。

 皇帝陛下は一瞬でマイクロマシンを掌握し、マイクロマシンに命令を書き込んだ。つもりだった。

 俺がそんなことをさせる訳がない。

「チンよ。貴公に余を殺すことはできぬよ。魔法力が違い過ぎる。」

 皇帝陛下の表情が怒りへと変わる。

 俺は笑う。

「余の精霊は貴公の言うことは聞かぬ。大人しくその調印書にサインせい。」

 皇帝陛下の肩が震えている。

 肘掛けを握る手の甲が真っ白だ。

「それとも貴公がしたように、その頭の中に洗脳精霊を潜り込ませるか?」

 皇帝陛下が憎しみのこもった眼で俺を見上げる。

 その視線を受けて、俺は冷笑を浮かべる。

「致し方あるまい。」

 俺は、そう呟いて、皇帝陛下の体を奪う。

「き、貴様!」

 己の霊子体が、俺に同調したことに気が付いて、皇帝陛下が叫ぶ。

「左様か、チンは配下を洗脳しても自らの体を奪われることは好まぬか。」

 ジェルメノム帝国の執政官は表情を変えているが微動だにしていない。

 俺が洗脳用マイクロマシンを侵入させた訳でもなんでもない。先に洗脳され、咄嗟のことに反応できない、人形のようになっているのだ。

 俺が右手で署名を書き込む動きをすると、俺と同調している皇帝陛下が、調印書にサインする。

 それを見ていたフランシスカ国王も慌ててペンを取り、自分の手元にある調印書にペンを走らせる。

「ヘルザース、調印書を交換させよ。」

「御意。」

 ヘルザースが立ち上がり、両国の調印書を交換する。

 再びジェルメノム皇帝とフランシスカ国王がサインを書き込み、ヘルザースが協定書をジェルメノム皇帝の前に差し出す。

「こ、殺してやる…」

 皇帝陛下が協定書にサインしながら呟く。

 サインの終わった協定書をヘルザースが取り上げ、フランシスカ国王の前にその協定書を差し出す。

 フランシスカ国王がペンを走らせる、その間にも皇帝陛下が俺を睨め上げる。

「陛下、協定書にご署名を。」

 ヘルザースが、協定書を俺の前に掲げる。

「うむ。」

 俺は右手を薙ぐように振って、協定書の署名欄に俺の名前を象ったポイントをマーキングし、そのマーキングをなぞるようにしてインクを再構築する。

 俺のサインをヘルザースが確認する。

「それでは、これにてフランシスカ王国とジェルメノム帝国の終戦協定調印式を終了とさせていただきます。」

 ヘルザースの後ろに控えていた執政官の一人が簡易錬成器で二枚の調印書と協定書を薄いアルミナガラスでパッキンする。

 協定書はトガナキノで、二枚の調印書は両国で、それぞれに保管される。

「サラシナ・トガリ・ヤート…貴様は必ず、俺の手で殺してやる…」

 ヘルザースの言葉を無視して、皇帝陛下が俺に向かって呟く。

「ふむ。」

 俺は片眉を持ち上げる。

 ジェルメノム帝国の執政官が皇帝の脇に立ち並び、皇帝陛下の両脇を抱え上げる。

「な、なに?!き、貴様ら!!」

「貴公の魔法力など、この程度のものよ。貴公の腕は短すぎて余に届くことはない、貴公の周りの者共は、全て、余の味方にすることができる、さて、貴公はどうやって余を殺すのかの?」

「き、貴様…」

「はてさて、難問よの、今までにも数多(あまた)の難問を突き付けられてきたが、これは稀に見る難問よ。」

「ぐっぐく…」

 皇帝陛下があまりの感情の高ぶりに涙を流す。

「力もない、知恵もない、感情の制御もできぬ、配下に頼る者もおらねば、何も出来ぬ赤子と同じ、はてさて、どうやって余を殺すのかの?」

 ジェルメノム帝国の執政官たちが皇帝陛下をぶら提げたまま、出口へと向かう。皇帝陛下は、俺に対する罵詈雑言を叫び続け、締結場を出て行った。

 俺は顔を青くしているフランシスカ国王へと視線を転ずる。

「子供の癇癪にも困ったものよの?」

「ま、まったくでございますな…」

 震える声でそう答えたフランシスカ国王に俺はニコリと笑ってやる。

「ヘルザース、では、後は任せた。」

「御意。」

 ヘルザースの返事を確認して、俺は瞬間移動でその場から消えた。

 フランシスカ国王が、その体を背凭れに預け、大きな吐息を漏らす。

「恐ろしいお方でございますな。」

 誰にともなく呟くように漏れ出る言葉。

 その呟きをヘルザースが拾う。

「恐ろしいお方でございますが、お優しいお方でもございます。」

 国王がヘルザースの方へと視線を向ける。

 その視線を受けて、ヘルザースが笑う。

「人が死ぬことを極端に嫌がられますので。」

 国王が俯く。

「成程、恐怖に慄くか、奴隷となるか、その選択肢をご提示なさるという訳か…」

 ヘルザースが目を伏せる。

「左様でございますな、言い得て妙でございまする。」

「言い得て妙とな?」

 ヘルザースは目を伏せているが、口元は笑っている。

「奴隷でない人など見たことがございませぬ。」

「なに?では、サラシナ・トガリ・ヤート国王陛下も奴隷だと申すのか?」

 ヘルザースが頷く。

「我が君は神州トガナキノ国、全国民の奴隷でございます。」

 ヘルザースの言葉に国王が息を呑む。

「我が国の執政官は、皆、国民の奴隷でございます。そして、国民は己自身の奴隷でございます。」

 国王が声に出さずに笑う。

「己自身の奴隷だと?詭弁だな。」

「左様でございますか、しかし、人は生きるために奴隷になりまする。」

「ふん、奴隷はその臓物を利用されるために生きておるのだ、だから、其方の言うことは詭弁だと申しておるのだ。」

 ヘルザースは頷きながら話す。

「左様でございますな、人は生きるにあたって、その選択肢を与えられておりませぬ、人は生きるのみでございます、人は生きるために奴隷になるのです。」

 国王の顔から笑みが消える。

「人は必ず死にまする。早いか遅いかの違いだけでございまする。我が君が、その気になれば、即座に人の生き死にをお決めになられます。果たして我が君の前で奴隷になることを拒み続けて、生きていられる者がおるかと問われれば、いない。としか、お答えのしようがありませぬな。」

 国王が顔を下げる。

「我らはサラシナ・トガリ・ヤート国王陛下に生かされておると?」

 ヘルザースが瞼を閉じて、緩く頭を振る。

「我が君にそのような気は毛頭ございません。ございませんが…」

 ヘルザースが、一拍の間を持つ。

「フランシスカ王国とジェルメノム帝国の戦を止めたのは、まごうことなき、我が君でございます。」

 ヘルザースが立ち上がり、国王の視線が縋るように追う。

「貴公は、貴公はサラシナ・トガリ・ヤート国王陛下の奴隷なのか?」

 ヘルザースが国王の言葉に視線を上へと向ける。

「ふむ、某が我が君の奴隷かと問われれば、そうかもしれませぬが…うむ、違いますな。」

「ち、違う?」

 ヘルザースがフランシスカ国王に向けて、大きく笑う。

「はい、我が君は、某に国民の奴隷になることをお望みですからな。某は我が君の奴隷ではなく、国民の奴隷でございます。」

 ヘルザースが協定書を執政官から受け取り、「それでは、某はこれにて失礼させていただきます。」と、国王に頭を下げ、その場から消える。

 締結場にはフランシスカ国王とその一行が残され、トガナキノの執政官に促されるまで、その椅子に座ったままだった。


 風が吹く。

 強い風が吹くことは稀だ。

 安寧城を有する新神浄土はマイクロマシンで守られている。だから、強い風が吹くことはあまりない。

 安寧城の天辺。

 新神浄土を眼下に望み、俺は強い日差しを受けながら、安寧城の天辺に座っていた。

 風に棚引く黒髪が俺の顔に巻き付き、ほぐれることを繰り返す。

 俺の座る屋根の庇で音がする。

 そちらを見ると、木の棒が二本、掛けられていた。

 その庇からヘルザースが顔を覗かせる。

 四つん這いのみっともない格好でヘルザースが屋根を上って来る。

 ヘルザースが俺の横に座る。

「まったく、馬鹿と煙は高い所が好きだと言いますが、何を好き好んでこのような所にお出でになられているのやら。」

 ヘルザースが俺に視線を向けることなく、俺に話し掛ける。

「ジェルメノム帝国のメルヘッシェン・フォーギース・バーナマム皇帝、彼奴に洗脳精霊をお使いにならなかったのは、何か理由があってのことですかな?」

 終戦協定の調印式、俺は奴の体の自由を奪った。洗脳用マイクロマシンを使った訳ではない。洗脳用マイクロマシンは思考を誘導するためのマイクロマシンだ。催眠術と言い換えた方がその効果としては近い。

 奴の体を奪い、調印書にサインさせることができたのは、霊子体を同調したからだ。俺の圧倒的な演算能力と霊子量で奴の霊子体に直接命令したから奴はサインした。

 皇帝の脳内にマイクロマシンを侵入させて、意識を阻害しながら、皇帝から話を聞くこともできた。

 時間が止まったような状態の中で、俺は皇帝陛下に「貴様の正体はなんだ?」と、問い質しても良かったのだ。だが、俺はそうしなかった。

 生まれた時の記憶を持っている人間はいない。

 奴はなんと答えるか。

 奴は、イデアの名前も口にしていた。だから、俺はイデアについても問い質したかったが、それでも、俺は奴の体にマイクロマシンを侵入させなかった。

 マイクロマシンを侵入させること。その行為そのものに危険を感じたからだ。

 無邪気な子供の一面を持ちながら、憎悪の果てに育まれた、怨みのような感情。そんな似つかわしくない両者が共存している皇帝陛下は、既に、何者かに操られているのではないか?俺にはそう思えて仕方がなかった。

 冷凍保存されただけで、それ程の憎悪を育むことができるのか?

 わからない。と、いうか、理解できない。

 冷凍保存されただけで憎めるのかもしれない。

 俺には憎めないように思える。

 だから、俺は、奴は誰かに操られているのではないかと考えた。

 ロストテクノロジーの使い手で、皇帝を操り、ジェルメノム帝国を支配し、次々と他国に侵略戦争を仕掛けている者。

 マイクロマシンを侵入させること自体が危険だと思えた。

「珍しく風が強いですな。」

 ヘルザースの髪も風に巻かれて棚引いている。

 マイクロマシンで守られたトガナキノで風が強いというとことは、俺の気持ちが荒れているせいだ。

「陛下、ジェルメノム帝国への出兵を考えております。」

 ヘルザースが俺からの答えは期待できないと悟って、話し出す。

 俺は頭上を渡る風を見上げる。

 光り輝く粒子が風に乗って奔り抜ける。

「ジェルメノム帝国に先手を打ちます。同時に人口を減らすことを目的とした出兵となります。奴隷を産出しておる国にも出兵致します。」

 雲が太陽を隠す。

「ズヌークは苦慮致しておりますが、ローデルは反対しております。」

 雲から陽射しが漏れる。

「某の独断でございますれば、軍部も納得しております。」

 再び、太陽が強い日差しで俺達を照らす。

 風が止む。

「ヘルザース…」

「はい。」

「俺に人殺しはさせたくないか…」

「無論。」

 俺が世界中の支配層を洗脳しまくるか、殺しまくれば、八年を待たずして、全ての奴隷は解放される。それをヘルザースが肩代わりすると言っているのだ。

「陛下の肩にこれ以上の重荷を背負わせることはできませぬ。」

 目が痛くなることに構わず、俺は太陽を見る。

「人を殺したことのない陛下には、そのままでいて頂きたいのです。」

 目を伏せる。

 俺がこの力を制限しなければ世界を征服することは簡単だ。

 洗脳するか、殺せばいい。

「ヘルザース、俺を見くびるな。」

 そんなことをすれば、俺はジェルメノム帝国の皇帝と同じだ。周りにはロボットしかいなくなる。人が人でなくなる。

 俺はヘルザースの顔を見る。

「人は殺さない。洗脳もしない。子供じゃねえんだ、八年間我慢すればイイだけの話だ。ジェルメノム帝国は俺がなんとかする。」

 俺が見た時、ヘルザースは笑っていた。そして今も笑っている。

「御意。」

 ヘルザースはそう言って、やっぱり笑っていた。

 この世界では、人を殺すことの方が簡単に問題を解決できる。

 俺はそんな世界を否定した。

 難しい道だが、簡単な道を選べば、その道はヘルザースが行くと言う。

 簡単な道は汚れている。

 だから、汚れるのは私自身が汚れると、ヘルザースは言う。

「陛下。」

「ああ?」

「お疲れになられましたら、その時は、某が我が道を行きまする。」

 俺が困難な道を途中で諦めれば、ヘルザースが汚れた道を進む。

「俺は国王を辞めても良いということか。」

「左様でございます。その時は正々堂々と退位して下さいませ。道は私が掃き清めます故。」

 汚れた道をヘルザースが進んだ後、俺は退位して、トロヤリに平和で安穏とした世界を継がせる。

「咎は俺とお前で背負うか?」

「はい。陛下は史上最低の王。某は史上最も悪逆なる家臣として名を連ねましょうぞ。」

 清々しい顔で言いやがる。

 空を見上げる。

 白い雲が奔る。

 虹色に輝く粒子が風に乗って渡る。

 究極の科学は魔法との見分けができない。

 その力は神の力のようであり、悪魔の力にもなる。

 犠牲を伴う道は、己が悪魔になる道であり、慈愛に満ちた道は、遠く、果てしなく遠い。

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