カルザン、お前の可愛さは罪じゃない、大罪だ
安寧城の前庭とは言っても草木の茂った庭じゃない。
広場のような趣だ。
安寧城は城壁があるわけでもなく、どちらかというと現代社会の市役所のような雰囲気で、誰でも気軽に城に入ることができるようになっている。安寧城の機能そのものが役所的なものなので、当然と言えば当然だ。
ただ、ヘルザースが「正面の城門については勅使門でございますからな。誰でも気軽に通っても良いというモノではありませんぞ。」と言っていたので、正面の、最も大きく、最も荘厳な門は俺と勅使ぐらいしか通れない。
通ったことないけど。
で、その広場、焼きレンガが敷き詰められ、その勅使門の前には石碑が建てられている。
クルタス事件で亡くなった五十三人を悼む石碑だ。
その石碑の前には灯火台が設置されており、常に炎が揺らめいている。灯火台の更に前には献花台があり、その献花台の上にも花が途切れることなく供えられている。
献花台から三段下がった所からが広場となって、国民が自由に使っているのだが、その広場が、現在、女性によって占拠されている。
白い制服を着た治安維持警察が女性を押し留めている状況だ。
瞬間移動で、この広場、三つある城門の常開門に到着した訳なんだけど、コッソリ移動しといて良かったよ。
なんか凄い殺気立ってるんだよ。
この場に出て行ったら殺されるんじゃなかってぐらい、凄い剣幕でシュプレヒコールしてんだよ。
そうっと覗いたんだけどさ。
見ちゃいけない者が見えたよ。居ちゃいけない人が居たよ。
もう、どうしようもないよ。
俺の最も苦手な人。
ヘルザースなんか、もう、目じゃないね。うん、多分、俺にとっては最強の敵。俺の前に出てきた瞬間に死を覚悟するね。ゲームオーバー。まったく手の打ちようなし。諦めるしかないよ。
ヘルザースとカルザンはどこだ?
『あそこだ。平定門の方だ。』
あっちか。
俺は、平定門で、やっぱり、コソコソと隠れているカルザン達の傍に瞬間移動する。
「陛下!!」
二人が声を揃えて俺に縋りつく。いや、縋りに来たのは俺なんだって。
「フンッ!!」
二人の横でカルデナが、やっぱり、独特の挨拶をする。
「陛下じゃねえよ!オメエら!何やってんだよ!とっととこの騒ぎを治めろよ!!」
「何を仰っておられるのですか!某は妻が先陣を切っておるのですぞ!その矢面に立った途端に某は蹴散らされて藻屑と化しますわ!」
行政院第一席が、堂々と言いやがるな。
「ぼ、ぼ、僕だって無理です!!」
カルザンはマジで真っ青になってる。チアノーゼだな。うん、カルザンは死ぬかもしれん。
「カルザン様を困らせるな!貴様があの集団に突っ込んで来い!」
カルデナは何も考えないで無茶を言う。
「その通りでございます!陛下!ここは、陛下のお力で!」
「そうですよ!国王なんだから!なんとでもできるでしょう!!」
二人が俺をグイグイと押して、死地に押し出そうとする。
「ま、待て!待て、待て!!俺だって無理だ!先頭にアラネ!アー姉ちゃんが居る!無理だ!」
「無理でも陛下がなんとかしてくだされ!」
コイツ、ホントに家臣か?国王の俺を生贄にしようとしてやがる!
「お、お願いです!陛下の骨は僕が拾いますから!」
いや、可愛いカルザンにそう言われちゃ、いや!いや、いやいや!駄目だ!こればっかりは絶対にダメだ!
「フンッ!貴様の骨などキバナリの餌にしてくれるわ。」
カルデナが止めを刺しに来るよぅ!
『コンサート会場みたいじゃない。いっそのことカルザンの単独ライブにすり替えちゃおうよ。』
それだ!
「ま、待て!待てって!」
俺は二人を押し返す、けど、押し切れないイイイイイイ!
「落ち着け。これはチャンスだ!」
俺の言葉に三人がキョトンとした表情で顔を上げる。
カナデラ、カルザンの単独ライブ、お前の発案だ。演出できるな?
『任せてよ。魔法使いの演出だからね。最高の演出をするよ。』
俺は右手にイヤホン型の通信機を再構築する。
その通信機をカルザンに渡し、「これを耳に嵌めろ。」と、強めの口調で言う。
「貴様!この修羅場にカルザン様を向かわせるつもりか?!」
「ええ?ぼ、僕が出て行くんですかぁ…」
死刑台に向かわされる子猫みたいだ。うう、辛いが頑張ってくれ、俺の中の厳しい俺、ここは鬼になるのだ!
「カルデナ、カルザンをいつまでも子ども扱いするな。」
俺は真摯な表情を意識的につくり、カルデナに真っ当な正論をぶつける。
「うっ」
カルデナが、一歩、後退る。
「カルザンを一人の男として認めるなら、男として成長させるのも年上の女の役割だ。」
褐色の頬が紅潮し、若干俯く。うん。カルデナに女らしい仕草は似合わない。そのことがよくわかった。
「お、女の役割…?」
「そうだ。カルザンを男らしく育てろとは言わない。」
うん。そんな風には育って欲しくない。てか、育ててはいけない。
「でも、一人の人間、大人として、問題を解決できる人間に育てなければならない。」
俺の言葉にカルデナが真剣な表情になる。
「考えてもみろ。可愛くて頼りがいのあるカルザンだぞ?普段は可愛いのに、お前が間違ったことをすると厳しく叱りつけるカルザンって、どうよ?」
「はっ!!」
カルデナ脳筋がフル回転中だ。
徐々に頬が緩み、体中から汗を流し始める。
おう、小刻みに震えだしやがったな。
膝を閉じて内股になってやがる。どんなことを想像してんのか容易に理解できるよ。
「カ、カルザン様…い、至らぬ私めをもっと叱って下さいませ…」
遠い目をしてアッチの世界に行っちまったな。
「カ、カルデナ?」
今だ。
カルザンの気が逸れたその隙に、俺はカルザンの耳に通信機を無理矢理押し込み、カルザンの両肩をシッカリと握る。
「へ、陛下!!な、何を!」
「いいか?カルザン、全て、俺が御膳立てしてやる。俺の言うとおりに行動して、俺の言うとおりに喋るんだ。」
「うう…」
泣きそうなカルザンに俺の心は折れそうだよ。
「これができれば、店外孤独のラーメンを、一年間、俺が奢ってやる。だから、頑張れ。」
カルザンが俯きながら細い肩を震わせる。
「元皇帝の威厳と共にお前は死んだわけじゃないだろ?お前は魔狩りだ。魔狩りならどんな窮地に陥っても一人でなんとかしなきゃならないこともある!でも、今は一人じゃない!俺がいる!俺を信じろ!」
カルザンが眉を顰めながら俺の顔を見る。
「…」
「なに?」
カルザンの声が小さすぎてシュプレヒコールに掻き消される。俺はカルザンの口元まで耳を近付け、問い返す。
「三年分…」
「なんだって?」
「店外孤独のラーメン、三年分です!」
俺は突然の大声に仰け反る。
「わ、わかった。三年分だな。わかった。」
俺は耳を押さえながらシッカリと頷く。
カルザンの目が生き返ったように輝いている。その表情は困惑と難色を浮かべているが、目には生気が戻っている。
よし。カルザンの単独ライブだ。
俺は通信機を再構築して、デモ隊を押し留めている治安維持警察の周波数に合わせる。
「デモ隊制止に当たっている全警官に一斉指令、只今より、デモ隊沈静化作戦を行政院第一席のヘルザース閣下、自らが、実行なされる。総員、ヘルザース閣下を死守せよ。」
『りょ、了解しました!』
警官隊も必死のようだ。通信機の発信元を確認することもなく、返事しやがった。
俺はヘルザースを振り返り、ヘルザースの耳にも同じ通信機を押し込む。
「な、何をなさるのですか!」
必死に抵抗してくるが、コイツ相手に遠慮は必要ない。むしろ、酷い目に遭えばいいのだ!無理矢理、ヘルザースの耳に通信機を嵌め込み、取れないようにクリップを付けてロックしてやる。
「オメエも出るんだよ!」
「お断りいたします!断固としてお断りいたしますぞ!」
ヘルザースの腕を引っ張り、たたらを踏ませて、後ろに回り込んでから蹴り飛ばす。
勢いづいて城門の前に姿を現したヘルザースに向かって、シュプレヒコールが勢いを増す。
ヘルザースの体が金色に光って、ヘルザースの衣装が一瞬で変化する。
その衣装は、トガナキノ国民であれば、誰もが一度は見たことのある物だ。トガナキノ国営放送瞬間最高視聴率歴代記録第八位、魔狩り戦隊オウデンス。その敵役、現ラスボス役のヘルザンス伯爵の姿だ。
悪魔的デザインの黒い衣装に身を包み、背中からは黒い蝙蝠の翼を生やしている。
「よし、次は警官隊だ。」
俺の言葉にカルザンが目を丸くする。
デモ隊を押し留めている警官隊の体も金色に輝き、その衣装が黒尽くめの全身タイツに、悪魔的な物に変わる。その衣装は魔獣狩り戦隊オウデンスに出て来る悪の戦闘員の姿だ。
「デモ隊制止に当たっている全警官に一斉指令、貴様らは今から魔獣狩り戦隊オウデンスに出て来る戦闘員だ!全員、戦闘員になり切れ!!」
俺の言葉を聞いた警官隊が一斉に「ヒーッ!」と声を上げ始める。
あっちでも「ヒーッ!」こっちでも「ヒーッ」も一つついでにそっちでも「ヒーッ!」だ。
この光景に思わず、肩が落ちる。
俺がやれって言ったんだけど、やる方もやる方だよ。
『国王が馬鹿なら、国民も馬鹿、警官も馬鹿になるのは仕方がない。』
うるせえよ。オメエにも働いてもらうぞ。
『ああ、わかってる。』
俺は分体を作り出し、その分体はイズモリとカナデラに任せて、裏方仕事を頼む。
「エフェクト、音響を頼むぞ。」
「任せて。」
カナデラの返事を確認して、俺はデモ隊に晒されているヘルザースに向き直る。
ヘルザースの翼をはばたかせて、ヘルザースの体を空中に浮かせ、ヘルザースの通信機に向かって話し出す。
「いいか。俺の言うとおりに行動しろ。まず、尊大に、いや、俺に対して怒鳴ってる時の雰囲気で、デモ隊に対して‘静まれ。’と怒鳴れ。」
ヘルザースが空中で胸を反らせて堂々とした立ち姿を取る。周りを見回し、『これだけの人数相手では、某の声は届きませぬ。』と、外見からは想像もできない弱い声が聞こえてくる。
「任せろ。」
イズモリが空中に二重反転ローターを備え付けた大型のモニターを八台、再構築し、魔虫のカメラをリンク、全観衆にヘルザースの姿が見れるようにする。
ヘルザースが右手を薙ぎ払うように振り回し、「静まれぇい!!」と大音声で怒鳴る。
マイクロマシンで音声を拡大拡散して、広場全域に響かせる。
突然のことにデモ隊のシュプレヒコールが止まる。
コノエ!
『はい~。御用でございますかぁ?』
イデアとリンクして、トガナキノの新神母艦上空に黒雲を頼む、その後は俺の合図に合わせて稲妻だ。
『はい~了解しましたぁ、で、忙しいようでしたら、あたしもソッチに行きますぅ?』
いや、それは大丈夫だ。至急、頼むぞ。
『…はい~。』
灯火台の炎が激しく揺らめき、爆発したように巨大になる。
『ヒッ!』
「ヘルザース!ビビるな!お前が吃驚してどうすんだよ!」
ビビる悪役なんて怖くもなんともない。
『ならば、前もって仰ってくだされ!驚きまする!』
ヘルザースはあくまで、小声だ。その辺のことはちゃんと弁えてやがる。
新神浄土の上空が見る見る黒雲に覆われ、雷鳴と稲光が黒雲の腹を光らせる。
稲妻が奔り、その光をバックにヘルザースが口を開く。
「今日は良き日なり、これほど多くの婦女子が、全て、我の下僕となる、良き日なり。」
俺はヘルザースの台詞を聞きながら、左袖を捲って、自分の左手を切り離す。
「ヒッ!」
それを見ていたカルザンが小さな悲鳴を上げる。
「大丈夫だ。カルザン心配するな。」
すぐに新しい左手を再構築し、次々と左手を切り離し、二十体のチビトガリを生み出す。チビトガリに俺が分解保存している元素を食わせて、俺と同じ身長にまで育て上げ、その衣装を黒尽くめの戦闘員へと仕立て上げる。
これで魔狩り戦隊オウデンスの敵役は、出来上がりだ。
「ヒーッ!!」
「ヒーッ!!」
俺の造った戦闘員が広場に躍り出て、デモ隊の所に跳び下りる。身体能力はかなり高い戦闘員だ。バク転やバク宙は当たり前、ムーンサルトを決めてる奴もいる。派手に登場して、アラネ、ヘルザースの妻と側室、ズヌークの第一夫人と娘、ローデルの妻子をそれぞれに捕まえさせる。
「やめなさい!トガリがやってるんでしょ!」
アラネの言葉に戦闘員の動きが、一瞬鈍るが、それでも自分を叱咤激励してアラネを献花台前にまで引き上げる。
それぞれの戦闘員が「ヒーッ!ヒーッ!」叫びながら、アラネたちを抑えつける。
「この者たちを我が下僕として悪の怪人へと改造してくれるわ!!」
カナデラが城門後ろに瞬間移動して、音響設備を再構築し、重低音を効かせたオドロオドロしい音楽を広場に鳴り響かせる。
イズモリがヘルザースの右手に黒い曲がりくねった剣を再構築する。
ヘルザースを地上に下ろし、戦闘員にアラネを引っ張り出させ、前のめりに座らさせ、アラネの項を晒させる。
「ちょっと!やめなさい!トガリ!あとで酷いからね!!」
くう、アラネの言葉に金玉が縮み上がりそうだよ。頑張れ!俺!
ヘルザースが剣を振り上げる。
「まずは、この者の首と血を我が神、イズナリ神に捧げる!!」
この台詞を切っ掛けにカルザンが叫ぶ。
「待て!!!」
マイクロマシンで会場中にカルザンの声を響かせ、音楽が荘厳なものへと切り替わる。
空中に金色の粒子が現れ、その粒子が空中に収束し、ヒトガタを形成する。
白い羽を備え、真っ白い衣装に身を包み、プラチナの薄い鎧を装着したカルザンが空中に現れる。
デモ隊から一斉に黄色い声が上がる。
…スゲエなカルザン人気…
「カ、カルザン様…なんと神々しい…」
いつの間にかカルデナが再起動して、俺の隣でカルザンを見詰めてた。
「その御婦人を離しなさい!!」
カルザンの台詞に、さっきまで怒っていたアラネの顔が完全に可愛子ぶった女性の顔になってる。
「助けてください!カルザン様!!」
なんだよ、その女らしい台詞はよ。
で、まあ、この後はヘルザンスと戦闘員がカルザンにボコボコにボコられて、いや、途中、カルデナが乱入しそうになって大変だったんだけど、兎に角、俺のシナリオ通りにヘルザンスが作戦を中止して、逃げて、終了となった訳だが。
まあ、盛り上がった、盛り上がった、カルザンが一言話すと「キャー!」カルザンが腕を一振りすると「キャー!」カルザンが一歩、歩くだけでも「キャー!」
もう、途中で馬鹿馬鹿しくなってきたよ。
最終的にデモ隊のヘイトを稼いだのはアラネだった。カルザンに救われ、その手を取られ、抱き付いちまったから仕方がない。
「あの女…絶対に殺してやる…」
カルデナが俺の隣でボソリと呟いたのはスルーだ。とてもじゃないが関わり合いたくない。
「最後の仕上げだ。お前の本音を皆にぶつけろ。」
俺の言葉にカルザンが軽く頷く。
アラネを脇に押し退け、カルザンがデモ隊に真正面から対峙する。
「皆さん!聞いて下さい!!」
デモ隊が一斉に静まる。カルザンの一言一句を聞き逃すまいと、静かになる。
「私は、昔から魔狩りになってみたいと思っていました!」
その一言でカルザンが俯き、もう一度、顔を上げる。
「でも、実際になってみると、恐ろしいことの連続です!今、皆さんにお見せした劇のような物ではありません!」
デモ隊からカルザンを心配して大きな声が所々から飛んで来る。
「それでも!私は魔狩りとして生きていくつもりです!!」
再び訪れる静寂。
「私は皇帝として生まれ、生きる道を定められました。でも、トガナキノ国民となって!私は生まれ変わったのです!そう!自分の意志で!自分の道を選ぶことのできる一人の人間に!!」
カルザンが周りを見回す。
「皆さん!思い出してください!この国で生きるようになって、皆さんは忘れてしまったのですか?この国で生活する前はどのような暮らしでしたか?生きるためだけに必死に働いて!生きる術を自分で選ぶことができましたか?」
広場が水を打ったように静まり返る。
「お願いです。私を、魔狩りとして生きていこうとする私を、皆さん、応援して下さい。お願いです…」
カルザンが頭を下げる。
静寂を打ち破ったのは、アラネの拍手だった。徐々に拍手の輪が広がり、全員が口々にカルザンの名前を叫び出す。
そして、カルザンの名前で大合唱のようになる。
カルザンが顔を上げ、涙を流しながらデモ隊であった女性たちを見回す。
「なんとか、収拾がつきましたな。」
俺の隣に瞬間移動させておいたヘルザースが呟く。
「まあな、でも、仕上げがまだだ。」
俺の言葉に、ヘルザースが俺の方へと首だけを向ける。
「まだ、何かあるのですか?」
俺は口角だけを上げて悪い笑顔を見せる。
「ああ、カルザン効果だな。利用しない手はない。」
「貴様、まだ何か企んでいるのか?」
カルデナが割り込んでくるが、俺は、更に笑ってカルデナを指差す。
「黙って見てろ。これはお前のためでもあるんだからな。」
「なに?」
カルデナが眉を顰める。
「また、あくどい顔で笑っておいででございますぞ。」
ヘルザースが家臣としては考えられない、忌憚のなさすぎなことを言うが、あくどい顔であくどいことを言う。それが裏表のない人間ってモンだ。




