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魔狩りのトガリ  作者: 吉四六
45/405

休日

 セディナラから、ジェルメノム帝国とフランシスカ王国の終戦協定調印式の段取りができた、との連絡を貰ったのは、カルザンファンクラブ騒ぎの二日後だった。


「トガリ。」

「うん?」

「実際に戦闘になったら、あたし達は本気でトガリと闘えばいいんだよね?」

「ああ、俺はヤバくなったら、いつでも戦線から離脱できるからな。」

「そうだよね、でも、あたしは戦闘には参加できないと思う…」

「どうして?」

「…」

「抱え込んでることがあるのか?いつもと様子が違うぞ?」

「トガリと闘うって想像しただけで、その、なんて言うのか、凄く気持ち悪くなるの…」

「そうか、なら、無理することないよ。トンナはブリッジで戦闘を見守っててくれ。」

「うん。」


 俺は、イデアと無意識領域にてジェルメノム帝国の皇帝についての話を聞く。

 しかし、イデアの答えは素気ないものであった。

「存じ上げません。」

 その一言だ。

 無意識領域にて、ジェルメノム帝国皇帝の姿形を再現して聞いたのだが、「見たこともない。」との回答だった。

 その回答から得られたのは、あの皇帝陛下は、殺戮戦争以前に生まれ、イデアが創造される前に冷凍保存されたということだけだった。

 やはり何森源也の記憶が破壊されている状態なのが痛い。

『何森源也の記憶を修復してトロヤリの人格を奪われるのが望…』

 そんな訳ねぇだろ!!

 何森源也の記憶は絶対に修復してはいけない。

 奴が完全体になれば、六歳のトロヤリを乗っ取ることなど赤子の手を捻るよりも簡単だ。

 演算能力では波状量子コンピューターと直結している何森源也の方が遥かに上なのだ。

 奴がトロヤリのペットのような立場に甘んじているのは、トガナキノの禊効果とトロヤリの精神体からの影響が大きいからなのだ。

 トロヤリが優しい子だから、その精神体に寄生している何森源也の人格が落ち着いているのだ。

 何森源也が一個の完全なる人格を取り戻せば、トロヤリは一瞬で何森源也の精神体に取り込まれる。

『じゃあ、皇帝陛下のことは諦めろ。』

 いいや。こうなったら、直接、奴に聞く。

『なに?』

 俺は口角を上げて笑った。


「父ちゃん。」

「うん?」

「父ちゃんの新しい竜騎士、オロチだっけ?」

「ああ。」

「あたしにも新しい竜騎士を造って欲しいんよ。」

「いいよ。どんなのが良いんだ?」

「ヨルムンガルドは遠距離攻撃が主体なんよ。」

「ああ。」

「今度の機鎧は格闘戦向きにして欲しいんよ。」

「わかった。殴り合いだな。」

「そうなんよ。やっぱり父ちゃんと遣り合うってなったら殴り合いが良いんよ。」


「ハルタ」

 ノックもせず、新たに設えられた魔獣狩りユニオン本部事務所長の執務室に飛び込む。

 人数が急激に増えたので、安寧城には新たに魔獣狩りユニオンの事務所を設けた。

 最初に使っていた事務所が本事務所で、ハルタの居る事務所は魔獣狩りユニオンの付属事務所という名目の奴隷解放保護局の事務所だ。

 ややこしいけど、奴隷解放保護局という部署は、公的にはないことになっているので、そうなってしまう。

 で、この事務所、かなり大きい。

 魔獣狩りユニオンへの依頼、その振り分け、魔狩りの登録に武器の斡旋と、事務量がかなり多く、その上、奴隷解放保護局としての仕事もある。

 元各連邦国家に置かれている魔獣狩りユニオン支部からの依頼を捌くのも奴隷解放保護局員の仕事で、魔獣を狩りに行く魔狩りも同じ局員だ。その局員が、魔獣狩りに行った各国で魔獣を狩りながら奴隷の状況を調査するのだ。

 うん、かなりの人数が必要だ。だから自然と事務所も大きくなる。

 だからハルタの執務室も自然と俺の執務室よりも大きく豪華になる。

 俺、会長。ハルタ、事務所長。

 この差はナニ?

「陛下っあっあっあ~へ、へ、へ、ヘイカ・デシター君ではありませんか、ど、どうしたのですか?」

 ハルタと話していた二人の魔狩りが怪訝な表情でハルタの顔を見る。

「こ、こちらに、お、おす、座りなさい。」

 なんだ?俺は犬か?ハルタの奴、ボロボロじゃねぇか。

 俺はハルタに促されるまま、「んじゃ、ま、失礼して。」と、言いながら、中央の応接セットに座る。

 ハルタも立ち上がり、俺の対面のソファーに向かって歩き出し、ハルタと話していた二人に「何してんだい?さっさと出ておいき。」とドスの効いた声で追い出しに掛かる。

「いや、その二人の話が先でイイよ。俺なら待ってるから。」

「何を仰ってるんですか?陛下っああん、デシター君のお話の方が先ですよ、約束してましたからね。」

 悶えてるの?

 してねえけどな、約束。

 お前も最初に「どうしたのですか?」って聞いてたじゃねぇかヨ。ま、いいけど。

「何してんだい!さっさと出て行きな!!」

 二人に怒鳴ってるよ。

 怒鳴られた二人が慌てて部屋を出て行く。

 二人が出て行った途端にハルタが足をピッタリと閉じ、膝の上に手を置いて前のめりでニッコリと笑う。

「で、如何なさったのですか?デシター君。」

 うん、なんか、生徒のことをガチで好きになった体育教師みたいだ。

「え、いや、あの、奴隷産出国と奴隷を輸入してる現状の調査結果を知りたくてな。」

 前のめりだったハルタの背筋が伸びて、顔が仕事モードに変わる。

「現在、世界には二百七十五カ国がございますが、その内、百三十四カ国が奴隷産出事業を主産業としております。」

 俺はその数を聞いて、背凭れに体を預ける。

「そんなにあるのか?」

 呆れる数だ。

 約半分の国が奴隷を産出している。

「国民の人口調節にはもってこいの産業ですから。国内人口の調節を行うと同時に食料計算を自分達で調節できますので、飢饉のときなどは、一気に産出量が増加致します。」

 まったく、食えないってことは辛いからな。

「現在、ジェルメノム帝国が戦争を頻繁に起こしているお蔭で、奴隷産出国は近年稀にみる潤沢さを誇っております。」

 頭を抱えるな…

「しかし、裏を返せば、それだけ、土地が痩せているか、農産業技術が未熟であるということです。」

 奴隷に取って代わる主産業が生まれない土壌がある、て、ことか。

「医療行為の後、使えなくなった奴隷は、魔法使いによって肥料化され、奴隷を購入した国の土地に撒かれます。そのため、奴隷を購入した国の農作物は豊かになり、余剰分の食料を奴隷産出国に格安で輸出しています。結果、奴隷産出国は、益々、奴隷産業に頼らなければならない状況にあります。」

 医療行為のために臓器を抜かれ、死した後も使い回されるか…勿体無い精神だね。最悪だ。

 奴隷は本当に最初っから最後まで人間として扱われていない。

「奴隷の反乱は起こらないのか?」

「起こりません。自国で産出した奴隷を自国で使われることは稀なことなのです。」

 そうか、他国に輸出してしまえば、奴隷は生きる術を制限され、(あるじ)に生かされる状態となる。

「自国で産出した奴隷を自国で使用する場合は、そのほとんどが適度な賃金を支払われる労働奴隷となりますので、奴隷達の奴隷としての自覚が薄まる効果もあります。」

 社畜と同義だな。

「また、医療用の奴隷が存在するため、労働奴隷は下には下がいると安心するのです。」

 成程、使い捨てにされる奴隷よりも自分はマシだと納得する訳か。

「じゃあ、現状、ジェルメノム帝国が戦争を止めれば…」

「需要を供給が追い抜き、奴隷産出国の国民は飢えることになります。」

 戦争を止めれば、奴隷産出国が立ち行かなくなって、戦争を続ければ、人の命が失われる。なんだ?この悪循環。

「世界の人口は算定してるのか?」

 ハルタが質問の意図を図りかねて、首を伸ばす。

「昨年の人口でよろしければ、ただ、国家とは言えない運営状況の国もございますので、そう言った都市群を除けばお答えできますが?」

 俺はその言葉に頷く。

「世界の人口は…」

 ハルタが自分の執務机に戻って、書類を漁る。

「ええ、昨年の人口は四億八千四百五十四万六千九百五十四人ですね。」

 世界中の人口で五億人に届かないのか…トガナキノの人口は約千二百万人、これはハルディレン王国とインディガンヌ王国、そして、カルザン帝国の人口を合算したものだから、平均値を上回るのは当然のことだ。

「奴隷産出国の人口は?」

「約二千二百五十四万人です。」

 俺は眉を歪める。

「さっきの全人口から算出すれば、各国人口の平均値は約六百五十万人だな?」

 ハルタが驚きの表情を見せ、慌てて書類を繰る。

「あ、あの、平均値は、その…」

「いや、それはイイんだ。それよりも奴隷産出国の人口が極端に少ないな。」

 奴隷産出国の全人口は約二千二百五十四万人、奴隷産出国は百三十四カ国、奴隷産出国一国の人口平均値は約十六万人だ。

 各国の平均値の二パーセントだ。

「はい。奴隷産出国は年間約十万人の奴隷を産出しておりますので、人口が増えることはないですね。」

「十万人!?」

 十六万の人口が十万人の奴隷を生み出す?馬鹿か?

「はい、これでもかなり減少したものと考察されます。一時はトガナキノの奴隷禁止令によって元連邦各国が奴隷を輸入しておりませんでしたので、その余波を受けて、最近の奴隷産出事業が停滞気味でした。」

 俺はソファーに深く体を沈めた。

「でも、すぐにブイ字回復するな…」

 ハルタが難しい顔で頷く。

「奴隷産出には結構なコストがかかります。」

 十月十日か。その間、母体を健康な状態に保たなければならない。

「各世帯への食料援助、と、いう名目で奴隷を産出する世帯には税金の控除があるようです。」

「各世帯は小作農であり、農産物を自分の自由にできる代わりに子供を奴隷として供出する…地主は国か…」

 ハルタが頷く。

「その、誤解なさらないでお聞き頂けるとイイのですが…」

 なんだ?奥歯に物が挟まったような言い方だな。

「なんだ?構わず言ってみろ。」

「はい、その…国家運営としてはトガナキノに非常によく似ております。」

「なに?」

「で、ですから、地主が国で、国民は国の運営する主産業に組み込まれており、健康管理、食料の配給、土地家屋の賃貸契約と…」

「そうか…国が国民からの見返りを求めるか、求めないかの差か…」

「…はい…」

 待てよ、と、いうことは奴隷産出国の国民はトガナキノに馴染みやすいってことじゃないか?

『確かにな、しかしトガナキノの国民にはできない。』

 わかってるよ。食料が足りない…

『そうだ。国体母艦にて奴隷産出国の国民を収容することはできるが、食料が足りない。』

 カルザン帝国とインディガンヌ王国を接収したことで、その土地からの農作物はかなりの量となる。しかし、それでも、現在のトガナキノ国民の腹を満たすのでギリギリなのだ。

 畜産、農産、養殖用の国体母艦が足りない…でも、現状、霊子金属が足りない。霊子金属がなければ国体母艦を造ることはできない。

 俺はソファーの肘掛けを、知らず知らずの内に握り潰していた。


「パパ。」

「うん?」

「今度、パパと遣り合うってなったら、ウチは遠慮するの。」

「どうして?」

「なんだか、やっぱり嫌なの。」

「嫌?どうして?」

「その、竜騎士は強いの。」

「うん。」

「パパと遊ぶんなら、やっぱり、素手の方が良いの。」

「ああ、そういうことか、うん。わかった。じゃあ、ヒャクヤもブリッジで見守っててくれ。」

「うん。そうするの。」


「サエドロ、人払いを。」

 ノックもせずにサエドロの執務室に入り、有無も言わせずにその場にいた人間を退席させる。

 サエドロは元素管理予算委員会の委員長だ。食糧事情を把握しているのはこの男だ。

「へ、陛下!…ですよね?」

「そうだよ。こんな仮面をして安寧城をうろつくなんて俺ぐらいだろうが。」

「は、申し訳ありません。では、この案件は、また、後ほどということで、下がりなさい。」

 五人の執政官に退室するように指示し、その執政官たちが退室の挨拶を口にしながら、俺に正式な礼をして出て行く。

 俺は片手を上げて「悪いな。」と応えて、中央のソファーに座る。

 サエドロが執務机を回り込んで俺の対面に座ろうとして「よろしいですか?」と伺いを立てる。

「いいよ、さっさと座れよ。」

 俺の言葉を聞いて、口元を綻ばせながらソファーに腰掛ける。

「まったく、相変わらずオメエは元ゴロツキには見えねえな。」

 俺の言葉通り、サエドロは強面でもなんでもない。スラリとした優男だ。黒髪に茶色い瞳、トガナキノでは、その薬の配合で矯正できるのに、未だに眼鏡を掛けてインテリ風を装っている。物腰も柔らかいから、更にインテリに見える。美形っちゃ美形の部類だ。

『素直に美形だと認めろ。』

 ああ、そうですね。サエドロは美形ですよ。

「ゴロツキではありませんよ。私は真っ当な資産運用家だったのです。それをエダケエの連中に利用されていただけですよ。」

「はん。どっちが利用してたんだか。」

 サエドロが頷く。

「共存共栄ですね。」

 もしかしたら、コイツが一番、腹黒いかもしれねえな。

「サエドロ、トガナキノの人口が一気に三千五百万に増えたらどうなる?」

「食料の奪い合いですね。」

 コイツ、笑いながらサラリと言いやがったな。

「やっぱり無理か。」

 サエドロが眉を持ち上げる。

「奴隷産出国の接収ですか?八か年計画をヘルザース閣下にご提出したんですけど?」

「知ってるよ。その八か年で犠牲になる奴隷は何人だ?」

 サエドロがニコリと笑う。

「算出すれば、陛下が無理を仰るので算出しておりません。」

 これだよ。

「やっぱり食糧かアアア。」

 俺はそのままソファーに横になる。

「左様ですね。食料だけは如何ともしがたいです。こればかりは時間が掛かりますので。」

「元素の転用はどうなんだ?」

 食料は産出物だけではない。廃棄される残飯、調理に使用されなかった使い残し部分、そういった物でも元素に還元されれば、食料になる。それだけではなく、普段食すことのない昆虫や植物だって、極端な話、死体だって、一旦、元素化してから食料品に還元できるのだ。

「勿論、その点も考慮してです。トガナキノの環境保全法のできうる範囲で検討、試算した結果です。」

 生物の管理全般はイデアがしている。トガナキノだけではなく、この惑星の生物全てだ。

 生態系を壊すことの無いよう、イデアを監査官として、作物等の収穫を行っている。地上での狩にはイデアの許可が必要だし、イデアが綿密に作成した生態系保全計画に支障をきたさないように地上での収穫は最小限に留めているのだ。そういった規則を徹底させるため、環境保全法という法律が制定されている。

 俺は腕を組んで枕にする。天井を見詰めて、そのままボンヤリとした思考を漂わせる。

 他国、奴隷産出国以外を攻めて、接収、その国の余剰な食糧を奴隷産出国に回す。

 トガナキノなら侵略戦争を仕掛けても最小限どころか、全く被害を出さずに他国を接収することが可能だ。

 その計画が八か年計画だ。

 八年間で世界征服。

 ゾッとしねえな。大体、その八年間でどれだけの奴隷が犠牲になるか。当初の御前会議ではそれで良いと思ってた。

 でも、奴隷が兵器に使われたり、肥料に変えられたりしている現状を知ってしまうと、もうダメだ。

 一刻でも早く奴隷を解放しなければならない。

「陛下、八か年計画は進めてもよろしゅうございますね?」

「ああ…今はそれしかないだろう…」

 ソファーに俺を残してサエドロが立ち上がり、執務机に戻り、サエドロがヘルザースに連絡をする。八か年計画の開始の合図だ。サエドロは自然な口調で「陛下からご裁可を頂戴しました。」と、まるで、他人事のように話している。

『他人事だろう。』

 ああ、この国にとっちゃ他人事だよ。

 俺は暫く、そのまま天井を見詰めていた。


「旦那様。」

「うん?」

「今度の件だが、どうあっても旦那様が帝国に潜入しなければならないのか?」

「そうだな。相手は正体不明のロストテクノロジーの使い手だ。俺じゃなきゃ、ダメだろうな。」

「あの、イデアのセクションのような遺跡や遺物を使うのか?」

「そうだ。」

「旦那様。」

「うん?」

「そろそろ、戦うことから距離を置いてはどうだ?」

「俺は置いてるよ?」

「置いてはいない。その自覚がないから、こうして言ってるのだ。」

「そうか、自覚がないか。」

「ない。ヘルザースは旦那様の強大な力を巨大な傘に例えた。」

「ああ。」

「巨大な傘を支えるには、それに見合った巨大な力が必要だ。」

「ああ。」

「世界は広い。」

「うん、そうだな。」

「奴隷解放の件もそうだが、旦那様はその傘を広げ過ぎたと、私は思う。」

「うん。」

「できれば、その傘を、もう、広げないで私たち家族のために使って欲しいのだ。」

「使ってるよ?」

「使っているのはわかっている。今後の話だ。旦那様の広げた傘は大きすぎる。トロヤリ達だけでは支え続けることはできない。」

「だから、だからこそ、今、ならしておきたいんだ。」

「…」

「傘の必要ない世界だ。」

「…」

「そんな世界を創ることができれば、皆、力を必要としないだろ?」

「旦那様…」

「うん?」

「その世界に旦那様は…居てくれるのだろうな?」

「勿論。」

「約束してくれ。その世界ができるまで、旦那様は健在であると。」

「ああ、約束する。」


 俺は、セディナラの執務室をノックする。

「どうぞ。」

 くぐもった、掠れた声。

 俺はゆっくりとドアを開ける。

「兄弟!?」

 セディナラが驚きの声を上げる。

「よう、イイかい?」

 セディナラが立ち上がり、「ああ、そりゃ、構わねえが…そうか、ヘルザースの旦那から逃げてるのか?なら、こっちに来いよ。」と俺を別室に誘う。

 俺は笑いながら「違うよ。」と、応えて、執務室中央の応接セットに座る。

「じゃあ、一体どうした?兄弟が安寧城の俺の所に来るなんて。」

 セディナラが前のめりで俺の前に座る。

 俺は、なんと話し出せば良いのかと思考を巡らせる。セディナラは組んだ両手をテーブルに置いて、ジッと俺が話し出すのを待った。

 俺の視線はセディナラの両手を見詰めている。

 風が窓外で鳴る。

 セディナラの通信機が呼び出し音を鳴らせるが、セディナラはその音に反応することなく、両手を組んだままだ。

 機械音が鳴り止む。

 風が唸りながら葉を散らす。

 ノックが訪いを告げる。

 俺もセディナラも黙ったまま、その訪いが通り過ぎる。

 風が窓を揺らす。

「セディナラ…」

 俺の呼び掛けにセディナラが顔を上げる。

「お前、人を殺したことは?」

 セディナラが目を伏せる。

「そうだな…自分の手で三十人程か、殺させた人数なら、二百を超えるだろう。」

 話しながらセディナラが顔を上げる。その目が真直ぐに俺を見ている。

 なんの感情も浮かんでいない、真直ぐな目だ。

「俺は人を殺したことがない。」

「知ってる。」

 即座にセディナラが応える。

 クルタスは精神体を破壊した。殺したことになると言うのならば、クルタスは殺したことになるだろう。しかし俺の感覚では、この前のゴーストと同じだ。マイクロマシン製の体に憑りついた妄執だ。

「殺そうと思ったことはあるし、殺そうとしたこともある。」

「そうだな、俺は新神記でしか読んだことないがな。」

 セディナラの言葉に俺は頷く。カンデ族の魔法使い、俺は、あの魔法使いに直ぐに死なないように殺意を持って致命傷を与えた。

「あの時は自然と殺意が湧いた、その殺意の赴くままに俺は小太刀を振るった。」

 今度はセディナラが頷く。

「今度は殺すかもしれない。殺意を抱かない相手を。」

 セディナラが真直ぐな視線を伏せる。そして、そのまま口を開く。

「洗脳したくないってことか…」

 セディナラの言葉に俺は頷く。

「兄弟にとっては、洗脳されるぐらいなら死を選ぶってことなんだな?」

 俺はセディナラの言葉になんの反応も示すことなく話し出す。

「奴の妄執は並大抵のものじゃない、奴を洗脳しようとすれば、完全にロボットのような状態にしなけりゃならないだろうな。」

 セディナラが煙草をシガーケースから取り出し、左手を翳して呪言を唱える。

 大きく息を吸い込み、紫煙を吐き出す。

「俺が殺してきた人間な。」

 セディナラが、ポツリ、ポツリと話し出す。

「組織を守るために殺してきた人間がほとんどだ。」

 言葉の合間に煙草を咥え、ヤニを吸い込む。

「ほとんど、て、ことは、そうじゃなかった奴もいる。」

 セディナラの眉尻が下がり、逆に口角が上がる。

「殺してやりたいと思って殺した奴は片手じゃきかねえ。」

 セディナラの瞳が悲し気に見える。

「そんな、俺みてぇな奴はな、殺すことに躊躇がねえんだ、慣れ切っちまってな。でも、最初の頃は気持ち良いのさ。」

 セディナラが俯く。

「俺より強い奴を殺して、気持ち良くなるのさ。だから、殺すことが楽になって、躊躇がなくなる。」

 言葉と一緒に紫煙を吐きだす。

「一番、最初の殺しは、親爺だった。」

 なんで、セディナラにこんな話を持ち掛けたんだ。

「親爺はお袋を襲った獣人だ。」

「…」

「親爺を殺させるために、お袋は俺を育ててた。」

「…」

「親爺を殺して、後に残ったのは殺した、て、いう実感と目標を達成した充実感ってやつさ。」

「…」

「その充実感を何度も満たすために、俺は、自然とノシ上ってたよ。犯罪組織のトップにな。」

「…」

「兄弟」

 セディナラの言葉に俺は顔を上げる。

「相手が死んじまえば、ソイツに償うことはできねえ。」

 その言葉を最後に俺とセディナラは黙ったまま見詰め合った。

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